その37 〜警備兵長かく語りき〜
その時の状況を、のちに、城内警備兵長ジミー・フェイヴォン(31)が語った。
「いや、思ったのは単純なことですよ。ごく単純。当たり前──」
えっと、王都に来たのは、十九歳の頃ですね。
それまでは故郷の村……
王国の東の方にフェイヴォン村ってあるんですけど、知ってます? 特産品は、薬効のあるフェイヴォン人参っていう──ぁ、はい、すみません。そこでヒラの警備兵やってて。で、野盗退治やらでぼちぼち評価されて、一応栄転ということで王都に配属と、ええ。
いや、嬉しかったですよ普通に。
なにせそれまで週給銀貨三枚だったのが、一気に五枚になりましたから──ま、そのぶん物価もアレですけど。それは、なんといっても王都ですから。
四年前、遠征で魔族退治部隊に随伴し、そこそこ功績が残せたので、城内警備兵長に。軍の格付けでいえば、中隊長ですね。古風な表現だと、百人隊長とか、まぁそんなような規模感の。
お前の自慢話はいいって?
いや、ここは説明しておかないとですね、伝わらないと思うんですよ。
あとの話の”感じ”がね。
要するに自分、わりと”やる方”ってことです。
戦場では魔族を何十体も殺しましたし、棒きれ一本あれば、虎ぐらいなら撲殺できます。ここだけの話、自分クラスの人間十人で囲めば、将軍相手でもいけると思います。
だから、勇者──強いとはいっても、結局はその延長線上の存在だろうなと。
正直、思ってました。
あの夜までは。
***
その日は、城内の祝宴日でした。
当然、内外の警備は強化されています。
近衛兵長がトップで、その下が近衛兵──全員エリートです。
その下につくのが我々、城内警備兵長。
実際に警備につくのは、我々と、その下の連中ですね。
近衛兵の警備計画をもとに、警備兵長たちが現場で指示を出すと。
時刻は、二十時半すぎ。
「第三庭園のほうで異音がする」
──という報告を受けたのは、たまたまうちの隊でした。
わたしは、近くにいた別の警備兵長に言付けした後、まず手勢七十名を連れて現場に急行しました。
薄明かりの中、風光明媚だった第三庭園が、軍勢に荒らされた後みたいになっているのを見て、自分は警戒を強めました。複数の賊が侵入している、咄嗟にそう思いましたね。
しかし、そこにいるのは二人だけ。
いや、立っているのが一人。
腰を落としているのが一人。
あと、地面に横たわっているのが、もう一人。
「陛下?!──ま、まさか」
咄嗟に声が出ました。
そりゃ、そうでしょう。
うちの国で一番偉い方が、衣服に血痕を残して斃れているんですから。
それで、立っている人物──小柄な──が、こちらを向きました。
眼、です。青い瞳。
それしか視えませんでした。
「勇者が、らら乱心しちゃぁッ! ととと捕らえよ! いや殺しぇァ今すぐゥッ!」
貴族らしい中年男が、乱心気味に唾を飛ばすのと、
”彼女”が
こちらに
跳んでくるのは、
ほぼ
同時でした。
自分は咄嗟に腰の剣を抜こうとしたのですが、柄に手が触れるよりも先に、相手は── 十mほどの間合いを一気に詰め──左手で、こちらの胸元を押しました。
数秒、意識が飛びました。
乱れる視界と意識の中、かなりの前方で、こちらの兵達が次々に崩れ落ちているのが見えました。戦場が移動したのではなく、自分が後ろに飛ばされ、転がっていたのです。
横たわったまま胸元を見ると、くっきり小さな手形が残っていました。
鉄板鎧の表面に、です。
いえ、掌底ではありませんでした。
軽く押されただけでこうなった事を知り、自分は戦意を喪失しました。
手加減されている以前の話です。
”彼女”の右手には小剣が握られていましたが、それを使っている様子は一切ありませんでした。叩いたり蹴ったり、そんなこともありません。あったら、あの場に転がっていた自分の兵達は、骨折程度では済んでいなかったでしょう。
「おい、大丈夫かジミー!」
さっき声をかけておいた同僚の警備兵長が、別の手勢を連れて駆けつけました。
「どうなってる」
「まて! 手を出すな! 状況を──」
次の瞬間、その同僚は宙を飛んでいました。
やはり、腰の得物に手をかけようとした途端です。
あとは、この繰り返し。
その様子を、自分は少し離れた場所で半身を起こし、傍観していました。
肋が折れていましたが、その時は痛みはありませんでした。
麻痺していたんですね、いろいろと。
***
第二王子サリオンは、自分の身長ほどもある大岩の陰に隠れ、その一部始終を見ていた。
一度、彼はリアンと一緒に祝宴場へ戻り、少し食べてから、また腹ごなしに外へ出た。
リアンが、
「まだ陛下は、さっきの庭園におられるでしょうか」
と言い出したので、様子を見に行こうという事になったのだ。
そこにいたのは、第二王妃ルベルベラの腰巾着、ゲゾス・ベンベン伯爵と──
物言わぬ躯となった、ハラニーチ四世の姿。
