カロリナの三つのカップケーキ③
途端、拍手がした。
大きな音で、身を乗り出して手を叩いているのは、カロリナだ。
「大正解です!」
待っていたとばかりに彼女の顔がほころんだ。今にも飛び跳ねそうなほど、興奮している。
フェルナンは、肩の力を抜いて脱力した。
なんとか、正解した。いやそもそも、この問題は。
「え? 三つとも正解って、それでは問題になっていないじゃないですか?」
ひとりうまく理解できていないデジレに、フェルナンは苦笑する。
今回はたとえどれを選んでも、フェルナンが間違えることはなかったし、カロリナが不機嫌になることもなかった。未来が決まった、安全な会話であった。
万が一、唯一のはずれである「すべて違う」と疑った場合。それこそ想像していた以上の修羅場が待っていたかもしれないが。
「それでいいの! 私は、フェルナン様に私の手作りを食べてほしかったから。そして、私の手作りを当ててほしかったの」
「では、どうして味を変えたのですか」
「一番好きな味を知るためよ」
それは気づかなかった、とフェルナンは姉弟の会話に耳を傾ける。
先程から、カロリナは鼻歌を歌いそうなほどごきげんである。
「好きな味?」
「オレンジ、葡萄、林檎。この三つはフェルナン様がよく食べられる果物なのよ」
当然のように言われて、フェルナンは目を見開いた。
自分がその三つの果物を特別食べているつもりはなかった。好きだとも思っていない、完全に無意識だった。
それを、彼女はよく見ていたらしい。
「そうなのですね。でも、義兄上が選んだものが一番好きだなんてわからないのでは」
「フェルナン様なら、一番美味しいと思ったものを答えに挙げてくださるもの」
またしても断言だった。
「だから、それが一番好きな味よ。それがわかれば、今後もその味でたくさん作って、フェルナン様に喜んでいただけるでしょう?」
そう、心から嬉しそうに、優しい笑顔で話すカロリナ。フェルナンは、絶句した。
デジレも開いた口が塞がらないらしく、間抜けな顔をさらしている。しかしすぐに気を取り戻し、泣きそうな顔をした。
「……やっぱり、私はお邪魔じゃないですか!」
そう言ったかと思うと、荷物を引っつかみ、デジレは駆け出した。ちゃんと部屋を出る前に一礼するのはなんとも彼らしかった。
二人きりになると、なぜかしばらく沈黙が部屋に広がる。
その沈黙を破ったのはやはりカロリナだった。
恥ずかしいやら気まずいやらで、うつむいていたフェルナンの隣に移る。
ちらりと彼女を見れば、それは良い笑顔だった。
「フェルナン様。どれが正解か真剣に考えてくださって、とても嬉しかったです。これでもだいぶ、笑顔を抑えていたんですよ」
「ああ……」
「それに、完璧に正解してくださるなんて。さすがフェルナン様ですわ。私、本当に幸せです」
うふふ、と笑いながらフェルナンにもたれかかってくる。彼は手で顔を覆いたくなった。
フェルナンが絶対正解する問題を用意して、手作りの菓子を好みに合わせ。さらには今後、もっと喜んでもらうための布石とする。
そんな風に気持ちを向けてくれるカロリナに、はたして完全な正解くらいでお返しをできているかといえば、まったく足りない気がした。
「私も、幸せだ」
そう言えば、手をぎゅっと握られた。もちろん握り返す。
今はまず言葉でしか返せていないが、次はなんとしてでも彼女を喜ばせたい。今、自分が感じているくらいに。
幾多の男性の中で、フェルナンを選んで大正解だったと思ってもらいたい。そう、自分も感じているから。
すっと手を解いて、カロリナを抱き寄せれば、なんなく胸の中に入る。彼女はまた嬉しそうに笑い声をこぼした。
今は二人きり。執務なんて後回し。
新婚夫婦の時間だ。




