その33 〜祝宴の途中〜
「ねぇ、あなた、大丈夫ぅ?」
「んー。何がだミューラ」
右手にフライドチキンを握ったゴンドラゴンドが、後ろの女魔術師を振り返った。
王の開催する祝宴への参加も、今回で七回目。
人並みに名声欲もあるゴンドラゴンドのこと、当初はその”特別さ”に興奮したものだが──習慣化すると、しょせん、ちょっと豪勢なだけの飲み会に過ぎない。
周りは”偉い人”ばかり。
メシも酒もうまい……が、それだけだ。
ミューラの片手にはワイングラス。
中身は、あまり減っていない。
「今の時期、あんまり変な動きはしないほうが、いいんじゃなぁい?」
(サーララ姫との会合を、知っているのか)
とりあえず手のチキンを齧って、間をつなぐ。
「迷惑はかけねぇよ。俺なりに考えがあってね。それに」
ミューラの顔を、正面から見た。
「正味の話、しょせん俺は、どこまでいっても宮仕えの身。お前さんのように、自由には生きられないっつーのもある」
「そーいう話じゃないのよクソゴリラ。相談とか、あるでしょぉーってことを言ってんのぉ」
苛立たしげに、グラスの中身を少し含むミューラ。
(んー、らしくないな。今夜は、妙にいらついている)
ミューラという人間は、基本的には個人主義だ。
誰とでも仲良く付き合うが、深入りすることはない。
相談を持ち込めば乗るが、そうでなければ放置する。
ウェットなようでドライ。
そういう性格だ。
「……相談したいことが、あるのか」
「はぁあ? 話ぃ、聴いてた? わたしは今、あんたの──」
「んー、まぁ、なんだ。何やら抱えているような感じだし。頼りねぇかも分からんが、俺で良ければ、それこそ相談に乗ることぐらいはできるぞ」
ごく穏やかな口調で、ゴンドラゴンドが言った。
ミューラは、片眉をあげ、少し沈黙する。
「ふん、何か変なもんでも飲んだ? あんたって普段アホなのに、たまに思い出したみたいにピンとくるのよねぇ」
「今夜は、まだワイン二杯しか呑んでねぇよ。つーか、マジであんのか、相談」
「あっちで話しましょ」
空になったグラスを手近な卓に置いて、ミューラが人気のない会場の一角を示した。
「ヤマシタさんと、カンタローくんの話よ」
***
第一王女サーララ・メソ・ゾークヴツォールは、一頻りの挨拶、歓談を済ませた後、色直しのため一旦自室に戻っていた。
国王主催の大祝宴も、彼女からすれば単なるホームパーティに過ぎない。
とはいえ、彼女は次期国王レオライド王子の同腹の妹。
一つの宴席に、同じ服で出続けるなど、恥ずかしい真似は許されない。
贅沢に魔法の光球が一つ浮かんだサーララの衣装部屋。
これまた高価な全身鏡の前に立つ姫君を、おつきのメイドが手際よく着替えさせていく。
子供の頃から彼女の世話をしている、中年メイドだ。
(勇者が勝つと仮定して、まぁ、あと数年はかかるわ)
ゴンドラゴンドについては、ゆっくりで構わない。
急いてことを運んでも、嗅ぎ回る鼠にエサをやるだけだ。
勇者リアン・スーンに対して、サーララは何の感情もない。
しょせん、王家にとってはただの道具。
サリオンが執着しているので、そのスジで利用できるかも知れないが……下手につついて父王の勘気に触れるのも詰まらない。
彼女の”このゲーム”の勝利条件は、「兄の失墜」である。
順序でいえば、兄レオライドが先だ。
兄を推す母も、それを失えば──自分が腹を痛めて産んだ、もう一人の予備機のことを思い出すだろう。
殺すのは、うまくない。
それ自体は簡単だが、後に続けるのが難しい。
疑惑は、やはりサーララにも降りかかる。
名声の失墜。
次期王として致命的なスキャンダル。
かなりの術策を要するだろうが、これにさえ成功すれば、あとは楽に運ぶ。
元より、第二王子サリオンを推す立場の王だ。
必ず、そのように流れる。
そして、母ルベルベラが、座して黙するはずもない。
弟サリオンは、王になりたがらない。
サリオンは賢しい。敵に回すのは愚か。
味方に抱き込むのが最上。
(勇者をあてがってさえやれば、弟は満足。そのための布石がゴンドラゴンド。うまく蝶番になってくれれば、それでよし。ならなければ、ヤットール将軍の生贄にして、母の歓心を買う素材にするのも良し)
「……ちょっと? 先程から、手が停まっているようだけれど」
サーララの下着のコルセットを締めたあたりで、中年メイドが動きを止めていた。
鏡越しに見るいつものメイド女は、その顔から、表情の一切が消えている。
「サーララ・メソ・ゾークヴツォール、お初にお目にかかる」
声こそ本人だが、その口調はまったくの別人。咄嗟に逃げようとしたが、その細腰は、メイドの両手でガッチリと捕まえられていた。
「ああ、声を上げるのはよしたほうがよろしい。それは、お互いの取引にとって不幸な結末を生むでしょう」
(魔術師? メイドの身体を乗っ取って? ──バカぁ? その”術跡”を、宮廷魔術師に後から探られるのも承知のことかしら)
人間の肉体を乗っ取って、自由に動かす魔術は(かなり高位ではあるが)存在する。それゆえ、ある程度の地位にある者は、何らかの銀製品を身につけるのが常だ。
”銀の法則”──
