その25 〜魔術の値段〜
「ナンギシュリシュマ様、ワフルの街が見えてまいりました」
緑色のタコを背に載せた飛行能力持ちの魔族が、嘴状の口をカパカパさせ、風切り音に負けず、機敏に報告した。
「ご苦労。では、この辺でおろしておくれヒヒヒヒヒ」
街道からかなり外れた草地に、ナンギシュリシュマは降り立った。
昼過ぎ。やや曇りがちの天気だ。
「もう少し、近づいてもようございましたが……」
「いやいや。先日の事件で、人間どもも警戒していよう。用心するに越したことなし。いや、空の旅は快適だったの。感謝する。では吉報待たれたし、と皆に頼むぞヒヒヒヒヒ」
「ハッ、承知いたしました」
ナンギシュリシュマを乗せてきた魔族が、バサと飛び去る。
(さて──さしあたり、どれからいくかの)
呪文強化した視力で、はるか先のワフル入り口前を眺める。
槍を携えた門番、二人。
「……ヒヒヒヒヒ」
***
ビビアン襲撃事件から、はや一週間。
ワフルの街は、ゆるやかに平穏を取り戻しつつあった。
「ビビアンは、逃げたかも知れない」
死骸が、複数の魔族のそれに変じたことから、現状そのように判断されていた。
『法則改変前』世代の魔族の中でも、ビビアンは極めつけに古き者であり、最古級の書物にさえちらほら名を見せる。それでいて、いまだ謎が多い。
鈴木甘太郎は、武器商トトとの顔合わせも交え、森で魔族の死体を見つけたことを改めて証言。門番に告げた『グダル共和国の』『コーベ』出身という話も、山下正作の証言とあわせ、問題なしの裁定。
甘太郎の場合は特に、パルテオンを窮地から救った点も小さくない。多少の怪しさは、明快な功績の前にかすむものだ。
パルテオンの怪我もあり、勇者パーティの滞在期間は予定より延びている。
夕方、”青竜のさえずり亭”酒場に、勇者一行+正作、甘太郎、ジョッシュが集まるのが、いつの間にやら定番化しつつあった。
「で、王都に帰って謁見済ませたら、すぐ故郷にとんぼ返りィ? クルクルも大変ねぇ」
ミューラが、呑気そうに。
「スケジュール押しちゃったからね。つっても、あたしの都合でハンナの結婚式を遅らせるわけにもいかないじゃん? ミューラの背中に乗って、飛んでいけたら楽なんだけど……」
「──その場合、料金は相場通り取るよォ」
「相場? 『魔法代』みたいなのって、やっぱり共通基準があったりするんですか」
甘太郎が尋ねる。
正作的には『飛べる』ことの方が気になったが、流れ的に黙っておいた。
「あー……まぁ、普通の人が、魔術師に魔法を頼むなんてそうそうないものねぇ。そう、わりと明快に基準が決まってるのよ。その辺は、魔術師ギルドが取り仕切っている感じ? 魔法代は、相場より高すぎてはいけないし、安すぎてもいけない、みたいな」
「なるほど、価格統制を敷いているんですね」
甘太郎は納得したようだが、横で正作はぽかんとしている。
「えっと、どうして、そんなことを?」
「術者が、それぞれ好きに決めたら、不要な混乱が起きるかも知れないから。仮に……まぁそうねぇ、照明の呪文はだいたい一回銀貨五枚って相場だけれど、これを大銅貨一枚で請け負う良心的な魔術師がいたとすれば、どう?」
「──価格競争がはじまる?」
少し考えてから、正作。
「その魔術師は、たぶん殺されるでしょうね」
ミューラの答えは、もう少し殺伐としていた。
「山下さん。コンビニの弁当が値引きされないのと、同じ理屈ですよ」
甘太郎が付け加える。
「あれ、賞味期限が近づいても、本部が値引きさせないでしょ。そうやって、ブランドを守っているんでしょね。全体の利益の為に。優越的地位の、濫用の禁止──独占禁止法みたいなのも、たぶんないでしょうし」
「コンビニってのは、グダルの商会の名前?」
リアンが訊いた。
「うん、まぁ一種の奴隷商かな」
甘太郎がしれっと応える。
「あ、すみません。話を遮ってしまって、ミューラさん」
「……いいえ、いいのよぉ。で、えっとぉ、逆に相場より高く自分の魔法の技術を売りつける人間。これは実際に、駆け出しのモグリみたいな未熟者が、陰に隠れてコソコソやっているのよね」
「そ、それも、やっぱり殺……」
正作は、恐怖を紛らわすため、手持ちのコップをぐいっとあけた。
「こっちはケースバイケースねぇ。仮に、さっきの照明の呪文を一回金貨一枚でぼったくっても、魔術師ギルトは困らないし、ほかの魔術師も特に困らない。困るのは、ぼったって噂が広まって、後々窮地に立たされる可能性のある、その魔術師だけ。そんな雑魚は、追っかけても意味ないから、基本放置ねぇ。でも」
ミューラが、隣のゴンドラゴンドからワイン壺をひったくって、自分のコップに注ぐ。
「うぉいっ」
「これも”例えば”だけど、さっきのボッタクリの相手が貴族だった場合。これは別ねぇ。権力者にそういうことするって噂は、魔術師全体の不利益になる。また貴族が被害にあってから──それを訴えられてから対応すると、そのたびに”借り”になっちゃう。そんな輩は、即刻排除」
