その20 〜ニホンシュ〜
「ヤマト──もう一度言ってくれますか」
何かを押し殺した声で、赤髪赤ドレスの女性、エクステリアが訊ねた。
そのこめかみに青筋が浮いているのは、きっと気のせいだろうとヤマトは思った。
「二回三回いっても、内容は同じッス。陛下はビビアン絡みで気になることがあるから、もう少し残るそうッス。俺は怪我してたんで、帰るよう言われたッス」
魔王城の大広間。
普段はほかの幹部たちも詰めている大円卓に、今は四天王だけが揃っている。
ヤマト一人が椅子に座り──六本腕の青鬼ドグ、緑色のタコといった外見のナンギシュリシュマ、そしてエクステリアが立ったままそれを囲んでいた。
「貴方は! 陛下を! お一人で人間どもの巣に置いたまま、のこのこ帰ってきたというのですかッ」
「おちつけ──そして! テーブルクロスを燃やすなッ」
案の定爆発したエクステリアの肩をドグが押さえ、ついでに炎上しかけた円卓の一部を、手の平で凍らせて鎮火させた。
「や、俺も残るって言ったんスけど、『無事に戻ってはじめて手柄だから』って言われたッス」
「……ふむ。確かに、パルテオンから片腕を奪ったのは功績。それで負傷したお主を、それ故に失っては、何のための功や分からぬ、と──それはまぁ、道理だのぅヒヒヒヒヒ」
己のツルツル頭を触腕の先端でつんつんしながら、ナンギシュリシュマ。
その片眼鏡が、にぶく輝く。
「拙僧としても、ここでビビアンが出てきたのに引っかかる。なにせあやつは、拙僧よりはるか年上──噂では、かの”四重に偉大な”アーマーメイド陛下の時代から生きておるらしいからのヒヒヒヒヒ」
「アーマーメイド先々代魔王ですか。この魔王城と魔都アーマーメイデンを築きあげ、はじめて魔族による”国家”を打ち立てた──もはや歴史上のというより、神話上の偉人ですね。それが本当なら、あの女は二千年ほども生きていることに」
エクステリアが、疑わしそうに口を歪めた。
魔族は、基本的に老化しない為、外傷や病気以外では死なない。
──が、人間よりはるかに頑健とはいえ、決して怪我で死なない訳ではない。同様に、病気になる時はなるし、それが原因で死ぬこともある。先代魔王アルガスヴェルド治世以後の魔王軍支配地では滅多にないことだが、かつては『飢餓』も、わりとポピュラーな死因だった。
『法則改変前』世代は、全員が千年以上生きているわけだが、その数は決して多くない。
長い時を経て力を蓄えている為、だいたいが強者であるけれど、その半分以上を休眠にあてていたカイアンフェルドのような例外もいるし、年若くして、それらを上回る力を持った者もいる。
──魔王軍四天王のように。
「噂、噂、すべてが噂よ。確たる記録はどこにもない。拙僧とて、後の時代の生まれ。アーマーメイド陛下の御尊顔を拝したことはない。口承によれば、かの魔王陛下は勇者を殺し飽きたゆえ、城と街をば民に遺し、遠くへ旅立ったとあるが──はてさて。とにかく、正作陛下が『ビビアン怪し』とされたるは、お流石のご慧眼……ヒヒヒヒヒ」
「ふーん。ナンギ老がそう言うならば! そうなんだろうな。しかし、その──実際問題! これから我らはどうしたものか。ただ陛下のお帰りを待つ! ばかりで良いのかな」
ドグが、六本腕すべてを前で組み、話題の前進を求めた。
しばし沈黙する四人。
ただ待つのも一案だが、いかにも芸がないように思われる。
が、では何をするかと言われると──魔王不在の今──
どうにも踏み出しにくい、というのもまた実情だった。
再度、口を開いたのは──
「へいかー、お帰りになりましたー? ”ニホンシュ”の試作ができましたー」
広間の入り口に立つ、女性だった。
「コピ」
エクステリアが片眉をあげる。
エプロン姿の女性。
やや横方向にふっくらとしているものの、腕は四本。角は二本。
肌の色は普通。ドグと同系統の魔族であることが見て取れた。
コピ・ルアク。
魔王軍の幹部にして、最高の料理人である。
その下側の両腕で抱えているのは、陶器製の瓶。
複雑な仕掛けの金属で、厳重に蓋がされていた。
「あららー、エクステリア様。へいかはー、ヤマト様とお戻りなのではー?」
「……故あって、ヤマトのみの帰還です。陛下はまだ、お戻りになられておりません」
「あららー」
露骨にがっかりするコピ。
「何スか、ニホンシュって」
ヤマトが興味を示す。