それはたとえ、ゾークヴツォール王国最高の魔術師とされる”文無し”のミューラでさえ、破ることはできない。法則は絶対。
一方、このメイドのように側仕えの者を乗っ取って、『暗殺』といった手段に出る場合はある。しかし、魔術には必ず魔力による痕跡が残る。
”術跡”は、初歩的な魔術によって容易に鑑定が可能。
それは「術が行使された時」「術者固有の波動」「術の種類」を赤裸々とする。
術者固有の魔力波動は、魔術師ギルドに例外なく登録されるため、ほぼ必ず露見する。かつ、ギルドに所属しないもぐりが、巨大な力を持つことはまずない。
そんなサーララの思考を、その”声”があっさりと覆した。
「魔術で操っているのではありません。わたしは魔族です」
姫の首筋に、零が滴る。
(こんな王都の奥深くに──あ、ありえない! ハッタリよッ)
魔族からすれば、ここは敵の本拠地。
しかも、今夜の宴席には”勇者”達もいる。
それを承知でここに来るということは、勇者をも怖れぬ実力者。
いるとすれば、それは、
「──魔王?」
「いえいえ、わたしはただの使い魔。魔王軍とも関係ない、とある一勢力の者です。ゲゾス・ベンベン伯爵……ご存知ですか。ここ十年ほどは、彼と取引をしております」
(ゲゾス──母様の腰巾着の)
あの裏切り者め。
うさんくさい男とは思っていたが、まさか魔族側と通じていたとは。
母に取り入ったのも、この魔族の協力あってのものか。
しかし、どうして……
「……で、取引って?」
「切り替えが早くて結構。まぁ彼もそれなりに良い取引相手ではあったのですが、いかんせん──ああ、なんと申しましょうか──」
「小物?」
サーララが、口角をほんの少し上げる。
「ははは、遠慮がございませんな。え、そういう訳でですな。当方としましても、勇者が出てきたこともあり……先々のことを考え、もう少し有望な取引相手を新規開拓しよう、そのような腹づもりでして」
「ならお門違いね。わたしが、いやしくも王族の一員たるこのサーララが、人間の敵である魔族と、手を組むなんて本気で思っているの?」
「焦らずともよろしい。こちらも別段、急いではおりません。サリオン王子を片すとしても、そう一朝一夕とは参りますまい」
え。
こいつ、何を言って──。
サリオンを片付ける?
レオライドより前に?
「ちょっと! それ、どういう──」
「っ、姫様。何を、お声を荒らげられていらっしゃるのです」
中年メイドが、やや嗜めるように言った。
(チッ)
メイドが元に戻ったようだ。
サリオンを片す? 殺すということか。
まずい、それは順番が違う。
どうせならレオライドをやれよ。
その流れだと、自分は完全に蚊帳の外ではないか。
「──うるさいわね。いいから早く、ドレスを着せてしまいなさいよ」
ふてくされる演技を見せつつ、サーララは下唇を噛み、次善の策を練り始めた。
***
(ど、どういう、ことだ?!)
ヤットール将軍は、混乱していた。
宴席のさなか、ふと中座し、城内の厠に寄った帰り道。
渡し廊下をゆく途中で、キラと輝くものが目に入った。
気になり、近づくと──
「金貨か」
拾い上げたのは、王国で使用されている金貨。
ハラニーチ四世の横顔が浮き彫りとなった、一般流通金貨だ。
周囲を見回すも、人の気配はない。
ただ、廊下の建物寄りの端に、もう一枚落ちていた。
(何の童話だ、これは)
将軍は苦笑する。
いまさら金貨の一枚二枚程度で、一喜一憂するほど貧してはない。
ただ、なぜという疑問はあった。
王族の住まう城内。
確かこのあたりは、レオライド王子や、サーララ王女の居住区画。
(──建物、角の窓に灯りがある。あの位置は、王女かな。色直しをしているのか。戻る途中で、落としたのか)
王族が現金を持ち歩くことはない。
ただ、そのお付きのものが、何らかの理由で預かることはある。
これが街中で、彼が平民なら、バカ正直に届けることはない。
しかしここは城内で、彼は将軍。
ここは、バカ正直が吉となる場面だ。
そう判断し、灯りのついた姫の部屋に近づき──
あろうことか、聴いてしまった。
一部始終を。
(ゲゾス伯と、魔族が──通じているだと?!)
ヤットール将軍は柱陰に隠れて息を殺し、王女とメイドが部屋から出ていくまで動かないでいた。
魔族──
何者だ。
メイドに取り憑いていた?
魔術か。魔族固有の能力か。
サーララ姫は毅然と突っぱねたが、内心がどうかは不明だ。
ルベルベラ王妃に報告すべきか。
難しいところだ。
王妃も腰巾着経由で、その魔族と繋がっていた場合が最悪だ。
逆に、自分が消されかねない。
だいたい、ゲゾスと魔族が本当に繋がっているかどうかも、現段階では不明である。まず、その裏を取らなければならない。下手に動くと、裏目に出るかもだ。
(そう。万事抜かり無く。ここは慎重に──)
「こんなところで酒気払いかね、ヤットール」
将軍は、比喩でなく本当に跳び上がった。
王女の衣装部屋、ほど近くの廊下。
一歩間違えば、誤解されなくもない状況である。
「あ、や、そん……」
振り返り、ヤットールは今度こそ硬直した。
「さっきサーララとすれ違ったが、何かあったか」
そこに立っていたのは、ゾークヴツォール王国国王ハラニーチ四世だった。