「なるほどぉ」
正作は感心した。
魔法、それはファンタジーだ。
そもそもが”ふわふわ”したものなので、運用もふわふわしているのかと思いきや、案外そうでもない。社会の歯車の一機能として、事後対策含め、いろいろ管理されているようだ。
「──その、魔法の価格運用について、ですけど」
と甘太郎。
「戦争、とかに参加する魔術師は、そのへんどう処理しているのでしょう」
テーブルの皆が、静まった。
どうやら、かなり突拍子もない質問だったらしい。
正作も、気になった。
どのへんが、突拍子もないのかを。
「んー、なんだ。東方連合では、戦争に正味、魔術師が出たりするのか、坊主?」
ゴンドラゴンドが、少し呆れ顔で訊ねた。
「えぇ〜、そもそも参加する魔術師がいるのかな」
「小規模な局地戦に、たまたま混ざってるとか、じゃないんだよね?」
「あ、いえ。こちらでも、そういう話はありません」
少し苦笑いを浮かべ、甘太郎。
「質問の仕方が悪かったですね。もちろん、対魔族戦での話です。より端的には、ミューラさんの報酬体系など──ギルドと王国で、その辺の交渉を?」
(切り替え、早いなぁ)
自分では到底真似できない、と正作は内心唸る。
甘太郎は、当初、ごく普通に『戦争に魔術師が参加する』という前提で話を振った筈だ。魔法兵団とか、対軍魔法が存在する、そんな世界観──”かも知れない”、そんな見込みで。
が、どうも違うらしい。
というより、戦争に魔術師を参加させること自体、かなり非常識な発想であるようだ。現状、異世界人であることを伏せている手前、これは、あまりよろしくない認識の齟齬。
そこを、質問の趣旨違いということにして、瞬時に切り替えた。
このミューラは魔術師であり、かつ、魔族との戦いに勇者パーティの一員として参加している。その事実がある限り、切り替え先の質問はセーフティ。
「んー、ああ、その話は、なぁ……」
ゴンドラゴンドが、ミューラからワイン壺を取り返しつつ、渋面をつくった。
「ごめんなさいねぇ、カンタローくん。その辺は王国との契約上、守秘義務に関わるから詳しく説明できないの。……ただ、そうねぇ。魔術師ギルドは当然、納得の上よ」
「そうですか」
甘太郎も、あっさり引き下がる。
「なんか、すみません。魔法って昔からちょっと憧れてて、でも周りにあんまり詳しい人いなかったもので、つい」
「あたしも、村から出る前は、ほとんど知らなかったもん。何人かいたけど、ミューラに比べたらへっぽこもいいとこだったし、もったいぶって何も教えてくれねーし」
クルクルが同意した。
「なら、学ぶか?」
ぼそりと呟いたのは、これまで一言も発しなかった老司祭パルテオン。
再び、テーブルが静まり返る。
「我の弟子の形を取れば──表面上は”神殿”の所属となるが──学習費用を気にすることなく、呪文を学ぶことができる。生粋の魔術師でなく、”神殿”付である以上、多少習得呪文に制約はあるが……勧誘、決断、寛容、果断」
「パルテオン、本気?」
女魔術師が、瞼をパチパチとさせた。
ほかの皆も、呆然としている。
「すげぇ! 大聖人パルテオン様の弟子になれるなんて、坊主、こりゃマジですげぇぞ!」
一人、やたらと盛り上がっているのはジョッシュ。
「パルテオン様の直弟子は、これまでに聖女ラヴィリア様ただお一人しかいなかったんだぜ。ラッキーボーイかよ! 今後とも、なかよくしよう、なボフォッ」
「んー、ジョッシュうるせぇ」
大隊長ジョッシュが、机の上に突っ伏した。
「あのー。パルテオンの弟子になるってことはさぁ、それって自動的に……?」
リアンがパルテオンを見る。
「心配無用、リアン。小僧は強い。魔の素質もある」
そういって、老人は己の右肩を左手で軽く叩いた。
「ヤマトに持っていかれた分以上の、助けになろう。推薦、侠者、推断、容赦」
「──その辺は、陛下のご判断次第じゃない?」
ため息まじりに、ミューラ。
「カンタローくんの意思もあるし……まぁ、どっちにせよ、カンタローくんもヤマシタさんも、王都で謁見することになるだろうから、その時にでも」
「「え」」
甘太郎と正作が、ほぼ同時に言った。
謁見?
(えっけんって、なんだっけ)
「謁見って──え、俺がですか?」
「んー、そりゃそうだろ。お前ら二人は、パルテオンの窮地を救った勇敢な市民なんだから。その行為を賞されるのは当然だし……むしろそうしないと、正味、陛下のメンツが立たん」
ワフルの英雄パルテオンが片腕をなくしたという衝撃的な一報とともに、その一部始終もまた──あの時、酒場に取り残されていた生存者の証言などから──またたく間に広まっていた。
(……どう、しよう)
勇者パーティが王都へ発つのを見送った後、てきとうに街をフラフラしてからこっそり西の魔族領へ戻ろう──そんな正作の計画が、根底から崩れた。
ゾークヴツォールの王都といえば、ここから更に東。
より魔族の領域から遠く、より人間社会の中央地。
(詰んだ)
正作は、おだやかな笑みを浮かべた。




