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カロリナの三つのカップケーキ②

 





「……姉上と義兄上(あにうえ)の邪魔をしてはいけません、と母に言われているのですが」


 フェルナンの隣に、身を縮こませたデジレが座っている。カロリナと同じエメラルドの瞳が、落ち着く場所を求めてさまよっている。


 偶然にも借りた本を返しに来ていたデジレを、急に引っ張り込んだのはフェルナンだった。

 もはやひとりで考えるのも限界となっていた時に、目についたカロリナの弟だ。助かった、と思い引き込んだのだが、この様子を見ると今更デジレに申し訳なく思う。


 そもそも、いきなり部外者のデジレを連れてきて、カロリナがどう反応するのか。フェルナンはあまりにも追い詰められてそこまで思考が追いついていなかったが、意外なことに彼女は怒ってはいなかった。もちろん、喜んでもいない。ただ、黙って対面に座っている。


「いや、邪魔ではない。重要で緊急性が高いことが起こっていてね、デジレに力を貸して欲しい」


「それはいったい、なんでしょうか」


 真面目な義弟は、姿勢を正して真剣な目をする。フェルナンは、目の前のカップケーキを指差した。綺麗に、デジレの目がそれに従う。


「この中から、カロリナの作ったものを当てなければいけないんだ」


「……」


 デジレが固まった。何事かと考えているのかもしれない。


「ああ、説明不足だった、これはカロリナから……」


「わかりました、姉上からの問題ですね。これは、当てなければ大変なことになります」


 さすが、カロリナの弟だった。ふいに深刻そうな顔つきになったのは、同じことを経験しているからかもしれない。

 デジレはすぐに、カロリナに顔を向ける。


「姉上。こちらの問題で、私が義兄上に助言をさしあげてもよろしいでしょうか」


 どう返してくるか。恐々と妻の様子を見ると、少しむくれていた。


「許すけど、デジレは一口も食べるのは禁止よ。正解がわかっても絶対に教えないで」


「もちろんです。ありがとうございます」


 デジレは丁寧に一礼して、すぐにまっすぐフェルナンに向かった。


「では義兄上、これまでの考察を教えてください」




 ***




「一番重い、甘い、美味しいですか……これだけでは判断できませんね」


「デジレは一目見て、どれがカロリナの作ったものかわからないのか?」


「わかりません」


「弟なのに?」


「……弟をなにか勘違いされていませんか?」


 残念ながら弟のデジレでも、姉の作ったカップケーキはわからなかった。

 落胆はするが、今はひとりでないと思うと、まだ心に余裕が生まれる。相談できるというのは大きいことだった。


「ひとまず、ほかの二つも食べてみることをお勧めします。食べ比べることで、込められた愛などでわかるでしょう」


「……どうだろうか」


「夫婦なのに?」


「それ以上は今、やめてくれないか」


 それでわからなかったときが恐ろしいのだ。

 ただ、愛情が込められているかはともかく、残りを食べてみることはフェルナンも賛成だった。

 左は食べた、とすると。

 フェルナンは真ん中のカップケーキを手に取る。


「ご存知と思いますが、姉上は表情に出やすいので、見逃さないでください」


 フェルナンは深く頷く。めずらしく黙っているカロリナからの大きなヒントは、その反応となる。

 彼女と目を合わせれば、どこかそわそわとして微笑んできた。カップケーキに視線を戻し、かじりつく。


「!」 


 あまりの衝撃に、手からカップケーキがこぼれそうになった。

 がくりとこうべを垂れたフェルナンに、デジレが慌て声をかける。


「あ、義兄上! どうされましたか!?」


「……う」


「え?」


「味が、違う!」


 なんということだ。予想外のことに、フェルナンは叫ぶしかない。


「左と味が違う! これは、葡萄(ぶどう)の味がする!」


「そんな!」


 そう、味が根本的に違った。左がオレンジなら、真ん中は葡萄が入っていた。

 てっきり全て同じ作り方と味で、その中から当てれば良いと思っていたのに、味が違うとなると比べる難易度は跳ね上がる。

 なぜ味を変えた! さすがに()えたくなった。


「これも美味いが、こうも味が違うと……」


 恨みがましくカロリナに聞こえるように言ってみれば、彼女はすぐに口元を手で覆った。目が喜びを隠せていなかった。

 なぜ喜ぶのか。それとも、悩んでいる姿がそんなにおもしろいのか。

 あまりにも分からなくて、いらいらが醸し出されていたらしい。デジレが、立ち上がった。


「姉上! こういう、人を試すようなことをしてはいけないって習いませんでしたか!」


「試してなんかいないわ。フェルナン様はぜーったい、当ててくださるもの!」


 重責がさらに肩にのしかかった。


「あっ、やぶ蛇……! あああ義兄上、申し訳ありません!」


「いや……どうせ当てなければいけないのは変わらないから、気にしなくていい……」


 これほどまで当ててくれると信頼されているのは喜ばしいことだ。そうに違いない。

 フェルナンは死にそうな顔で右の三つ目を口に入れた。案の定、これは他の二つと違って林檎が入っている。甘い香りはこれだったかと納得するが、その割には甘すぎず口馴染みが良く、美味しかった。


 カロリナは、フェルナンが食べる瞬間に声を上げそうなところをすんでのところで我慢し、相変わらず口を閉じてにこにことしていた。


「……デジレ。カロリナが好きな果物を知らないか」


「ご存知ないのですか?」


「なんでも美味しそうに食べるから、私ではまだ判断できない」


「なるほど。姉上は苺が好きですよ」


 選択肢にない!

 顔を手で覆って、ため息をつく。


 もうこの中で正解はないのではないか、と邪推をしてしまうが、カロリナはそんなことをしないとすぐに否定する。


 そこでふと気付いた。そもそも、カロリナがこんな問題を出すことに違和感がある。

 どれが正解か悩む姿を見て、ほくそ笑むような意地の悪い性格ではない。基本的にまっすぐで正直で裏がない。


 だとすれば。


『フェルナン様に食べていただきたくて作りましたから!』


『試してなんかいないわ。フェルナン様はぜーったい、当ててくださるもの!』


 カロリナの好きな味がない三つのカップケーキ。


 食べるたびに、嬉しそうな表情を見せる彼女。




「……そうか、わかった」


 カロリナと、デジレの視線を感じながら、確信をこめてフェルナンは言った。


「これは、三つすべて、カロリナが作ってくれたのか」




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