その16 〜腕〜
俺の名は、鈴木 甘太郎。
十七歳の高校二年。
三日前から、異世界転移者? やってます。
もう一人の異世界転移者・山下正作さんとの衝撃的な出会いからこちら、目下ステルスモードで情報収集中。之を知るを之を知ると爲し、知らざるを知らずと爲す。是れ知るなり、なんつって。
なお「正作」の名前は、後で知った情報。
この時点では、単に「山下」としか認識していません。
でも、ショーサクの方が、なんか言いやすいでしょ? 語感的に。
正作さんと一緒にいた女の子──たぶん俺と同い年ぐらい?──は、リアン。別の国からきた行商人……ということにしている正作さんに、このワフルの街のガイドをしている、とか何とか。
ええー。なんかこのおじさん、大丈夫ぅ?
騙されてる臭と、それとは別の犯罪臭がぷんぷんするんですけど。
ともあれ、『とりあえず出身をコーベにしておく』作戦はここでも継続。
グダル共和国、いただきました。
たぶん正作さんなりに練り込んだ後付け設定でしょうから、ここは素直に乗っかりましょう。マウンティング大好き!
(しかしこの人、すっごい異世界に馴染んでない?)
いくら何でも、さすがに来て三日でこれは無理。俺でも無理。
つまり、来訪時期にズレがある?
こっちは三日でも、正作さんは数年前からいる、とか?
あるいは、初期背景設定に恵まれた系のチート?
この辺については、後々要チェックや。
で、得意げに街案内をするリアンちゃんが、連れてきてくれたのがこの酒場です。えー……こんな昼間っから、酒ぇ?
うえぇー……たまりませんね、この蛮族感。
確かに正作さん、昼間からワンカップ酒片手に商店街うろうろしているの異様に似合いそうですけど。そうやって蛮族感かもしていくのも自由っていうか、一つの人生なので否定とかはしませんけど。まぁ、うん、まぁ……。
で、ラガービールですか。
異世界の麦芽酒といえばエール一択な気もしますけど、基本同じビールですからね。しかしラガーってことは、下面発酵。発明、十五世紀ぐらいだっけ。結構、進んでますね技術。
火薬も銃も、すでにあったりして。
いやでも鉛筆はなかったしなぁ……一概にはなんともね。
印刷技術とか、製紙技術も気になるところ。
隙あらば、異世界知識チートねじ込む構えでお願いします。
この街名産ビールという触れ込みですが──
なんといっても未成年ですし、それ以前にアルコールとか、一般教養として以外は興味微塵もないので、林檎果汁百パーセントジュースをオーダー。
(って、リアンちゃん、普通にビール飲むんかい!)
これは西洋風ハイファンタジーのお約束、「平均寿命が短いので成人認定も早め。ついでに婚期も早め」世界観発動ですか。ロリコンが時代に救われる流れですか。チャールズ・ドジソン大歓喜ですか。
けっこうかわいい顔してるのに、ビール一気飲みしたり、口に泡ヒゲつけてたりで、台無し感マシマシ。インスタでこんなん上がってたら、ひくわ。未成年飲酒、脳細胞によくないよ、絶対。……成人でもよくないと思うけどな。
ビールが辛いとか、それはハーブですとか言い出したので、軽くウンチクを披露しつつ、店内の構造をチェック、客層をチェック、話の流れをチェック、チェック、チェックの鬼。
見てると正作さん、楽しげに話してるわりに、彼女に視線合わせませんね。
コンビニ店員とかにも、絶対視線合わないようにする人?
さすがに、こんな女の子に、情けな過ぎじゃない?
よくこんなんで、現実世界よりいくぶんハードそうな異世界で、まがりなりにも生きてこれたよね。よっぽどチートに恵まれたとか、そんなん?
で、
「魔族がせめてきたぞ!」
からの急展開。
(……ゆうしゃ?)
