その18 〜直突〜
まずい。
まずい流れ。
(──応援が来る前に、パルテオンを始末できなかったヤマトの負けだ。自分にも有利となる要素があったので多少協力したが、ここらが潮時か)
今、見知らぬ女神官が助けに入ったことで、アイゼンバーグの中の天秤が”逃げ”へと傾いていた。いかにパルテオンが相応に弱っているからといって、今の状況では分が悪い。
見た限り、助けにきた女も弱くない。
アイゼンバーグは、己の身の程を知っている。
あの戦いに、自分が入っても即殺されるのがオチだろう。
アイゼンバーグとヤマトは、ともに魔王軍領のとある農村で育った。
最下級の出自でともに貧しかったが、ある時から才能を開花させたヤマトは軍に入り、破竹の勢いで出世していった。
当初、それはアイゼンバーグにとって希望だった。
(ヤマトができるなら、自分にだってできる)
しかし、現実は非情だった。
魔術の才能はすぐ頭打ちし、ほかに際立った特殊能力の開花もない。
そもそも、魔力の総量の伸びが遅すぎる。
王軍の古参ナンギシュリシュマは、長い時をかけてゆっくりと”進化”したそうだが、千年も待っている間に病気で死んだら世話はない。
『法則改変後』世代の魔族の寿命は、改変前世代よりも短いのではないか、という学説もある。栄華を極めるなら生きているうちだ。ヤマトを見返すのも、生きているうちだ。
『なにをボケっとしている、アイゼンバーグくん。サボりってハナシ?』
耳傍で”声”がした。
知らぬ間に、彼の耳傍に一本の『肉紐』がゆれている。
「ビビアン様」
『またオレのハナシを、忘れてしまったってハナシか? 言ったよな、勇者の仲間の一人も消しておくって』
「し、しかし……助けが来たことで、ヤマトは現状手詰まり。わたし如き間に入ったところで、どうにも──」
『それなら問題ないってハナシ』
激痛。
首筋から背中へ。
「なっ、ガガガがガガガガガガがアヒブィ──ッ」
ズブ、ブ、ブブブブ、ブブブブブブ。
ビビアンの肉紐、その先端がアイゼンバーグの身体に侵入してきた。
たちまち彼の皮膚全体が”紐”で盛り上がり──
その過程で、人間に偽装する幻術は解け──
二本角の、異形の赤鬼があらわれた。
大きく開かれた両目は充血し、大きく裂けた口から、長い舌と涎がたれていた。
『オレの”紐”で、アイゼンバーグくんの潜在能力を極限まで引き出してやったってハナシ。……まぁ、ちょっと寿命が磨り減ったと思うが、そんなことは気にするな。栄華を極めるなら、生きているうちってハナシだ』
「くるッキェエエエエ──ッ」
***
奇声を発し、アイゼンバーグ──数秒前までそうだったモノが、物陰から飛び出した。
「はぇっ?」
虚を衝かれたヤマトが、反射的に身を引く。
パルテオン、女神官もともに引いたが……
異形の赤鬼は、迷いなくパルテオンただ一人を猛追。
「む」
老司祭は踏みとどまり、向かい来る魔物に蹴打。
受けた赤鬼の左腕が、へしゃげた。
「くるっキアアアアア」
しかし構わず突進。
その折れた左腕で横殴り。
想定外の攻撃。
パルテオンは、刹那、自ら後ろに跳んでダメージを減じた。
「ッ──」
その瞬間、狙いすましたヤマトが一撃するも、それは女神官によって防がれる。
(あれ、アイゼンバーグッスか? 知らん間に、すげーパワーアップしてるッス。その分、理性もとんじゃってるクサいッスけど……くそっ、考えなしに突っ込んでくれたお陰で、パルテオンがどんどん向こうへ行っちまうッス。この女も超邪魔ッス。うーん──)
膠着。停滞。
捨て身の策を敢行した以上、これ以上ぐだぐだやるのは好ましくない。
切り離した両足も、早く繋がないと戻らなくなる。
パルテオンの片腕は奪ったのだ、戦果としては上々。
先を考えず、いたずらに功を求めるは匹夫の勇。
(いったん、陛下と合流するッスか)
女神官の鈎の連撃を避けつつ、ヤマトは逃げ時を探っていた。
***
現場──
ワフルの北東部。
モダンな四階建住居の並んだ通り。
「……痴女?」
駆けつけたクルクルが、まずそう言った。
