その17 〜紐〜
「ひぃっ、なんだこれは」
「く、喰われギチッ」
悲鳴をあげた男が、その”束”にたちまち巻き込まれ、
たかられ、
血しぶきと肉片に変わっていく。
紐。
肉の紐。
無数に自在にうごめく肉の紐が、大通りのあちこちで波うち、道行く人々を無差別に襲っていた。もう何人もの住民が、この──魔族?──に食い散らかされている。
「焦るな! こいつらはそう強くない、列を乱さず、集団で叩け」
剣を振るい、ジョッシュが声を上げる。
彼の指示に従い、ワフルの駐屯兵たちがその”肉紐の群れ”めがけて突撃した。
「んー、これはビビアンだな」
眼の前の肉紐を素手で引きちぎり、ゴンドラゴンドがつぶやく。
「ビビ──なんだいそりゃ、旦那。魔族か」
「魔王軍に与していない、古参の魔族だよ。正味、そこまで強くはないんだが、こいつは『法則改変前』世代。あの魔王軍”四強”のタコ野郎と似たような芸が使える。このくそったれの”ヒモ”は、ビビアンの分身。たぶん手下に、その”芽”を、あちこちに設置させたんだな」
「ゴンドラゴンド、状況は?」
小剣を手に、青眼の少女が駆けつけた。
「リアンか。んー、こっちは俺とジョッシュがいるから大丈夫だ。あっちの方でも悲鳴がする。宿のミューラ達と合流し、ヒモ退治を頼む。もしかしたら”配達人”もいるか知れねーから、見つけたらそいつもな」
「わかった」
リアンは頷き、戦士がメイスで”あっち”と示した方角へ──進路にある肉紐の群れを切り払いながら──遠ざかっていった。
(……陽動か?)
ゴンドラゴンドは考える。
森で死んでいた(?)魔族は、おそらく先遣隊。
この仕掛は、ある程度事前に準備されたもの。
今回、勇者パーティがばらけた瞬間を狙った形となっているが……ばらけたのはあくまで偶然だし、そもそもここへ立ち寄ること自体、元のスケジュールにもなかった。パルテオンが思い出したようにワフルの祝祭のことを言い出し、じゃあ王都へ戻るついでに立ち寄ろう──と、そんなような話だ。
(この相手、ビビアンは、俺たちの存在に気づいているのか?)
これは微妙なところだ。
勇者パーティの存在を知ってなお、の仕掛けであった場合、この騒動は、気をそらす陽動の公算大。離れた場所で起こった騒ぎの収拾──必然的に戦力分散。
(とすると、狙いは……分散した戦力の各個撃破?)
リアンは、今しがたミューラ、クルクルと合流しに行った。
ゴンドラゴンド自身は、ジョッシュやその配下の大隊と戦闘中。
「……パルテオンか」
たぶんワフル小神殿にいるのだろうが、ここからだと少し距離がある。
ここの『紐』の処理は、多少手間取るだろう。
けっして強くはないものの、しぶとい。
火の魔術などで集中して焼き払うのが一番だが、ジョッシュの大隊に魔術師はいない。といって、普通に火を使うと、建物へ燃え広がって危険だ。時間はかかっても、地道に剣などで切り刻むほかない。
(ミューラと合流できれば、リアンが向かった方の”処理”は早いだろう。パルテオンは、あいつらに任せるほかないか──)
そこまで考えたところで、ゴンドラゴンドは意識を切り替える。
まずは、目先の敵を処理することに集中だ。
***
小神殿を出たところで、パルテオンは遠くに悲鳴を聴いた。
東から、北東から、そして西から。
距離的には、西のものが一番近い。
(悲鳴、複数。狼藉者? にしては多い。同時多発的)
パルテオンは、西に向かって走り出す。
魔でも賊でも、信仰の名のもと叩き伏すのは同じ。
そこに迷いはない。
露天商い通り。三叉路のすこし手前。
地を這い伸び上がる肉紐が束となって、そこにいる人間を、老若男女の区別なく平等に襲っていた。かじられて半分になった行商人の顔が、道端で三転する。
(ビビアンの肉紐)
古参の魔族。
弱敵──ながら、特性が厄介。
パルテオンは呪文を唱え、両手両足を障壁で包んだ。
攻性結界。
障壁の反発力を武器に転化した、パルテオンの基本戦術。
拳や蹴り足を保護し、かつその威力を高める。
「しっ」
竜巻のような回転蹴り。
空を切る裏拳。
唸る正拳。
老司祭が身を転じるたび、路々にはびこる魔の蔦が粉と散じた。
「わぁああっ」
先程まで路地で遊んでいたらしい子供が数人、パルテオンに駆け寄ってくる。
街の英雄の登場で、その顔に希望らしきものが浮かんでいた。
「まだ残っている。物陰に隠れていなさい」
パルテオンに油断はなかった──
が、それは精神的死角がないことを意味しない。
生物である限り、死角は絶対に存在する。
認識の死角。
思い込みが生む死角。
