表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--鈴木甘太郎とワフルの街編--
16/93

その15 〜ラガービール〜

 ワフル小神殿。


 大理石の壁で覆われた殿内は、素朴ながらも優美な装飾が施されていた。

 段々に並んだ長椅子には、祈日、多くの信者で集い来る。


 高い天井の中央には、円形のガラス窓がはめ殺してあり、そこから昼下がりの外光がおぼろ降り注ぐ。ただそこにいるだけで清浄な心持ちになってくるのは、管理者の聖徳ゆえか、建築家の計算ゆえか。

 中央の祭壇で祈りを捧げていた僧衣の若い女性が、その気配に振り返った。


「高司祭様」

「ラヴィリア」


 パルテオンは矍鑠(かくしゃく)とした風情で、入り口扉から中央へ進んでいく。

 ラヴィリアと呼ばれた女性は、頭部をすっぽりヴェールで覆っており、顔の前半分も鼻のあたりまで薄布で隠れていた。 服裾は長く、手は袖に隠れて見えない。

 パルテオンの直弟子、ラヴィリア。


 別称、エクステリアの刑(・・・・・・・・)に処された聖女。


「お久しぶりでございます」

「健勝そうでなにより。明後日の祝祭には顔を出そう。手伝えることがあれば言ってほしい。誠意、顕彰、聖意、健尚」

「信徒の皆様も、高司祭様にお会いできるのを楽しみにしているようです」

 ラヴィリアの口が、笑んだように動いた。

「魔王が現れたという噂が、この街でも広がっています。人心の憂いを(はら)う為にも、今こそ信仰の力が求められているかと存じます」

 パンテオンは、老いた顔をゆっくりと頷かせる。

 

 神への信仰。

 この老人を動かす理由は、言ってしまえば、それがすべてだった。


 パルテオンは、世に”竜殺しの聖者”と呼ばれる。

 信心深い完徳者。

 王に忠義を尽くし、ひろく民草に安心(あんじん)をもたらす稀有人。

 たしかに、外から観察した限り、その評は正しいように思われる。


 しかし実際のところ、パルテオンに王への忠誠などないし、勇者リアン・スーンに対してどうという感情も抱いていない。信徒、民衆のことさえ──語弊を招くようだが──何とも思っていない。


 彼にとっては、神への信仰がすべて(・・・・・・・・・)だ。


 その信仰、その教えに殉じるため、王に膝をつき、魔を滅する使命を神より与えられた勇者にも仕え、そして信徒、民衆にとっての聖者を演じている。


 そんな上っ面の演技で、多く皆が騙されるものなのか。

 騙されるものなのか。

 

 パルテオンの聖者の仮面は、私心……

 顕示欲、名声欲、権力欲、あるいは物欲……

 それらすべてから隔絶していた。


 信仰心──ただそれゆえの仮面である。


 内から湧き上がり、内側で完結する感情ゆえに、聖者の(かお)は、上っ面ではない、筋金入りの(おもて)となって全身全霊に癒着していた。


 ある意味、彼は、本物の聖人よりも本物だった。

 

「我、神の使徒として、あまねく魔の者を滅ぼさん。滅私、奉公、烈士、咆哮」

 その強く輝く双眸には、歴史上の偉人、あるいは狂人と同じ色を宿していた。


   ***


 とうとう、この日がやってきた。


 正作の右手には木製コップ。

 なみなみと注がれているのは、ほのかに泡立つ黄金(こがね)の液体。

 異世界ラガービール、初お目見え。

 感謝、感激、感動、感涙の瞬間。


 ──思いのほか、泡が少ない。


(なんか……缶をあけて数時間放置しちゃった後の、気抜けビールっぽい?)


 少し、いやな予感がした。 

 念のため、やや異世界ラガーへの期待値を下げることにする。正作のような人間は、無意識のうちに幸福の閾値(しきいち)を下げ、自己防衛する術に長けているのだ。


「では、かんぱーい!」

 リアンが元気よく声をあげ、自分のコップを正作のそれにうちつける。


(にが)──いや、辛い?)


 ホップの苦味を予想していたところ、なぜか中華料理を思い出す系の辛味がきたので、正作は驚いた。いや、苦味もある。

 苦味に混じる、複雑な辛さ。

 飲み終えると、爽やかな後味が残った。


(海外のビールって、もしかしてこんな感じだったりして) 


 まだ夕方には時があるのに、少し腹が減ったような気がする。

 辛味が、食欲を刺激したのだろうか。

 予想とはかなり違うが、これはこれで悪くない、と正作は思った。


「ぷふー、どうですかヤマシタさん。ワフル名産の麦芽酒は」

 コップの中身を一気に飲み干したらしいリアンが、口元に少し泡を残して微笑んだ。

「いやぁ、おいしいです。独特の辛味があるよね。何か、特別なものでも入ってるのかな」


 明らかに未成年のリアンが普通に飲酒していることには、とりあえずつっこまないことに決める。きっと異世界なので、法も違うのだろう。


「え。麦芽酒にハーブが入るのは、普通じゃないですか?」

 そういうものなのか。

 正作はあいまいに納得した。


 目線さえ合わせなければ、この勇者の少女から伝わる、得体の知れない恐怖感がかなり和らぐことに気づいた。つけて酒精の力も借り、ほんのり余裕が出てくる。


 ここは、リアンに連れられなんとなく入った街角の酒場。

 こんな真っ昼間から──というのは、現代人の感性なのか。

 夕食時でもないのに、そこそこ客が入っている。


「チアーズラガーとか、そうですよね。タイのビールですけど」

 テーブルの向かいでそう言う鈴木 甘太郎は、ひとり林檎ジュースである。


「カンタローさんは、飲まないんですか、お酒」

「あー……宗教上の理由で、ちょっと」

 リアンの問いに、甘太郎は少し考えてから返答した。

(『未成年だから』って言いそうになったのかな)

