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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--ガブリエラと王都騒乱編--
28/93

その27 〜IN〜

 ──”法則改変者”に触れた以上、汝はここでは死なない──

 ──今代の魔王(・・・・・)のもとへ汝を送ろう──


 そこで彼女は、意識を失った。

 息が苦しい。

 熱い。

 なんだ、やはり地獄送りじゃないか、と彼女は思った。


(違う、これは水……お湯の中だ)


 鼻から気泡。

 バスタブ?

 潜っている?

 夢か。

 眠っていたのか。バスルームで?


(何をやってるんだ、わたしは)


 久しぶりの遠出で、疲れているのかも知れない。

 今は、どこにいたのだったか。

 熱いというより、暖かくて気持ちいい。

 日本──大阪にはついた。

 それで泊まって、神戸へ行って……


 それで──


 湯の中から出ると、前に裸の男が三人立っていた。


 かなりゴツいおじさん、少しゴツいおじさん、少年。

 視線をやや落とすと、かなりノーカット。

 

 ガブリエラ・ジーン・ニューマンは、とりあえず叫んだ。


(お湯、湯気……広い……浴場(スパ)?)


 意味が分からない。

 まさかと思い、自分の身体を見下ろし──

 即座にもう一度、湯の中に潜った。


 明晰夢すぎる。

 フロイト的に、これはどういうことなのか。


『ふむぅ。魔族──今のは次元移動? 何者かに召喚……否、送り出された(・・・・・・)のかのヒヒヒヒヒ』

 

 頭の中で、”声”が聴こえた。


『陛下、いかがいたしましょうかな。拙僧個人としましては、ここでみすみす同胞を見殺すというのもいささか心苦しく……ヒヒヒヒヒ』


「え、ナンギさん?」

 水中──湯の中のガブリエラの後方から、今度は普通の声がした。

 前の三人だけでなく、背後にも誰かいるようだ。

 

「んー……今の、見たか?」

「旦那も見ました? やっぱ幻覚じゃなかったんで」

「時間帯、間違えちゃったとか」

「そんな奴、いるかぁ?」


 あきらかに英語で喋っている(・・・・・・・・)


 どうやらこっちの三人に、あの”声”は届いていないようだ。

 潜っているうちに、直前の記憶が定まってきた。


 ──”法則改変者”に触れた以上、汝はここでは死なない──


(それは良かった。そう、撃たれまくった筈なのに、わたしは生きている。それは、うん、まぁいいよ。良かった点だよ。でも)


 ──今代の魔王(・・・・・)のもとへ汝を送ろう──


(この”声”のヒトが魔王? なんとなく友好的な気配がしなくもないけど、それはそれとして、今のこの状況はナニ? 男湯? に、全裸で投入されるとか、鬼畜すぎませんかァ)

 

「じゃ、じゃあ、えーっと、保護で」

 ”声”の聴こえているらしき傍の一人は、辛うじて水中のガブリエラに聴こえる程度の小声で──水中は音が伝わりやすい──そう言った。

『承知いたしました……では異界より来たる同胞よ、しばし湯の中より出るでないぞヒヒヒヒヒ』

 

(え、今から?)


 もう三十秒近く潜っている。まだいけるが、わりと苦しめだ。

 ガブリエラは両手で口元をおさえ、湯の中で身体を丸める。


「うぉっ、なんだこいつ!」

「旦那!」

「山下さん、下がって!」


 さっきの三人が、叫んでいる。

 周囲で、激しい水音。

(一体、なにが?)