「おお王子! ち、ちちち違うんです、これは、違う……」
これ以上ないというほど、無様に取り乱したゲゾス。
サリオンは、”父王の死”という衝撃を理性で無理やりねじ伏せ、考えた。
(陛下が殺された──ゲゾスに? ただの発見者かも知れないが、第一発見者ほど怪しむべきという話も当然ある。いずれにせよ、詳しく話を聞く必要が)
「ベンベン卿。どういうことか、説明……」
「陛下を殺したのは、あなたですか」
サリオンの言を遮って、リアン。
「えっ、ちっ、違ッ──そ、だ、おまっ──」
混乱の極みにあったことを差し引いても、この時のゲゾスの反応は最悪だった。
「で、殿下のお言葉を遮って、ぶぶブッ無礼なことを! おお俺を、誰だと思ってる! ゆゆゆ勇者だとてしょせん平民、あまり無礼なこ──」
リアンが小剣を振った。
派手な音をたててゲゾスのすぐ右側の地面が割れ、後方の庭石樹木が先々まで砕け散る。
伯爵のズボンに、じわっと染みが浮いた。
(あ、こいつは死んだ)
妙に冷静にそう結論し、サリオンは巻き込まれないよう、リアンから距離を取る。
(今考えるべきは、陛下を殺害したのは誰か。次王を速やかに決すること。庭園の破壊と、ベンベン伯爵の事故死についての、それらしい理由付け。今の破壊音を聞きつけてやって来るであろう、警備兵達へのいい含め。これは、死者が何人出るかでも変わるな。怪我人程度で済めば良いけれど。……王妃、兄上、サーララ、勇者の仲間達も駆けつけるか? そこは、来る順番によって臨機応変に対処するしかない、か)
今、王がいなくなるのは完全に計画外だが──さりとて予測不能の事態というほどではなく、大筋では問題ない。
ただ、この混乱で『まぎれ』が起こることは避けたい。
伯爵の”事故死”で、王妃が煩そうだが──
城内警備兵が到着した。
(しかし陛下が、まさかこんな最期を遂げるとは。一寸先は闇、か)
リアンがほとんど反射的に兵達を倒していくが、サリオンの思考を妨げるものではない。
三部隊ほど壊滅したところで、王妃達の一行がやってきた。
(──来たな。ここからが本番だ)
サリオンはいぜん姿を隠したまま、様子見に徹する。
***
「いったい何の有様ですか、これは」
ルベルベラ王妃と、その取り巻き貴族たちの到着。
それを見たゲゾス伯爵──涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ──が、パァッと顔を輝かせた。
「おおお、王妃ざばぁっ!」
対する勇者は、息一つ乱した様子もなく、ゆっくりと振り返り、王妃らを見る。
「陛下が殺害されましたので、犯人とおぼしき男を問いただしております」
普段のリアンとは似ず、なめらかな口調。
「殺害? ──ッ、こ、これは」
「警備兵たちが!」
「いや、違う。あれ、へ、陛下! 陛下が倒れてッ」
「殺害って、まさか」
「え、ベンベン伯が」
「ひ、ちが。違う違うちがぶふっ、おれ、わた、わたしじゅない! ない!」
「静まりなさい」
王妃の一喝で、混乱はすぐさま鎮静した。
「勇者よ。この累々と倒れる警備兵達は、何事ですか」
「わたしがこの男を問いただすのを邪魔するので、眠ってもらいました」
貴族たちが、どよめいた。
城内警備兵は、ただの兵士ではない。
近衛兵の直下にあり、王と王族を守護する任についている象徴的な存在だ。
手を出せば、平民なら、問答無用で反逆罪となる。
「将軍。近衛兵長」
「「はっ」」
王妃に随伴してきたヤットール将軍、近衛兵長が軍礼を取る。
「そこの叛徒を囚えなさい」
「「御意」」
ヤットールが長槍を構えた。
”竜殺し”の英雄パルテオンが討ち取った、黒竜バイエルンホーン──その角を削り出して造られた、特別製の長槍だ。鋼鉄よりも軽く、そして鋼鉄をも貫く強度を誇る。
近衛兵長もまた、将軍に並ぶほどの実力者。
その二人が、完全武装の近衛兵精鋭三十名を率い、勇者リアンを取り囲んだ。
「勇者リアン・スーン。警備兵への暴行容疑で一時その身柄を拘束する」
「……どうぞ」
少女は言った。
「できるものなら」
***
城の中心部にそえつけられた、巨大な時計塔の『九時』のあたりの文字盤に、近衛兵長が刺さっている。穿たれた大穴からはみ出した下半身は、ぐったりして動かない。
ヤットール将軍は、半狂乱になったゲゾスのすぐ横で、妙な具合に身体をひねり、白目をむき、少しく痙攣し、泡を吹いて転がっていた。鎧は半壊。持っていた自慢の槍は、先程まっ二つに折られていた──素手で。
ほか近衛兵も、まったく平等に、先の警備兵達と同じ風になっていた。
城内警備兵長、ジミー・フェイヴォン(31)は、語る。
思ったのは単純なことですよ。ごく単純。当たり前。
そりゃ、”魔王”を倒しにいくんですよ。
勇者って。
人智を超えて強いぐらい、当たり前じゃないですか。




