その22 〜三人目〜
”多眼の者”──青竜カイアンフェルドの一日は、彼のプライベート洞窟内奥にて、山となった金銀財宝を愛でることからはじまる。
黄金のワンパターンこそ、しあわせの道だ。
カイアンフェルドは、そう考えていた。
「ぬふふふふーん、闇の中であやしく輝く黄金のインゴット。くふぅ〜……見ているだけで、俺様テンションアゲ↑アゲ↑エブリモーニン!」
先日、魔王陛下が人間世界へ向かう途中立ち寄った際も、ほぼ完璧な接待ができたと自負している。畑関係もいまだ凶作の気配はなく、今から収穫が楽しみだ。
(滞在中はヤマトのやつが、陛下の見ていないところで小刻みに殴る蹴るの暴行を加えてきたがぁ〜……ぬふふふん、哀れ、哀れ。おおかた陛下におぼえの良い俺様に嫉妬してのことであろう。しょせんは喧嘩自慢なだけの輩。小人度し難し、というアレだな)
魔王陛下は、思った以上に話せる相手。
正解。素直に手下になっておいて大正解。
この調子で地道にポイントを稼げば、カイアンフェルドもまた四天王入り──五天王?──を果たすはず。これはもう、既定路線のはず。
そうとなれば、もはや障害は何もない。
何一つない。
ないったら、ない。
(ぬふふふふん、はじめての共同作業は、さしあたり巣作りかな? 今の洞窟のままではエクステリアたんも少々住みにくかろう。リフォーム……どういう美学でいくべきか。子供ができることも想定し、団欒空間を醸せる、洗練されながらも暖かなイメージで……)
そんなようなことを妄──、考えつつ洞窟をあとにした。
カイアンフェルドの領土は、緑豊かな丘陵地帯。
今朝も早くから多くの魔族が、畑仕事に精を出している。
「あ、カイアンフェルド様、おはようございます」
「おはようございます」
「ぬふん、グォット・モーニング!」
「朝っぱらから、妄想たくましく結構なハナシだな、カイアンフェルド」
「ぬふふぅ? 失礼な、妄想ではなァ〜い。俺様のこれは、限りなく近未来の、限りなく現実的かつ綿密なるシミュレーション! というか誰だ貴様はぁ〜ああああッ!?」
カイアンフェルドの誰何が、途中から驚きに変わる。
畑の畦道中央に佇んでいるのは、カイアンフェルドが独自設定している”会いたくない魔族”ランキング、トップスリーの一人だった。
「ビビビビビ、ビビアン」
「久しぶりだな。いやなに、少し人間どもの街に用があってね、その帰りに立ち寄ったというハナシだ」
巨躯の青竜が、人間サイズの彼女を、異様なまでに警戒している。
畑で作業していた魔族たちも、不安そうな顔をしていた。
「ぬふんんんん、いったい何の用だビビアン。貴様、俺様の民に手を出したら、ただではすまんぞ」
「まさかまさか。オレはこうみえても魔族想いなんだ。なりゆき次第では、オレの民になるかも分からんのに、手を出す道理がないだろうってハナシ」
ビビアンの背後で、その配下らしき魔族が──カイアンフェルドに見覚えはない──、明らかに「初耳だ」といったような表情を浮かべている。
「ぬふふう、それにビビアンよ。俺様カイアンフェルドと我が領は、先だって魔王軍の一員となった。情弱の貴様は夢にも知るまいが、あらたに出現された魔王陛下の底知れぬ魔力の波動ときたら、まさに──」
「おい」
カイアンフェルド含め、その場にいたすべての魔族が、ほとんど反射的にビビアンから一歩離れた。
(ぬふ、ぅふッ……ん?)
