その10 〜魔都アーマーメイデン〜
魔王城。
先々代魔王アーマーメイドが建造し、先代魔王アルガスヴェルドが改修した、築二千年を誇る古代魔族建築の粋。失われた技術が多く用いられ、現代ではもはや再建不可能とされる、二重三重に貴重な歴史遺産である。
四角に塔を備え、継ぎ目のない白磁の壁面は、時の風磨を受け付けない。正面の大門はシンプルながら上品な造りで、権威の優美が見て取れた。
(魔王城とかいうから、もっとおどろおどろしいの、イメージしてたけど)
最初にいた円形闘技場から、徒歩で、西へ十日。
建っている場所は、峡谷──などではない。
クーコロ平野の湖近くに栄えた、魔都アーマーメイデン。
その中央に、威風堂々とそびえ立っていた。
街の大通りでは、多くの魔族達に迎え入れられる。
正作、お神輿の上に据えられての大行進。
かえすがえす、仮面装着のアイディアは良かった。
今、自分がどんな顔をしているのか、絶対に観せたくないし、知りたくもない。
「魔王さまー!」
「ショーサク陛下万歳! 万歳! 万々歳!」
「きゃー、こっちにお手を振ってくださったわ」
「陛下! 陛下!」
右へ左へ鷹揚に手を振って応え、鉄仮面の下で引きつった笑顔を隠すことに成功している。
(……天皇陛下が、パレードで手を振って笑顔をふりまいているところをテレビで何度も観たけど、実際にやると、これ……すごい、しんどい……)
石畳で舗装された大通り。思いのほか発達した街並み。
しかし、今はそれらの景観を楽しむ余裕はない。
都の入り口から城まで、いったい何kmあるのか。
そこまでの距離を──神輿を担いた人たちの徒歩速度で、常に衆人環視の中、常に声援を受け、頭をかくことも姿勢を崩すこともできず──屁など論外だ──魔王の威風を演じ続けなければいけない。
(しかし『百万の魔王軍』とはいっても、多くは普通の一般人── 一般魔族? なんだなぁ)
角や牙、鉤爪、尻尾、翼があったり肌がカラフルだったりすることを除けば、あまり人間と変わりない。貨幣制度がないといっても物々交換はあるようだし、農業、狩猟、鍛冶、建築、服飾、飲食、造酒など、多くの職能に分岐従事しているようだ。
では租税率などはどうなっているかというと、なんと百パーセント。たとえば収穫された作物は、いったん魔王軍にすべて回収される。日々の食料は、そこから再分配。
皆平等かといえばもちろんそんな事はなく、魔王軍への貢献度によって、魔族には『階級』が定められているとのこと。
魔王を頂点として、次が四天王。
そして幹部──二十人ほど。
これは、軍人だけでなく、各分野のエキスパートも含まれる。たとえば異世界来訪初日、正作においしい料理をふるまってくれた、魔王軍最高の料理人コピ・ルアクもその一人である。
その下が、代官級。
クーコロ平野に点在する魔王軍配下のコロニーを、代理統括する領主のような役割。その下が、代官補佐官。そこから下は庶民となり、やはり細々とした階級があるが、大同小異なので割愛。
軍は、幹部の下にまず大隊長。
これは代官より下、代官補佐官より上ぐらいの位置づけ。中隊長は代官補佐官と同等。小隊長はほぼ庶民。一般兵は、一番階級が低い──生産量がさほどでもない農作従事魔族より、少々もらいが良い程度。
余剰の食物は、飢饉にそなえ備蓄される。
作物の不作、飢饉は六十年に一度ぐらいの周期で訪れるそうだが、少なくともアルガスヴェルドの統治時代から現代にいたるまで、最下級の民であっても、飢えて死ぬようなことは、ほぼなかったらしい。
(あまり詳しくないけど、これって、変則的な原始共産制なのかな。ガッツリ階級制だと、差別とか、いろいろ厄介なことがありそうな気もするけど──)
魔王城に到着した後、大食堂での夕餉の席で、正作がそのあたりのことを訊ねてみた。
「階級は流動的ですし、別に世襲でもありません。たとえば先の魔王城入城時、門前に控えていた一般兵の一人ボボスは、先王アルガスヴェルド陛下の曾孫にあたる血筋の者ですが……戦士として特に際立つところもなかったので、あのような位置におります」
「階級変動は年一度、年の暮れに行われますな。基本は直属上司の評価ですが、部下の評や、周囲の評も参考とされます。暗愚な上司ほど弾劾の対象となりますゆえ、代官職あたりの者は、年末が近づくとビクビクしておりますでヒヒヒヒヒ」
「ま、文官はさておき! 農家や狩人、漁師、職人など生産職にあるものは、生産性や品質がそのまま評価! となるので分かりやすいですぞ」
「軍はもっと簡単ッス。強いやつが偉いッス」
エクステリア、ナンギシュリシュマ、ドグ、ヤマトの順で、それぞれ考えを告げた。
「なるほどねー」
