その9 〜鈴木甘太郎〜
彼の名は、鈴木 甘太郎。
十七歳の高校二年。
(三日前から、異世界転移者? やってます)
「”世界の声”とか、女神の解説とか、なんもナシかー……スキルも、あるのかどうか分かんね。ステータス画面も確認できね。そもそもコンソール出てこね。運営諸姉諸兄には、猛省を促す」
勇者やりゃいいのか。
異世界平凡ゆるゆる紀行やっときゃいいのか。
それさえ不明瞭。
(こんなん、ワンピのルフィが、特に目的もなく海を漂ってるようなもんじゃん。面白くもなんともねーですよ、そんなん。到底ジャンプで生き残れんですよ)
「これでチートがなかったら、マジ許さんところでしたわ」
***
時は、見知らぬ森のただ中に”転移(?)”した直後に遡る。
「……異世界転生? いや、転移?」
学校指定の「クソダサい」ブレザー姿。
手に持った、これまた学校指定のカバン。
”転生”ではないだろう、という仮の判断。
そのブレザーは、神戸にある、偏差値も学費も高めの私立高のもの。つまりは、ある程度以上に裕福な家庭に育ち、ごく普通に受験をひかえた未成年。
──であるにもよらず、下校し、帰宅直後からの”この展開”に、たいして動揺していないのは、少々以上に特異な精神性であると指摘し得る。
いっそ不気味なほどに冷静だ。
(夢、ではない。ごく低確率だけど、誰かの大掛かりな仕掛けって線も、まったくのゼロじゃない。推理小説で、たまにあるやつ……非現実的なトリック三連打ぐらいすれば、この状況の再現の可能性も微レ存? みたいな)
甘太郎は、そこで数歩、後ろに下がった。
一瞬後、その位置に何かが飛び込む。
(直前に、わかった?)
察知した。
この敵襲を。
予知、ではない。
もっと即物的な。空気のゆらぎ。
音。におい。断片的な周辺の視覚情報。
(四匹。人間、には見えない。モンスター? アニメのゴブリン、オーガっぽい)
振り回してくる武器は、金属製。刃物。
本気でこちらを殺しに来ている。
(あ、殺せるわコレ)
殆ど反射的にそう”実感”した甘太郎。
感じた時には右の拳が、ゴブリンのような魔物の顔面を破砕していた。相手の鼻血が出るぐらいだと思ったら、頭蓋骨ごと周囲に散らばり、少し驚く。
(チートきた?)
後ろ回し蹴りでオーガのような相手の胴が千切れ、武器を取り込んでの裏拳で、また別の相手の頭部が爆ぜた。
四体の”処刑”に、十秒かからなかった。
何より驚いたのは、敵が撒き散らした血や体液の返りの飛沫が、一滴も甘太郎の身にかかっていないこと。無意識ではない。
(汚いから避けたい、と思ったら全部いけた……)
細かいところは要検証ながら、自身の特殊能力らしきものを確認。
怪物の死体を検分し、あらためてマジモンの異世界であることも確認。
モンスターが持っていた剣を拾い、
「テテテ、テッテッテー。甘太郎くんは、てつのつるぎを手に入れたぁ」
そんなことを口走って、士気を上げてみる。
(鉄か鋼かよう分からん。安全側の発想で鉄。フェイルセーフ大事)
ゴブリンだかオークだか、オーガーだか意味不明な連中ではあったものの、とりあえず人間でないことだけは確かだ。
(殺人ダメ、絶対。俺、一応遵法プレイ前提なんで。──あくまでプレイ、だけどね)
怪物達の死体を漁ったところ、所持金らしきものは一切出てこない。
(もしかして、貨幣制度がない世界感?)
