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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--鈴木甘太郎とワフルの街編--
15/93

その14 〜まがいもの〜

「ぃよう、ゴンドラゴンドの旦那。半年ぶりぐらいかい」

「んー。お前さんも、元気そうでなによりだ」


 大柄の鎧男ゴンドラゴンドは、そういって相手── ひと回り背の小さな、がっちりとした体躯の男──その肩を叩いた。


 ワフルの兵舎。

 設備、普請、人員の配置。

 この規模の街としては、かなり充実している。


 地理的に、ワフルは魔族勢力と争うに際し、橋頭堡(きょうとうほ)となる性質を有する。ゾークヴツォール王国からは常時一万の兵が派遣され、周囲のノラ(・・)魔族退治や山賊狩り、インフラ整備などに従事していた。


 二人がいるのは、兵舎の倉庫兼、中待合だ。

 広間にいくつかのテーブルが並び、休憩中の兵士らが雑談を楽しんでいる。


「しかし勇者パーティか……いいなぁ。これで魔王とやらと倒した日には、旦那もはれて将軍様ってか」

「んー、正味、そう都合よくいくものかねぇ」


 この男の名はジョッシュ。

 ゴンドラゴンドと同じ、ゾークヴツォール正規軍所属の軍人だ。

 歳はいくつか下だが、軍に入ったのは同時期。つまり同期にあたる。


 彼らはともに大隊長──

 戦時とあれば、千から数千の兵を指揮する階級にあった。学がなく、財も、家柄といった武器もない者とすれば、まずまず文句のない成り上がりぶりだ。

 少なくとも、ジョッシュはこれで満足していた。


「いくさ。旦那は、俺が知っている中でもピカイチの実力者だ。軍閥内でのウケはまぁ、あれだったけどさ。そこのところは、さすがに陛下。見事、勇者一行に大抜擢。賢君(けんくん)、ゾークヴツォール国王ハラニーチ四世陛下は、よっくご覧になっていらっしゃる、というわけで」


 あからさまに世辞をいわれ、ゴンドラゴンドは苦笑する。


 そう、彼の戦士としての実力は、ゾークヴツォール軍内でも群を抜いている。御前試合では全戦常勝。一度(ひとたび)兵を率いれば、たちまちのうちに大戦果。


 ただし、軍内での人気は今ひとつ。

 元はといえば貧しい農家の出自。

 口減らしで故郷を去り、王都で一旗上げにきた、一山いくらの田舎者だ。


 たとえ武才に恵まれ、軍才があるとは申せ、政治の一つも心得なければ将官としての出世は難しい。平たくいえば、御前試合でわざと負けるべき時は何度もあったし、その戦果を貴族出身の若造に()れて()るといった配慮も、やはり必要だったのだ。


 加えていえば、勇者パーティへの参加は、将来を嘱望された軍人として、あまりおいしく(・・・・)ない。

 魔王軍──その”四強”の実力は、ゾークヴツォール王国内でも広く知られるところ。勇者に付きそうとは、そんな危険な相手と常時対決する事を意味した。誰が考えても、危険すぎる。


 むろん、”四強”や魔王を討伐せしめた暁には、軍内での出世は確実だ。

 ……が、それは唯一のルートではない。

 

 もっと堅実に時間を費やし、実績を重ね、根回し、策謀、裏金といった王道的手段でもって出世するほうが、ずっと安全であろう。

 ゴンドラゴンドに、それはできない。

 彼が王の勧誘に応じ、勇者リアン・スーンに従っているのは、要するにそういうことだった。


「旦那、何日こっちにいるんだい?」

「んー、さしあたり数日かな。パルテオンのじいさまが、故郷の神殿で祭事がどーたらこーたら言ってたんでね。ああ、そうだ。今夜、一杯いくか」


 右手で、酒坏をあおるしぐさ。


「や、今夜はやめとこう。一昨日に部下と飲みすぎて、うちの母ちゃんの機嫌がちょいと怪しい。数日はいるんだろ? 最終日あたりに、また声をかけてくれよ旦那。よければ、あのべっぴんの魔術師さんも連れてさ。名物ラガーを飲みにいこいうじゃないの」