正作は、事前に切り分けてもらった、厚さ三センチもの牛ステーキを素手で口に運び、丹念に咀嚼する。数種のスパイス、肉汁、ミディアムレアの適度な歯ごたえと、目尻に涙がにじむほどうまい。ただ魔王(しかも、かなりハッタリ気味の)というだけで、こんなうまい飯を食べさせてもらえて、なんだか申し訳ない。
「その、階級? が一番低い人とかは、どんな夕食をとっているのかな」
「……当然時々によりますが、野菜入りの大麦粥、堅焼きの黒パン一片、ほか一杯の安ワインといったところではないかと」
あごに指、目線を上にあげてエクステリア。
意外と普通だ。
小学生のとき、体育館で観せられたスライドに、江戸時代の貧農の、かなり悲惨な食事風景が出てきた。あれの印象が強くあったため、『最下級』なる強めの語彙から、それに類似する食生活を想像したが、案外そうでもないらしい。
「最下級でも食べるには困らないスけど、肉がめったに出ないから悲しいッス。ミルクはまぁまぁ飲めますけど、鶏卵も白いパンも貴重品ッス。祭りの日とか、偉い人が振る舞ってくれる日なんかは、だから狂喜乱舞ッス」
「ヤマトさん、やけに詳しいね」
「そりゃそッス陛下。俺、そもそも最下級農家出身なんで」
ヤマトがそういって、頭をかいた。
そうか、最下級に生まれようと、本人次第で普通に出世はできるシステムか。
ヤマトはおそらく戦闘力で──だろうけれど、ほかにも勉強なり、技術なり、芸能なりで成り上がる余地はあるわけだ。
(最下級で貧しかったりすると、とれた作物の一部を隠し持ってたりするかもって思ったけど、飢饉の時でも政府?──魔王軍側が食料分配を保障してくれるって確かな実績がある中で、そんなことをやるのはメリットよりリスクの方が大きいかもね。へたなことしてバレたら、最低限生存の保障はしてくれるコロニーから追い出されるかも知れないんだし……。それは、出世目的で癒着、とかに対する抑止力にも……?)
貨幣制度がないと知った時は不吉な予感しかなかった正作だが、詳しく話を聞いてみた限り、これはこれでアリな気もしてきていた。人口百万、国家としてはごく小規模であるがゆえに成功した、のかも知れない。
先日少し話を聞いた限り、青竜カイアンフェルドの領内も、おおよそ似たような具合に回しているとのこと。案外、これが魔族のメンタリティに合ったやり方なのか。
魔族社会の背景は、大雑把にではあるが把握できた。
となると、次は──
「人間社会についても、知らないことが多いからね。そのへんについても、おいおい勉強……」
「つまり実地見聞ッスね! 了解ッス。お供するッス」
ものすごい反応速度で、ヤマトがさっと手をあげた。
なぜか知らん、やる気満々だ。
「なにを言っているのですが貴方は。あんな汚物の群れの巣窟に、陛下をお連れするなど。穢らわしい。焼き払いにいくならさておき」
エクステリアの眉間に、シワが寄った。
前から薄々思ってはいたが、彼女の人間嫌いは相当なものだ。
「……いやいや。案外! いい考えも知れぬぞ。陛下は獄界出身ゆえ、この世界の人間どもについてご存知ないことが多い。その知識不足が! 先々、思わぬ隙とやるやも」
「陛下は先より、人間社会の制度にご興味がおありのご様子。実際に見ることで、我らとはまた別の、新たな気付きがあるやも知れませんなヒヒヒヒヒ」
ドグ、ナンギシュリシュマは肯定派のようだ。
「ッ──それなら、わたくしもお供を」
「あー、エクステリアは変身できないっしょ? 幻影で角や髪の色は誤魔化せても、相手が魔術師なら見破られる可能性があるッス」
「それにお前、人間どもの街についた途端、発作的に虐殺! 始めそうだしの」
「……人間どもを殺す? わたしく、いつかそんなに慈悲深くなったのでしょう」
ドグに向かい、赤髪の美女が薄く笑った。
(うん、彼女は同行無理)
正作も思った。
異世界の人間社会。
確かに興味はあったが、こんなに早く行くことになるとは思わなかった。
勇者と遭遇とかになったら死亡フラグ一直線ではあるが、幸い正作はあの時、鉄仮面をつけていたので、まだ人間側に顔は割れていない。
一見、普通のおっさんである。
先日の決戦時、ちょっとだけ人間たち──異世界人──の顔を見たが、日本人顔の自分と比べ、そこまで著しく違っている風でもない。服装さえ気をつければ、おそらく問題ないだろう。
「となると残る問題は──陛下のこのオーラッスね」
「これだけ強大な魔の波動となると、魔術師はおろか、多少の魔の才覚がある人間にさえ気づかれてしまうでなヒヒヒヒヒ」
「魔王陛下ともあろうお方が、闇に隠れ潜む匹夫のごとく気配消しの訓練をするなど……」
「いやいや! これは戦術的にも重要なことだぞ」
「え、あの。オーラって?」
正作の言葉は、なぜか完全にスルーされた。
「というわけで陛下。明日から俺と一緒に魔力波動抑制のトレーニングッス。俺、一応魔王軍で一番そういうの得意なんで、どうぞお任せッス」
そういうことになった。