 湯中に潜ったまま、彼女は思い切って目をあけた。

 目前に、巨大な──人間大──緑色のタコがいた。

 ガブリエラが貯めていた空気を口と鼻から一気に噴出するのと、その巨大タコが、その口を大きく開いたのはほぼ同時だった。


   ***


『陛下はお外へ。勇者パーティの片割れは、しばし拙僧がかまってやりましょうぞヒヒヒヒヒ』

「あ、はい。よろしく」

 それだけ言って、正作はほかの客達に紛れ、さっさと逃げ出した。


 全裸のゴンドラゴンド、ジョッシュ、甘太郎が戦っているのは、今しがた、門番の一人(・・・・・)──その口から(・・・・・)ニュルリと現れた緑色のタコ。

 もう一人の門番が触腕に殴られて倒れ、それを見た三人は、即座に戦闘態勢へ移行する。


 人間サイズに拡大したナンギシュリシュマを、まっさきに襲ったのは甘太郎。素早い縦拳が緑のボディに沈むが、外見のイメージ通り軟体のようで、大したダメージはなさそうだ。


「んー、またいきなり”四強”かよ! ジョッシュ、脱衣所から刃物もってこい。打撃は効果が薄い」

「あいよ!」

「それまで時間稼ぎですね、了解」

 複数の、ぱっと見の印象よりずっと素早いナンギシュリシュマの触腕攻撃を難なく躱しつつ、甘太郎。


(落ち着け、まだ慌てる時間じゃない)

 脱衣所にたどり着き、衣服をまといながら正作は、混乱した現況の整理を試みる。

 

・風呂場に、なんか女の子が降ってきた

・その子は、なんか魔族だった

・後ろにいた門番二人のうち一人は、ナンギさんINだった

・今、そのナンギさんと甘太郎たちが絶賛バトル中


(整理しても、意味が分からない……ていうか、結局あの女の子は?)


 周囲は、逃げ惑う入浴客達。

 当然男性ばかりで、ここに彼女がいたらかなり目立つ。

 むしろ、尻尾の方がどうでもいい要素か知れない。


 しかし、正作があの子の『保護』を伝え、ナンギシュリシュマはそれを承諾したのだ。魔王軍四天王の中でも、かなり知恵袋的ポジションにいる彼のこと、何か考えがあるに違いない。正作はそう考えた。


(ナンギさん、いつから門番の人の中に入ってたんだろう。ヤマトさんの代わりに来たんだとは思うけど……)


 ただ、今の混乱はさておき、ナンギシュリシュマが来たことは正作にとって悪くない流れだ。あとでさりげなく合流し、


「人間世界の調査は、だいたい終えた」


 ……という事にして(・・・・・・・)、そのまま一緒に魔王城に帰ってしまえば、今の窮地──勇者と一緒にゾークヴツォールの王都まで向かい、国王に謁見する──から、華麗にエスケイプできるだろう。


(確かナンギさんに飛行能力はなかった筈だから、来た時みたいに帰るでも不自然さはない。オマケに、あの魔族の女の子? を保護した以上、それを匿う意味でもいったん魔王城に帰還。すごく自然だ。やった! 生き残った!)


 心の中でガッツポーズを取り、正作はそのまま大浴場の外に出た。


『陛下。そこから見て、右側の建物──荷車があるあたりすぐ傍の小路地へ、お越しをヒヒヒヒヒ』

 ナンギシュリシュマの”声”。


(エクステリアさんも使ってるけど、なにげに便利だよね、この”(テレパシー)”。魔術なのか、魔族の能力なのかは分からないけど──)


 言われた通り荷車傍の小路地へ入る。


 街路灯の死角となり、かなり薄暗い。

 そこに、二つの影。


 一つは、見慣れたタコ型魔族のもの。

 通常時サイズ──体長八十センチほど。

 もう一つの影はヒト型。

 ありあわせの毛布で肌を隠した、正作よりやや低い身長の女性。

 身を固くし、緊張しているようだ。


「あっ──」


 その女性が、正作を見て高い声をあげた。

 正作からは暗がりになって二人が見にくいが、小路地の入り口に立つ彼の姿は、街路灯の明かりがある分、ややはっきりと見えているのだろう。


「これ娘よ。この御方を知らぬとて、前後の流れよりおおよその察しはつこう。いちいち態度に気をつけるようにヒヒヒヒヒ」

「あ、ナンギさん。そういうのはいいので。えっと、ぼくは山下といいます。あなた、お名前は?」


 正作が声がけしたことで、その女性の態度は劇的に変わった。


「わっわたし、ガブリエラです。その、あなた──良かった。英語わかる(・・・・・)んですね(・・・・)?」


 ガブリエラと名乗った女性は、日本語で(・・・・)意味不明なことを言う。

 もちろん、正作に英会話能力なんて洒落たものは備わっていない。

 なお高校時代の英語の偏差値は、余裕で五十を切っていた。


 それよりも──


「今、あなた、”英語”って言いました?」

 毛布にくるまった女性から、徐々に緊張がとけていく。

「はい、言いました。夕方、あなた……ヤマシタさんを見かけました。日本の、神戸の──子供がトラックに轢かれかけて、それをあなたが助けて……わたし、それを見ていたんです」


(異世界人!)

