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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--ガブリエラと王都騒乱編--
30/93

その29 〜王都動静〜

 ゾークヴツォール王国。

 建国三百年を誇る、大陸一の大国である。


 かつて七百年前、当時の”勇者”の後援者となり、先代魔王アルガスヴェルドと戦ったギュジール帝国の皇帝シファイシタール。その後裔(こうえい)を自称する始祖王──の血に連なる王家が、代々治めている国家だ。


 現在の王は、ハラニーチ四世こと、ハラニーチ・レィイム・ゾークヴツォール。


 その治世や、魔族対策の巧みさ──ことに、”勇者”の迅速な確保と育成・管理(・・)の手管など、おしなべて高く評価されている。


 ハラニーチ四世には、三人の子があった。

 単純に「子」というだけなら二十を軽く超えるが、『正統な』となると、この三名。


 レオライド・メソ・ゾークヴツォール。二十三歳。第一王子。

 サーララ・メソ・ゾークヴツォール。十九歳。第一王女。

 

 この二人は、ともに第二王妃ルベラベラの子。

 

 サリオン・ドーマ・ゾークヴツォール。十二歳。第二王子。

  

 この末子のみ、今は亡き第三王妃の子である。

 第一王妃は早くに亡くなり、第二王妃ルベルベラは健在。

 

 生まれた順、実母の権勢──

 長子たるレオライド王子が次期国王となるのは、大半の貴族たちにとって既定路線であった。


   ***


「王はいやか、サリオン」


 ハラニーチ四世は、談話室で専用の長椅子に横臥し、蜂蜜で割った果実酒を片手に、目の前に立つ子供──第二王子サリオンを見た。


「兄上ではいけないのですか、陛下」


 利発そうな声。

 面差しは、亡き第三王妃の生き写しだ。


「いけなくはない。レオライドは、優れてはいないが愚かでもない。戴冠後は、ごく普通の王として、ごく普通に民草を治めるであろう」

「では、それでいいのでは」

「平時であるならな。今は、違う。”魔王”があらわれた」


 壮年の、威厳ある表情。

 厳しい現実に、長年向き合ってきた顔だ。


「七百年前、魔王アルガスヴェルドの時代には、二人の勇者が(たお)れた。後世には、ただ『勇者に魔王が倒されました、めでたし』と呑気に終わっているが、現実はそう易くはなかったろう。シファイシタール帝の優れた差配なくば、あるいは既に、世界は魔族の手に落ちていたやも知れぬ」


「陛下は、リアンが負けると?」

 小さな王子が、不満そうに口端をさげた。


「常に最悪を想定し、先手を打てぬなら、そんな王は不要だ。わたしとて、手塩にかけて磨き上げた勇者リアン・スーンが討たれた先のことなど、考えただけで身の裂かれる想いよ。しかし、考えねばならぬ。万が一を。そして、いざ、そうとなった折──」

「兄上では、足りぬと」


 サリオンが、つけ足した。

 王は長椅子から起き上がり、空になった酒盃を手近な小卓に置いた。


「まだ決めずともよい、サリオン。まだな。ただ、いずれ決めねばならぬ。そしてそれは、明日かも知れぬのだ」


   ***


「兄様! パルテオンが右腕をなくしたって、本当?!」


 甲高い声が、王城回廊内に響いた。


「叫ばなくても、聴こえてるよサーララ。そうだ。ワフルの街に滞在中、”四強”のヤマトだかいう魔族に不意打ちされて、やられたらしい」


 片耳を手でおさえ、第一王子レオライドが云う。


「それは奇妙よ、兄様。魔族って、基本的に脳筋で、力押しの連中だったでしょう。それが人間の街に来て──つまり隠密行動をして──こちらの油断をついてくるだなんて、まるで人間みたい(・・・・・・・・)