「ドラクエのスライムでも、二ゴールドぐらいは持ってるぞ。安定のクソシステムのせいで、経験値が入ってるのかどうかさえ現状分かんないのに、お金さえないとか……」
幸い、保存食らしきものは少しあったので、遠慮なく頂戴する。
干し肉、干し葡萄。ナッツ、小石のように固いパン。
背負い袋、水筒。
(革鎧は──パス。くさい)
魔物だからかどうなのか、基本的に臭い。
この世界に、果たして風呂はあるのか。
というか、さきほどからえらく臭い。
異臭を発する植物でも、近くに自生しているのか。
人里があるとして、街までこんな風ではたまらない。
(衛生基準が、中世ヨーロッパ準拠とかだったら最悪。風呂どころか、街中糞尿まみれですやん。うんこクエスト開始ですやん)
火打ち石とか、火種を保存するらしき箱もあったが、これもパス。肉体機能向上の勢いにまかせ、指パッチンしたら普通に火がついた為だ。
「サバイバル、問題なし」
通学カバンの中は、筆記具、ノート、教科書。
あとは、ブレザーのポケットに入っていたスマホ。
モバイルバッテリもカバンに入ってはいるものの、理の当然として、電気がなくなるのは時間の問題である。
「ダニエル電池でも自作するか? となると、食塩はあるとして、硫酸銅は……あるかなぁ。亜鉛も、この世界の技術水準いかんによってはビミョー……」
なるようにしかならない。
そう考え、甘太郎は、電池問題を先送りにした。
先程から漂う”異臭”の正体は、ほどなく判明した。
死体。
人間の腐乱死体が、数体。無造作に転がっている。
刃物による破損が、あちこちに見られた。
(戦士とか、冒険者っぽいのじゃない。町人風? さっきの、あいつらにやられたのか。中世欧州”風”の衣服──)
相変わらず冷静な甘太郎。
手を合わせて黙祷。
甘太郎は、仏教をはじめ、あらゆる宗教心とは無縁だ。
それら”元の世界”の信仰が、まったく届きそうにない場所で合掌黙祷することに一抹の滑稽さを覚えつつも、ごく自然と出た己の行動に、それなりの納得感もあった。
(日常生活で刷り込まれた、識閾下のマインドコントロールかな。ふふ、怖ッ)
甘太郎、激臭に耐えながら、腐乱死体の持ち物を漁った。
当然、彼に罪悪感などない。
まったくない。
死体は金を必要としない。
当然のロジックだ。
(ここをほっとくのは、なんか違うと思うんですよ俺)
今度はあった。
存在した、貨幣制度。
「ティン、甘太郎は銅貨? たぶん銅貨、でかいの七枚、小さいの三十枚ぐらい手に入れた!」
旅装ではない、人間が死んでる森……
と知った時点で、甘太郎は手近な木を登り、周囲の地理を確認。
付近にある、一番高い山を登りだした。
闇雲に人里を探す──
といかないあたり、不自然なまでに冷静だ。
千m級の山。
大阪は千早赤阪村にある、金剛山ぐらいだろうか。
焦るでもなく、遅くもなく、淡々と坂道をあがっていく。
(そんな装備で大丈夫か? って、登山家の皆さんに言われそうだけど、そのへんはチートで余裕。これはもう、ドラゴンボールの初期ヤムチャぐらいは強くなってる?)
山頂で気持ちいい空気を吸いながら、甘太郎がぐるっと見回すと、太陽の位置から考えて南西のほうに、街のようなものが視認された。
例の腐乱死体の皆は、ここの住人である公算が大きい。
(そりゃ、まぁ、行くしかないよね)
***
そして、現在。
つまり、甘太郎が異世界入りして、三日目の昼。
鈴木 甘太郎は、外壁に囲まれた街の入り口で、槍持った兵士二人に絡まれていた。
「おい、勝手に入るな。お前、どこからきた」
(おほ、翻訳機能はアリなのね。いい感じ、いい感じ)
「山をこえた向こうにある、コウベという集落からやってまいりました」
(でっちあげ設定、考えておいて正解)
「コウ、ベ? 知らんな」
門番の一人が、訝しげに顔を歪めた。
「山の向こう──東の、王都ゾークヴツォール近辺は確かに街や村が多いから、そのへんからか」
甘太郎、強く肯定はせず、曖昧に微笑むに留める。
(「あえて適当な出自を断言する」「山の向こう=どの山の向こうかとは言っていない」──ついでに、”王都”とやらの情報もゲット。専制君主制?)
