その30 〜小部屋〜
「こたびの魔族討伐、まことに大儀であった」
ゾークヴツォール王国国王、ハラニーチ四世の低い声が、謁見の間に響く。
玉座の前では、勇者リアン・スーンとその仲間たちが片膝をついて控え、さらに後方では、山下正作と鈴木甘太郎が同様にしていた。
左右には、長槍を斜めに掲げた近衛兵が居並ぶ。
それは威圧的でもあり、また儀礼的でもある。
「勇者リアン、そしてその果敢なる仲間たちよ。わたしにとって、そなたらはまさに誉れだ。以後、益々の活躍を期待しているぞ」
「もったいなきお言葉」
とリアン。それに続き、ほか四人も頭を下げる。
厳密には青竜カイアンフェルドは倒されておらず、その意味で討伐は失敗に終わっていたが、それは魔王軍が途中で乱入したせいであり、また基本、勇者は青竜とその軍勢を圧倒していた為──それとなく成功したような体裁で、茶を濁していた。
「パルテオンよ、傷は問題ないか」
「無問題にて」
床を見据えたまま、右腕を失った老司祭が返答する。
「うむ。”竜殺し”の英雄たるそなたもまた、我が国の宝。しばし王都にて養生し、英気を養うよう」
「は」
「──して、そのパルテオンの危地を救った、感心なる者達は、いずれか」
それを受け、勇者の役割を背負う少女が立ち上がった。
「陛下、こちらの御仁でございます」
後ろの正作、甘太郎を緩やかに示す。
(すごいなぁ、台本でもあるみたい)
芝居がかりも、ここまで徹底すればいっそ気持ちがいい。
正作と甘太郎は、事前の打ち合わせ通り、ここで深く頭を下げた。
「左様か。リアン、彼らの氏素性などを知りたい」
「はい。向かって左より、ヤマシタ氏、カンタロー氏。いずれも東方連合はグダル共和国から来たる、行商人にございます」
(王様と目線を合わせるのは基本、無礼。直接声をかけられるまで、言葉を発するのも無礼。”台本”以外の動きを見せるのも、また無礼──と)
ミスがないよう、心の中で繰り返しそう反復する正作。
どう考えても、この場で一番やらかしそうなのは、自分だ。
「──であるか。ヤマシタ、そしてカンタローよ。そなたらが示した義心、勇気、そして行為に、ゾークヴツォールを代表し、心より歓迎の意を表する」
(感謝、ではないのか)
しょうもないことに引っかかる正作であった。
「以てこれを賞し、両名に金貨百枚、二等勲賞状をあわせて下賜する」
「「ははー」」
正作と甘太郎が、綺麗に輪唱した。
(金貨百枚──つまり一千万円!)
魔王城で生活している限り、人間世界の貨幣などあまり意味はないが、その人間世界に滞在している限りにおいて話は別だ。旅費はヤマトから一定量貰ってはいたが、そこに金貨百枚が加われば相当余裕が出る。
単純な飲み食い代としても、行商人という表の顔を演じるためにも、たいへん心強い資金源となる筈だ。
「一同、今宵の祝宴で、また会おう」
散開の合図。
そこで皆が立ち上がり、謁見の間をあとにする。
終わってみれば、思いのほかあっさり風味の謁見だった。
***
王の謁見を終え、ひとまず王都の宿に戻った正作は、三階に借りた自室のベッドに寝転がり、しばしボォーっとしていた。時刻は昼下がり。さっき、どこかの大時計が鐘を十四回打ったので、間違いない。
窓から見える空は、やや曇りがちだ。
さすがに大国の首都だけあり、七階建て八階建ての建造物が普通に乱立する、規模感なら現実世界の地方都市にも負けないぐらい絢爛たる都市だった。
道のいたるところが石畳で舗装され、ワフルでは多少感じられた埃っぽさも殆どない。
驚いたのは、商店にガラスのショーケースがあったことだ。
マンホールだって普通にある。
馬車用の道路と歩道も分かれている。
それどころか、路面に鉄道まで敷かれている。
すわ蒸気機関車登場──かと思ったが、さすがにそれはなく、ここには馬で貨車を曳く『馬車鉄道』なるものが走るらしい。
これであと電線と自動車があれば、現代都市と言われても、結構信じるかも知れない。
勇者リアン・スーン達は、やはり王国にとっても特別の賓客ということで、王城内に敷設された来賓室に通されていた。
正作と甘太郎、ガブリエラが泊まるこの宿も、王都の民間人が泊まる宿の中では上品なほうで、一泊夕朝食つきで銀貨三枚もする。
もっと安い宿もたくさんあったが、なにしろ金貨百枚の報奨金だ。少しぐらい贅沢をしてもバチはあたるまい、そんな流れだ。
なお、プライバシー大事な現代人の欲求に忠実な三人は、それぞれ一人で一部屋ずつ。甘太郎は、王都の様子を見てくると言い、先程出ていった。
正直、暇だが──
(前も、暇つぶしに外に出て、碌なことがなかったもんなぁ)
自重。ここは自重の一択。
(王都の食事のことでも考えて、時間を潰そう。和食で思わぬサプライズ! とか、あったらいいけどな……まぁ、ないよねぇ)
本格妄想モードに移行しかけた正作を呼び戻すように、部屋の扉がノックされる。
「ヤマシタさん、ちょっと、いいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
入ってきたのは、ガブリエラだ。
カリフォルニア州サクラメント在住のアメリカ人。
二十二歳。正作とは親子ほども歳が違う。
表向きには、両親を失った彼女を、その父親の友人だった正作が後見人として引きとり、商人修行をさせている──かような設定におちついていた。ワフルの大浴場での一件では多少言い訳に苦慮したが……まぁ、結果的に「入浴時間帯を間違えた」で何とか通る。
「何か、ありましたか?」
「えっと、その──」
『ガブリエラの能力開発に成功いたしましたので、さしあたりご報告をばヒヒヒヒヒ』
”声”が、正作の頭に届く。
彼女の体内に絶賛寄生虫の魔王軍四天王、ナンギシュリシュマの”声”だ。
「能力の、開発?」
そんなことをしていたのか──
いや、できたのか。
『あの”スズキ カンタロー”なる者、人間ではありますが、やはり陛下と同じく”獄界”出身とのこと。それが人ならざる超常力に覚醒していると聞き、拙僧、思い出したのです。かつて昔、先代アルガスヴェルド陛下がおっしゃっていた、「世界渡航者の法則」についてヒヒヒヒヒ』
(世界渡航者、の法則?)
