その12 〜ワフルの街〜
「じゃあカイアンフェルドさん、お世話になりました」
「ぬーふふふふーん、こちらこそ陛下。大したお構いもできませなんだが──人間界偵察、色良い結果となるよう、この不肖カイアンフェルド、切に祈っておりまする!」
正作とヤマトは、魔都アーマーメイデンを発って、東の──はじまりの円形闘技場へ。
そこからさらに東、カイアンフェルド領に着いたところで数日滞在、歓待を受け──ようやく今、魔族世界と人間世界の境目付近にまで到来。
出発から、すでに二週間が過ぎようとしていた。
「しかし陛下も物好きッスよね。飛んだらもっと早いのに、わざわざ魔車でガラガラと」
魔車。
魔族の世界に多く原住し、魔族に飼いならされた馬のような恐竜のような、そんな生物に引かせる車両のことである。屋根付きの二輪車は簡単なサスペンション構造を備えており、未舗装の道であっても案外ひどくは揺れなかった。
おかげで、定番の異世界知識チートである『不便な馬車にサスペンションを搭載し、乗り心地アップ』が使えないことも確定したわけだが。
「ま、まぁせっかくの旅行だしね。ここはじっくり楽しむ方向で──」
正作に羽があることは、エクステリア経由ですでに皆の知るところである。今更飛べないなどとは言えそうにない空気だったため、こういう苦しい嘘をつくはめとなってしまっていた。
どんな事情があろうとも、嘘とは基本、心苦しいものだ。
(カミングアウトしたい──でも、うかつに告白したが最後、『魔王で羽があるのに飛べない?』→『羽がハッタリ=実力もハッタリ』→『やろう、騙しやがってぶっ殺せ!』……展開が、目に見えるようだしね……)
また暗いことを考えてしまっている。
ポジティブ。前向きに、前のめりに。
無理にでも楽しいことを考えなければ。
そう、たとえばラガービール。
これから向かうワフルの街とやらに、先日ヤマトの言っていた『わざわざ洞窟で熟成うんぬん』の麦芽酒があるらしい。ビールといえば──正作の個人的センスでいえば──ずばり、ジャガイモ料理。
別にアメリカ大陸が発見されているわけでもなさそうだが、それはそれとして、この世界にジャガイモが存在することはすでに魔王軍の料理で確認済みだ。ほかにもトウモロコシ、トマト、かぼちゃ、唐辛子、全てある。白米はない。
(たとえばジャーマンポテト。フライドポテト。じゃがバターもいい。それらを肴に、異世界ラガーでキュー……ぷはぁ)
せいぜい正作はステキな妄想を膨らませ、『旅の途中でヤマトに正作のすべてが露見して八つ裂きにされる展開』などを、強引に脳から消去しようとした。
四天王の中ではもっとも気安く話せる相手、それがヤマトだった。
茶髪の一本角。
少し眠たげな目元ではあるが、どちらかといえば美形の類だろう。
魔族の年齢は外見では分からないが、一見若者だし、千年以上生きていること確定のナンギシュリシュマいわく「エクステリアとヤマトは、魔王軍の魔族の中でもかなり若手」だそうだ。
道中では、色んな話ができた。
好奇心から、人間について思っていることを聞いてみたところ、
「敵ッス」
簡潔明瞭だった。
エクステリアのごとく、人間絶対殺すマン的なところはなさそうだが、さりとて特に情をかける要素もないらしい。なんでも、魔族と人間は遠い昔から果てしなく殺し合ってきたそうだ。
『人間は敵』
──ごく自然な通念として、魔族世界全体に流布していた。
「でも、基本、言葉は通じるんだよね。このまま永遠に殺し合ってもお互い良いことなさそうだしって感じで、和解の模索……みたいなのは一度もなかったのかな」
「そりゃ、あるッス」
ヤマト、意外な回答。
「ナンギじいさんの話じゃ、魔族側からも、人間側からも、そういうアプローチが起こったのは一度や二度じゃないそうッスよ。確かに、殺し合いは基本つまらんッス。こう、えーっと、緩衝地? なんかそんなんを作って、少しずつ歩み寄ろう的な。最近でも、似たようなことにチャレンジした連中がいたッス」
「それは、どうなったの?」
思わず身を乗り出して、正作。
「そのコロニーの、唯一の生き残りがエクステリアッス」
***
ワフルの街。
人口十万人ほど。
外周を石壁で覆われた、見るからに堅牢そうな商業都市だ。
魔族の勢力圏が近い、そんな理由からか。
「よう、ヤッポじゃねーか。えらくご無沙汰だねぇ。一年ぶりか?」
街の入口前に佇む門番らしき兵が、フランクにヤマトへ話しかけてきた。
「お久ッス。ようやく商売に余裕ができたんで、息抜きにこのへんまわってるッス」
ヤマトの変身──幻術ではない、本物の──により、その長い一本角は見事に隠され、髪は黒に。顔も少し変わっている。着衣は事前に別の旅装へと替え、気がつけば常時携帯していた長剣も消えていた。
ゾークヴツォール王国の南方、小国の寄り合い所帯である『東方連合』の、さる商会傘下の行商人、という触れ込みで通しているらしい。
もう一人の門番が、ついとヤッポの連れの中年男──正作を見る。