「よろず雑多に商っておりますが……珍しい商品のサンプルなども」
といって、甘太郎が懐より取りいだしたのは、鉛筆。
門番が二人とも、興味深げにそれを覗き込んだ。
「なんだ、それは」
(よし、この世界に鉛筆は未浸透確認っと)
「筆記具です。木の棒の中心に黒鉛の軸を通し、削って使います。単純なものですが、これが、現在ひそかなブームになっておりましてね」
ひそかなブーム=検証困難。
珍しいが、この世界の技術水準で作成不可能でもないもの。
「ふぅん。珍しいもの好きの商人やら、お貴族様には売れるのかもな」
「こりゃあ、単純に見えてかなり精巧な木工品だぜ。なるほどな……ただの連雀商人じゃない、どっかの商会をバックに転々とする紐付きか」
(OKOK、たいした誘導もせず勝手に納得してくれた)
それでもあれこれ追求された時のために、もう少し”先”まで幾らか考えてはいた甘太郎だが、使わずに済むならその方が良い、とも思った。
ここは異世界。
何があるか分からない中、アイディアの安売りは賢明とはいえない。
その後、入街登記簿なるものに、名前と出身地を記載。
日本語で書いたつもりが、特に問題なく通る。
筆記方面も、”翻訳”は機能することが確認された。
なお通行料は、大銅貨三枚。相場通りかどうかは不明。
(死体漁ってなかったら、即死でした)
街中は、石造り中心。
予想したより、文明度の高さを感じる。
清潔感も、ほどほどだ。
(少なくとも、糞尿フェスティバルではありません。よっしゃ)
道行く人といくらか世間話をし、ここがワフルという名の街であること、ゾークヴツォール王国の都市の中でも中堅ぐらいの規模であること。国の英雄パルテオンとやらが、かつて所属していた神殿があることなどなどを、さりげなく聴取。
武器屋を探し出した甘太郎は、さっそく、モンスターからかっ剥いだ、武器類を売却。
この時、正直に、森の中で死んでいた、魔物の装備と伝える。
(人間と魔物で、武器の種類違う──とかあったら、ちょっと面倒だしね。正直も時と場合だけど、ここは正直マン一択)
つづいて、異世界の服装を安値で調達。
その場で着替え。悪目立ち要素は、最小限に。
そして宿を確保し、一泊分を先払いしたところで、残り資産……
「銀貨十三枚、大銅貨十八枚、小銅貨、数える気にならん程度にじゃらじゃら」
一泊夕朝食つきで、大銅貨六枚。
(大銅貨十枚で銀貨一枚ってことなので……ものすごく大雑把に考えて、銀貨一枚一万円? 大銅貨千円? ちな、小銅貨十枚で大銅貨一枚らしいから、てことは百円かな。さっき小銅貨一枚で固いパン一個買えたんで、まぁまぁ、ニュアンス合ってるでしょう)
革袋にそれらの硬貨をおさめ、宿個室の、ほぼ板といった感触のベッドに腰かけ、しばらく寛ぐ甘太郎。
「銀貨、銅貨ともに、同じ顔が浮かし彫りになってるな。王様? 昔は、メディア戦略の一環として、時の為政者の顔を硬貨に刻むのがセオリーって読んだことあるけど。──何にせよ、十二進法と二十進法を入り混じらせるとか、そういうクソ難解なクソ貨幣制度じゃないのはポイント高いよね。十進法最高!」
さすがに宿に風呂はない。
受付嬢より、近所の公衆大浴場を教えて貰った。
宿のトイレは確認したところ、原始的な造りながらも水洗。
(つまり上下水道アリアリ。中世ヨーロッパ風に見せかけて、ちょいちょい古代ローマテイスト、いいと思います。史実に忠実な中世欧州ファンタジーなんて、誰も求めてないからね。イエス清潔、ノー不潔)
「もっとも古代ローマの公衆トイレって、利用者みんな丸見えのニーハオ・トイレだった気もするけど、そこは個室でね。ある意味、究極のプライベートタイムなんで」
甘太郎が残念に思ったのは、別にある。
どうやらこの世界に、”冒険者”という職業は存在しないらしい。
傭兵稼業はある。
商隊の護衛や、戦争時の助っ人をするようだ。
最初の森で、いきなり出遭ったようなモンスター……”魔族”と呼ばれるものも存在するが、そういうのの退治・討伐は基本、国の軍隊が行う。未開発地域の探索は、学術的な専門家と野外活動に特化した、やはり軍人のお仕事。
「ダンジョン? ねーよ」
甘太郎は困った。
(勇者じゃなきゃ、とりあえず冒険者やっとこうとかいう企み、速攻アウトかぁ。次善策としては、さっき門番だまくらかした流れで行商人? マヨネーズチート、複式簿記チート、黒色火薬──はナシかな。封印。余計なフラグは、踏まないに限る)
蒸気機関レベルまでいくと、どう考えても自前では回せない。
経済的にも、政治的にも、後ろ盾は絶対必要。
話の分かる豪商か貴族……
(いや、この世界の常識観がまだ調査不足の段階で、それはね)
悪魔あつかいされて火炙りコース。
知識だけ提供させられて裏切り失踪コース。
思いのほか収支が見合わず弾劾コース。
やはり、この方向も豊かな地雷原だ。
「傭兵でもいいけど、なんか……違うしなぁ」
一応”チート”はあるので、現実的に傭兵が安牌ではある。
しかし、つまらない──
彼にとって、それは何よりにも勝る「悪」だ。
そんな甘太郎の思考が、止まる。
宿を出て少し歩いた、異世界の街中。
前方。
仲良く歩いているのは、二人組。
一人は少女、一人は中年男。
妙な取り合わせ──
が、甘太郎にとっての問題は、その中年男のほうだ。
見覚えがある。
自分は、この男を知っている。
「あ、あなたは……」
甘太郎と同じ、異世界転移者。
山下正作。