勇者リアン・スーンに、魔術師ミューラ、弓師クルクルの三人の前に立つのは──地面から伸び上がる無数の”肉紐”に囲まれた、全裸の女性。
六本の角を持ち、蛇のような舌を持つ、明らかに人外の存在。
「服を着たまま戦うと、やぶれたりしてもったいないだろうってハナシだ。一応、それなりに貴重な服なのでね。オレの名はビビアン。見ての通り、魔族だ」
「”肉蔦”のビビアンねぇ。魔王軍から独立した勢力を持つ古参魔族。『法則改変前』世代っていうから、どんなのかと思いきや──意外とヒト型っぽいんじゃなぁい?」
「え、法則改変前ってことは……つまり、BBA?」
ミューラの言葉を受け、クルクルが口端を曲げた。
「びーびーえーって、何?」
リアンが訊ねるが、誰も返事しない。
「まぁ、今代の道化がどれほどのものか、オレ直々に確かめてやるってハナシ」
ずぶり。
ずぶ。ずぶ。ずぶ。
ずぶぶぶぶぶぶぶぶぶ。
幾多もの肉紐が、ビビアンの全身を刳り、貫き、同化していく。
「あらーぁ、巨大化?」
肉紐の山と化した相手を、のんきに見上げる女魔術師。
「もう、射っていいよね」
弓矢を構えてクルクル。
「せっかちねぇ。まわりの”肉紐”集めて巨大化してるんでしょぉ? ちまちま細かいの退治するより、結集して貰ったところを叩いた方がラクじゃない」
「ねえ、びーびーえーって?」
リアンが、小剣を振りながら再度訊ねた。
***
「それでですね、山下さ──」
甘太郎がそう言いかけた時、突然、酒場の入り口扉が爆散した。
付近に座っていた客をテーブルごとふっ飛ばし、何か……誰かが転がってくる。
血染めの僧衣を着た老人。
倒れた客は、五人。
うち一人、左前腕骨折。
もう一人は頭部負傷。微出血。
テーブルは天板から二つに折れ、椅子も二つ破損。
砂埃の向こうに異形の影──
「えっ、あ──ぱ、パルテオン、さん?」
正作が声をあげた。
酒場に飛び込んできたのは、ワフルの街の英雄。
勇者の仲間、”竜殺し”のパルテオン。
その右腕が、上腕からなくなっていた。
膝をついた老司祭は、ほかにも傷を負っている様子。
壊れた入り口扉の残骸を乱暴に取っ払い、赤い鬼が入ってきた。
「くるッキェエエエエ──ッ」
「ッ」
鉤爪一閃。
対応できなかったパルテオンを、既のところで救ったのは正作。飛び込んだ勢いで、老人とおっさんが、もんどり打って店内床上に転がった。
(つい助けちゃった。敵なのに!)
条件反射というものは恐ろしい。
(しかも、そのせいで危機的状況にッ)
涎をたらし、見るからに知性がなさそうな鬼の魔族──否、もはや魔獣が、倒れ込んだパルテオンと、それに覆いかぶさる山下正作を睨んだ。
ここで、「例の湯気」を出してみるか?
正作は考えた。
これまでの魔族達の反応から、あれを見れば恐れ入る可能性はある。
(だめだ)
魔術を使うパルテオンも、気づく。
そうなれば、助けたはずの相手に殺されてしまう。
しかしこのままでは、数秒後、やはり目の前の鬼に殺される。
(ここは、一か八か……ッ?!)
「いでェッキェエエエエエエエエッ」
赤鬼の左手──中指と薬指のあいだから手首、肘の手前までが一文字に切り裂かれた。
「あっ、もう折れた! ボロ剣!」
甘太郎の声。
鬼の標的が、正作たちから少年に変わる。
(あ、危ない!)
正作が起き上がるが、明らかに間に合わない。
魔獣の──
違う、甘太郎の一撃。交叉法。
右の縦拳、直突き。
「ギキェエッ」
眉間を痛打され、右手で顔面を庇う赤鬼。
──の上から、右の前蹴り。
右手甲ごと顔面を蹴り飛ばされ、
鬼が仰け反ったところへ、喉。
胸骨。
脇腹。
鳩尾。
膝頭。
金的。
向こう脛。
床に倒れるまで、甘太郎は都合、七発の追撃を加えた。
「──硬った〜、こいつ。手、ちょっと擦りむいたやん。正作さん、武器、あります?」
ごく平静な声で、甘太郎。
「えっ、あ……ご、ごめん。持ってない」
「そうですか。じゃあ、まぁ──蹴り殺す方向で」
身体を半身に構え、内股気味によろよろと起き上がる赤鬼に対した。
(つ、強……)
正作の口は、半開きだった。




