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デジレとフェルナン

『くちびる同盟』30話「マリーのお茶会」頃




 執務室の扉をノックして、返事がすると、デジレは申し訳なさそうに入室した。

 部屋では、義兄のフェルナンが書類仕事に励んでいる。唇を噛んで、デジレは頭を下げた。


義兄上(あにうえ)! 申し訳ありませんでした!」


「……ん?」


 デジレに顔を向けたフェルナンの前に、彼は手に持っていた大きな袋を差し出す。


「こちら、姉の好物です。義兄上から渡してください!」


「ああ、いつものよりまた多いな……。有難いが、そこまで気を遣わなくても」


「いえ! またしても姉上がご迷惑をお掛けしたようで、そのお詫びです。どうぞ受け取ってください」


 フェルナンは困った顔をしながら、デジレから袋を受け取った。

 その顔を見て、デジレは唇を震わせ、手に力を入れる。


「なんでも、今回は姉上があの状態で夜会に忍び込んだとか。義兄上が許可するとは思えないので、勝手に行ったのでしょう」


「まあ、ご明察だ」


「本当に、いつもご迷惑をお掛けして……」


「いやいや、デジレが気にすることではない。それに脱走は今回が初めてでなく、三度目だ」


 デジレは目を()いた。


「さ、三度目って! 姉上は三度もこのようなことを!?」


「そう、だいたい年に一度の大イベントだな」


 ははは、と笑うフェルナンに、デジレは開いた口が塞がらない。

 デジレの姉で、目の前のフェルナンの妻であるカロリナは、とにかく奔放だ。

 昔から家では思うがまま行動する彼女に、デジレは手を焼いてきた。猪突猛進にいろいろやらかすカロリナの傍にいたデジレが、無理に止めずに後から姉の始末を付ける方が手っ取り早いと悟ったのはいつのことだったか。

 姉の暴走をある程度は抑えながらも、関係者に謝ってフォローに奔走するのはデジレの役目だった。

 そんな癖の強いカロリナを妻にと望んでくれたフェルナンには、デジレは感謝とも同情とも取れぬ思いを抱いている。


「それで……姉上は?」


「今回はさすがに目こぼしできないのでね。侯爵家の者を皆味方に付けて、落ち着くまで軟禁することにした。鬱憤(うっぷん)が溜まっているから、後で会ってやってほしい」


「ああ、それは仕方がありませんよね」


 苛々しているだろうカロリナの姿がすぐに想像できて、デジレはため息をついた。

 自由なカロリナだが、昔から彼女は好かれていた。

 娘馬鹿な父も当然、嫁ぎ先の侯爵家でも結婚前から使用人達に好かれているようで、味方が多い。

 その中で、しっかりとカロリナの手綱を取ろうとしているフェルナンを、デジレは尊敬していた。

 フェルナンは、思い出したかのようにふっと笑う。


「うちの者なのになかなか、こちらに引き込むのは骨が折れた。彼女を叱る時もそうだ。しっかりと説教しようと迎えに行けば、彼女は自分がしたことを悪いと思っていないような、単純に迎えに来てくれて嬉しいといわんばかりに顔を輝かせる。その様子にまた毒気が抜かれるものだから、必ず叱ると決意して迎えにいかなくてはならない」


 フェルナンは、手を組んで深く息をはいた。


「全く、賑やかすぎる。もう、カロリナに会う前には戻れないな」


 そう言うフェルナンの顔は、目を優しげに細め、口は弧を描き、いかにも幸せそうな表情だった。

 デジレはそんな彼を見て、つられて笑みを浮かべる。

 姉の嫁ぎ先に、迷惑を掛けたと弟がそう何度も通う必要はない。もはや何を姉がやらかしても、彼は対応できる。それなのに何度もこうやって顔を出すのは、姉の夫のこういう顔を見たいからだろうとデジレは思う。

 カロリナは自由に里帰りしては、デジレを捕まえて嬉しそうに惚気話をする。その様子は幸せでたまらないとわかるもので、聞かされているデジレも幸せを分けてもらっている気がする。

 フェルナンは、デジレが最初にあった頃は硬い表情をする人だった。それがカロリナに触発されたのか、自然と彼女と同じように穏やかに幸せとわかる顔をするようになった。

 お互いが幸せなのだとわかると、デジレはとても嬉しくなる。


「そういえば、デジレもいろいろあったと小耳に挟んだが」


「……姉上から聞きましたか。ええ、まあ、しっかり責任は取りますので、心配しないでください」


 マリーの姿が頭に浮かぶ。無意識に手に力が入り、爪が食い込んだ。

 フェルナンが、気遣わしげな声をかける。


「私も力になる。遠慮なく頼ってくれ」


「ありがとうございます、義兄上」


 デジレは緊張を解いてほっとした。フェルナンは鷹揚に頷いて、置かれていたペンを手に取る。

 仕事に戻ったフェルナンを見て、デジレはふと思い付く。


「義兄上、協力いただけるのでしたら、女性の接し方を知りたいのですが」


「え?」


「私は女性と関わりがなく知識がないので。義兄上は結婚されていますし」


「相手は君のよく知る姉上だが。それに、私たちのどたばたした流れを見てきただろうに」


 呆れた声で言うフェルナンは、やはり口元が上がって笑っている。


「デジレは私と違って、まっすぐで愚直といえるほど、素直だ。きっと大丈夫だ」


 気休めをやすやすと言う人ではない。そう知っているからこそ、デジレは笑って返そうとしたが、少しいびつなものになった。

 優しい目をデジレに向けるフェルナンは、とても満たされているように見える。

 デジレは女性の気持ちもよくわからなければ、対応もわからない。何より苦手で関わってこなかった為、女性は半ば未知の存在だ。恋人だの結婚相手だのは今までほとんど考えたことはなかった。

 しかし、姉夫婦を見ていれば、こう周りにもわかるほど溢れ出る幸せを見ていれば、自分もそういう相手に出会えることができればとデジレは思うのだった。



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