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雨時々デジレ②



「え?」


 マリーが抜けた声を漏らす。デジレは腕を組んで真剣に考えている。


「いやその、客観的に自分を見ても、好かれるようなところが見当たらなくて。今まで好かれたといえば、容姿と身分くらい……」


「そんなの、どうでもよかったです」


「それは感じていたからわかるよ。ただ、人前でキスした挙句、無理矢理連れ回して、自分の気持ちに全く気付かず迷走していたのに。一体どこに好かれる要素があったのか、疑問で」


 一瞬、マリーの頭の中が真っ白になった。

 デジレのいいところはたくさん知っているはずなのに、いざ本人に聞かれると一切出てこない。

 さらに今までを振り返れば、全くデジレの言う通りで、なぜ彼を好きになったのかさっぱりわからない気がしてくる。

 マリーは迷いを振り切るように、首を大きく横に振った。


「いえ! 理由はとにかく、惹かれたんです! デジレ様が、デジレ様であるだけで好きになったんです!」


「私が、私であるだけで」


「いつ好きになったのかはわかりませんけど、好きにさせられました。あの、ふたつめのクリーム缶を買ってもらって、別れる時。あの時、わたしはデジレ様が好きだと気付いたんです」


「え、あの時なのか!」


 デジレがはじめて知った、という顔で驚く。

 当時の状況として好意を気付かれなくてよかったのに、なんとなく残念な気がして、マリーは肩を落とした。


「あんなに、早くに。……その、私がマリーをはっきりと好きだと気付いたのは、殿下がルイで、手の甲にキスしたと聞いた後、なんだ」


「えっ、あの時ですか! だいぶ、間があったんですね……」


「うっ。いや、でも。気付いていなかっただけで、最初にマリーを見かけた時から、好意はあったと思う」


 デジレがマリーと目を合わせ、はっきりと言う。


「印象に残っていたし、覚えていたんだ。三年経っても、マリーを見たときにすぐにあの時の子だってわかった。特別だったんだ。今思えばキスの相手はマリーでよかったと思うけれど、あの時、本当は私が無意識にマリーを選んだんじゃないかって思う」


 エメラルドの瞳が真剣に向けられ、ほのかに色づく唇が滑らかに動く。

 大好きな彼に、一目惚れと思しき熱烈な告白をされると、もうマリーは堪らない。嬉しくて、恥ずかしくて、うずうずしながら頰を染める。

 そしてもっと聞きたくて、つい黙ってしまう。


「だから私は、マリーが私を好きになるより先に、マリーを好きになったと言える。改めて盟友として宜しくと頭を下げてきたとき、とてもいい子だなとさらに好意を抱いた。マリーとするくちびるの話が楽しくて、ますます好きになった。ローズのことなんてそっちのけでマリーと呼んだときは、私の中でマリーはもう君だけだった」


「……」


「そんな風だったから、マリーに好きな相手ができたと思った時にはひどい衝撃を受けたし、まともに応援できる気がしなかったんだ。本当に、今思い返せば鈍いことこの上ないけれど……、好きなのは俺かと聞いた時は、そうだと言って欲しかったんだ」


 マリーは熱いため息をついた。

 悩みに悩んだあの時、デジレの気持ちを知ることができたなら、どれだけ救いになっただろう。デジレはマリーを好きなのかもしれないと無意識に思っていたことは、当たっていたのだ。

 デジレは、急に苦い顔をして、顔を下げる。


「ただ、マリーが好きだと気付いていなかったから、たとえあの時俺が好きな相手だと言われても、対応できなかった。その後にさらに傷付いて皆に背中を蹴飛ばされなかったら、一生もやもやしたまま自分の気持ちに気付かなかっただろうと思うと、皆には感謝してもしきれない。気持ちを伝えようと張り切っていたら、うまくできなかったけれど」


 あ、とマリーは呟き、一気に顔を赤くした。

 予定を取り付け、やってきたデジレの話を聞くことなく、別れを切り出したのはマリーだ。お互いすれ違いをおこし、非常に恥ずかしい。

 しかし今考えれば、その時にデジレから気持ちを伝えられても、マリーローズとのことがあり信じきれなかっただろうと感じる。デジレが自分が好きかと確認した時と同じだ。

 照れつつも、マリーは笑顔を見せる。


「お互い様ですね」


 結局、プリムヴェール公爵邸の夜会のタイミングが、お互いに丁度良い時だったのだ。デジレが諦めないでいてくれて、マリーも諦め切れなくて、よかったと心から安堵する。

 そう思えば、今までの経緯は必然的であり、奇跡といえなくもないかもしれない。

 デジレが気恥ずかしいのか、白金の金髪を軽く掻いて、はにかんだ。


「うん。でも結果としてこの幸せがあるなら、無駄なんてなかったと思うよ。だからこそ、失うのが怖い」


「あ」


 また顔を歪めたデジレを見て、マリーは最初の話題を思い出した。

 ふっと笑って、マリーはデジレの手を柔らかく包む。冷えはなくなり、温かみが戻っていた。


「さっきお話してくれた通り、デジレ様はわたしへの好意を気付かなかったんですよね。それでも、わたしは、デジレ様を好きになったんですよ」


 目を見て、ゆっくりと伝わるよう言葉を紡ぐ。


「わたしがもし、あの時のひどい態度に戻っても。わたしを好きだと自覚しているデジレ様なら、すぐにわたし、またあなたを好きになっちゃいます」


 柔らかく微笑めば、デジレの表情もだんだんと綻んでくる。


「だから、安心してください。そして、そんなことがあっても、何度もわたしを好きにしてください。わたし、デジレ様を好きでいるととても幸せですから!」


 自分で言いながら、マリーはその通りだと頷いた。

 今の自分が、常に一番幸せだと感じている。デジレが好きな今。しかも彼もマリーを好きでいてくれる今。

 たとえそれが崩されたとしても、またデジレを好きになりたかった。きっと他の人には目はいかない。この人しかいない。

 デジレは眩しそうな顔をして、より一層微笑みを深くした。


「わかった、安心する」


 デジレがマリーの手の上に、覆うように手を重ねる。そして、ゆっくりと顔を彼女に近付ける。


「え!」


 マリーは慌ててデジレの胸元を押して留めた。不思議そうな顔をする彼に、心臓をどきどきさせながら戸惑う。

 どう見てもキスの流れだったが、キスはスリーズ邸ではしたことがない。理由は、マリーが家族に見られると恥ずかしいからだ。

 ちゃんとデジレに伝えていたのに、とマリーは慌てる。


「あの、ここ、わたしの家なんですけど」


「知っているよ。でも、したいんだ。悪夢でキスしたらあの時のマリーに戻ってしまうんじゃないかと、できる気がしなかった。だけど、そうなってもマリーが好きになると言うから、安心してできる」


 これ以上ないほど嬉しそうにデジレが笑う。

 彼の背後に見える窓からは、いつ間にやらすっかり雨は止んで、明るい陽が射していた。

 この人、何しに来たんだっけ。

 マリーはぼんやりそう思った。


「好きだ、マリー」


 顔に影が落ちる。マリーは同意するように目を閉じた。

 次はマリーの方に、雨が降り注ぐようだった。




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