 正作は想像する。


 ラガービール。

 この炭酸感、本当に久しぶり。


 魔王城でもシャンパン──スパークリングワイン? は飲んだが、同じシュワシュワでも、また違うシュワシュワである。本当は冷えたビールが個人的に最高だが、さすがにそれはないだろう。

 定番の異世界ものだと、貴族や豪商相手に氷を作る魔術師がいたりするものだが──この世界ではどうなのだろう。そもそも、冷やして飲むとうまい、みたいな発想自体ない可能性もある。


 その辺の事情を逆手にとって、異世界知識チートとか……


 少しふわふわした気分で、先程の「元の世界の衣服を着た女性」について思い返してみた。

(あれは、魔法だったのかな)

 あの時の『声』は、正作にだけ聞こえたらしい。


 まがいもの。

 

 確かに自分は、魔王の紛い物だ。

 顔は異世界人風だったが、この世界の魔術師は、幻術で姿を変えられると聞いた。


(自分とは別の、異世界来訪者?)


 鈴木 甘太郎がいるのだ。もっといても不思議ではない。

 正作の正体を知っているとして、先程の行動の意図はなんだろう。

 声をかけた理由は。 

 あれだけいって、すぐ去っていった理由は。

 単なる気まぐれか。

 それとも、何か──


「魔族がせめてきたぞッ!」


 みだれた叫び声に、正作の思索は遮られた。


 すばやくリアンが立ち上がる。

 客の視線が、入り口の乱入男に集中。


「駐屯兵には?」

「もう伝えた、というか戦ってる! こっちに来る、早く逃げろッ」

「じょ、冗談じゃねぇ」

「魔王軍か?」

「ま、魔王が──」


「どっちにいるの」


 きれいな、しかし恐ろしく落ち着いた声。

 パニック寸前だった店内が一気に静まる。


 リアンの顔を正面から見た──見てしまった──魔族襲来を知らせに来た男は、ここへ来た時よりも青ざめた表情で「こっちだ」と方角を示す。


「そう。じゃあ……あ、ヤマシタさん、カンタローさん、案内途中でごめんだけど、リアンは行かないとなので」

「あ、ちょ、あの──」


 正作は、少女に手を向けかけた。

 何と言ったらよいか、分からない。

 リアンは、出口で振り返り、少しはにかんだ。


「これでも勇者なので」


   ***


「おやや、アイゼンバーグじゃないッスか」


 声をかけられた若者──人間のように見える──は、びくりとなった。

 彼は振り返り、その人物を見据えた。


「メッチャ久しぶりッスね」

「──もしかして、ヤマトか?」


 自信なさげに、アイゼンバーグ。


「お? 俺の隠形(おんぎょう)を見破るなんて、やるッスね。どんな術を使ったんスか」

「いや、喋り方喋り方。わたしを知っている者で、そんな喋り方するやつお前しかいないから。……そちらこそ、よく分かったな。二重がけの幻術を見破れる者は、そうそういないぞ」

「や、俺が鼻の利くことも、忘れたんスか」


 人間に化けたヤマトの言をうけ、アイゼンバーグが苦い顔をした。

(匂いも誤魔化しているのだが)


「お前が人間の街にいるとか、超めずらしいッス。もう、あのBBA(ビービーエー)の下で遊ぶのはやめたんスか?」

「……ビビアン様も、今この近くにお越しになっている。ヤマト、昔のよしみで一つ忠告してやるが、今、このワフルに勇者どもが来ているぞ。早く立ち去ったほうがいい」

「ま、マジッスか!」


 さすがにヤマトも、驚いたようだ。

 アイゼンバーグが、ひっそりと溜飲を下げる。


「──え? ということはビビアンの奴、勇者達がいると承知の上で、来てるっつーんスか。……え、自殺? マッシュマロンより弱いくせに、いったいどういう……いや、いやいや……」


 ヤマトは、顎に拳をあて、しばし考えるような素振りをした後、相手を半目で睨みつけた。


「アイゼンバーグ。ビビリのお前が、危険を冒して人間の街に来るとか、不自然すぎッス。搦め手で、なんかやるつもりッスね。ビビアンに何か指示されて、イヤイヤここにいるんスね」


「……だったら、なんだ」

 不快げに眉をしかめ、アイゼンバーグ。

 ヤマトの口が、笑みの形に曲がった。


「昔のよしみで、ちょいと点数稼ぎ(・・・・)に協力して貰うッス」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