その2 〜魔王軍四天王〜
「魔王? ぼくが? なんで?」
「何故と申されましても……現に貴方様は、魔王陛下であらせられますゆえ」
大勢の人たち──ヒト?──に向かっての謎のお披露目ののち、山下正作が通されたのは、広々とした豪華な一室。
王様が座るような立派な椅子に座らされ、彼は四人──ヒトかどうかはさておき──の異形、異相に囲まれていた。
(今日は、囲まれデーだ)
一人は小柄な女性。
赤いドレスを着た、きれいなヒトだ。
セミロングの赤髪からのびる三本の角さえなければ、四人の中ではかなり人間として通る。
一人は巨漢の鬼男。
青い肌、アフロヘアに二本の角、口角からはみ出した牙。
そして極めつけは野太い六本の腕だろう。
(アシュラマン、キタコレ)
というのが、正作の初印象だった。
一人は痩身の青年。
ハイファンタジーでよく見かける、亜麻色の単衣を身にまとった、町人風の若者。薄茶の短髪からは長い一本の角が生え、腰に長剣を佩いている。
最後の一人……
「一人」と呼んで良いかどうか分からないソレは、端的にいってタコだった。八本より多そうな触腕で身体を支え、緑色の体表、片眼鏡といった異相だ。
「わたくしの名はエクステリア」
紅一点の彼女が、口火を切る。
「ワシは、ドグ」
と青鬼。
「俺、ヤマトっす。チュっす」
茶髪の青年。
(ソードマスター?)
そしてタコ。
「拙僧、ナンギシュリシュマと申しますでヒヒヒヒヒ」
再び赤ドレスの女性、エクステリアが優雅にお辞儀した。
「以上、我ら四名、魔王軍四天王。御身のため、手足となって尽くす所存にございます」
「あ、はい」
正作も、つられてお辞儀を返す。
中身が半分残った発泡酒の缶を手近な小テーブルに置き、チーカマはジャージのポケットにしまう。
(魔王軍の四天王って、またベタな……分かりやすいけど。赤い彼女がエクステリア、青鬼がドグ。ソードマスターな彼がヤマトで、タコの長老っぽいヒトがナンギ……難儀しとります?)
「あなた、”拙僧”とおっしゃってましたけど、なにか宗教関係の?」
名前はおいおい覚えようと思った相手に、話題をふってみた。
「左様。拙僧、名もなき異神を奉じる家系のものでしての。その信仰忘れられて久しく、もはや現世において、信徒は拙僧しか残っておらぬような始末ですがヒヒヒヒヒ」
緑の触腕のニ、三本が、あてもなく宙に揺れた。
しごく落ち着いたように見える正作だが、内心は普通にパニック状態である。
混乱しすぎて、逆に冷静になってしまっていた。
(……落ち着いて、状況を確認しよう)
ITの仕事でも、行き詰まったらまず落ち着くことが肝要だ。
経緯を整理し、俯瞰し、問題点を洗い出す。
自分ができていたかはさておき、少なくともそう教えられた。
つい先刻、自室でくつろいでいたら、良くわからない連中に襲われた。
たぶん、銃で撃たれたのだと思う。
で、気がついたらここにいた。
最初は、石畳の暗くて狭い部屋。
この四人──四天王?──は、そこに最初からいた。
呆然としていると、赤い彼女──エクステリアに手を引かれ、さっきの野球場? みたいな場所に連れ出された。夜だったハズがなぜか昼で、ものすごい数の人……人? とにかくたくさんいて、お立ち台みたいなものに上げられた挙げ句、自己紹介させられたと。
(つまり、この四天王とかいう人たちが、ぼくを呼び出した? 呼び出したんだろうな、だってさっき召喚がどうのこうの言ってた気がするし)
でも、何のために?
だいたい、魔王ってどこ情報?
