その19 〜道化〜
「あー、自己再生機能搭載とか、めんどくさ」
先程、縦に切り裂いてやった赤鬼の左腕が、徐々に癒着している。
甘太郎、腹いせとばかり、その顔面に飛び膝蹴り。
折れた牙が、床に散らばる。
「ギェッキィいいぃいいっ」
鉤爪の連打。
連打。
猛連打。
──掠りもしない。
(このレベルなら、まぁ問題ないか。でも、キリがないってのもなぁ。つかこいつ、全身ミミズ腫れみたいになっててキモッ)
プロボクサーのジャブは時速四十kmほどという。
それより遥かに速いプロ野球投手の剛速球ほどの連打──を至近距離から浴びてさえ、余裕で回避可能。
明らかに、人類の動体視力、神経伝達の限界を超えている。
むろん、”本当に”時速百数十kmの攻撃を躱しているわけではない。
攻撃の兆しが、視えているのだ。
今の甘太郎なら、おそらく銃弾でも問題ない。
……射手が、視界内にいればだが。
(しかし山下さん、マジでぜんぜん戦闘能力ない系?)
実力を隠している、わけではないのは先程の一幕で判った。
どういう種類のチート能力を持っているにせよ……少なくとも、こと戦闘行為について、山下正作は無能である。
「君は先に会った、グダルの行商人だな。感謝、救援、喚起、緊急」
先程、酒場に飛び込んできた老人の声。
山下が、パルテオンと呼んでいた。
街の英雄と同名。
おそらく本人。
(勇者の関係者──かな?)
「礼はあとで必ず。今は、逃げろ」
「え、あ……」
酒場の客、店員はとっくに破壊された出口から逃げ去っている。
「俺も賛成です。山下さん、また後で」
いても正直邪魔なんで、という言葉を呑み込み、甘太郎。
少し後ろめたそうに山下が去り、その間さらに甘太郎から数撃くらった赤鬼が、崩壊したカウンターテーブルの先で倒れ、呻いていた。
「えーっと、パルテオンさん? こいつ叩いても叩いても復活するんですけど、なんかこう、必殺? ないですかね」
「ある」
甘太郎の横に立つ老人が、低く言った。
「が──おそらく、必要ない」
「え」
甘太郎が『ミミズ腫れ』と表現した、赤鬼の体表の不自然なエンボスが溶けるように消え、同じくしてその体躯も縮んでいく。
「ア……ギヒィイ──ゔうぅ……」
体色は赤のまま、角も二本あるが、それ以外は殆ど人間と変わらなくなった。
「小僧、下がれ」
呪文、のようなものが甘太郎の耳に響く。
老人と赤鬼、両方から。
次の瞬間、酒場内に豪風が巻き起こった。
破壊されたものを含め、テーブル、椅子、コップ類がつむじに舞う。
咄嗟に両手で顔をガードした甘太郎だが、その必要はなかったらしい。
パルテオンと少年を中心にして、不可視のドーム状の力場が展開。
その中だけは、無風だ。
周囲で舞い散る物体も、力場の表層ですべて弾かれている。
(おお、マジバリアー、すげ)
暴風は数秒で止んだ。
敵は姿を消していた。
(そっかそっか。魔法、あるんだなぁ……)
開けた場所ならさておき、今のように限定された屋内で、ある程度以上の範囲攻撃を受けると、ダメージを受ける虞がある。魔術の習得可能性が甘太郎にあるならそれを、もしないなら、今のパルテオンのような防御の力を秘めたマジックアイテム──的なものの準備を。
さもなくば、それを使える仲間を。
***
「けっこう時間、かかったねぇ。もっとサクッといくかと思ったのに」
弓を背に戻し、クルクルがため息をついた。
足元には、巨大な魔族の死骸が転がっている。
「魔族の中でも、かなり再生力の高い奴だったねぇ」
両手をプラプラさせて、ミューラ。
「強さ的には、前の青竜よりちょい上ぐらいだけど、一応魔王軍を除く魔族勢力では最大派閥のボスらしいからねぇ。それなりに意味のある討伐だと思う」
「そうだね」
リアンが、手の小剣を腰の鞘におさめる。
「ところでビィービィーエーって……」
***
宿──
”青竜のさえずり亭”
階上の自室に戻った正作を待っていたのは、取れた右脚を、太めの針と糸でザクザク縫っている全裸のヤマトだった。
「あ、どもッス陛下」
ちなみに左足は、太ももから下のパーツが床に転がっている。
「……なに、やってるの」
「早いとこ仮縫わないと、くっつくの遅くなるッスからね。生やすとしたら、俺の場合半年ぐらいかかるんで──」
右脚が終わり、左脚を縫いつける間、正作はおおよそのあらましをヤマトから聴いた。
(パルテオンさんの右腕、きみの仕業かー!)
