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ベルナールが見たはじまり①

『くちびる同盟』1話「ファースト・キス」の前後をベルナール視点にて

 



 暑さの盛りが過ぎてしばらく、ゆっくりと涼しくなる夕方はとても過ごしやすい。

 馬車の窓から、橙と紫が混じる日暮れの様子を見ていたベルナールは、外の光でまだはっきりと見える目の前の人物に視線を戻した。

 彼が整えた、美しい白金の金髪がだらりと垂れている。その人は深く項垂れたまま、馬車の振動に身を任せ、小刻みに揺れていた。

 幼い頃より彼――デジレに仕えているベルナールは、その様子に無理もないと思う。女性が苦手で恋愛経験ゼロの馬鹿真面目が、今から行く夜会で結婚相手を探してこいと言われれば、こうなるだろう。


「ベル……どうすればいいんだ」


「そんな様子ですと、女性は近寄って来ませんよ」


「寄ってこなくていいよ……」


 弱々しい声とともに、デジレは頭を抱えた。その落ち込み具合は見ていて憐れで、ベルナールはこっそり同情する。


 ベルナールが仕えるデジレは、国有数の名家であるシトロニエ伯爵家の嫡男だ。シトロニエ家特有の、白金のように輝かんばかりに美しい金髪に、純度が高いエメラルドのような瞳を持つ、とびきりの美形だ。

 さらに、賢く、文武共に優秀。何事も大体はこなすことができ、責任感が強く、基本的には慎重にものごとを運ぶことができる。ただし馬鹿がつくほど真面目で融通が利かず、感情が高ぶると周りを省みずに突き進むが、それが若さゆえと考えれば、後継としては問題なかった。

 しかし。一番の問題はデジレの女性関係だった。派手ではない。むしろ、全く女性と関わりがない。女性を遠ざけ、積極的に関わろうとしないのだ。


 それも仕方ないとベルナールは思う。

 デジレは、『白金の貴公子』と呼ばれるほど男性貴族として見た目は完璧で、同じ年頃の令嬢に人気があった。しかも、彼の母親に、女性には紳士であれと叩き込まれていた。馬鹿がつくほど素直で真面目で責任感が強い彼は、ひとりひとりに教え通り対応し、結果として女性らしい表と裏の思いに気付いてしまい、怖気付いた。

 何を考えているかわからない、怖いと完全に怯えた様子で言ってきたデジレを、ベルナールは今でも覚えている。


「私がお代わりすることもできません。デジレ様がどんなお方がお好きなのかもはっきりとわかりませんので、ご自分で探していただかないと」


「見捨てられた気分だ……」


「私も同じく参加いたしますので、見捨ててはおりません」


 とはいえ、夜会に参加するのはさっそく前の記憶がないほど前であるが。ベルナールは遠い目をする。


 今回、こんなに嫌がっているデジレが夜会に女性探しに向かうことになったのは、彼の父である伯爵の命だ。

 雇い主である伯爵には、定期的にデジレの様子を報告していた。当然、女性関係も聞かれれば伝えた。もちろん、何もないという答えだ。

 聞いてくる割には、伯爵は興味がない様子だった。そうだろうな、といつも流していた。

 それが変わったのは先日のことだ。


 思い立ったように、デジレはいくつになったか聞いてきた彼に、心の中では知らないのかと眉をひそめながらも十九歳になったとベルナールは伝えた。

 顎に手を当て、思案顔で、カロリナより遅いと呟いた伯爵は、ベルナールを下がらせた。

 執務室から退室したベルナールは、意味がわからず首を捻った。

 カロリナとは、デジレの姉だ。侯爵家に嫁いだが、子どもが生まれる前に母の心得を聞くためと言って、里帰りしている。外面は完璧である自由奔放なカロリナは、ベルナールも昔から付き合いが長い。彼女にデジレが遅れをとるとはなんだろうかと、疑問が尽きなかった。

 そうしているうちに、カロリナが伯爵に呼ばれた。おや、と思えば、しばらくして執務室から出てきたカロリナが、デジレに入るよう言った。デジレは素直に頷き、執務室に向かう。

 何事かと考えていれば、カロリナがベルナールを呼んだ。びくりと肩を揺らしたのは、デジレの侍従と決まった後でも、関係なく散々こきつかわれてきたせいだった。彼女は、珍しく弟に似た真剣な顔をして、言った。

 ーーデジレが夜会にいくから、貴方も参加なさい。


「……父上は、私に失望したのかな」


 デジレが悲しそうに、ぼそりと呟く。


 夜会は、女性を避けるデジレが嫌がって全く参加してこなかった。なぜデジレがいくことになるのか、ベルナールは分からなかった。

 そこに丁度デジレが執務室からで出てきたが、ベルナールはその姿に驚いた。デジレの顔が真っ青で、進退窮まったといった深刻な顔をしていたのだ。おぼつかない足取りの彼は、ベルナールを見つけると、夜会で結婚相手を探さなければ勘当されると絶望した顔で話してきた。

 見るに堪えず、ベルナールはとっさに自分も参加して傍に、と、カロリナの言葉通り答えてしまった。


「旦那様は、そんなお方ではないかと」


 急な伯爵の態度の変化はベルナールもよくわからないが、婚約者を決めるのではなく、結婚相手を探せとわざわざデジレに言ったのだから、デジレ自身を尊重しているように思える。

 もとよりカロリナにはでれでれで、デジレには厳しい父親であったため、デジレが失望されたのかと気を落とすのはわからないでもない。


「でも、いずれは結婚しなければいけないとわかっているのに、特に何も言われないからと、女性を避け続けていたんだ。言うまでもなく相手を見つけてくるものだと、父上は思っていたんじゃないか」


「デジレ様の性格と今までの行動からして、自然と相手を見つけるなど思えないのですが」


 デジレが言葉に詰まって、さらに落ち込んだ。本音が出てしまったと、ベルナールは頰を描く。


 つくづく、勿体無い人だと思う。

 容姿も身分も良ければ、この人と決めれば目を逸らすことなく一生愛するだろう性格なのに。

 彼が築いた壁が高すぎる。女性への苦手意識。それ故にデジレが真っ先に身につけた、社交用の仮面とあしらい方。関わりがないために凝り固まっている、女性へのイメージ。ゼロに等しい女性との経験値。

 この壁を全て越えて、見た目の完璧具合とは程遠いデジレを受け入れてくれる女性はいるのか、と言えば、ぱっと思いつかない。少なくとも夜会で寄ってくるような彼女たちの中にはいるとは思えない。


 デジレがさらにぐったりとしはじめた。

 ベルナールは、この不器用で人間臭い主人のデジレが好きだ。良い相手を見つけて幸せになってほしいと心から願っている。

 しかし、その誰かと幸せになる彼が、ベルナールには全く想像できないのだった。


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