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出会い <デジレとマリー>①

『押し倒すには早すぎる』18話「ほら、あそこに」後半のデジレ視点




 姉が、頬を染めて喜んでいる。相手の侯爵も、目つきは悪くともわかるくらい、愛おしそうに彼女を見つめている。


 デジレは満足だった。

 完全に二人の世界に入っているこの場に、デジレはもう不要だ。さてどうしようか、と周りを見渡せば、運良く見知った黒髪が見えた。


「あ、知り合いを見つけましたので、私はここで」


 こちらに目を向けたフェルナンに、デジレは微笑んだ。


「ノワゼット侯爵、申し訳ないですが、姉をよろしくお願いいたします」


「承知した」


 頷きと同時にしっかりと返してくれた言葉に、デジレは安心する。そして、驚いた顔をしているカロリナに軽く手を振って、その場から素早く離れた。

 まっすぐに知り合いのもとに走る。黒髪の少年は、デジレに気付いて眉を上げた。


「デジレじゃないか」


「や、カストル」


 彼、カストルは王太子の近衛をしており、王太子の側近をしているデジレと顔見知りだ。どちらかというと、彼の方からやけに構ってくる。デジレから声をかけるのは久し振りだった。


「珍しくあの美人な姉ちゃんと登場して、ご令嬢たちの視線を独占したお前が、なんでこっちにくるんだよ」


「今日は姉の付き添いで、姉は」


 彼らの方に、顔を向けて指し示す。

 なにを話しているのか、カロリナが花も恥じらうほど可憐に微笑み、フェルナンに頷いて見せている。あのような姉の表情を、デジレは見たことがなかった。


「へえ、恋人同士の逢瀬に使われたのか」


「まだ、恋人同士ではないらしいけれど。でも、幸せそうでよかった」


 カロリナがフェルナンの腕に自らの腕を絡め、喜びをほとばしらせて、彼に向けて口を動かしている。フェルナンも、しっかりと彼女の話を聞いている。

 思わず笑みを零して、デジレは彼らから目を離した。


「もう今日の役目は終わったんだ」


「女の子の視線を一身に受けて、それはないだろ。姉ちゃんみたいに相手でも探せよ。みんな、私こそデジレ様と話すのよーってやる気だぞ」


「それは嫌だ」


 デジレははっきり言った。

 温かい気持ちが霧散する。代わりに一気に気持ち悪いものが胸を包んだ。

 視線は会場に足を踏み入れてからずっと、デジレに突き刺さっている。気にしていない振りをしているが、できることならすぐに止めてほしいと思うほど居心地が悪い。

 カストルが呆れた顔をした。


「身分も容姿も抜群で、性格もまあ問題なし、婚約者もいないとなったら狙われるのは仕方ないぞ。それが嫌だったら、さっさと相手を見つければいいさ。どうして嫌がる」


「女性は、なにを考えているのかわからない」


 そう言うだけでも、今までの女性とのやりとりが思い出されて、ぐったりとしてしまう。


「私に気のあることを散々言って、影ではやはり殿下がいいと言いながら、そのまま同じように振る舞うんだ。だったら、私に構わなければ良いのに」


 顔を歪めて、デジレが目線を落とす。

 正直言って、にこにこ笑っている令嬢たちが恐ろしい。そんな彼女たちに紳士に対応しても、結局は本音ではないと思うと、なにと話しているのかわからず、虚しい。

 それが社交というのをデジレはわかっていたが、そういうやりとりを経て相手を探すということに、抵抗感が強かった。


「あー、うーん。まあ殿下といれば、積極的に声を掛けてくるのはそういう子ばかりだろうけど、さ。デジレだけが好きで、デジレだけを見てくれる子もいるかもしれないだろ」


「どこに?」


「だから、探せって。ほら、見てみろよ。この夜会だけでこんなに女の子がいるんだぞ? 全員が全員、デジレが思うような子じゃないって」


 カストルが広げる手につられて、デジレは周りを見渡した。

 何人もの令嬢と目が合う。彼女たちはにっこりと笑って、すすっとデジレとの距離を詰めてきた。

 デジレはぞっとした。すぐにカストルを引っ張る。


「出よう、カストル! ここにいたくない!」


「ええ、なんだよ!」


 そのまま素早く、二人して逃げるように会場を飛び出した。






 静かな場所へと突き進むと、中庭のような場所に行き着いた。外はうっすら暗くなってきているが、灯りがなくても十分に周りが把握できた。

 適当な場所で、歩みを止める。


「そういえば、カストルは?」


「ん?」


 デジレに力一杯引っ張られて伸ばされた服を残念そうに見ながら、カストルが聞き返す。


「カストルは、その相手を見つけたのか?」


「あ、あー。相手ね。俺の……」


 カストルは頬を掻きながら、どこか斜め上に目線を向けた。デジレはそんな彼を真面目な顔で見る。

 カストルは軽い性格だが、容姿も整っていれば、腕も立つ。それほど高い身分でないが、騎士団長の息子である。しかも、デジレと同い年だ。デジレは彼の相手をぜひ知りたかった。


「俺は……そう、一目惚れだから!」


「一目惚れ?」


 きょとんとして、デジレは反芻(はんすう)する。カストルの目が泳いでいるのを、デジレは気付かない。


「そう! 自分を好きな相手を探すんじゃなくて、俺がこの人がいい! って思って見つけたわけ。要するに、好きになったってこと。今は振り向いてもらえるよう、絶賛アタック中」


「好きになった」


「そうそう。恋したともいう」


 新しい言葉を聞いたかのように、好きと恋という音がデジレの頭の中を(めぐ)った。

 知らないわけではない。先程見た、姉はまさに恋していた。今日ここに来るまで、楽しそうにきらきらして準備をしていた様子。今日の嬉しさいっぱいの顔を見れば、侯爵を好きだと、デジレはすぐにわかった。

 しかし、いざその言葉を聞くと、全く理解ができない。自分に当てはめようとしても、姉のようになる自分など、想像できない。


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