「じゃあ、そうするか──んー? それは……魔族の武器(・・・・・)か」


 ゴンドラゴンドが、テーブルに雑多に積まれた武器類を指した。

 街で狼藉をはたらいた不逞の輩や、山賊から没収した武具類が、たまにこうやって積まれていることがあるから『倉庫、兼、中待合』だ。


 厳密には軍規に抵触するが、ここは王都ではない。


 現場を知らない、杓子定規な貴族出の将官が閲兵にでも来ない限りは、大隊長らの柔軟な判断により、そのあたりは高度に柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処されている。


「あ、それなぁ。知り合いの武器商が、ついさっき報告してくれたブツさ。見知らぬ旅の若造が、『先の森で死んでいた魔族から拾ってきた』とかいって売りつけに来たんだと」

「んー。死んでた? 魔族が?」


 武器のうち一つを、手にとってゴンドラゴンドが唸る。


「おうさ。まぁワフルは魔族勢力圏の近くにある街だ、魔族が出ること自体はそこまで珍しくない。たまに山賊まがいのことをしている野良(・・)を、うちの隊が処理するのもしょちゅうだ。が──」

「んー。死体が放置されている以上、うちの軍にやられた訳ではない。しかし行き倒れる程度の雑魚にしては、武器の質が良すぎる(・・・・・・・・・)

「旦那、その旅の若造って、なんか怪しくねぇ? ほら、前に言ってたじゃねぇの。なんだっけ、魔王軍の”四強”にさ、人間に化けることのできる奴がいたって。幻術じゃないから、魔術師にも見分けがつかねーんだってやつな」


 ジョッシュが、思案顔で言った。


「んー、ヤマトか? 正味、別の街で偶然でくわしたこともあるし、可能性はあるだろうが……仮にヤマトだとして、行動の意図がよく分からんな。奴は『法則改変後』世代──百年少ししか生きていない。つまり、体躯の拡縮(・・・・・)ができない(・・・・・)


 ゴンドラゴンドは、以前ミューラから教えてもらった情報を思い出す。


「変身能力ってのは、魔族の中でも相当レアな力だそうだが……奴がそれを持つことは、すでにネタバレしちまってる。同時に、俺らはヤマトの身体のサイズも把握している。魔力を隠蔽し、姿は変えられても、その体積ばかりはどうにもならねぇ。衣服で誤魔化すにも限界がある。俺らは──リアン達ってことだが──街にいる間、ヤマトが化けている可能性のあるサイズの人間には、一応注意を払っているからな。それは奴も承知。そんな中……」


 魔族の武器を手に持ち、眺め、


「んー……こんな、俺らの気をわざわざ引くような危険な真似をする理由が、正味あるかねぇ? というかジョッシュ、その『旅の若造』ってのの行き先、目処はついてんのかい」

「あらら旦那。それはさすがに、お見くびり(・・・・・)が過ぎるんじゃーねぇかい。トトのやつ──あ、さっきの話に出てきた武器商だが──安くてオススメの宿として、近場の知り合いのヤサを、くだんの若造に教えておいたとさ。やっこさん、ここらじゃ見たことのねぇ、奇妙な服を着てたってことだ。余所者確定。財布の中身も軽そうだったし、土地勘がないとなりゃ、まずそこにいるだろう」

「んー、その武器商なら、そいつの顔は分かるか。……まぁ、夕方までけっこう暇だしな。十中八九ヤマトではないと思うが、見るだけ見てみるか」

「よっしゃ、旦那。とりあえず、トトのところに行こうぜ」


 二人は、ほぼ同時に席を立ち上がった。


   ***


「あ、あんたは……」


 魔王 山下正作と勇者リアン・スーンは、二人でワフルの街の小売通りを廻っていたところ、見知らぬ若者に声をかけられた。


(──え、誰?)


