序章 〜魔王召喚〜
序
風が漫ろいた。
湿りのある熱気。
眼下に集い狂う、衆群の合声。
陽光が、それらの頭上をあぶりつける。
「新たなる王!」
「我らが救世の主!」
「見よ、あれなるは真王の覇気!」
拳をかかげ、口々に叫ぶ者たちは異形──人からすれば怪異。
角がある。翼がある。鉤爪がある。
鱗がある。眼が多い。耳が多い。手足が多い。
あるいは少ない、もしくは最初からない。
そこは、人の世でいうところの円形闘技場のような場所だった。
遺失した技術によって建てられたその石造りの建造物は、円周1kmにも及ぶ。もはや小さな街。その内壁を埋め尽くさんばかりに群がる者達の数は、五万、十万ではきかない。
『静まれ』
その”声”に、狂騒が一瞬で止んだ。
熱をそのままに、皆は意識を広間の中央、木製の壇上へと向ける。
壇上に立つのは五人。
うち四人が左右に退き、中央の一人に礼意をあらわした。
”声”を発したのは、四人のうち一番小柄な女。
人間にあっては、魔族中、もっとも冷血残忍。
形ある煉獄と謳われるもの。
『ここにおわすは、古の儀式に則り、獄界より召喚されし魔の超越主』
女の隣で、大柄の鬼が、三つの右腕を振り上げた。
「先王、アルガスヴェルド陛下のご逝去より七百年! 果たして我らは歴史の証人となる!」
一本角の剣士、そして緑色のタコのような姿の何かが薄く笑う。
「早い話、こっから先はヌルゲーってことッス」
「勇者を屠り、その仲間共を縊り、ヒト共の王国を呑み込み平らげヒヒヒヒヒ」
『主よ、魔の王者よ。どうぞ御身の気高き名を、我ら一同に賜りますよう──』
女が深く頭をたれ、ほかの三人もそれに倣った。
魔王。
端的に表現すると、中央に立つモノはそれだ。
(うむぅ……どこでも見たことのない、不思議なお召し物だ。さすがに魔王様。衣装からして、ひと味違うか)
(左手にあるのは、錫杖だろうな。それにしても、えらく短い)
(右手に持つのは、護符の類か? 円柱形の金属とは、また珍しい)
(この圧倒的な魔の気配! 正直、憎き勇者どもに対してさえ、同情の念を禁じえんわ……)
心中を様々に、すべての魔物が固唾をのんで、王の言葉を待つ。
「あ。あー……」
右手に発泡酒の缶、左手にチーカマを持ったジャージの中年男は言った。
「山下、正作です。よろしくおねがいします」