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カロリナとデジレ

『押し倒すには早すぎる』より前




「姉上は、結婚しないのですか?」


 唐突な弟の質問に、カロリナは顔を上げた。彼、デジレはただ浮かんだ疑問を口にしたらしく、純粋に不思議そうな顔をしている。


「なに、急に?」


 予想以上に低い声が出た。デジレが慌てて目の前のテーブルから目を逸らす。テーブルには、先程カロリナが目を通した手紙が、何通か置いてあった。


「いえ、そこにある手紙の内容までは見ていません! 見ていませんが、それは、男性からの恋文ですよね。それだけ頻繁に色んな方からきているのに、姉上にはそういう噂を聞かないので……」


 デジレはカロリナの目から逃れるよう顔を背けながら、語尾を飲み込んでいく。

 そんなことでは怒らないのに、とカロリナは弟と同じ白く煌めく金髪を、手で掬い背中に流す。


「デジレも知っているでしょう? 私、王太子殿下の婚約者候補なのよ」


「でも姉上は、殿下に興味ありませんよね」


 あっさり言ってのける、その殿下の側近である弟。それで良いのかわからないが、その通りなのでカロリナは頷く。


「まあね。私にとってオーギュストは弟みたいなものだから。あっちだって、私のことはあくまで候補のうちとしか思っていないでしょう」


 デジレは否定せずに黙った。彼から見ても間違いないということだろう。

 それに、オーギュストには似合うだろう相手がいるとカロリナは思っている。美しい桃色に染まる金髪を思い浮かべながら、彼女は小さく笑い声を零す。

 実際、どうしても王太子妃はカロリナしかいない場合になれば、その立場になることに否やはない。それに相応しい教養は身につけていると自負しているし、彼には情がある。ただ、自分からやりたいか、と言われればそんな気はない。


「確かにあくまで候補ですから、他の方と結婚しても良いのですよ、姉上」


「ええ、そうとは知っているけれど、ぴんとくる殿方がいなくて」


 カロリナは可憐な唇から、悩ましげな息を漏らす。

 端的に言えば、理由は言った通りだった。

 カロリナはとてももてる。王太子の婚約者候補と知られても、ひっきりなしに結婚の申し込みが来るほどだ。今では求婚をしてこなかった独身貴族の方が、少なくて覚えやすい。


 父であるリシャールは、なぜか子供たちに婚約者を持たせない。名門であるはずなのに、自由で良いとその点がやけに放任主義だ。

 知り合いの同じ年頃の令嬢は、大方既に決められた婚約者がいて、流れに逆らうことなく自然に結婚していっている。カロリナが適齢期後半に入ってからは、もう周りのほとんどがどこぞの夫人だ。

 カロリナは、取り残されている。だが、焦りは特になかった。


「……ぴんとくる殿方って。姉上は、どういう方が良いのですか?」


 デジレが腕を組んで聞いてくる。カロリナは、微笑んだ。

 彼は、男性貴族にはめっぽう詳しい。例えばここでカロリナがこういう人が良いと言えば、その優秀な記憶力から探してくれるのだろう。

 でも。今のカロリナには、さっぱりわからなかった。


「どういう方が良いの? ねえデジレ、貴方にとっても義理の兄となるのだけれど、貴方はどんな方だと良い?」


「えっ、私、ですか」


 質問を返され、とたん困った顔をするが、真剣に考え始めたデジレがとても可愛らしい。カロリナがにやにやしていると、真面目な光を宿した、同じ色のエメラルドの瞳が合う。


「それは、もちろん。姉上を幸せにしてくれる人が良いです」


 あら、と声が漏れた。

 成長して美しく男らしくなってきても、デジレは昔からまっすぐで本当に可愛らしい弟だ。カロリナの口が自然と緩む。

 デジレはそんな彼女の様子に気付かず、顎に手を当てさらに考え込む。


「さらに言えば……姉上を受け入れてくれる方が良いですね。姉上はその気になればどこへでも嫁げると思いますが、本性を知られてうちに帰ってくるようなことがなければいいのですけど」