(……っ)
パルテオンに油断はなかった。
気づいたと同時に、その右拳は駆け寄ってきた子供──少女──の一人の顔面左半分を容赦なく破壊する。
顔半分に拳をめり込ませた少女は、残り半分で嗤った。
「いただきッス」
破壊は、不完全だった。
少女の頭蓋が弾けるほど
威力が完全に通る前に、
その右腕は
上腕から切り離されていた。
(ヤマト──馬鹿な)
右の喪失直後、左蹴、をフェイントにして左拳突。
少女の形をしたモノは、身を翻し、地面に手をついて跳ね、素早くパルテオンから距離を取った。その小さな手には、血に濡れた、抜身の細剣が握られている。
明らかに”体積”が違う。
そんな”小さなもの”に、ヤマトが変身するのは不可能な筈だ。
「ナハハハハハ、これでお前は両手を使っての結界術が使えなくなったッス」
パルテオン、手早く左手だけで呪印を切り、右腕の切断面を止血する。
──ヤマトが少女の姿から、元に戻らない。
重心がおかしい。
試しにパルテオンが一歩踏み出すと、少女のヤマトは剣の構えを変えたが、足は動かさない。
(……脚を、捨てたな)
ヤマトは、同じ体積の生き物にしか化けられない。
なら、同じ体積にすればいい。
脚二本で、おおよそ二十パーセントの減。
魔族であるなら……
個体によってその強弱に差はあれ、欠損した部位はいずれ再生する。しかし、そう簡単なものではないし、完治するまで戦力が大幅に低下する。
以前遭遇したとき、ヤマトはすぐさま「逃げ」をうった。
"四強"の中では、際立って戦意の低い者というのが、通説だった。
それが、罠だったとしたら。
今日、この瞬間の油断を誘うため──いざとなれば両足を捨てるほどの覚悟を備えた戦意を、敢えてひた隠していたのだとしたら。
「不覚」
痛みは問題にはならないが、右腕切断時、流れた血が多かった。
その影響か、足がしびれ、残った左手も指先の動きが鈍い。
右腕がなくなったことによる、バランスの変動も無視できない。
いつもの半分、いや四割の力が出せれば上々だろう。
(伏兵がいると心得るべき)
老司祭が、先の展開を読み、飛び道具避けの呪いをかける。
──と同時に、ヤマトがほかの姿に変身をはじめた。
ここで、仮にパルテオンを逃してもヤマトの有利。
しかし、パルテオンがヤマトを倒せば、形勢は一気に逆転する。
ヤマトには、即時撤退を選択するインセンティブがあった。
(この変身は、移動速度の不利を補うものの筈。飛行──鳥か)
周囲に気配なし。
意を決し、変身中の相手に飛び込むパルテオン。
「今ッス!」
巻き上がる旋風。魔術の。
ヤマトではない。
「噴ッ」
障壁強化された脚を大地に踏み入れ、術の”兆し”を封じる。
いまだ変身途中のヤマトが、倒れ込みつつ地を蹴って距離を──
(これで詰み)
踏み込んだ脚を軸にした、パルテオン必殺の前蹴り。
「ッ」
当たったが、浅い。
直前、足先に何かが引っかかり、それが躊躇となった。
紐。
麻紐。
連動して飛来した短矢が、飛び道具避けの呪いを突破して、パルテオンの右太腿に突き立っている。
(銀の──矢!?)
ありえない。
銀の武器は魔族でも使えるが、代わりに内在する魔力も打ち消されてしまう。
それが銀の法則。
弓矢だろうと、それは例の外に洩れない。
弱体化した魔族の攻撃など、ものの数ではない。つまり、
「仕掛け罠」
「ご明答ッス」
あらかじめ仕掛けておいた罠に、パルテオンを誘導したのだ。
先の──おそらくヤマトの仲間が──行使した魔術は、攻撃ではなく足元に仕掛けた罠(張っておいた麻紐)から気をそらす為のもの。
ヤマトの変身も、その隙も、罠。
変身──し、今度は小さなヤマト本人の姿なったヤマトは、間髪入れず、態勢を崩したパルテオンに細剣を突き入れた。
金属音。
弾かれた小ヤマトは、片手をついて受け身をとった。
「惜しいッス」
「──チッ、新手か」
物陰で様子を伺っていたビビアン派の魔族アイゼンバーグが、先の仕掛け弩を回収しつつ、これからどう動くべきか思案した。
僧衣をはためかせ、パルテオンを庇うようにして立つのは、その直弟子。
「高司祭様、あの二人が敵ということで?」
「そうだ、ラヴィリア。即時、抹殺、卒爾、抹香」
左手で刺さった銀矢を抜き、パルテオンが言った。
(アホ、アホ! エクステリアのアホ! あの女、ちゃんと殺っとけば、今頃パルテオン始末できてたッスのに、もぉ〜ッ)
ラヴィリアは、両腕を前で重ね、そのだぶついた裾をまくる。
露出した両手には手首がなく、かわりに金属製の鉤がついていた。




