その21 〜自分以外の全員〜
「よぉ! あんた、ここに泊まってたのかい。さっすが、稼いでるね。ヤッポは?」
「あ、昼間はその、どうも。彼は、仕事でちょっと──」
正作は、昼にワフルの入り口で会った、門番の二人に頭を下げた。
なんでも門番の仕事を終え、これから”青竜のいななき亭”一階の酒屋スペースで夕食、兼飲み会らしい。正作は部屋を出て、階段を降りていったところで、バッタリその彼らと鉢合わせ。
「あ、ヤマシタさーん!」
その時、宿の入り口から、勇者リアンを先頭に、何やらゾロゾロと──
(気がついたら、けっこうな人数で呑むことに……)
勇者パーティがリアン、ミューラ、ゴンドラゴンド、クルクル、パルテオン。
ゴンドラゴンドの隣が大隊長(そう紹介された)ジョッシュ。
さっきの門番の人が二人。
そして鈴木甘太郎と、山下正作。計十名。
「んー、まぁ飲みなよ。正味、おつかれさん」
「あっ! あのゴンドラゴンド殿にワイン注いでもらえるとか、感激です!」
「この野郎、前に俺が注いでやったときと、えらく反応違くない?」
「え、大隊長殿。そんなこと、ないですよー」
「クルクルも、たまにはミルクじゃなくて、麦芽酒とか飲もうよ」
「あたし、酒ってニガテなんだもん、にがいし。つかリアン、毎度飲み過ぎじゃねぇ?」
「でぇ、パルテオン。ヤマトのほかにいたのって誰よぉ」
「恐らくはビビアンの配下の者。あの場にいた”肉紐”を放った者が、ヤマトに協力していたフシがある。偶然、妥当、蓋然、該当」
「……どうしたもんだろうね、コレ」
正作は小声で、横の甘太郎につぶやいた。
「いいじゃないですか。俺も腹減ってましたし、……異世界ってだいたい現代日本に比べてメシマズ設定定期ですけど、ここの宿の、けっこう旨いですね」
スライスされた豚の塩茹でを素手でとって頬張り、
「うん、いい感じ。素手食も、悪くないですね」
「あの……だ、大丈夫? そんな異世界とか、現代日本とかシレッと言っちゃって」
さらに小声になる正作。
「大丈夫です。今は、誰も俺たちに意識飛ばしてないですから。選択的注意──カクテルパーティ効果って方が、メジャーですかね。それより……
正作さんの、マジ拠点ってどこですか?」
ふたたび酒──またラガービール──を身体に入れ、緩くなっていた正作の精神が急速に引き締められた。
おそらく甘太郎としては、同じ異世界人同士、仲良く協力しましょうムーブの一環なのだろうが、あいにく正作は現在、異世界魔族なのだ。
(グダル共和国の行商人設定は、少なくとも甘太郎くんには”フリ”とバレてる。でもそうかといって、「ここからずっと西の果てにある、アーマーメイデンって魔族の都にある魔王城だよ」なんて馬鹿正直には絶対いえない──)
この頃、危機的状況が多くないだろうか。
脂汗が出る。胃が痛い。
ITの派遣をやっていた頃のことを思い出す。
机の左隣には、やたら大きな独り言をブツブツいいながら、必要以上にガツンガツン音をたててキーボード入力をする者。
右隣には、ものすごい異臭を常時発する者──特に、トイレにいって帰ってきた時がかなりひどい。トイレットペーパーなる文明の利器を、どう活用しているのか、つい問いただしたくなる。
気が弱く、立場も弱い正作は、ただ耐えた。
当然、仕事の能率は落ちるが、やらないと食ってゆかれない。
比喩でなく歯を食いしばって耐えた。
思い出す。
あの出口のない、答えの見えない追い詰められ方──
「……あ、すみません。仲間の方もいるのに、ちょっと無神経でしたね」
その時、正作はたしかに、甘太郎の背後から後光がさすのを見た。
「そ、そのぅ……え、ご、ごめんね」
「いえ、こっちも見知らぬ場所にきて、ちょっとテンパってたっていうか。無意識のうちに頼ろうとしちゃってるみたいで。また、機会があったら教えてください」
少し困ったような笑顔で、甘太郎は言った。
(いい子すぎる!)