 少女の知り合いかと思い、正作は隣を見たが、リアンも首をかしげる。


「ヤマシタさんのお友達じゃないの? リアンは、知らない」

「え、ぼくも、知らないな。えっと、あのぅ、あなたは──」


 黒髪黒目。身長は、百七十センチの正作より少し高い。

 若者というよりは、少年と表現すべき年齢か知れない。


 目鼻立ちが整い、いかにもモテそうに見えるが、同時になんとなく故郷の人間──つまり日本人──を思い出させる風貌でもある。


 ただし、服装はあくまで異世界人のそれだ。

 

 見知らぬ少年は、指を眉間にあて、数瞬おいたのち、

「……ヤマシタ(・・・・)さん? お久しぶりです(・・・・・・・)。俺、鈴木甘太郎といいます。前に神戸で(・・・・・)ちらっと会っただけなので、お忘れになっているかも知れませんが──」

 

 正作は、頭蓋を思い切り強打されたような衝撃をおぼえた。

「コーベ?」

 リアンが、繰り返す。


 神戸。

 スズキ、カンタロウ。

 

(ぼくと同じ日本人だ!)


 高校生ぐらいだろうか。

「コーベって、ヤマシタさんが商会を構えてるっていう、グダルの街の名前?」


 リアンが訊ねてくる。

 どう、答えるべきか。


 前の少年、鈴木甘太郎を見ると、彼は笑顔でゆっくり頷いた。


「ええ、ヤマシタさんと俺は、同じ故郷です(・・・・・・)

「そ、そうそう! グダル共和国のね、あまりその、有名じゃない──」


 確実に自分の笑顔は、ひきつっているだろう。

 自己弁護するつもりもないが、しかし、これはどう考えてもしょうがない。

 あまりにも突然すぎる。

 しかも勇者と一緒にいて、一時も気が抜けない時に、だ。


(……というか、この子、落ち着きすぎでしょ)


 彼は、異世界に来て何ヶ月なのだろうか。

 明らかに正作よりは長く滞在し、また慣れていそうな風格があった。


 人間だろうか、魔族だろうか。

 自分と同じで、限りなく無慈悲な無チートだろうか。

 それとも、正作とは別に何かオプションがついていたりするのか。

 能力値やらスキル、そんなようなものはあるのか、ないのか。

 学生なのか、社会人か。神戸のどのへんに住んでいるのか。

 ほかにも、元の世界の住人はいるのか。


 聞きたいことが山ほどある。



 ──が、やや混乱気味

 の正作を、

 さらに混迷の沼へ

 と沈め尽くす

 来訪者。



「これは、これは」


 女性がいた。

 そのボディラインは、かなり女性だ。

 髪は、プラチナブロンドのショートボブ。

 隣りにいるリアン、前にいる甘太郎とは別の方角。

 距離、七mほど。

 

 こちらは明らかに異世界人の風貌だが、そこがまた妙だった。


 紺のブレザージャケットを肩にはおり、下には英語のロゴが入ったシャツ。

 チェック柄のショートパンツから、細く長い足が覗く。

 足回りは、この世界でよく見かける革靴でも、サンダルでもない。

 ハイヒールだ。


 正作に女性服の知識はほぼ皆無だったが、これだけは判る。


(元の世界の──)


 リアンが、正作を、次に甘太郎を見た。

 正作はぶるぶると首を横に振る。

 少年は、苦笑して肩をすくめてみせた。


 元の世界の格好をした、異世界人の女。

 その彼女は、まっすぐ正作を見つめている。

 美形ではあるが、何か違う。

 なにか。


 ゆっくり近づいてくる。

 リアンや甘太郎は、完全に無視されていた。


 眼の前までくると、その女は少しだけ笑みを浮かべた。


『はじめまして。奇遇だな。こんなところで遭うとは……ってハナシだよ。オレはビビアン。よろしくな──』


 声なき声が、正作にだけ伝わる。


『──今代のまがいもの(・・・・・)くん』


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