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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--鈴木甘太郎とワフルの街編--
19/93

その18 〜直突〜

 まずい。

 まずい流れ。


(──応援が来る前に、パルテオンを始末できなかったヤマトの負けだ。自分にも有利となる要素があったので多少協力したが、ここらが潮時か)


 今、見知らぬ女神官が助けに入ったことで、アイゼンバーグの中の天秤が”逃げ”へと傾いていた。いかにパルテオンが相応に弱っているからといって、今の状況では分が悪い。


 見た限り、助けにきた女も弱くない。

 アイゼンバーグは、己の身の程を知っている。

 あの戦いに、自分が入っても即殺されるのがオチだろう。


 アイゼンバーグとヤマトは、ともに魔王軍領のとある農村で育った。

 最下級の出自でともに貧しかったが、ある時から才能を開花させたヤマトは軍に入り、破竹の勢いで出世していった。

 当初、それはアイゼンバーグにとって希望だった。


(ヤマトができるなら、自分にだってできる)


 しかし、現実は非情だった。

 魔術の才能はすぐ頭打ちし、ほかに際立った特殊能力の開花もない。

 そもそも、魔力の総量の伸びが遅すぎる。

 王軍の古参ナンギシュリシュマは、長い時をかけてゆっくりと”進化”したそうだが、千年も待っている間に病気で死んだら世話はない。


 『法則改変後』世代の魔族の寿命は、改変前世代よりも短いのではないか、という学説もある。栄華を極めるなら生きているうちだ。ヤマトを見返すのも、生きているうちだ。


『なにをボケっとしている、アイゼンバーグくん。サボりってハナシ?』


 耳傍で”声”がした。

 知らぬ間に、彼の耳傍に一本の『肉紐』がゆれている。


「ビビアン様」

『またオレのハナシを、忘れてしまったってハナシか? 言ったよな、勇者の仲間の一人も消しておくって』

「し、しかし……助けが来たことで、ヤマトは現状手詰まり。わたし如き間に入ったところで、どうにも──」

『それなら問題ないってハナシ』


 激痛。

 首筋から背中へ。


「なっ、ガガガがガガガガガガがアヒブィ──ッ」


 ズブ、ブ、ブブブブ、ブブブブブブ。

 ビビアンの肉紐、その先端がアイゼンバーグの身体に侵入してきた。

 たちまち彼の皮膚全体が”紐”で盛り上がり──

 その過程で、人間に偽装する幻術は解け──

 二本角の、異形の赤鬼があらわれた。


 大きく開かれた両目は充血し、大きく裂けた口から、長い舌と涎がたれていた。

『オレの”紐”で、アイゼンバーグくんの潜在能力を極限まで引き出してやったってハナシ。……まぁ、ちょっと寿命が磨り減ったと思うが、そんなことは気にするな。栄華を極めるなら(・・・・・・・・)生きているうち(・・・・・・・)ってハナシだ』

「くるッキェエエエエ──ッ」


   ***


 奇声を発し、アイゼンバーグ──数秒前までそうだったモノが、物陰から飛び出した。


「はぇっ?」


 虚を衝かれたヤマトが、反射的に身を引く。

 パルテオン、女神官もともに引いたが……

 異形の赤鬼は、迷いなくパルテオンただ一人を猛追。


「む」


 老司祭は踏みとどまり、向かい来る魔物に蹴打。

 受けた赤鬼の左腕が、へしゃげた。


「くるっキアアアアア」


 しかし構わず突進。

 その折れた左腕(・・・・・)で横殴り。

 想定外の攻撃。

 パルテオンは、刹那、自ら後ろに跳んでダメージを減じた。

「ッ──」

 その瞬間、狙いすましたヤマトが一撃するも、それは女神官によって防がれる。


(あれ、アイゼンバーグッスか? 知らん間に、すげーパワーアップしてるッス。その分、理性もとんじゃってるクサいッスけど……くそっ、考えなしに突っ込んでくれたお陰で、パルテオンがどんどん向こうへ行っちまうッス。この女も超邪魔ッス。うーん──)

 

 膠着。停滞。

 捨て身の策を敢行した以上、これ以上ぐだぐだやるのは好ましくない。

 切り離した両足も、早く繋がないと戻らなくなる(・・・・・・)

 パルテオンの片腕は奪ったのだ、戦果としては上々。

 先を考えず、いたずらに功を求めるは匹夫(ひっぷ)の勇。


(いったん、陛下と合流するッスか)