なんか、すごいこと言い放ってリアンちゃん出撃。
え、なんなんあの子。
大丈夫なんあの子。
「勇者って──」
「あ、彼女ね。本当に勇者なんだよ。国に選ばれて、その……ま、魔王を倒す的な?」
正作さんが、真顔でしれっとそんなこと言ってきました。
こういう時、同じ世界からやってきた者同士ってのは、話早くていいよね。
彼が言っているのは、現代日本人がメタ的に共有する、いわゆるドラクエ的な勇者、魔王のこと。そういう役割のこと。
(なるほど、”勇者リアン”はマジモノと)
──俺以外にも異世界来訪者がいた時点で薄々察してましたけど、つまり俺は勇者ポジではなく、基本好き勝手やっときゃいいエキストラ枠ってことね。MMORPGのプレイヤー枠ってことね。おk、把握。
しかし、勇者がいて、魔王がいて──ってワリには、緊張感ないねこいつら。
魔王が攻めてくるとかって、普通、人類社会存亡の危機とかじゃないの?
魔王っつっても、意外にどうってことない?
(……てことは、勇者の仕事横取り展開も、アリっちゃアリ?)
いや、早計早計。
今やるべきは──
リアンちゃんが席を外したこのタイミングで今やるべきは、正作さんからの、迅速な情報の摂取。
「あ、山下さん。今のうちに話の裏を合わせておきたいのですが──グダル共和国って、どこらへんにある国なんでしょう」
「え、うんグダルね。えっと、ここがゾークヴツォール王国のワフルの街で、その南に小さな国がたくさん集まった東方連合ってのがあるんだよ。グダル共和国は、その東方連合に所属する国の一つなんだって。ぼくは、香辛料を扱う行商人で、グダルからここに来ているって話にしているの」
「……仲間がいらっしゃるんですね」
俺の言葉に、正作さん目に見えて焦りだします。
なかばカマかけでしたが、グダル共和国の知識がどうも伝聞っぽかったので。
ま、ここは軽く流しときましょ。
圧迫面接になっちゃうからね。
正作さん、そういう圧にすごく弱そうだし。
「じゃあ俺らは、そのグダル共和国にある、コーベって小さな集落の出身、そんな感じでお願いします」
「あー、さっきも聞きたかったんだけど、どうして”神戸”に?」
「自分以外にも現実世界からやってきている人がいたら、そこから繋がりができるかな、と思いまして。あと普段からそういう設定で通しておけば、今回、山下さんと偶然会った時のようなケースでも、比較的破綻がなく相互確認できるかな、とかですね」
それともう一つ。
現実世界の知識を持つ異世界人、というパターンも想定して。
そのための撒き餌。
(さっきの”女”、あきらかに”ソレ”だよな)
幸か不幸か、まだこっち来て三日の甘太郎くんはガンスルーの模様でしたが、正作さんはばっちりターゲティングされてましたよね。
どういう因縁があるのか──
あ、そうそう。これも聞いとかないと。
「山下さん、ずいぶんこの世界に馴染んでおられるようにお見受けしますが、こちらに来てどれぐらいに?」
「あー……」
正作さん、少し頭に血を巡らせるのポーズ。
「……たぶん、一ヶ月半ぐらい? 二ヶ月には、まだなっていないと思う」
(えっ)
意外に、短い。
そんな短期間で、仲間を作ったり、この世界に活動基盤を?
うん、ゴメン。
ちょっとこのオッサン、侮ってた。
もちろんチート前提だとは思うけど、それを踏まえてもなかなかヤリ手ですわ。
(──あとは、正作さんの今の活動拠点を聞いてってとこか)
何をさし置いても、今後のつなぎの確保っと。
勇者ちゃんとも薄っすら繋がりあるみたいだし。
ものすげー予想外ながら、わりとデキるオッサンみたいだし。
とりあえず、このあたりから甘太郎ネットワーク構築していきましょ。
***
「それでですね、山下さ──」
甘太郎がそう言いかけた時、突然、酒場の入り口扉が爆散した。
付近に座っていた客をテーブルごとふっ飛ばし、何か……誰かが転がってくる。
血染めの僧衣を着た老人。
倒れた客、五人。
うち一人、左前腕骨折。
もう一人は頭部負傷。微出血。
テーブルは天板から二つに折れ、椅子も二つ破損。
砂埃の向こうに影──
甘太郎は椅子から立って屈み、足元の背負い袋に手を入れる。
一本だけキープしておいた小剣。その柄を握った。
外からは、何を掴んでいるのか分からないように。
「えっ、あ──ぱ、パルテオン、さん?」
正作の声。
酒場に飛び込んできたのは、ワフルの街の英雄。
勇者の仲間、”竜殺し”のパルテオン。
その右腕が、上腕からなくなっていた。