 二人は、豪勢な装飾の入った両開きの扉の前にきた。

 前には、小奇麗な宮廷メイドが三人ばかり控えている。


「まぁな──あ、母上はご在室か? 取次を頼む」

「はい殿下。かしこまりました」


 メイド達は一礼し、一人がするりと扉の中へ。

 もう二人はそれぞれ扉の取手を持ち、合図を待つ。

 しばらくして、中からノックが三回鳴った。

 二人のメイドが改めて扉を開き、そこでようやく王子と王女は入室する。


「ごきげんよう、凛々しいレオライド。今日も美しいわね、サーララ」


 銀装飾が施されたテーブルに腰掛け、二人を迎えたのは妙齢の婦人だった。

 ルベルベラ第二王妃。

 生存する唯一の王妃にして、彼らの実母である。

 

 その傍には、(かしず)くように佇む中年紳士の姿が。

 ルベルベラ王妃の腰巾着、ゲゾス・ベンベン伯爵だ。

 彼は王子たちの姿を認め、深々と一礼する。


「パルテオンの話は聞きました。良いですか、あなた達。王族たる者が、いちいちとこの程度のことで一喜一憂するものではありません。戦は水物。かの”竜殺し”とて、時には不覚を取るもの。そうと承知すれば、回廊中に響くような高声(たかごえ)をあげるまでもないのです」


 指摘され、サーララ王女は少し下を見た。


「それよりも、パルテオンの危機を救った市井(しせい)の者を賞する、という話。こちらの方がずっと重要です。陛下は謁見の際、金一封と賞状を下賜されると仰っておられましたけれど、その後の宴席で、あなた達──特にレオライドは、必ずサリオンよりも先に(・・・・・・・・・)、その者達に声をかけるのですよ」


「母様──」

 レオライドは、なかばうんざりしたような声を出す。


「”見せるため”にそれを行うとして、一体誰に”見せる”のです? サリオンに? あいつは王になる気なんてありません。ほかの貴族たちに? 継承順位に劣り、若年で、後ろ盾もない弟とわたし、どちらに着くかなど、利に聡い連中はとっくに決めてしまっていますよ。あるいは、”勇者”たちに?」


 王子はそこで腕組みし、一呼吸おいた。


「それは、確かに多少は意味のある行いかも知れません。我が王家は、勇者の後援者。魔王打倒後のことまで考えるなら、良き味方(・・)としての顔を印象づけておくのは、一つの布石となるでしょう」


「陛下です」

 ルベルベラは、ぴしゃりと断言した。


「”見せる相手”がいるとすれば、それはハラニーチ四世陛下、ただの御一人です。正統な後継者たるあなたが、サリオンに先んじて、王が賞したその者を賞する。それを周囲の貴族たちが見て、状況を追認する(・・・・・・・)──その様子を、見せるのです。他ならぬ陛下に」


「レオライド殿下。陛下はきわめて英邁(えいまい)な御方でありますが──」


 これまで黙していたゲゾス・ベンベン伯が、口を挟む。


「こと後継者については、どうにも逡巡されているご様子。蟻の一穴(いっけつ)、天下の破れ──のたとえもございます。当たり前のことを、ただ当たり前に……その素朴なる民衆の総意を、殿下の立ち居振る舞いによって王にお示し戴けたなら、と……ハイ」


   ***


 ゲゾス・ベンベン。四十五歳。


 ベンベン領の領主にして、ゾークヴツォール始祖王の代より仕える、由緒正しい伯爵家の当主。生まれた時は三男。本来、爵位継承など夢のまた夢だったが、彼は『努力』によって今の地位についた。


 障害は、乗り越えるか、排除するしかない。

 乗り越えるには、器量がいる。


 ゲゾスは、自分にそんな器量はない──と理解するだけの知恵はあったので、排除することにした。あとは、その方法だ。これが難しい。


 どう排除するにせよ、怪しまれてはいけない。

 暗殺、毒殺、病殺……すべてにリスクがあった。

 ゲゾスとの関係が露見しにくく、かつ誰も疑わないやり方。


 ゲゾスは思いつき、実行した。

 だから爵位を継承できた。


 レオライド王子、サーララ王女が退室するにあわせ、ゲゾスもまた王妃の室より(いとま)を願った。

 王城を出て、貴族区画の片隅にある己の屋敷に戻ると、もう陽が落ちていた。邸内に入ると、そこかしこの燭台に火が灯されている。


 薄明かりの中で、彼は満足げにため息をついた。

 そこは、彼の小さな王国だ。


 気まぐれに下男を足蹴にしても、使用人の小娘の尻や胸をなでても、誰も何も言わない。これが貴族、これが特権階級。ゲゾスの『努力』の賜物だった。


(しかし、俺はこんなところで止まらない。だから、もっと『努力』する)