 女神官の鈎の連撃を避けつつ、ヤマトは逃げ時を探っていた。


   ***


 現場──

 ワフルの北東部。

 モダンな四階建住居の並んだ通り。

「……痴女?」

 駆けつけたクルクルが、まずそう言った。


 勇者リアン・スーンに、魔術師ミューラ、弓師クルクルの三人の前に立つのは──地面から伸び上がる無数の”肉紐”に囲まれた、全裸の女性。

 六本の角を持ち、蛇のような舌を持つ、明らかに人外の存在。

「服を着たまま戦うと、やぶれたりしてもったいないだろうってハナシだ。一応、それなりに貴重な服なのでね。オレの名はビビアン。見ての通り、魔族だ」


「”肉蔦”のビビアンねぇ。魔王軍から独立した勢力を持つ古参魔族。『法則改変前』世代っていうから、どんなのかと思いきや──意外とヒト型っぽいんじゃなぁい?」

「え、法則改変前ってことは……つまり、BBA(ビービーエー)?」

 ミューラの言葉を受け、クルクルが口端を曲げた。

「びーびーえーって、何?」

 リアンが訊ねるが、誰も返事しない。


「まぁ、今代の道化(・・・・・)がどれほどのものか、オレ直々に確かめてやるってハナシ」

 ずぶり。

 ずぶ。ずぶ。ずぶ。

 ずぶぶぶぶぶぶぶぶぶ。

 幾多もの肉紐が、ビビアンの全身を(えぐ)り、貫き、同化していく。

 

「あらーぁ、巨大化?」

 肉紐の山と化した相手を、のんきに見上げる女魔術師。

「もう、射っていいよね」

 弓矢を構えてクルクル。

「せっかちねぇ。まわりの”肉紐”集めて巨大化してるんでしょぉ? ちまちま細かいの退治するより、結集して貰ったところを叩いた方がラクじゃない」

「ねえ、びーびーえーって?」


 リアンが、小剣を振りながら再度訊ねた。

 

   ***


「それでですね、山下さ──」


 甘太郎がそう言いかけた時、突然、酒場の入り口扉が爆散した。

 付近に座っていた客をテーブルごとふっ飛ばし、何か……誰かが転がってくる。


 血染めの僧衣を着た老人。


 倒れた客は、五人。

 うち一人、左前腕骨折。

 もう一人は頭部負傷。微出血。

 テーブルは天板から二つに折れ、椅子も二つ破損。


 砂埃の向こうに異形の影──


「えっ、あ──ぱ、パルテオン、さん?」

 正作が声をあげた。


 酒場に飛び込んできたのは、ワフルの街の英雄。

 勇者の仲間、”竜殺し”のパルテオン。

 その右腕が、上腕からなくなっていた。

 膝をついた老司祭は、ほかにも傷を負っている様子。


 壊れた入り口扉の残骸を乱暴に取っ払い、赤い鬼が入ってきた。

「くるッキェエエエエ──ッ」


「ッ」

 鉤爪一閃。


 対応できなかったパルテオンを、(すんで)のところで救ったのは正作。飛び込んだ勢いで、老人とおっさんが、もんどり打って店内床上に転がった。


(つい助けちゃった。敵なのに!) 


 条件反射というものは恐ろしい。


(しかも、そのせいで危機的状況にッ)


 涎をたらし、見るからに知性がなさそうな鬼の魔族──否、もはや魔獣が、倒れ込んだパルテオンと、それに覆いかぶさる山下正作を睨んだ。


 ここで、「例の湯気」を出してみるか?

 正作は考えた。

 これまでの魔族達の反応から、あれを見れば恐れ入る可能性はある。


(だめだ)


 魔術を使うパルテオンも、気づく。

 そうなれば、助けたはずの相手に殺されてしまう。


 しかしこのままでは、数秒後、やはり目の前の鬼に殺される。


(ここは、一か八か……ッ?!)


「いでェッキェエエエエエエエエッ」

 赤鬼の左手──中指と薬指のあいだから手首、肘の手前までが一文字に切り裂かれた。


「あっ、もう折れた! ボロ剣!」

 甘太郎の声。

 鬼の標的が、正作たちから少年に変わる。


(あ、危ない!)

 正作が起き上がるが、明らかに間に合わない。


 魔獣の──

 違う、甘太郎の一撃(・・・・・・)交叉(こうさ)法。

 右の縦拳、直突(ちょくつ)き。


「ギキェエッ」


 眉間を痛打され、右手で顔面を庇う赤鬼。

 ──の上から、右の前蹴り。

 右手甲ごと顔面を蹴り飛ばされ、

 鬼が仰け反ったところへ、喉。

 胸骨。

 脇腹。

 鳩尾。

 膝頭。

 金的。

 向こう脛。

 

 床に倒れるまで、甘太郎は都合、七発の追撃を加えた。


「──()った〜、こいつ。手、ちょっと擦りむいたやん。正作さん、武器、あります?」

 ごく平静な声で、甘太郎。

「えっ、あ……ご、ごめん。持ってない」


「そうですか。じゃあ、まぁ──蹴り殺す方向で」

 身体を半身に構え、内股気味によろよろと起き上がる赤鬼に対した。


(つ、(つよ)……)


 正作の口は、半開きだった。


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