昔に比べ、最近の子供はこんなに善良なのか、と正作は思った。
今のも、正作が追い詰められた顔をしたのを察して、引いてくれたのだろう。
「ねぇねぇ、何の話?」
「リアンたちにも教えて!」
二人の少女が、正作たちの話に入ってきた。
リアンと──弓師のクルクル、先程紹介された子だ。
「いや、ちょっとウチの新商品を、山下さんの販路で流してもらえないか交渉していたんだよ。こういうやつなんだけど──」
甘太郎が、懐から小さな棒状のものを出す。
(あ、鉛筆だ)
元の世界から持ってきたものだろう。
甘太郎は、その箸を指でつまみ、ウニウニと振ってしならせた。
「「はぅわっ」」
リアン達は、二人とも面白い顔をして唸った。
これ幸いと、正作は甘太郎たちの席からスッと移動する。
手酌で置いてある瓶から陶器コップにワインをついでいると、女魔術師ミューラから声をかけられた。
紫色のローブをまとった、長い金髪の女性。
少しタレ目だが、正作的にはテレビでしかお目にかかれないような美人だ。
リアンのような子供ならまだしも、大人の美女というのは、とかく緊張する。エクステリアにしても、慣れるまでけっこうかかったのを正作は思い出す。
「ヤマシタさん、あの子──カンタローくん? とは、どういうお知り合い?」
「ど、そ、えー……」
(同郷の知り合い、だけじゃ不十分かぁ。えっと、えっと──あ、さっきの鉛筆の下りも”フリ”だったのか。甘太郎くんも、行商人でひとまず通すようだから、つまり……)
「同業者、みたいなところですね。故郷が一緒なので、それなりに付き合いが」
正作は、心の中で鼻息をふいた。
我ながら、これはナチュラルな言い分だ。
「ふーん」
ミューラが手のコップをゆわゆわと揺らす。
「あのぉ、なにか?」
「いえねぇ、うちのパルテオン──片腕落とした直後なのに、あそこで平然と飲み食いしてる妖怪のことだけれど、彼ね、カンタローくんを仲間に引き込むつもりなのよぉ」
「え」
(仲間って、つまり、勇者パーティの?)
パルテオンは、甘太郎の戦闘能力を目の当たりにしている。
正作も見た。
恐ろしい形相の赤鬼が繰り出すマンガみたいなラッシュを、少年が軽々と回避し、一方的に叩きのめしているさまを。
あれぞ、正統なる異世界転生(転移?)チート。
飛べない羽。あるだけの角。
ほか”湯気”しか出ない正作とは雲泥だ。
「もしヤマシタさんが、カンタローくんの保護者? 的な立場なんだとしたら、そこはやっぱりねぇ、断っておかないとって話だし。ほら、たとえば彼の亡くなった父親の友人で面倒を見てるーとか、あるでしょう」
なるほど。
確かに、正作と甘太郎は親子ほどの年齢差がある。
「あー……そういうアレでは、ないですね。本当に、ただの知り合いです」
「あらぁ、そう。だったら、気をつけたほうがいいかも」
ミューラはちろ、と舌をだし、コップのワインを舐めた。
「あの子、人当たりはいいけれどぉ、内心、自分以外の全員を見下してるでしょぉ? ヤマシタさんも、踏み台にされたくなかったら、あの坊やとは距離を置いたほうがいいかもねぇ」
***
異世界。
現代日本。
(ほんと、何者なの? この二人は)
ミューラはいつもどおり酔ったふりをし、目の前の誰かと談笑しながらも、全意識を”ヤマシタ”と”カンタロー”に集中していた。
二人がワフルの街に来たのは、いずれも今日。
そしてその今日、ビビアンやヤマトの襲撃があった。
街の幾人かが犠牲となり、パルテオンもまた片腕を失う。
一人なら、まだ偶然かも知れない。
二人続くと、それは信じがたい。
異世界とは、文字通りの意味か。
人間界とは別の世界──魔族のテリトリー──そんな風にも解釈できる。
(しかし、二人からは何の魔力も感じない。幻術を使っている形跡もない。変身ならありえるけれど──それなら、パルテオンを助けた意味が分からない。もし魔族なら、話に聞く”赤鬼”とやらが暴れているのに乗じて、彼を殺していたはず)
そして現代日本。
ニホンとは、国か、それに準ずる集合の名称と推量される。現代……”今のココ”より過去のことか、あるいは未来か。
手持ちの情報だけでは、足りない。
とにかく、この二人は目の届く範囲に置かなければならない、とミューラは思った。
(味方なら、よし。もし敵なら──)
***
(さっきはちょっと、危なかったな)
眼の前の少女たち、リアンとクルクルの話し相手をてきとうに務めながら、甘太郎は思考する。
(正作さーん、顔に出すぎ。今の拠点の話がモロにアキレス腱これが分かったのは大収穫だけど、追い詰めすぎて壊れたら元も子もないんだよねー。ここはじっくり信頼関係を育て、ウィンウィン目指していきましょ。さっきので多少なり、「悪いな」「申し訳ないな」と思ってもらえたみたいだし。こーゆー心の枷を少しずーつ積んでいって、やがては──とかお約束すぎて屁も出ないけど、でも有効だしなぁ。あと彼女)
果汁を口に含みつつ、甘太郎は正作と会話するミューラを見た。
(あんたが聞いてくれてなかったらどうしようかと思ったけど、ちゃーんと聞いてくれてたみたいでサンクス! ミューラさん。パルテオンにはてきとうにアピったから、勇者パーティとの繋がりって意味じゃ安泰なんだけど、個人的にはもうちょっと商品価値高めときたいんだよね〜、自分の)
異世界。
現代日本。
(賢いあんたなら、きっとそこから、俺たちの有用性を見出し、魔王退治に利用しようと思うだろう。や、思ってもらわないと困るんだけどね。利用できそうだが、予測困難な情報──とりあえず仲間には伏せて、自分なりに調べてみるつもりだろう。分かるよ、あんたも自分以外の全員がバカと思ってるタイプだろ。同類は、よく分かる)
「──うん。けっこう楽しいな」
「え、なんか言った?」
リアンが問う。
甘太郎は、それを受けて無邪気にわらった。
「いや、楽しいなって」