ぞくり、とした。
つまり異世界人についての法則。
誰かが定めたのか、元からあるのか。
いや、なぜこの世界の魔王がそんな知識を持っているのか。
『「銀の法則」同様、定められた法則は絶対。世界を渡る者は、その法則により加護を付与されるとのこと。であるならば、このガブリエラめにも何らかの超常力が、と。──論より証拠。ガブリエラ、一つ陛下にご覧さしあげよヒヒヒヒヒ』
彼女は露骨にイヤそうな顔をした。
直後、正作に向けてウィンクしてきたので、そのヘイトがナンギシュリシュマへ向かっているのは明白だ。さしずめ、タコ焼きの具の分際で偉そうに、とか思っているのではないだろうか。
(仲良くして欲しいんだけどなぁ……)
ガブリエラが先程入ってきた部屋の扉に手をかけ、開くと──
「え」
宿の廊下ではない、見知らぬ部屋に繋がった。
窓もない。
白い床、白い壁。
幅、高さ、奥行き、ともに二mほどの立方空間。
何より驚いたのは、その部屋の中央に佇む赤い人物。
「お久しぶりでございます、陛下」
「エッ、エクステリア、さん──」
『……ま、さしあたり”ガブリエラの小部屋”とでもしておきましょうかなヒヒヒヒヒ』
***
ゴンドラゴンドは、気分が悪かった。
王都に戻って早々、城内で『将軍』と鉢合わせた為だ。
二言、三言、無難に言葉を交わして、そのまま立ち去った。
それだけで、この苛立ちだ。
(ヤットールの糞野郎……)
男爵家の次男坊。
ゴンドラゴンドに並ぶほどの偉丈夫ながら、美形で、御婦人方に人気がある。ついでに世渡りもうまいものだから、軍部や王宮での評価も上々だ。
──もっとついでに言えば、ゴンドラゴンドが軍部で(実力ほどには)出世できない要因の一つでもあった。ヤットールとゴンドラゴンドの確執は有名で、それが八年前の、御前試合によるものであることは疑いようもなかった。
ゴンドラゴンド程ではないが、ヤットールもまた、槍をもたせれば達人の域にある戦士だ。
実力があり、世知に長け、おまけに美形の貴種。
歳は同じながら、生まれに育ち、容姿、外的評価が雲と泥ほどに違う。
王の前で毎年行われる、軍内実力者同士の御前試合。
そこで、ゴンドラゴンドが空気を読まず普通に勝ってしまった。
負けるべき、という雰囲気は彼も察していたが、実力でねじ伏せれば文句はないだろう、そんな若者の傲慢が、当時はまだ残っていたのだ。
そのツケが、今に至っている。
ヤットールは二年前晴れて将軍となり、ゴンドラゴンドは七年前、大隊長になってから今の今まで現状維持。
「くそ」
王城の第三庭園にふらり立ち寄り、手近な大岩に腰掛けるゴンドラゴンド。
平民には一生縁のない場所だが、入城の特権を持つ者達にとっては、さして面白みのないところでもある。
一人になりたくて選んだ場所だったが──
「あらあら、ご機嫌斜めなようね。ゴンドラゴンド」
やや高めの、娘の声。
すぐその主を察し、彼は即座に跪いた。
「姫様! ご無礼を」
「いいのよ。お邪魔してしまったわね。勇者のお供も、大変でしょう?」
王女サーララは、母親譲りの整った貌に、笑みをはりつけた。
「いえ、そのような──」
(……んー。お姫様が、俺ごときに何用だ?)
正直、障りのない世間話をするぐらいで、さしたる接点はない。
「その苦労は、報われるべきよね。信賞必罰は、治世の華──たとえばね、将軍よりも強い臣が、将軍よりも下の位に甘んじるなんて、それからすれば、あまり”正しく”はないわよね」
「あの、姫様。いったい、どういう」
(俺に、何かさせる気か?)
真っ先に警戒心が疼いたが──
まてよ、とゴンドラゴンドは考え直す。
眼の前の美姫は、黙ったまま微笑を湛えている。
この妖しい感じは、第二王妃にそっくりだ。
数秒考え、それからもう数秒考え、彼は居直った。
「──それで、どういう?」
「話が早いところは、あなたの美点よゴンドラゴンド。でも慌てないで。木の根も、ゆっくりと伸びてゆくものよ。慌てず、騒がず、気取られず。そう、ゆっくりと──でも、確実に」
白く細い指で、ゴンドラゴンドの髭面をそっと撫でた。




