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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--ガブリエラと王都騒乱編--
39/93

その38 〜禁忌の呪文〜

「……こ、これは……思わぬ展開だのぅヒヒヒヒヒ」

 

 一辺二mの白い小部屋。

 ガブリエラが創り出した空間にいるのは、三人。

 ガブリエラ本人と、魔王軍四天王のうちエクステリア、ナンギシュリシュマ。


 うちの一人、ナンギシュリシュマがタコ口よりニュッと取り出した、直径六十センチほどの水晶球。

 それを通じ、一部始終の映像と音声──

 勇者リアン・スーンが、王城の警備兵達を蹂躙するさまが流されていた。


「わたしく、勇者の戦闘を見るのは、初めてですが──」

 赤髪の女性、エクステリアの顔から、少し血の気が引いている。

「想像以上の化け物ですね。あのドグが、半死半生で撤退したというのも頷けます」


 約一年前。

 四天王最強の実力者・ドグが勇者と遭遇し、一方的にやられて帰ってきたと一報を受けた時、エクステリアはいったい何の冗談だと思ったものだ。


「だのぅ。有象無象の警備兵どもはともかく、後の近衛兵達──特に、例のヤットールと近衛兵長の二人は、決して弱くなかったでな。あの二人を相手するとなると、拙僧でもかなり手こずるだろうの。それを、ほぼ瞬殺とは……ここに至ると、もう笑うしかないのぅヒヒヒヒヒ」


(あんた、いつも笑ってるじゃん)


 ガブリエラが内心、つっこむ。

 彼女は──異世界人であるがゆえか──水晶球の向こうで暴れていた、「勇者」と呼ばれる少女の特別さに、そこまで感じ入るところはなかった。


 勇者という以上は”メインキャラ”で、つまり主役級。

 魔王もそうだが、主役級なんだから、無双の一つかまして当たり前。

 

 今のは、雑魚を”主役級”が鎧袖一触(がいしゅういっしょく)にする、お約束シーン。

 マイティ・ソーやアイアンマンが、通りすがりの悪役に苦戦するなんて、サマにならない。比較的凡人よりなヒーロー、バットマンやキャプテン・アメリカでも、そこはさすがに押さえて(・・・・)くる。


(ということは、対になる”魔王”のヤマシタさんも──?)


 今の勇者大暴れシーンを、脳内でそのまま山下正作に当てはめ、そのあまりの似合わなさに、ガブリエラは思わず吹いてしまった。


「? 何を、笑っているのですか」

 エクステリアが訝しげに彼女を見る。

「いえ、な、なんでも」

(ミスマッチすぎる……)


「ともあれ。──なんとも興味深いことになってきたの。下手を……いや、うまくすれば、我々の計画などまったく関係なしに、ゾークヴツォール王国が内部崩壊するということもあり得る。王の暗殺など安直なうえ、リスクばかり高いと敬遠しておったが──ふむぅ。これは、『人間社会に学ぶべし』という方針を打ち出された陛下の具眼(ぐがん)に、唸らされるばかりよヒヒヒヒヒ」


「そうですね。人間どもについては、我々なりに調べていたつもりではありましたけれど……まだまだ理解できていない部分が大きくあった、ということでしょう」

 エクステリアが静かに頷く。

「──サーララ姫への仕込み札は、今が切り時でしょうか」


「うむ。おぬしが十年がけで仕込んだゲゾス・ベンベン伯爵が、なにやら流れ的に風前の灯だからのぉ。しかし、どう出るか。何しろハラニーチ四世を殺害したのが何者か、我らでさえ不明(・・・・・・・)という状況だしのぉヒヒヒヒヒ」

「悩ましいところですね。陛下には?」

「現場に今、一番近いところにおられるのは、ほかならぬ陛下よ。最終的な決断は陛下にお任せし、我らは一時静観とお伝えせよヒヒヒヒヒ」


(犯人は、誰か……か。ミステリね)


 ガブリエラが好きな推理作家は、なんといってもアガサ・クリスティ。といっても小説はノータッチで、もっぱらドラマ鑑賞である。デヴィッド・スーシェ扮するエルキュール・ポアロなど、(彼女基準で)かわいらしくて大好きだ。


(あの、ポアロをものすごく下品にしたみたいなヒゲの男性が、死体の第一発見者か。こういう、いかにも怪しい人は、逆に犯人じゃないってのがパターンよね……)