自分に何を期待しているのか。
ただの五十がらみで、しかも無職のオッサンですよ。
「あのぅ、ちょっとよろしいですか」
「何なりと」
エクステリアが目線を下げた。
「どうしてその、ぼくを呼び出したりしたんです」
「ワシがお答えいたしましょう!」
ずい、と前に出たのは青鬼、ドグ。
「我らは、世界の最優等種たる”魔族”──しかれども! 今の世に多くはびこるは、雑多かつ残念な人間どもなのです」
ドグが、その六つの握りこぶしを、交互にダイナミックに振りながら続ける。
「連中の武器は、とにかく数! いかに貧弱脆弱なヒト共とは申せ、物量というのはそれだけで! 侮りがたいものです。我ら魔族、個の実力では奴らを大きく上回っておりますが、いかんせん! 寡兵」
「左様。奴らは年中発情期で、ほうっておくとネズミの如くにパコパコ増殖しますからのヒヒヒヒヒ」
ナンギシュリシュマが、片眼鏡に触腕の先をあてて言った。
「然り。ナンギ老の申すとおり、げにやっかいな! 害虫なのです。そうした中、我らは! 少数精鋭でもってことにあたり、どうにか拮抗状態を保っておったのですが……」
「二年前、人間どもの中から、勇者があらわれました」
エクステリアが引き継いだ。
「勇者」
(あ、やっぱいるんだ勇者。というか人間”ども”って……ぼくも、人間のハズなんだけどな。魔王だから、別枠扱いなのかな。というか、というかですね、この流れはですね……)
発泡酒でほろ酔いだった脳が、ここにきて一気に醒める。
(最終的にこれ、ぼくが勇者に殺されてEND?)
冗談じゃない。
和解。和解の模索。
憎しみの螺旋からの脱却。
いのちをだいじに!
いやいやいや、そもそもそも……
「勇者って、強かったりするんですか」
「それはもう!」
ドグが、力強く言い切った。
「ワシが戦ったのは一年前。その時は、この腕六本全部! もっていかれましたからな。いやはや、逃げるのも命がけでしたぞ、わりと」
「あの時ぁ、大変だったッスね」
「うむ、腕の再生に三ヶ月もかかったからな。大変も大変、ことに! トイレの時とかの」
「ナハハハ、そりゃそッスよねー。特に大きい方が、地味に試練ッス」
エクステリアが、眉をひそめた。
見るからに屈強そうな眼の前の青鬼が、なす術もなく敗退するほど強い人間、勇者がおり──しかも、おそらくその超人が、自分の命を殺りに来る。
正作は、後頭部の下のあたりがジンと痺れてくるのを感じた。
「──とにかく」
咳払いをして、エクステリア。
「我らとしましても、勇者に対抗する術を探らなければなりませんでした。このナンギシュリシュマから古の秘術の話を聞くに及び、半年かけて召喚儀式に必要な触媒や知識を収集し……此度、獄界より、陛下を招聘するに至った次第でございます」
「ヒト共の勇者に対抗できるのは、魔王のみヒヒヒヒヒ」
「早い話、チートに対抗できるのはチートだけって事ッス」
「先代魔王たるアルガスヴェルド陛下もまた、在任中! 通算三名もの勇者を屠り去ることに成功しておりますからな。正作陛下はまさに! 我ら期待の星というわけです」
正作は、頭が痛くなってきた。
もちろん、発泡酒のせいではない。
「あ、あのぅ、すみません。盛り上がってるところアレなんですけど、ちょっと疲れちゃって……。どこか、休める部屋とかありますか?」
「これはしたり!」
ドグが、上から二本目の右手で、額をピシャリと叩いた。
「ワシとしたことが、陛下が召喚直後でお疲れ! であることに思い至らぬとは」
「ここ闘技場ッスから、魔王城ほど設備が整ってないんスけど、一応、今いる部屋が最高級っつーことになってるッス。陛下さえよろしければ、ここでお休みいただくってのも……?」
ヤマトが、両手を広げて室内を仰ぎ見た。
つられて、正作もぐるっと部屋を見回す。よく見ると、パーティションをはさんだ奥の方に、天蓋付きのベッドもあるようだ。
(偉い人用の、ベッドつき客室?)
「であれば、拙僧らはいっとき退散させて戴きますかなヒヒヒヒヒ」
ナンギシュリシュマが、触腕を総動員させて、扉へ向かう。
青鬼と一本角の青年も、あとに続いた。
赤いドレスの女性は、
「また夕餉の前に、お声がけいたします」
と残し、一礼しつつ扉より去っていった。
(やっと一人になれた)
正作は、二度目の職場でリストラされた時にも出さなかったほど、深い溜め息をついた。