その23 〜ガブリエラ・ジーン・ニューマン〜
ガブリエラ・ジーン・ニューマン。
二十二歳。未婚、独身。
アメリカ合衆国カリフォルニア州サクラメント在住。
地元の公立高卒。在学時の成績は中の中。
職業、自営ウェブデザイナー、時々Uber運転手。
昨年の年収は、税・保険料引後で約三万ドル少々。
今のところ両親と同居中。
愛車は、一昨年に買ったスバルのフォレスター(七十二回ローン)。
父方の祖母は、日本人(移民一世)とドイツ系白人のハーフ。
父方の祖父は、アフリカ系黒人。
母方の祖母は、中国人(移民三世)。
母方の祖父は、ラテン系と韓国人(移民二世)のハーフ。
黒髪はやや癖毛のボーイッシュなショートカット──といっても、別にことさらジェンダーレスなスタイルを志向しているわけではない。単に、髪が長いとシャンプーが面倒くさいからだ。
父方の祖父は若い頃、キング牧師と握手したことがあるというのが定番の自慢話だが、ガブリエラ的にはマルコムXの方が好みだった。理由は「なんか、変身しそうだし」
歴史的な経緯から、人種問題にすこぶる敏感な社会で彼女は育ったわけだが──『アメリカ人』という以外のアイデンティティ確立が少しだけ悩ましい。
DNA的にはアジアン優勢だが、正直、それほどアジア人っぽい外観とも言えない。さりとて黒人系とも白人系ともヒスパニック系とも表現し辛い、ニュートラルなところでバランスしていた。
それより、もっと明快なアイデンティティがある。
オタクだ。
彼女は日本のアニメ、マンガのOTAKUだった。
それも、YouTubeでアニメ感想動画をアップし、それが間接的に日本のニコニコ動画に転載されるほどのエリート戦士である。部屋の書棚には幾つものアニメフィギュアが並び、TIGER & BUNNYの巨大ポスターが貼られていた。ラックのDVDも、八割がたアニメ関係だ。
九年前、ニューマン家に日本からのホームステイを受け入れた時が、彼女のOTAKU-Wayのはじまりだったか知れない。同い歳の中学生、鈴木 瑠璃子は、手持ちのiBookに大量のアニメ動画を詰め込んでやってきた。
はじめの一週間で、二人はソウルフレンドとなった。
瑠璃子が帰国した後も、メール、SNSのやりとりは頻繁に続く。一昨年には、成人式の記念旅行で、瑠璃子が再び渡米。ニューマン家に一週間泊まっていった。
そして今回。
ようやく仕事が軌道に乗り、蓄えに余裕が出てきたガブリエラの方が、初の来日──といったような運び。
「エ……ト、タコヤキ、ヒトツ、アー、コレ、クダサーイ」
「毎度!」
トラディショナル・スタイルの屋台で、大阪のお約束フードを購入。
約三ドル。
「これがたこ焼きね。なんというか、まぁ、こんなもん?」
甘くないケーキポップ。
味は、粘性のマッシュポテト、もしくはマカロニ&チーズ?
中のタコは小さく、ゴムのような歯ごたえ。
別にまずくはない。おいしい。
しかし、そんな唸るほどでもない。
初期期待値が高すぎたようだ。
六個入りのたこ焼きを朝食がわりに、ガブリエラは日本橋の電気屋街をぶらついた。思いのほか、飲食店が多い。妙にハイセンスなオナホールの宣伝広告が、壁一面にでかでかと掲示されているのを見た時は、さすがに
(日本人、未来に生きすぎィ!)
と思った。
午前中だけで、けっこうな店舗数をこなした。
銀さんのフィギュアを衝動買いしなかった自分を、ガブリエラは心より称賛した。
昼は、スマホでGoogle Mapを見ながら少し北上し、ガイドブックでやたらと推されているラーメン屋に入る。フードチケットを先に買っておくスタイルで、七ドル程度というのがリーズナブルで良い。
ラーメン屋はアメリカにもたくさんあるが、基本的に高い。
先月、ガブリエラが入った店など、一杯十七ドルもした。NARUTOの撮り貯め分を徹夜で一気観したあとの妙なテンションでなかったら、きっと入っていなかっただろう。
さすが、ガイドブックのイチオシ店だけあり、なかなかおいしい。
(箸は、母が普通に使ってたから、結構慣れてるのよね)
店内はガブリエラと同じ海外旅行者のほか、ホワイトカラーも多い。
ちょうど食べ終えたころ、瑠璃子から電話がかかってきた。
「ハイ、GJ。久しぶり」
懐かしい声──でもない。
週末は、わりと頻繁にskypeで通話している。
なおGJとは、ガブリエラのあだ名だ。
"G"abriela "J"ean で GJ。
「ハイ、ルリコ。今は、お昼休み?」
店を出て、ガブリエラ。
「いえ、まだ会議中。果てしなく議論が迷走中だから、ちょっと抜け出してきたの」
「重役なのに、いいの?」
瑠璃子は、それなりに名家の娘らしく、今は父親が経営している会社の、グループ企業の一つに幹部として入社していた。
「いいのいいの、どうせお飾りだから。夕方……十八時頃に、JRの三ノ宮駅の中央口で待ち合わせね。──ああ、三宮駅とか神戸三宮駅もあるから、ややこしいか。あとでGoogle Mapでルート共有しとく」
「え、十八時って。仕事、大丈夫?」
「大丈夫。何があっても、絶対定時で帰るウーマン。職権は、濫用するためにあるのだよワトソン」
その後も、いくらか下らない話をしてから、通話を終える。
(さて。これからどうしよう)
少し考えた後、早めの神戸入りをガブリエラは決断する。
使用交通機関は、あらかじめ瑠璃子に調べておいて貰っていたし、今からチェックすることもたやすい。が、何といっても彼女にとっては初の異邦地。予期せぬ交通トラブルを見越して、早め早めに動いた方が良いだろう、そんなような考えだ。
(JR──Japan Railway?)
なんと実直な名称。
こんなところまで、いちいち日本っぽい。
今宮駅まで行ってから環状線で大阪駅。
そこから、神戸の三ノ宮駅。
大阪駅へは地下鉄を使ったほうが安いうえに早かったが、ガブリエラは「全部JRで統一した方が分かりやすい」という、彼女なりの安全策理論を優先した。
十五時頃、ガブリエラは神戸の地に立った。
ほんの少し移動しただけなのに、空気がだいぶん違って感じられる。
建物も微妙に違うし、道行く人々の動きもファッションも違う。
(あの”くすんだ感じ”も、どこかへ行ったみたい)
従来、彼女が抱いていた”日本観”に、より近い印象があった。
小一時間ほど、ブティックやコンビニを冷やかして回る。
まだまだ待ち合わせの時間まで余裕があった。
少し駅から離れて散策しよう、そうガブリエラは思った。




