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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--ガブリエラと王都騒乱編--
32/93

その31 〜跨線橋の上で〜

 ヤットール・デイホンムーア将軍。


 デイホンムーア男爵家の次男。三十三歳。


 幼少の頃には、年の離れた兄がすでに爵位を継いでいたため、立身の場を軍と定め、以来、武芸修練に精を出してきた。


 貴族社会での実家は、せいぜい中ほどの勢力であるものの、何代か前に”捨て王族”の血筋を取り込んでおり、表看板だけは立派だった。軍部で出世するのに、そういう分かりやすいフレーズも、けっこう馬鹿にならない。


「八方丸く、万事ぬかりなく」


 亡き父の遺言を、ヤットールは人生訓としていた。


 人は、どこまでいっても感情の生き物だ。

 たとえそれがどんな小物であれ、いたずらに心を逆撫でてはいけない。

 部下を(ねぎら)い、上司を労い──


 ”へつらい”ではない。

 そこは、注意しなくてはならない。

 (へりくだ)るのは、違う。

  

 貴族、王族がとかくメンツにこだわるのは、何もくだらない虚栄心からだけではない。誇り(プライド)とも関係ない。舐められたら(・・・・・・)仕舞い(・・・)だからだ。


 それは、貧農であろうと王であろうと変わらない。

 犬の群れでも、おそらく魔族の集団でも変わらない。

 自然界の"法則"──

 ただの、それだけだ。


 法則は、銀のそれのように絶対だ。

 

 上司にただゴマをするのは違う。

 部下へやたらと下手(したて)に出て、陰で嘲笑されるのも違う。

 ただ、(ねぎら)う。

 

 功績を称賛するのは易いが、苦労を適切に(・・・)ねぎらうのは、存外に難しい。

 よくよく観察すれば、誰であっても日々の人生、何らかの苦労をしているものだ。必要なのは、その理解者となること。


 ヤットールは、長い時間をかけて、彼のような出自の者に向かいがちな感情──嫉妬──を、一つ一つ溶かしていった。自分の苦労を理解してくれ、ねぎらってくれるような相手を、通り一遍(いっぺん)の理由で憎み続けるのは難しい。


 八方丸く、万事ぬかりなく。


 血統の良さ。

 恵まれた武才。

 宮中でも話題の美男子。


 これらの要素が、使いづらい諸刃の剣でなく、便利な片刃の剣となったのも、ひとえにヤットールの『努力』の賜物だ。誰も貶めない、誰も不幸にならない。後ろめたさなど微塵もない。正統、正道にての、堂々たる立身。


 ──あの御前試合までは。


   ***


「捨ておきなさい、ヤットール」

「しかし、殿下」

 城内の華美な廊下を歩くのは、三人。


 第二王妃ルベルベラ。

 ヤットール将軍。

 そして、王妃の腰巾着ゲゾス・ベンベン伯爵。


 王妃がぴた、とその歩みを止めると、二人もそれに合わせた。


「小娘らしい、ただの好奇心に過ぎません。サーララとゴンドラゴンドが密会? ふん、絵にならぬこと(おびただ)しい。これが、あなたとあの娘であるなら、美男美女ということで、まだしもさまになりますが──」

「王妃殿下。そのような浮いた話であるならば、態々(わざわざ)わたしも報告になど及びません。どうも王女殿下は、あの男をそそのかし、何やらお企てを」


 万事ぬかりなく。

 その訓示が、彼をして城内、王都内の隅々に情報網を築かせた。


 下働き、王宮メイド、近衛兵、警備兵、下級貴族──そこかしこに、彼の目があり、耳がある。王城内第三庭園で、たまたま掃除していた下男の話は、ヤットールの本能に危険を囁いていた。


「ふむ、では今夜の宴席で、いたずらの一つも仕掛けるのかも分かりませんね。やれやれ、あの子も、自分が行き遅れている(・・・・・・・)理由に、そろそろ気づいて貰わないと。美人が遅れるというのは、決して迷信ではないのです」