笑みでもない。憤怒でもない。
無表情でさえない。
ビビアンの顔が、視えない。
彼女の背後に控えていた部下の魔族など、その場で腰を落とし、ガタガタと震えているような始末。
「……ところでカイアンフェルド。今日は、君に頼みがあってきたのだよ」
先の会話は、なかったことにされたようだ。
ビビアンが指を鳴らすと、後ろでへたりこんでいた魔族が弾かれたように起き上がり、手にした背負い袋の中から、折れた小剣を取り出した。
「──ぬふぅん、安物だな」
宝物類のほか、高品位な武具をも蒐集対象のカイアンフェルドが、ひと目でそれが特にどうということもない凡作であることを看破する。
「そうだな、安物だ。何の変哲もない、魔族スタイルの量産剣ってハナシ。ただ、こいつを本来持っていたのは、オレの手下の一人。それが何者かに殺され、奪われ──先日、人間どもの街で偶然、このアイゼンバーグ君が拾ったというハナシだ」
「ぬぅふん。要するに、犯人探しのため、俺様に”視よ”と?」
「そうだ。コトがあったのは恐らく一週間ほど前。君の”遡行眼”なら、問題なく調べられるだろうってハナシ」
遡行眼。
青竜カイアンフェルド第四の眼の能力。
右眼の下に開く第三眼は、遠くを見通す千里眼。
左眼の下に開く第四眼は、過去を見通す過去視。
千里眼同様、わりと疲弊するので多用厳禁であるが──
空間や物質に残った”記憶”を読み解き、過去の情報を知ることができる。
「ぬふぅん、そうだな。やってやっても良いが──俺様への見返りは?」
右前足の指で大顎の下のくぼみをコリコリ掻きながら、カイアンフェルドが交渉をしかけた。
「個人的には、宝石類などが現在ありがたい」
「ふむ、そうだな──」
ビビアンは、朝の晴れやかな青空を見上げつつ、しばし考える。
「オレのお願いを聞いてくれたら、特別にその命を助けてやろう」
今度は、笑みで留まっている。
***
二〇十六年二月三日水曜日。
大阪市中央区。難波駅前。
午前十時四分。
ガブリエラ・ジーン・ニューマンは、想像していたのと少し違う日本像に、本日も戸惑うことになっていた。
(なんか……くすんでいる?)
大阪の──いわゆる”MINAMI”と呼ばれる場所。
建物は立派で、新しいものも多い。
道路は例によって狭いが、日本はどこでも似たようなものだろう。
一見して、ごく普通のアジアの都市部。
中国語や韓国語も、そこかしこから聴こえてくる。
ガブリエラと同じ、アメリカからの観光客も多そうだ。
この”くすんでいる”と感じる理由は、なんだろう。
彼女は自問してみたが、答えは見つからなかった。
難波駅についた時、駅のトイレを利用したが──日本のトイレ神話を過大評価していたせいもあるだろう──正直、彼女の故郷・カリフォルニア州サクラメントの平均的なファミレスのそれの方が、清潔なほどに思われた。
(去年の中国旅行じゃ、逆にトイレ事情についてはかなり覚悟完了して行ったけれど、意外にキレイだったなぁ。すごいね、経済成長)
ガブリエラの父親が子供の頃、ジャパン・アズ・No.1なんて言葉があった。
GDPでアメリカを上回り、世界一だった時期があったらしい。
自動車、家電、家庭用ゲーム機──
自動車は今でも強いが、そのほかについては「イマハ・ムカシ」だ。
(本当は、東京のAKIBAに行きたかったんだけどね)
ジュニアハイの頃、ガブリエラの家に三ヶ月ほどホームステイした同世代の日本人女性、瑠璃子が神戸在住であることを踏まえ、観光拠点を関西中心にせざるを得なかった。
***
昨日夕刻。
サンフランシスコ国際空港から関西国際空港に到着。
その日は南海本線・新今宮駅で降り、そこの”DOYA”と呼ばれる格安ホテルで一泊した。ガブリエラが泊まったのは四階。下の階は、地元の肉体労働者が泊まっていると聞いた。
その昔、このあたりは日本有数のスラムだったようだが、今世紀に入ってからの行政改革で、すっかり様変わり。
……多少の名残はあるものの、そんな次第で今は、格安宿目当てでやってくるバックパッカーの街として知名度を上げつつあった。
ここの情報を教えてくれたのは、去年の中国旅行で一緒だった、中国系の友人。
(彼女の言ってたとおり、凄まじい安さね。それに、確かにバックパッカーがくっそ多いわ)
全体にアジア系が目立つものの、USJのパンフレットを持ったムスリムらしき旅行者もおり、ガブリエラ一人が浮くことはなさそうだ。
部屋が狭い。具体的には、『ショーシャンクの空に』に出てくる、ショーシャンク刑務所の独房より狭い。
床に敷くタイプの寝具。
出入り口すぐ横には、奇妙に小さなワンドア冷蔵庫。
その上に少し古めの液晶テレビ。
「いい感じ」
ガブリエラは、日本初日をこの奇妙な部屋で過ごすことに、おおむね満足した。
不気味なほど安い宿なのに、Wi-Fiはちゃんと使える。
夕食は”DOYA”近くの個人飲食店ですませたが、たった三ドル少々で天丼が食べられた。しかも、おいしい。
日本は長く物価が持続的に下落していく経済現象にあると聞くが、さすがにこれは、想像以上過ぎる。土産話のエビデンスとすべく、彼女は即座にその場で写真を撮り、Twitterにあげておいた。
(明日の午前中は、難波というところで降りて、大阪のAKIBAといわれる日本橋OTA-ROADに行くわ。くっふふふふふ、楽しみすぎて、今夜ルリコに変なメッセ送っちゃいそう!)
この時この瞬間、ガブリエラは間違いなく幸せだった。