正作たちが滞在している時、たまたま魔族の襲撃──
タイミング的に、偶然なわけはない。
なかば予想していたこととはいえ……
モロ身内が犯人と知り、正作はとても複雑な心境になった。
「人間どもは、腕とか脚とか生えてこないッスからね。これでパルテオンの障壁も、効力大幅減ッス」
ヤマトが、とてもキラキラした瞳で正作を見ている。
昔、マンションで飼っていた猫が、噛み殺した虫をわざわざ飼い主の前にもってきて見せた時の様子に、かなり似ていた。
「う、うん──お、お手柄だねヤマトさん!」
正作はなんとか努力して笑顔、らしきものを造形し、ついでにサムズアップする。
やってみせ、
言って聞かせて、
させてみせ、
誉めてやらねば、
人は動かじ──という言葉があった。
昔の軍人の言葉だが、今の正作もまた(かなり不可抗力気味とはいえ)人の上に立ち、人を動かす立場である。
いやヒトっていうか魔族だろう──みたいな話は置いておくとして──『やってみせる』は難しいにしても──「褒める」ぐらいなら正作にもできる。
(パルテオンさんには大変申し訳無いけど……客観的に考えて、ヤマトさんの行動は、魔王軍的にかなり申し分ないし。ここは褒めておかないと上司失格だろう。帰ったら、具体的な褒美? とかも考えないとね──)
正直、ヤマトは四天王の中でも、かなりおちゃらけた人物と正作は思っていた。
いくら再生の余地があるからといっても、相手の虚をつく為に両脚を切り落とすなど、はっきり言ってものすごい執念、根性だ。とても真似できる気がしない。
出血などは変身能力の応用で抑えられるらしいが、痛みは人間と大差ない様子。
ここまでして殺し合っている関係で、和解など不可能なような気はする。
殺し合いは基本バカバカしいといっていたヤマトでさえ、これなのだ。
法則。
まさか、例の『世界の法則』のようなものが、人間と魔族の関係をも……
正作はこわくなり、それ以上考えるのをやめた。
「ま、そんな感じでそろそろ引き際ッスね。俺、鳥に変身して逃げるんで、陛下も今夜、一緒に飛んで帰りましょうッス!」
(……ふぁっ?)
ヤマトが、唐突に爆弾を投げてきた。
とんで、かえる?
こいつは なにを いっているんだ
「さすがに夜でもここから飛び立つのは目立ちすぎるッスから、まず大蛇あたりに変身し、夜陰に乗じて物陰をスルッといって街の外に出てから──」
下着をはきながら計画を語るヤマトの言を遮り、
「あ、ヤマトさん。ぼくは、もう少し残るよ」
(まずいまずいまずいまずいなずい。考えろ、考えるんだ山下正作)
自分が飛べないと知られる訳にはいかない。
断じて!
自分が人間の街に残留する、もっともな理由を。
今すぐ!
ヤマトが、ぽかんと口をあけている。
猶予は短い。
「え、なんでまた……」
まだラガーを飲んでないから──
駄目だ、さすがにバカバカしすぎる。
ヤマトがパルテオンを襲撃した今、ここで勇者を討つというぐらいでなければ、残るのは単に危険なだけ。だいたいラガーもう飲んだし。
まだ人間社会の調査が不十分──
当初の目的からすればラガービールよりかなり妥当だけれど、やはり『パルテオン後』だとリスクに見合わない。後日再び来るにせよ、今、帰らない理由としては弱い。
あ、そうか。
ある。理由。
それも、ヤマトを騙すだけではない、本当の理由。
異世界来訪者。
鈴木 甘太郎──とは別の、謎の女性。
元の世界の衣服を着た、
正作の正体を知る女性。
「この街に、ぼくの正体を知る者がいたんだ」
「えっ!」
ヤマト、予想通りのリアクション。
「ヤマトさん。人間で、今のぼくに気づける可能性って、どれぐらいあるかな」
「陛下は今、幻術どころか『変身』さえせずにいるッス。理屈で考えて、魔力さえ抑えれば──外見で疑問を持たない限り、たとえミューラやパルテオン、勇者でも看破は不可能と思うッス。元から知らない限り」
そこで一旦言葉を切り、唾を呑み込み、
「でも、陛下はつい最近、獄界より召喚された魔族の王。人間どもがあらかじめ容姿まで知っている可能性はほぼゼロッス。つまり、そいつは人間じゃないッス。前後の状況から考えて、その女、たぶんビビアンの奴ッス」
