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ベルナールが見たはじまり②




 夜会会場に入ったベルナールは、背筋が凍った。

 入り口となる扉を開いた途端、熱気とともに待ち構えていたように視線が突き刺さる。目立つことがまずない彼は、それだけでも汗を流した。

 視線を発する令嬢たちは、ベルナールから見れば肉食獣の目をしている。逃すかとものかと、獲物の一挙一動を窺っている。予想以上に恐怖を感じたが、まだ彼はたいしたことがなかった。

 彼女たちの目は、前を行くデジレにほぼ向けられている。突き刺すどころか、四方八方から串刺しにされていた。


「……デジレ様」


「大丈夫。ここまで来て逃げない」


 そんなベルナールならば卒倒しそうな立場に(さら)されているデジレは、完全に取り繕い終えた顔を上げていた。ひとつも気にした様子を見せない主人に、ベルナールは感動を覚える。


「右の方に行こう。人がまだ少ない」


「はい」


 デジレが動くに連れ、周りの目もつられて動く。不思議な一体感に、ベルナールは緊張して背筋が伸びる。

 ある程度進んで、デジレが足を止めた。少し離れて控えているよう手で合図をされたベルナールが、下がったその時。一斉に周りの令嬢が動いた。


 あっという間にデジレが色取り取りのドレスに囲まれる。彼女たちの顔は笑顔であるのに、食い付き離すものかという獰猛さがちらりちらりと垣間見えた。

 デジレは、すっかり社交用の笑顔になっている。この笑顔の作り方は、さすがは社交上手のカロリナの弟だと納得するほど完璧だ。

 取り合い、なんてかわいらしい響きがみつからない、繰り広げられる狩場の様子に、ベルナールは気圧された。そして、自分は考えが足りなかったと感じた。


 デジレは、周りからすればどう見ても優良物件だ。しかし、公の場以外は滅多に人前に出ない。

 夜会とは、貴族たちの社交場だ。特に年頃の令嬢たちにとっては、出会いの場である。

 自分の結婚相手として、良い相手を探す。そんな場に、めっきり姿を見せない優良物件の伯爵家嫡男が登場すればどうなるか。ーー今、目の前で起きているようなことになる。


 デジレが見事に取り繕っているところから察するに、彼はそれに気付いていたのだろう。ベルナールはまさかここまでとは思っていなかった。

 この状況から相手を探せ、など、まずデジレには無理であると思う。苦手というくせに、あしらうくせに、デジレは女性には常に紳士なのだから。


 しばらく経っても、デジレを取り囲む色は減らない。デジレは笑顔を絶やさず、なにかを話している。

 無理だ、とベルナールは改めて思った。

 このように押し続けられれば、デジレはますます嫌がって(かたく)なになる。実際、作り笑顔が崩れていないのが何よりの証拠だった。

 そろそろまずいであろうと感じたベルナールは、そっとデジレの傍に近付く。デジレはすぐに気付いたようで、一瞬笑顔を消した。


「ベル……飲み物をなにか」


 ベルナールに向けられたそれは、搾り取られたようなかすれた声だった。彼はすぐに頷き、その場を離れる。デジレを気の毒に思いながらも、飲み物が置かれている場所に向かう。


 歩きながら周りを見てみれば、数えられるほどの令嬢がぽつんぽつんと立っていた。彼女たちはデジレに興味がないらしく、仲よさそうに男性と話している者もいれば、ぼうっと立っている者もいる。彼女たちの方が余程デジレとの相性が良い気がした。


 デジレの周りに、全く女性がいないと言うわけではない。しかし、いるのは姉のカロリナと、幼馴染の公爵令嬢だけ。彼女たちはどちらもはっとするほど美しいが、その分なんでもきっぱりと口にし、遠慮がない。彼女たちに振り回されているデジレを見るに、そういう性格の人が合うとはベルナールには思えなかった。

 物静かな方で落ちついていて、相手を(おもんぱか)ることができる女性。できれば、デジレをしっかりと真正面から見てくれる真面目な。しかしそういう女性は、得てしてデジレの傍に近付かない。


「難しい」


 ベルナールは思わず呟きながら、グラスに冷えた飲み物を注いだ。

 苦手な女性に押すに押され、しかも相手を探さなければと内心大いに焦っているだろうデジレはさすがに限界がくるだろう。

 爆発しなければ良いが、とグラスを持ってベルナールがデジレがいた場所に振り向く。しかし、そこには彼の姿はなかった。令嬢たちがいるだけである。

 彼女たちは皆同じ方を見ており、ベルナールもその視線をたどった。


 デジレが、ひとり歩いていた。

 迷いない足取りに、ベルナールはただ彼の動きを見つめる。

 ある程度彼が進むと、向かっている先がわかった。暗い髪の、壁際でぼんやりとしているひとりの令嬢にまっすぐ向かっている。彼女は全く、気付いている様子がなかった。

 デジレが彼女の傍まで進む。流れるように腕を取る。ようやく、彼女はデジレに気付いて顔を向けた。

 そして、そうすることが当たり前のように自然と、デジレは彼女と唇を合わせた。


 その場から、静けさが広がった。

 流れていたと今更気付く演奏が、急に遅くなって、止まる。何事かと駆け寄ってきた人も、彼ら二人を目にして足を止める。

 会場のほとんどの目が、繰り広げられる光景に向けられていた。


 ベルナールも例にもれず、呆気に取られながら、キスをし続ける主人を見ていた。

 いきなり唇を塞がれた少女は、目を見開いて唸りながら、必死に抵抗をしていた。しかし、デジレがそれを抑え込み許していなかった。

 彼女の声が、だんだんとちいさくなる。足の力が抜け、ゆらりとした時。デジレが目を開け、彼女を引き剥がした。

 途端、彼女が力が抜けたように崩れ落ちる。デジレが腕で素早く支える。くたりとしている彼女は目が開いておらず、気絶しているようだった。デジレが目を見開いて、信じられないと物語る顔で彼女を見ている。


「……マリー・スリーズ」


 デジレが呟いた。そして、次の瞬間、倒れた彼女を横抱きにして力強く抱き上げた。


「ベル!」


 大声で呼ばれ、ようやくベルナールは我を取り戻した。すぐに主人の傍に、駆け寄る。


「は、はい、デジレ様」


「馬車を呼べ。送る」


 デジレはベルナールを一瞥(いちべつ)もしない。誰を、と聞くまでもなかった。


「承知いたしました」


 なにが起こったか、いまいち理解できていないがとにかく、言われた通りにベルナールは馬車を呼びに走った。


「お、お前! 妹になにを!」


 彼女と同じ髪色の男性が、デジレに向かって大声を上げた。その光景を最後に目の端に捉え、ベルナールはすぐに会場を飛び出した。



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