 彼女は、ややメタ気味な方向で、殺害犯を予想しだした。

 

   ***


(決断をお任せします、とか言われてもなぁ……)


 正作が、ミューラ達”勇者パーティ”+甘太郎と一緒に現場へ到着した時──


 何が、どうなったのか。

 庭園は半壊。

 周囲には数百もの兵士がそこら中に倒れ伏し。


 見るからに身分の高そうな婦人と、少年が言い合っていた。

 それを、遠巻きに見守る貴族たち。


(あの少年の方は、たしか、王子様だ)


 その言い争いの近くでは、リアンが抜剣したままポツンと何かを見下ろしている。そこに倒れているのは──


(え、あれ。王様?)


 そこだけ見れば、まるで勇者が王を殺害したように見える。


「陛下。ま、さか……」

「んー…………マジ、か」

「リアン、え」

 ミューラ達も、動揺を隠せないでいた。


 一人、パルテオンだけが静かに横たわる王の死骸に跪き、左手を額にやって何やら唱えている。死者の追悼だろうか。リアンは、その様子をぼうっと見つめている。


「──ですから王妃殿下。僕は、一部始終見ていたと言っているのです。僕とリアンが陛下の御遺体を見つけた時、そばにベンベン伯がいました。何事かと訊ねたところ、突然(・・)リアンを殺害犯呼(・・・・・・・・)ばわりしはじめ(・・・・・・・)駆けつけた警備兵(・・・・・・・・)にけしかけたのです(・・・・・・・・・)


 穏やかな口調で、第二王子サリオン。

 その瞳は冷たく、少年らしさはかけらもない。


「ち、ちがっ、お、わた、ひはそんなこと、ひってなひ!」

(らち)も無いことを、サリオン。勇者が警備兵達に狼藉を働いたのは事実! そればかりか、ハラニーチ三世陛下がお造りになった第三庭園をも破壊し尽くすなど、到底許されることではありません。即日”議会”にかけて、断固たる処分を──」


「これは異なことを、王妃殿下。警備兵たちは伯のスジ違いの命令(・・・・・・・・・)でやむなくリアンを襲い、彼女はそれに対し、正当な防衛を行なったまでのこと。庭園の破壊は、その結果に過ぎません。勇者は被害者。そこのところを、お忘れなきよう」


「母様! 落ち着いてください。陛下が何者かに殺害されたのです。何をおいてもまずは、その犯人の追跡を優先せねばなりません」


(ああ、あっちの婦人は王妃様か。ルベルベラ、だっけ。で今、少年王子……サリオン? と、王妃に割って入ったあの人は、憶えてるぞ。祝宴の序盤、ぼくと甘太郎くんをやたらと褒めてくれた、第一王子のレオライド殿下だ)


 正作が、うろ覚えの記憶を探って、場の主要人物を確認する。


「サリオン、お前も煽るようなことを言うな! 陛下が殺害されたのだ、いがみ合っている場合ではない。一刻も早く咎人(とがびと)を見つけなければ、陛下の魂に安泰なく、民草にてもまた然り。やもすれば、国家の威信に関わる」


「──ええ、もちろんです兄上。協力して、早急に犯人追捕(ついぶ)にあたりましょう」


 サリオンが、素直に頷く。

 そのやり取りを見て、周囲の貴族たちも目に見えて安堵しているさまが見て取れた。


(……「勇者を止めてくれ」っていうから来たのに、リアンさん、もう止まってるよね。ぼくら、何やったらいいんだろう……待機?)


「リアン、大丈夫?」

「つか、こんなとこで暴れんなよー」

 ミューラとクルクルが、立ち尽くすリアンに声をかけていた。


「王城の出入り口は、すべて閉鎖いたしました」

「ご苦労。第七、第八隊は外部の警備兵とも連携し、王都内の捜索に加わってくれ」


 指示が飛び、兵達が忙しそうに駆け回っている。

 倒れていた者達も、適時搬送が進んでいた。


「その紫のローブ、あなたが”文無し”のミューラでしょ」


 声がして、ミューラが振り返る。


(貴族の、女の子? 誰だろう)