 そういってルベルベラは片手をひらと上げ、一人で廊下を進んでいった。

 手の仕草は『ついてくるな』ということだ。


 ヤットールは音を殺してため息をつく。


(この頃の王妃は、サリオン殿下以外のことについては、すっかり気が抜けてしまっているな……)


 しかし、それは無理もないことにも思われた。

 彼女の実子であるレオライド王子が次代の王となることは、もはや鉄板。強いて言うなら(・・・・・・・)サリオンに、という展開もまったくのゼロではないだろうが──たとえ王がその気でも、まわりの貴族が許さない。


 数年前より、レオライド『王』となる前提で、組織の根回しは進んでいた。

 それが分からぬほど、愚昧な王ではない。


(……仮にそうだとすれば、レオライド殿下の”御出座”が早まるだけ)

 

 これがサリオン王子でなく、サーララ王女なら、なお可能性はない。


 そもそもゾークヴツォール三百年の歴史において、女王が誕生したのはただの一度。それも、適齢期の王族男子がたまたま見当たらなかった為、臨時で数年だけ、早逝した前王の妹が『代王』として就いたというもの。


 歴史とは伝統。

 伝統とは、既得権の別称だ。


 (たっと)き立場にある女性なら、『王の母』となり実権を握るのが、もっとも現実的である。ルベルベラ王妃が狙っているのはまさにそれで、定番ながらも堅実なやり口といえた。


 そんな王妃の実子でもあるサーララ王女に対し、”その方面”で警戒せよ──などと、荒唐無稽な戯言と退けられても、仕方のない面はある。

 

 が、それでも……


「ゲゾス伯。あなたは、どう思われますか?」


 ゲゾスは、これまで沈黙を守ってきた。

 腰巾着なりに分を弁えているのもあるし、余計な火種に手を突っ込んで火傷してもつまらない、という月並みな臆病さゆえでもある。


「あー……将軍。この際、王位云々から外して考えてみては如何でしょう」


 ゲゾス伯が、腰巾着とは申せ、決して愚かな男ではないことをヤットールは知っていた。沈黙している間も、この件について相当に考えていたことが伺える。


「勇者パーティの一員たるゴンドラゴンド大隊長殿に、王家の貴人が接近する理由とは何か。先に王妃殿下も仰った通り、ヤットール(・・・・・)将軍ではなく(・・・・・・)、なぜ? です。ハイ」


「わたしと、奴?」

 ヤットールは訝しんだ。


「まぁ率直に申し上げて、今をときめく将軍閣下と引き較べ、かの大隊長殿にどんな取り柄があるかと申さば、これはもう(ただ)の一つ」


「……勇者との接点ですか」

「そのとおり。勇者リアン・スーンは陛下にべったり。ミューラは扱いづらい女狐。政治に無頓着なパルテオンは論外。クルクルは──あはは、まぁ、あの子供はわたしの囲い者(・・・)ですから。となると残るは、ということでハイ」


 勇者パーティで、唯一”隙”のあるゴンドラゴンドに取り入った。

 その事実が、指し示す先は──


(魔王討伐後? 達成されれば、やつは十中八九”将軍”……場合によっては総司令官にも。今の奴は、ただ腕が立つだけの野良犬。しかし、もしそこに適切な飼い主(・・・・・・)が現れたなら──)


 推論。推論。また推論。

 どこまでいっても、根拠がなければただの揣摩臆測だ。


(探らなければならない)


 焦燥か、苛立ちか。

 ヤットールは無意識のまま、右足をパタパタと踏みしめていた。


   ***


「ふーん。なかなか、ハッテンしとるじゃーないですか」


 鈴木 甘太郎は、線路をまたぐ陸橋──跨線橋(こせんきょう)の上で、手すりに両肘をかけ、王都の街並みを眺めていた。


 建築中の建物のわきに、木組みのクレーンが見える。

 動力こそ人力だが、動物の筋を束ねた頑丈な牽引綱を用い、数トンほどもありそうな石材を、なかなか力強く吊るし上げていた。


(鎖じゃなく綱なのは、コスパの関係かな?)