「あー、へいかがー、カイアンフェルド領の稲を使ってー、”獄界”のお酒を再現できないかとー、わたしにご依頼されましてー」
「ふーん、”獄界”の酒なぁ。ちょっと! 興味あるな」
ドグが、一番上の左手で顎をさすった。
「コピ。陛下がお呑みになるとなれば、毒味も! 当然必要。ちょっとヒトクチ──」
「だめですよー。最初に飲むのは、へいかにきまっていますー」
コピ・ルアクは、丸めの顔をさらに膨らませる。
「しかしコピ。稲から発酵させたとおぼしきそれは、試作の醸造酒。陛下のお戻りになるのがいつかは知れませんが、少なくとも数日中ということはありません。下手をすると、ご帰還までに傷んでしまうのでは……」
エクステリアが、懸念点を率直に伝えた。
コピの頬が、さらに一回り膨れる。
「よろしい。ここは一つ、拙僧が配達するといたそうかのヒヒヒヒヒ」
突拍子もないナンギシュリシュマの発言に、四天王のほか三名が固まった。
コピは、ぱぁっと笑顔を浮かべる。
「わあー、本当ですかナンギ様ー」
「──本気ですか、ナンギシュリシュマ」
「いやいやいやいや、ナンギじいさん、陛下は今、人間の街にいるんスよ? じいさん、ぶっちゃけタコじゃないスか。まさか、変身──?」
「あんな便利な能力の使い手、魔王軍広しといえど、お主含めて百人おるかどうかではないか。むろん、拙僧は使えん。元がヒト型でないゆえ、幻影で誤魔化すのもちと苦しい……が、ただ人間界に潜り込むだけなら、ヤマトよ、おそらくお主よりも得意だぞィヒヒヒヒヒ」
ナンギシュリシュマは、片眼鏡の位置を直しながらニヤリと笑った。
「それにエクステリアの申すとおり、陛下を一人で人間どもの世界に置くというのは、やはり問題よ。その”ニホンシュ”を届けるついでに、今度は拙僧が陛下につかせていただこうヒヒヒヒヒ」
***
「んー、やっぱりな。お前さんらが倒したんだと思ったぜ」
「すげぇ……さすが勇者様だ。こんなでっけぇ魔族を──」
勇者リアン、ミューラ、クルクルのもとに集まったのは、ゴンドラゴンド、ジョッシュ、そしてジョッシュ指揮下の大隊兵員のうち、百名ほど。駆けつけた兵士達は、リアンらのすぐ後ろに横たわる、体長二十mほどもある巨獣の死骸を見て、騒然となっていた。
「んー。急に、こっちで相手してた肉の紐どもが消滅したんでな。あの辺なんざ、お前が焼いたのかミューラ」
「ほとんどリアンの仕事よぉ。わたしとクルクルは、ただの援護。ビビアン本体が死んで、分身どもも滅びたってところねぇ。あ、パルテオンもこっちに──て、なによそれ!」
皆が、道の向こうから来るパルテオンを見た。
その右腕は肩の少し下から失われており、簡単に包帯が巻かれている。
ほかにも、全身のいたるところに血が滲んでいた。
「ヤマトに持っていかれた。失策、自省、失墜、反省」
老司祭は、他人事のように淡々と述べる。
「んー。ヤマトが……来ていたのか。正味、嫌な予感ばかりよく当たるな……」
「旦那、やっぱり”あの旅の若造”がヤマト? だったって事かね」
ジョッシュが、鹿爪らしい顔をしてみせた。
「え、何の話よぉゴンドラゴンド。だいたい、なんで”四強”がこのワフルに──」
「あ、カンタローさん?」
リアンが、パルテオンの後ろを歩く、二つの影の片方を見て声をあげた。
鈴木 甘太郎は、少女にむけて笑みを浮かべ、無言で片手を上げる。
女魔術師は、もう一つの影──女神官ラヴィリアに目線を向けた。
「──元気そうね」
「そちらこそ。ミューラ」
ラヴィリアが、軽く頭を下げた。
「えっと、リアン。その子、誰?」
弓師の少女が、甘太郎を指して訊ねる。
「あー。さっきね、あのグダルの行商人のヤマシタさん? と歩いてた時に会った、えっと、ヤマシタさんとご同郷の──」
「我の命の恩人だ」
リアンのたどたどしい説明を切り、パルテオンが短く済ませた。
「それよりあれは、何だ」
老司祭が左手で、前方──リアンらの背後──を指す。
「あ、あれね。えっと、ビビアン? なんか、そんな名前の魔族で……」
「ちょっと! リアン、あれ」
またもリアンの言葉が、途中でミューラに遮られた。
「なに、もう!」
不満げに振り返った少女は、
「……なに?」
と、こぼす。
そこにあった筈の巨大な魔族の死骸は──
いつのまにか──
そう、音もなく──
およそ数十体分もの──
バラバラになった──
魔族のもの、らしき肉片の山に変わっていた。