 正作の知らない人物だった。 


「──サーララ王女殿下。そうですが、何か」

 やや硬い声で、女魔術師が対応する。


「何か、じゃなくてね。これは、正式な依頼よ。ちゃんとわたし個人から報酬も出すわ。魔術師ミューラへ、ゾークヴツォール王国の第一王女サーララが依頼します。同国国王ハラニーチ四世の遺骸に対し、”過去視の呪文(・・・・・・)”を使い、ここ数時間の情景を探りなさい」


 騒がしかった貴族たちが、揃って沈黙した。

 勇者パーティも同様。


「過去視って、──そんなこと、できるんですか?」


 何故か、少し嬉しそうに甘太郎が訊ねる。

 ミューラは、答えなかった。


「わたしは知ってるのよ、ミューラ。王国最高の魔術師であるあなたが、禁忌の呪文(・・・・・)の幾つかにも通じていることを。ほかならぬ父様──父王、ハラニーチ四世との契約で、その口外を禁じられていることも」


「サーララ! お黙りなさい!」

 ルベルベラ王妃が、激高する。

 貴族たちの反応から察するに、かなり危険な発言だったようだ。


「母様、ことは急を要する。そうでしょう? 兄様の言う通り、わたし達は一刻も早く咎人を見つけなければならない。そのために使える手段は、何だって使うべきよ」


(”過去視の呪文”──カイアンフェルドさんの、あの超能力みたいなやつか)


 先日、正作がカイアンフェルド領に滞在していた時、あの青竜がものすごく得意げに見せてくれた──『多眼の者』の異名の元となる、二つの能力。

 第三眼の”千里眼”と、第四眼の”過去視”。


 魔族の持つ固有能力は、基本、魔力に依存する。

 同じく魔力を用いて術を行使する”人間の魔術”に、似たような機能を持つものがあっても、そこまで不思議ではない。


 加えて「禁忌」とされるのも、なんとなく分かる。


 正作は昔に読んだ、藤子不二雄のSF短編集の、ある一作を思い出す。タイムマシンは夢の装置だが、本当に実在するとロクなことがない、という内容だ。


 何しろ、誰だって知られたくない過去は存在する。

 それを自由に暴かれるなど、恐怖でしかないのだ。


(これ、冗談抜きに、殺されるんじゃないか。ミューラさん)


 口止めした王の判断は正しいし、それを衆人に暴露した姫は軽率すぎる。

 しかし──


 一方で、国王殺害の犯人を知る特効薬となるのも事実だ。


「心配しないで、ミューラ。わたしはあなたを信用するし、王国の名にかけてあなたの身の安全を保障するわ。あなたを害するということは、すなわち我が王国に盾を突くということよ。……そうでしょう、兄様?」


 水を向けられ、レオライド王子が苦々しげに顔を上げた。


「……魔術師殿。我が妹の軽はずみな言動を、心より謝罪する。覆水、盆にかえらず──わたしも我が名誉にかけて、あなたの身の保障を確約する」


 しばらく沈黙を守っていたミューラが、やがて嘆息する。


「権力者のやり口なんて、知ってるつもりだったのにねぇ……」


 聴こえるか否かの小声で、囁いた。

 そのまま歩を進め、リアンを横切り、王の横たわる遺体の前に。


 呪文を唱えだした。


「”文無し”が、呪文を唱えるなど初めて見たぞ」

「それだけの大呪文ということか」


 正作の傍で、貴族らが小声で呟いている。


 やがてミューラの両手が輝きだし、光が遺体に吸い込まれ──

 呪文の詠唱が終わった。


「……おわり?」

 最初にクルクル。

「犯人は、誰だった」

 次にリアン。


「分からない。記憶が、残留していない」


「はぁああ〜?」

 場違いな声をあげたのは、ゲゾス伯爵。

「ッきっきき貴様ッ、あれだけ引っ張って、分からぬですむか! やれっ、もう一度やるのだもう一度! 早く! 早くやってくれよぉっ、でないと俺は勇者に、こここ、殺されりゅぅっ」


「あ。もしかして、”銀の法則”ですか?」


 いろいろ大変なことになっている伯爵をよそに、甘太郎が人差し指をたてた。


「ええ、恐らく。遺体であろうと何だろうと、この世の物質である以上、記憶がまったくない(・・・・・・・・・)なんて事は通常ありえない。つまり──」


「陛下は、”銀の武器”で殺された」


 サリオン王子が、そう告げた。

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