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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--鈴木甘太郎とワフルの街編--
18/93

その17 〜紐〜

「ひぃっ、なんだこれは」

「く、喰われギチッ」


 悲鳴をあげた男が、その”(たば)”にたちまち巻き込まれ、

 たかられ、

 血しぶきと肉片に変わっていく。


 紐。

 肉の紐。


 無数に自在にうごめく肉の紐が、大通りのあちこちで波うち、道行く人々を無差別に襲っていた。もう何人もの住民が、この──魔族?──に食い散らかされている。


「焦るな! こいつらはそう強くない、列を乱さず、集団で叩け」

 剣を振るい、ジョッシュが声を上げる。

 彼の指示に従い、ワフルの駐屯兵たちがその”肉紐の群れ”めがけて突撃した。


「んー、これはビビアンだな」

 眼の前の肉紐を素手で引きちぎり、ゴンドラゴンドがつぶやく。


「ビビ──なんだいそりゃ、旦那。魔族か」

「魔王軍に与していない、古参の魔族だよ。正味、そこまで強くはないんだが、こいつは『法則改変前』世代。あの魔王軍”四強”のタコ野郎と似たような芸(・・・・・)が使える。このくそったれの”ヒモ”は、ビビアンの分身。たぶん手下に、その”芽”を、あちこちに設置させたんだな」


「ゴンドラゴンド、状況は?」

 小剣を手に、青眼の少女が駆けつけた。


「リアンか。んー、こっちは俺とジョッシュがいるから大丈夫だ。あっちの方でも悲鳴がする。宿のミューラ達と合流し、ヒモ退治を頼む。もしかしたら”配達人”もいるか知れねーから、見つけたらそいつもな」

「わかった」

 リアンは頷き、戦士がメイスで”あっち”と示した方角へ──進路にある肉紐の群れを切り払いながら──遠ざかっていった。


(……陽動か?)

 

 ゴンドラゴンドは考える。

 森で死んでいた(?)魔族は、おそらく先遣隊。

 この仕掛(しかけ)は、ある程度事前に準備されたもの。


 今回、勇者パーティがばらけた(・・・・)瞬間を狙った形となっているが……ばらけたのはあくまで偶然だし、そもそもここへ立ち寄ること自体、元のスケジュールにもなかった。パルテオンが思い出したようにワフルの祝祭のことを言い出し、じゃあ王都へ戻るついでに立ち寄ろう──と、そんなような話だ。


(この相手、ビビアンは、俺たちの存在に気づいているのか?)


 これは微妙なところだ。

 勇者パーティの存在を知ってなお、の仕掛けであった場合、この騒動は、気をそらす陽動の公算大。離れた場所で起こった騒ぎの収拾──必然的に戦力分散。


(とすると、狙いは……分散した戦力の各個撃破?)


 リアンは、今しがたミューラ、クルクルと合流しに行った。

 ゴンドラゴンド自身は、ジョッシュやその配下の大隊と戦闘中。

 

「……パルテオンか」


 たぶんワフル小神殿にいるのだろうが、ここからだと少し距離がある。

 ここの『紐』の処理は、多少手間取るだろう。

 けっして強くはないものの、しぶとい。


 火の魔術などで集中して焼き払うのが一番だが、ジョッシュの大隊に魔術師はいない。といって、普通に火を使うと、建物へ燃え広がって危険だ。時間はかかっても、地道に剣などで切り刻むほかない。


(ミューラと合流できれば、リアンが向かった方の”処理”は早いだろう。パルテオンは、あいつらに任せるほかないか──)

 

 そこまで考えたところで、ゴンドラゴンドは意識を切り替える。

 まずは、目先の敵を処理することに集中だ。


   ***


 小神殿を出たところで、パルテオンは遠くに悲鳴を聴いた。

 東から、北東から、そして西から。

 距離的には、西のものが一番近い。

 

(悲鳴、複数。狼藉者? にしては多い。同時多発的)


 パルテオンは、西に向かって走り出す。

 魔でも賊でも、信仰の名のもと叩き伏すのは同じ。

 そこに迷いはない。


 露天(あきな)い通り。三叉路のすこし手前。


 地を這い伸び上がる肉紐が束となって、そこにいる人間を、老若男女の区別なく平等に襲っていた。かじられて半分になった行商人の顔が、道端で三転する。


(ビビアンの肉紐)


 古参の魔族。

 弱敵──ながら、特性が厄介。

 パルテオンは呪文を唱え、両手両足を障壁で包んだ。

 攻性結界。

 障壁の反発力を武器に転化した、パルテオンの基本戦術。

 拳や蹴り足を保護し、かつその威力を高める。


「しっ」

 竜巻のような回転蹴り。

 空を切る裏拳。

 唸る正拳。

 老司祭が身を転じるたび、路々(みちみち)にはびこる魔の蔦が粉と散じた。


「わぁああっ」


 先程まで路地で遊んでいたらしい子供が数人、パルテオンに駆け寄ってくる。

 街の英雄の登場で、その顔に希望らしきものが浮かんでいた。


「まだ残っている。物陰に隠れていなさい」


 パルテオンに油断はなかった──

 が、それは精神的死角がないことを意味しない。 

 生物である限り、死角は絶対に存在する。


 認識の死角。

 思い込みが生む死角。


(……っ)