 自分が治めるベンベン領内の、ある村──

 裏からゲゾスが手を回し、経済的に困窮させた──

 それを救済するという自作自演と引き換えに、年若いながらも伝説的な弓の腕を持つ小娘を、勇者パーティにねじこんだ努力。


 自尊心をすり減らし、第二王妃の腰巾着に徹する努力。


 しかし、最大の努力は──


「勇者の一団が、王都に戻ったようですね」


 ゲゾスの書斎、その暗がりにひっそりと立つ女。

 黒いローブに身を包み、顔も陰になって見えない。


「うむ。さっそく王妃のやつに呼ばれて、あれこれ探りを入れさせられたよ。まぁそれだけ買われているということなので、俺としても痛し痒しだが。パルテオンがやられた時の詳細を、事前にお前から聞けていたのは大きいぞ。これでまた、俺の値打ちが上がった」


 そういって、下品に尖らせた鼻髭を、ピンと指ではじく。


「何か、こちらでやっておいて貰いたいことは、あるかね」

「……いえ。今のところは何も」


こいつ(・・・)と知り合えたのは、まさに幸運だ)


 素顔は一度しか──言語を絶するほど醜悪だ──見ていないが、ゲゾスとこの魔族の女(・・・・)は、十年来の知遇だった。


 人間の集団が一枚岩でないのと同様、魔族──魔王軍とて一枚岩ではない。

 その好例が、今、彼の目の前にいる。


 長兄は、野良(のら)魔族の襲撃に巻き込まれて死亡。

 次兄は、魔王軍との戦闘に箔付けのため参加し、後ろの陣を急襲され死亡。


 暗殺でも、毒殺でも、病殺でもない。

 まさか誰も、人類の天敵と手を組んで殺したとは思うまい。

 いや、仮に思ったとしても気狂い扱いされるのがオチだ。

 それほどに、人間と魔族の溝は深い。


(第一王妃、第三王妃を消してやれたのも、こいつのお陰だ。かわりに、王国のちょっとした情報を横流ししたり、聖女ラヴィリアの弱みを教えてやったりしたが──なァに、大した事ではないだろう。大勢はさして変わらず、ただお互いの組織内で、俺とこいつが多少出世するだけだ)


 こういうのも、共存共栄というのか。


 最初の方こそなにかの罠と疑い、いろいろ策を巡らせたり、気を揉んだりしたものだが──それは向こうも同じだったようだが──数々の取引を通じて、少なくとも仕事の上では信頼関係が築かれつつあった。


(俺にとってもそうであるように、今こいつが俺を消しても、こいつの得になるようなことはないだろう。失われるものの方が、ずっと大きい)


 損得のきく相手は、その意味で信用できる。

 ”裏切るかも”というリスクを、利害の鎖で縛るのだ。


「では伯爵。また次の会合で──」


 そういって、魔族の女は闇に溶けるようにして消えた。

 幻影か、あるいはもっと別の魔術か。


(いっそ、サリオン殿下も消してもらおうか)


 埒も無いことを考え、ゲゾスは低く笑った。


   ***


 王都の夜。

 多くの灯りが、闇の隅々までを照ら出している。

 ゲゾス・ベンベン伯爵屋敷、その屋根の上から、彼女は無数の光点を見下ろしていた。


「お前の値打ちは、そろそろ弾けてお仕舞(しま)いです。クズ人間」

 身にまとっていた黒布が砕け散り、中から赤髪、赤ドレス、三本角の女性が現れた。


「最期にわたくしの役に立つその時、その瞬間、せいぜい豚のように鳴きなさい」


 真紅の大翼を広げ、エクステリアは王都の夜空へ舞い上がった。

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