「あら、なに?」


 カロリナはデジレとの距離をすっと詰める。

 今の言葉は、少し頭にきた。


「私が、そんなへまをするとでも思っているの?」


「姉上は外面は完璧ですけれど、四六時中それでいられるはずないでしょう」


「舐めてくれるわね、これでもオーギュストの婚約者候補で有力なのよ! そんな私が、どじを踏むはずないでしょう!」


「自信があるのは良いですよ。再度言いますけれど、ずっと夫になる人と一緒にいるのですよ! そんな仮面を被り続けていたら疲れます!」


「大丈夫よ、絶対に本性はばらさないわ! 貴方の姉を信じられないの?」


「今まさに、信じられませんが!」


 お互いしばし睨み合って、カロリナはふんっと鼻を鳴らして傍にあった椅子に掛ける。

 先程の可愛いは撤回だ。生意気な弟に、カロリナは目を細めて、意地悪く笑う。


「私は、シトロニエ家の存続の方が心配ね。私はどうでも良いけれど、未来の当主予定が女嫌いじゃ、ねえ?」


「なっ」


「女性が苦手だって、まともに交流もしやしない。最後に夜会に出たのはいつ? オーギュストの付き添いの仕事以外よ? だいたい、女性と踊ったことあるの?」


「あっ、ありますよ!」


「それなら、誰か聞きたいわ。当然、私と指南役と、マリーローズ(マリー)以外よ。誰?」


 口を開いたデジレは、頰を赤くして、そのまま口をゆっくり閉じた。

 勝ち誇った顔をして、カロリナは(しと)やかに笑う。


「そんな異性の影がゼロな弟に、心配なんてされたくないわ」


 完全にデジレが押し黙った。悔しそうだが、事実であるのでなにも言えず、震えている。

 カロリナから見れば、デジレは女性が苦手なことを除けば、見目よく身分もよく性格もよい、非常に良い相手だと思う。客観的に見てもそうだから、彼は多くの令嬢に人気がある。

 カロリナは手紙をくれた相手に会うことがあるが、デジレは気を向けてくる相手から逃げる。会ってもぴんとこないカロリナより、機会を自分から手放しているデジレの方が悲惨だ。


「せいぜい、悪い女につけこまれて、気付けば結婚するしかなくなっていた、なんてことにならないよう気を付けなさい」


 さらりと言ったが、一番の心配はこれだと、カロリナは思う。

 真面目すぎて優しすぎるデジレは、悪い女性にかかればひとたまりもない。女性慣れしていない彼が悪女だと見抜けるはずもない。カロリナが随時教えるわけにもいかない。

 そんなことになれば、デジレがひどく傷付く。きっと、かわいそうで見ていられない。


「……気を付けます」


 ほら、こんなに素直なところも危ない。

 しかし、それがデジレの良いところだと、カロリナは姉として胸を張って言える。


 ふう、とカロリナは息をひとつはいて、目の前のデジレを改めて観察する。

 背が伸び、訓練も怠らないおかげで、体躯がよく引き締まっている。触れたくなるほどさらさらと輝く白金の金髪の下には、まさに端正としか言えないほど美しい顔がある。男性貴族で屈指の、美形だ。

 カロリナも、自分は美しい方だと思う。だからこそ男性の目を惹く。賛辞の言葉を聞く。だからといって、容姿には手を抜いていない。

 シトロニエ伯爵家の者は、全員容姿が際立って良い。それなのに、なぜ姉弟して、結婚について心配が残るのか。

 いろんな意味で、結局は外見でないのだろうとカロリナは思っている。


「……どんな方が想像つきませんが、姉上がぴんとくる方は、世界のどこかにいますよ。世の中はとても広いですからね」


 デジレが呟いた。

 投げやりのように聞こえるが、デジレが言うなら本当にそう思っている。カロリナはふふ、と笑った。


「私も、どんな人か想像つかないけれど、デジレが興味を持つような子は、世界のどこかにいると思うわ」


 デジレが、はにかみながら微笑んだ。指が、所在なさげに頰を掻いている。


「ありがとうございます。その子が、姉上と仲良くなれる女性であってほしいですね」


「ちょっと。ただでさえ壁があるのに、さらに条件を足したらもっと見つからないでしょう!」


 そうは言うが、カロリナはとても嬉しかった。

 カロリナも、夫とデジレが仲良くしてほしい。デジレにどんな人が良いか尋ねた時、もし詳しく条件を言うなら考慮しようと考えるほどに。

 ただ、結局は、デジレの決めた相手なら、例えどんな人であろうとも好きになろうと頑張るだろう。好かれるように努力するだろう。カロリナはそれだけ、デジレのことが家族として大切だ。

 きっと彼も同じだろう。それは彼女と似た笑顔を見ればわかることだった。



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