「びびあん?」
どこかで聞いたことがある名前。
どこで、だったか……
(あ。思い出した。魔王軍に所属しない勢力の指導者。ビビアン、マッシュマロン、そしてカイアンフェルドさん)
「さっき少し話した、”協力者”のアイゼンバーグ、あいつ、ビビアンの手下なんスよ。あいつも、今この街にビビアン来てる的なこと言ってましたし──それにビビアンって、そういういちびったことするの大好きな奴ッス」
魔族。
言われてみれば、あの不思議な雰囲気、納得だ。
元の世界の知識を持つ──魔族。
思ったより、ずっと危険な相手かも知れない。
「一応、魔王軍以外だと最大勢力を率いる魔族ッスけど、実力的にはカイアンフェルドよりかなりマシで、マッシュマロンより下ッス。マッシュマロンは、下手したら俺でも五分五分ぐらいッスけど、ビビアンはエクステリアにも普通に負けるッス」
(あ、ドグさん>ヤマトさん>ナンギさん>エクステリアさんなのね。戦力的に)
前から密かに気になっていた事が判明し、少しスッキリする正作。
「なるほどね。とにかく、その彼女──ビビアンさんが、気になることを言っていてね。それを調べる為にも、ぼくは今、ワフルを離れるわけにはいかないんだよ」
「気になること、ッスか?」
「うん。幾通りか考えられるんだけど、それは、実際に調べてみない事には……」
(く、苦しい。何だよ幾通りかって……。実に苦しいけど──まぁ、な、なんとか──)
ヤマト、しばし無言で熟考。
「分かったッス。こうなったら自分も残るッス!」
(それもダメェーッ)
そこから一時間ほど延々説得し、どうにかヤマトだけ帰還するよう言い含めることに成功した。実際、両脚の治癒にスパンが必要なヤマトは、すぐにでも人間の勢力圏から離れなければ危険だ。
正作一人きりとなり、これも様々な意味でかなり危険だが、さいわい彼は極小の羽と角、ほか湯気さえ隠せば、ほぼ人間で通せる。
知り合った異世界来訪者、鈴木甘太郎とも、もう少し情報交換しておきたいところだ。
(勇者のことも、もっと知りたい)
なんとか殺し合わない未来はないか。
何かあるはずだ。
最低でも、それを模索する努力はすべきだろう。
***
(ビビアン──死んだのか)
透明化の術。
意識を集中しないと持続しないので戦闘時の使用はまず無理だが、逃げる時には重宝する。アイゼンバーグの実力では音までは消せないので、せいぜい静かな移動を心がけた。
努力の甲斐あり、誰に見咎められることなく街の門をすり抜け、無事、外の街道にたどり着いた。完全に視界からワフルの街が見えなくなったあたりで、透明化を解除する。
(体内から”肉紐”が消えたから、まぁ、死んだんだろうな。……くそったれ、あのババァ。わたしの寿命が削れるような強制強化を使うなんて! おおかた勇者どもに殺されたんだろうが、当然の報いだ! くそっ、くそっ)
きっと寿命だけではない。
今までじっくり育ててきた、魔力全体も微減している筈。
ノーリスクであの強化は、ありえない。
が、それ以上に問題なのは身の振り方だ。
魔王軍以外では、ビビアン率いる軍勢六万が最大勢力だが──
その首魁が死亡した以上、いずれマッシュマロン勢に吸収合併されるだろう。
ビビアンとマッシュマロン。
わりと仲は良かったが、基本的には別陣営。
移ったとして、今と同じポジションを維持するだけのコネは、さすがのアイゼンバーグも持ち合わせていない。
さりとて、カイアンフェルド側にはもっと伝手がない。
というかそれ以前に、あの青竜は生理的にちょっと合わない。
(いっそ魔王軍に戻──いや! 今更ヤマトの下になんか……ッ)
「やあ、遅かったな。アイゼンバーグくん」
アイゼンバーグの思考が止まった。
奇妙な装束をまとった、彼の上司。
ビビアンが、退屈そうに街道の中央に佇んでいる。
「今代のまがいものも、道化も、一通り見て満足したってハナシ」
アイゼンバーグは何か言おうとしたが、声が出なかった。
身体の端々が、ずきと痛む。
「気分がいいから、ババァ呼ばわりは特別に赦してあげよう。さっさと帰るぞアイゼンバーグくん」
いつもの風に笑って。
「これから忙しくなるってハナシさ」




