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マリーとカロリナ②



「でもねえ、フェルナン様、あれはだめこれはだめってなかなか自由にさせてくれないのよ。妊娠後期は、この邸に軟禁されていたし」


 口を尖らせるカロリナに、それはカロリナの性格から仕方ないのではと心の中で思いながら、マリーは頷く。


「デジレ様も、ひとの話をちょっと聞かなくて、突っ走っちゃうんです。それに、やっぱり今になってもよくわからないところがあって、驚かされますし」


 じっと、ふたりは無言で見合った。なにか、通じるものをマリーは感じる。


「でも、大好きなのよねえ」


「はい。そうなんですよね」


 お互い吹き出す。

 カロリナが笑うと、姉弟だけあって、デジレと似ている。口角の上がり具合や、唇の流れ具合がそっくりで、それだけで親しみがわく。


「ねえ、マリー。デジレと貴女が婚約したと聞いた時、私がどれだけ嬉しかったか知っている? 人生で、三番目に嬉しかったのよ。フランソワが生まれてからは、ひとつ下がったけれど」


 ちなみに一番と二番は、プロポーズされたときと結婚式だと、カロリナが続ける。思わず見ているマリーが笑顔になるほど、幸せな顔だ。


「デジレとは婚約後にもう会っていて、幸せそうだったから、あとはマリーがどうなのかどうしてもすぐに知りたかったのよ。惚気るほどなら、デジレに負けていないわね」


「あ」


 マリーの頰が、熱を持つ。

 たしかに彼の身内を前に惚気てしまった。心から思っていることで、嘘ではないけれどやはり恥ずかしい。

 しかも、どうやらデジレも姉に幸せそうと言われるほどの態度であるようだ。婚約に対して家族にそう思わせるほどだと思えば、マリーはどこかくすぐったくなる。

 カロリナがじっとマリーを見つめて、微笑む。


「私はね、出会った最初はともかく、もう旦那様に会うために生まれてきたと思っているの。デジレもきっと、同じよ。だって姉弟だもの」


 恋愛小説に出てくるような熱烈な言葉だ。そんな言葉を実際に言えるほどなんて、とマリーは感動する。

 デジレもそうだろうか。彼女の言う通り、そうだったらとても嬉しい。


「どうして私たちがマリーを気に入って大歓迎するのか、気になるわね。いずれ理由を伝えられると思うけれど、マリーはどう思っても、デジレの気持ちだけは信じてあげてね」


「……はい」


 やはり、マリーの歓迎にはなにか理由があるらしい。少しだけ胸がざわつく。

 だが、カロリナの言う通り、デジレの気持ちは何があっても信じようとマリーは思う。自惚れにならないほど、好きと全身で伝えてくるデジレを信じたいし、そもそも彼は嘘が苦手だ。

 それに、こんな風に応援してくれる人がいる。


「姉弟で、仲が良いですよね」


 マリーは、ふわりと笑った。

 いつか思ったことだ。カロリナに会うたびに、彼女からデジレの話を聞く。心配しているし、応援している。よくあってほしいと、気に掛けている。デジレからも彼女の話はよく聞く。

 マリーには、お互い思い合うとても素敵な姉弟だ。


「そこにマリーも入るのよ!」


 大きく声を出して、カロリナがまたマリーに抱きついた。最初に包まれた時より、柔らかくて温かい。

 この人が義姉になるのか、とマリーはすっと理解した。

 デジレのことをよく知っていて、同性で、すでに結婚していてマリーの数年先を生きるカロリナ。思い描いていた姉の像とは、かなりずれている。ただ、想像よりも良い姉だ。


「はい。嬉しいです、お義姉様」


 そう感じれば、今日から始めた呼び方はさらりと口から出た。

 この姉弟はマリーの理想や想像を破壊していく。超越していく。だが、マリーのちっぽけな想像力が作り上げた世界の外を歩く彼らに、出会えて良かったなと思う。マリーが思いつかなかったほど、素敵な人々だから。

 カロリナが、可愛らしい笑い声を零して一度ぎゅっと抱きつき、離した。


「マリーと話せたことだし、私は満足だわ。あ、フランソワに会っていく?」


 首を傾げ、ついでのようにカロリナが言ったことにマリーはあっ、と呟く。

 今回来たのは、カロリナの子供を見るためだった。とてもとても楽しみにしていたのに、カロリナと話していて忘れかけていた。

 マリーは身を乗り出す。


「赤ちゃんですよね……! 会いたいです!」

 

「じゃあ行きましょう。旦那様にそっくりで、とにかく可愛いのよ!」


 にこにことしているカロリナに連れられ、彼女の息子に会ったマリーは、彼女の言葉通りいかに父親の侯爵に似ているか、カロリナに熱弁されることになった。






 予想以上に長居した侯爵邸より帰る馬車の中。延々と息子の可愛さを語られたマリーだったが、その通りだと思うほど可愛らしくて、全く苦ではなかった。あの小さな身体を思い出すだけで、頬が緩んでしまう。


「マリー、姉上に何か言われた?」


 ふと顔を上げれば、向かいに座るデジレが眉尻を下げている。

 カロリナの息子、フランソワを抱かせてもらっている時に合流したデジレは、同じく彼女の息子自慢に捕まり、マリーと話すタイミングがなかった。

 気になるのかずっとそわそわしているデジレに、ついマリーは笑ってしまう。


「気になります?」


「うん。婚約を阻止や邪魔はしないと思うけれど、姉上のことだから、私のことでなんでもマリーに吹き込むんじゃないかと心配なんだ。情けないところや格好悪いところを知られたら……」


「情けないところや格好悪いところがあるのは、もう知ってますよ」


「そうか! だったら知られても安心だ……ん? 知っているって、それでいいのか……? いや知ってくれているのは良いことで、あれ?」


 デジレがうんうん唸って真剣に考えている。こういうところさえ好きだなあと思えてくるのだからマリーは自分に向けても笑いたくもなる。


「話した内容は、デジレ様について悪いことは……言ってないことはないんですけど」


「え!」


 見事に焦った顔をする彼に、マリーは微笑む。


「お義姉様とのふたりきりのお話ですから、秘密にさせてください」


 デジレが目を丸くする。そう言えば、カロリナを彼の前で義姉呼びしたのははじめてだ。

 カロリナと、デジレの話をするのは、マリーローズと話すのとまた違う。お互いの相手のことで愚痴を言いながら、結局惚気合うのは今のところ彼女相手でしかできない。

 相談はなかなか難しいだろうが、カロリナと話すのはとても楽しいし、仲良くしたい。デジレの姉で、マリーの未来の義理の姉だから。


「デジレ様。また、侯爵邸に行ってもいいですか?」


 今日は最初から怒られていた彼に聞くことではなかったかもしれない、とマリーはふと思ったが、デジレはとても嬉しそうに笑みを(にじ)ませた。


「うん、もちろん」


 先程の不安顔はどこへやら、デジレは鼻歌でも歌い出しそうなほど機嫌をよくしてにこにことマリーを見つめている。

 カロリナが余計なことをマリーに言わないか心配しているのに、会うことは歓迎しているのだろうか。そして、仲良くしてほしいのだろうか。

 同じことを思っているなら、きっと大丈夫だろう。


「それならまた、一緒に行きましょうね」


 そしていつかは、自分たちがカロリナたちのような立場になって、彼らを歓迎できれば。

 先の未来を、楽しそうと考えられるのは、デジレやカロリナはじめとした周りの人たちのおかげだ。

 マリーは幸せで、自然と笑った。



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