「この人は、俺の上司のヤマシタさんッス。例のあれ、洞窟エールに興味があるっつーんで、休暇がてらお連れしたッス」
「山下です、よろしくお願いします」
正作は、そういってペコリと頭を下げた。
「……あぁー、いつぞや言ってた商会のお偉いさんかい? あんたも奇矯だねぇ、麦芽酒めあてに遠いところまでようこそ。ここはいい街だよ。ゆっくり見ていってくれ」
「つーかヤッポ、エールじゃなくてビールだっつーの。ワフルの名物、ラガービール!」
ヤッポことヤマトが通行料を支払い、特に何事もなく街に入ることができた。
正作だけでは、いくら事前情報があり、お金を持っていようともあそこまでスムーズにはいかなかっただろう。
「すごいね、ヤマトさん。まるで自分の庭みたい」
「いきつけの、人間の街の一つッス。勝手知ったるなんとやらッス。いつもは別のもっと安めの宿にするんスけど、陛下が一緒な時ぐらい、もうちょっとグレード高いとこにするッス」
あんまり気を遣わなくていいよ、と正作は言おうとしたが、ここでそういうことを言うのはかえって失礼かも知れない。人間世界の貨幣、その出どころも気になるが、ここはヤマトの言葉に甘えておこうと考えた。
「そう? 楽しみだなぁ」
はじめて目にする、異世界──人間社会の街並み。
若い頃一度だけ行った、伊勢志摩のスペイン村をちょっとだけ彷彿とさせる。あるいは神戸の外国人街か。思ったよりも清潔で、過ごしやすそうなところだ。
(……な〜んて油断してると、物盗り発生フラグかな。今まで魔族の集団の中にいた身でこんなこと考えるのもアレだけど、ここは平和な日本じゃない。わりと物騒度高めな異世界なんだってことを、肝に銘じておかなきゃ)
”青竜のさえずり亭”
看板を見て、正作は吹き出さなかった自分を褒めてやりたくなった。
(ヤマトさん、絶対わざとやってるでしょ)
つい数日前までお世話になっていたカイアンフェルド領の主、青竜カイアンフェルドのきらきらしい笑顔が脳裏にちらつく。
一泊、朝食つきで銀貨二枚。
銀貨……
日本円で、どれぐらいだろうか。
高校を卒業して正作が働き出した頃、昭和天皇御在位六十年記念ということで、一万円銀貨と十万円金貨が発売された。こういうのが大好きな父親が一枚ずつ買っており、一度触らせてもらったことがある。プラスチックパッケージごしのそれらは、見た目よりズッシリ重かった。
もちろん単純比較はできないだろうが、おおよその感覚として、つまり一泊二万円。
(……まぁ、高いっちゃ高いかな)
そんなような感想に落ち着いた。
「俺はこれから洞窟エール飲ませてくれる店、ちらほら偵察してくるッス。夕方までによさげなトコ見つけて、いったん宿に戻るッス。それまで陛下も、ご自由にお過ごしくださいッス」
それだけ言い残すと、ヤマト──今はヤッポ──は、足早に出発する。
借りた一室の中で、正作は久々に一人となった。
元の世界にいた頃は、むしろ殆どが独りの時間だったのに、変われば変わるものだ。
ヤマトいわく『ちょっとグレード高いとこ』は、なんというか、普通の部屋に思われた。おそらく魔王城の、豪華絢爛な部屋のイメージが残っていたせいだろう。ベッドに寝転がると、ふわふわで、それなりに寝心地が良かった。
(ここでヤマトさんの帰りを待つのが無難だけど……)
窓の外を見ると、太陽はまだ上天を少し過ぎた頃。
さすがに夕方までここでじっとしているのは、退屈すぎる。
思案した末、少しだけ宿の外へ出ることに決めた。
調子に乗ってうろつくと迷子になるだろうから、ほんの少しだけ。
正作は、宿の受付嬢に少し会釈し、扉から外に出る。
石畳の表通り。
道行く人々は、ほとんどが黒髪寄りの栗毛か、赤毛で、いわゆる金髪というのはあまりいない。アニメのように、青やらピンクやらといったカラフルな髪をした者もいないようだ(そのへんは、魔族とまったく異なる)。
何かを背負った行商人風の者。
駆け回る子供たち。
声をあげて、野菜などを売る露天の男性。
全体に彫りが深い顔立ちだ。
しかし西洋白人風かといえば、少し違う気もする。正作が知る、あらゆる人種とも違う。強いていうなら、異世界人風だ。
「あ、ここにしましょ。『青竜のいななき亭』──こないだ青竜に遭ったばかりだし、ちょうどいいでしょ」
「んー……正味のとこ、青竜って嘶くのか?」
「つか、さえずりって書いてンだけど……」
そういって、今しがた正作が出てきた宿に入ろうとする一団。
(冒険者?)
この世界に冒険者なる職業があるのかどうかは不明だけれど、その一行は、正作の知るハイファンタジーでありがちな、冒険者一行そのものだった。
狩人、戦士、僧侶、魔術師。そして──
「ゆゆゆゆゆ、勇者!」
思わず叫んだ。叫んでしまった。
万が一の可能性は考えなくもなかったが、あまりにも突然過ぎた。
「はい?」
青い瞳の少女、勇者リアン・スーンは、きょとんとした面持ちで、魔王・山下正作の顔を見つめた。