 マンホールのデザインはモダンで、現代のフランスあたりでもお目にかかれそうだ。

 馬車鉄道があるのには、さしもの甘太郎も驚いた。

 元の世界でも、その運用は十九世紀初頭から。

 日本でも明治時代には普通に走っていたし、汽車、電車の時代に移ってからも、実に昭和に至ってさえ、ちらほらと使われていた。

 

(馬の糞尿の始末が大変だったって書いてあったけど──なるほど。この世界では、ああやってフォローしているのか)


 貨車を曳く馬は、その尻付近に革製の袋──おむつ? のようなものを装備していた。必然的に馬から出るモノを、あれで一時的にキープ。線路上が、馬糞まみれになるのを防いでいるようだ。


(たぶん、駅に到着するたび、御者がソレを所定の処理場に運んだりするんだろう。うへー……大変そう。給料いくらだ。馬糞って、臭い以前に”熱い”って聞くしな)


 ──と、このように、甘太郎は異世界をおおむね満喫していた。

 

「見つけた」


 声。

 女の。


 この王都に、甘太郎の知り合いは数えるほどしかいない。

 その誰とも該当しない。


 はじめて(・・・・)聴く、声。


 背後から。

 陸橋の上。人通りは、ちらほら。

 甘太郎は、右手を後ろに隠しつつ半身を傾け、その声の主を見た。


「あれ? 前に見たことあるね。お姉さん」


 この世界に来て三日目のこと。

 ワフルの街。

 山下正作や、勇者リアンとの初遭遇時。

 とつぜん出てきて、とつぜん去った女。

 

 服装は、この王都の風俗にあわせているらしい。今は(・・)

 白髪一歩手前の銀髪。

 

「一度だけなのに、よく覚えているなってハナシ」

「や、記憶力いいんで」


 殺気はない。

 しかし油断はできない。

 この相手は、たぶん爆笑している最中でも人を殺せる。


「で、何の用ですか?」

 甘太郎が尋ねた。


「君が、オレの部下を殺したな?」

 こちらの質問を無視して、女は質問してくる。


「──あの、俺、人を殺すように見えます?」

「ヒトじゃない方はどうだ」

 女が少し笑う。


(いや、笑うとこじゃねーだろ。今のは)


 まずい、と甘太郎は思った。


 この女は、甘太郎がこの世界に来た当初、たまたま森で遭遇し、即殺した魔族達のことを言っている……し、どういうわけだか”確実に”そのことを知っている。


 『見つけた』……この言葉から察するに、正確な居場所(座標)を探る方法までは持っていないようだが、それでも”鈴木甘太郎が王都へ向かった”という情報を得るぐらいはできたようだ。

 

 はじめに見た時は──シカトされたが──元の世界の服装をしていた。

 わざと。見せるために。

 誰に?


「山下さんに?」

「……会話が続いていないようだが?」

「いや、でも正作さんでしょ?」


 相手のペースに飲まれてはいけない。

 

 初遭遇時のことを思い出せ。

 あの時、この女は甘太郎に無関心だった。

 今、関心があるのは後に起こったことが原因。


 パルテオンの一件。

 勇者との知遇。

 森で殺した魔族云々は”ついで”──イチャモンの材料。

 

 要するに、これは脅迫ではなく交渉。

 不気味さの演出も、交渉を有利に運ぶための圧力。

 

「くるくると、まぁ、よく頭の回るものだってハナシ」

 女は、呆れたように肩をすくめた。


「それは、どうも。あらためて伺いますが、ご用件は?」


 甘太郎が再度、たずねた。

 数秒、間があく。

 女の唇が開いた。

 

「山下正作は、魔王だ。鈴木甘太郎くん、君は人間だが……勇者の味方をして、同郷の仲間を殺せるか?」

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