 パルテオンに油断はなかった。

 気づいた(・・・・)と同時に、その右拳は駆け寄ってきた子供──少女──の一人の顔面左半分を容赦なく破壊する。

 顔半分に拳をめり込ませた少女は、残り半分で嗤った。


「いただきッス」

 破壊は、不完全だった。


 少女の頭蓋が弾けるほど

 威力が完全に通る前に、

 その右腕は

 上腕から切り離されていた。


(ヤマト──馬鹿な)


 右の喪失直後、左蹴、をフェイントにして左拳突。

 少女の形をしたモノは、身を翻し、地面に手をついて跳ね、素早くパルテオンから距離を取った。その小さな手には、血に濡れた、抜身の細剣が握られている。


 明らかに”体積”が違う。

 そんな”小さなもの”に、ヤマトが変身するのは不可能な筈だ。


「ナハハハハハ、これでお前は両手を使っての結界術が使えなくなったッス」


 パルテオン、手早く左手だけで呪印を切り、右腕の切断面を止血する。

 ──ヤマトが少女の姿から、元に戻らない(・・・・・・)

 重心がおかしい。

 試しにパルテオンが一歩踏み出すと、少女のヤマトは剣の構えを変えたが、足は動かさない。


(……脚を、捨てたな)


 ヤマトは、同じ体積の生き物にしか化けられない。

 なら、同じ体積にすればいい。


 脚二本で、おおよそ二十パーセントの減。

 魔族であるなら……

 個体によってその強弱に差はあれ、欠損した部位はいずれ再生する。しかし、そう簡単なものではないし、完治するまで戦力が大幅に低下する。


 以前遭遇したとき、ヤマトはすぐさま「逃げ」をうった。

 "四強"の中では、際立って戦意の低い者というのが、通説だった。


 それ(・・)が、罠だったとしたら。


 今日、この瞬間の油断を誘うため──いざとなれば両足を捨てるほどの覚悟を備えた戦意を、敢えてひた隠していたのだとしたら。


「不覚」


 痛みは問題にはならないが、右腕切断時、流れた血が多かった。

 その影響か、足がしびれ、残った左手も指先の動きが鈍い。

 右腕がなくなったことによる、バランスの変動も無視できない。

 いつもの半分、いや四割の力が出せれば上々だろう。


(伏兵がいると心得るべき)


 老司祭が、先の展開を読み、飛び道具避けの呪いをかける。

 ──と同時に、ヤマトがほかの姿に変身をはじめた。


 ここで、仮にパルテオンを逃してもヤマトの有利。

 しかし、パルテオンがヤマトを倒せば、形勢は一気に逆転する。

 ヤマトには、即時撤退を選択するインセンティブがあった。


(この変身は、移動速度の不利を補うものの筈。飛行──鳥か)


 周囲に気配なし。

 意を決し、変身中の相手に飛び込むパルテオン。


「今ッス!」


 巻き上がる旋風。魔術の。

 ヤマトではない。


(ふん)ッ」


 障壁強化された脚を大地に踏み入れ、術の”兆し”を封じる。

 いまだ変身途中のヤマトが、倒れ込みつつ地を蹴って距離を──


(これで詰み)

 踏み込んだ脚を軸にした、パルテオン必殺の前蹴り。

「ッ」

 当たったが、浅い。

 直前、足先に何かが引っかかり、それが躊躇となった。

 紐。

 麻紐(・・)

 連動して飛来した短矢が、飛び道具避けの(・・・・・・・)呪いを突破して(・・・・・・・)、パルテオンの右太腿に突き立っている。


(銀の──矢!?)


 ありえない。

 銀の武器は魔族でも使えるが、代わりに内在する魔力も打ち消されてしまう。

 それが銀の法則。

 弓矢だろうと、それは例の外に洩れない。

 弱体化した魔族の攻撃など、ものの数ではない。つまり、


「仕掛け罠」

「ご明答ッス」


 あらかじめ仕掛けておいた罠に、パルテオンを誘導したのだ。

 先の──おそらくヤマトの仲間が──行使した魔術は、攻撃ではなく足元に仕掛けた罠(張っておいた麻紐)から気をそらす為のもの。


 ヤマトの変身も、その隙も、罠。

 変身──し、今度は小さなヤマト本人(・・・・・・・・)の姿なったヤマトは、間髪入れず、態勢を崩したパルテオンに細剣を突き入れた。

 

 金属音。

 

 弾かれた小ヤマトは、片手をついて受け身をとった。

「惜しいッス」


「──チッ、新手か」


 物陰で様子を伺っていたビビアン派の魔族アイゼンバーグが、先の仕掛け(クロスボウ)を回収しつつ、これからどう動くべきか思案した。


 僧衣をはためかせ、パルテオンを庇うようにして立つのは、その直弟子。


「高司祭様、あの二人(・・)が敵ということで?」

「そうだ、ラヴィリア。即時、抹殺、卒爾(そつじ)、抹香」

 左手で刺さった銀矢を抜き、パルテオンが言った。

 

(アホ、アホ! エクステリアのアホ! あの女、ちゃんと殺っとけば、今頃パルテオン始末できてたッスのに、もぉ〜ッ)

 

 ラヴィリアは、両腕を前で重ね、そのだぶついた裾をまくる。

 露出した両手には手首がなく、かわりに金属製の(フック)がついていた。

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