(それも、英語圏のヒト?)

(ガブリエラ──アメリカ人とか?)

(しかも、あの時、あのトラックの一件を見ていた──?)

(さらに、甘太郎くんと違い”魔族”に転生?)


 正作は、そろそろ考えるのをやめたくなってきた。


「つまり、ガブリエラさん。あなたは、ぼくと同じ、そのぉ……要するに、地きゅ──同じ故郷からやって来たヒトだと」

 言ってから、ナンギシュリシュマをチラッと見る。

「はい」

「ほうほう……陛下と同じ、”獄界”からの来訪者と。これは、なんとも興味深いヒヒヒヒヒ」

 

 ナンギシュリシュマたち四天王が、呼び出した正作の”元の世界”をどういう風に認識しているのかは未だ不明点も多いが、とにかく『こことは別の異世界』だという風に受け止めているらしい事は確かだ。


 魔王たる正作と、同じ世界から来た娘が、魔族。

 まぁ、自然といえば自然だ。


「なるほどの──陛下と違い、何らかの事故でこちらへ来たわけかのぉ。娘のみが陛下を見知り、陛下がご存じないというのも、王者と平民の差(・・・・・・・)と考えれば至極道理ヒヒヒヒヒ」

 

 なんか勝手に納得してくれたらしい。

 

「あの、わたし、どうなるんでしょう」

「うん、それなんだけどね──」


 正作が、魔王城帰還作戦に移ろうとしたその時、


「ある意味、娘よ。お主が現れたことは僥倖やも知れぬ。見たところ、魔力も──四天王ほどではないにせよ、カイアンフェルドよりは強いしの。王都へ向かう(・・・・・・)にあたり、戦力は多い方が良かろうヒヒヒヒヒ」


 タコが、なにやら言い出した。


「え、あの。ちょっ」

「王都、ですか?」

 ガブリエラが、首をかしげる。


「左様。陛下が、パルテオンの奴を助命したとの噂を耳にした時には何事かと思いましたが──いや、さすがは陛下。まさかそれをダシに、ゾークヴツォールの王都まで深く切り込むお心づもりであったとは。深謀遠慮とはまさにこれ。拙僧、心より感服いたしましたぞヒヒヒヒヒ」


 矢継ぎ早に、ナンギシュリシュマが続けた。


「ご同郷であるせいか、そこな娘ガブリエラもまた、幻術・変身に頼らず”ほぼ人間”で通せる外観、というのがなお素晴らしい。あとは魔力さえ隠せば、陛下の旅行(たびゆ)きにも帯同できましょう。そうですのぉ、陛下が行商人という設定ゆえ、ヤマトにかわりワフルの街に来た奉公人ということでヒヒヒヒヒ」


「その、だから」

「無論無論、心配ご無用。そこなガブリエラを保護し、かつ陛下の計画(・・・・・)もしかと進行いたしまする。──っと、そろそろ拙僧の分身(・・・・・)が、奴らに倒されそうですな。ではちとお邪魔するぞヒヒヒヒヒ」


「えっ──ぁンがッ」

 ガブリエラは、女性があげると不都合な系統の声をあげた。


 みるみる空中で小型化したナンギシュリシュマが、吸い込まれるようにして、彼女の口から体内に入ってしまう。


『この娘の魔力は、拙僧が内部からコントロールし、パンテオンやミューラに気取られぬようにいたしましょう。あ、ガブリエラが浴場にいた理由など、考えておかねばなりませんなヒヒヒヒヒ』


「──あ、はい。そうですね」


 正作は、いろいろと諦めた。

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