表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

ノワゼット侯爵夫妻③

『くちびる同盟』89話「姉からの叱咤」の後




 邸に帰ると、泣き声がした。

 なにかと思いフェルナンが部屋を覗けば、カロリナがぐすぐすと泣いている。背中を撫でているララと目があうと、彼女は困ったような顔をした。


 ここ数日、カロリナはやけにぴりぴりしていて、今日は客人が来るからどこかに出掛けていろとフェルナンは邸を追い出された。様子からして立ち会っても良いことはないと感じ、また所用もあったので素直に従い、邸に帰ってきたら、この様子だった。

 本当にカロリナが酷い目にあったとしたら、家人がすぐさま飛んでくる。それがないということは、そこまでのことではないのだろう。

 フェルナンはそうあたりをつけると、ララに目で合図をした。ララは彼に場を譲る。

 寄り添えば、カロリナはようやく彼に気付いたようで、涙に濡れた顔を上げる。


「フェルナン様……」


 耐えきれないというように、カロリナはフェルナンに縋ってぼろぼろと涙を零す。彼は彼女を宥めるように抱きしめた。落ち着くよう身体をさすれば、彼女はますます嗚咽(おえつ)を漏らす。


「私、私……どうしよう!」


「何があったんだ」


 顔を手で覆ってわっと泣き出しそうなカロリナに声をかければ、涙に濡れた可憐な顔を向けられる。しゃくりをあげながら、なんとか話そうとする彼女を、フェルナンは辛抱強く待った。


「デジレが、ひどいありさまだって、オーギュストが……!」


 カロリナが指差す方を見れば、くしゃくしゃになった紙が机に置かれていた。辛うじて、『親愛なるカロリナ姉さんへ』という文字が読み取れる。


「デジレが、またマリーにキスしたのに、謝ったって! マリーがあまりにもかわいそうで!」


 また泣き始めたカロリナに、無理もないとフェルナンは思う。

 カロリナはすっかりマリーを気に入ったらしく、妹ができたと喜んではばからなかった。邸から出してもらえないカロリナは、毎度夜会にてデジレとマリーを見守るフェルナンが帰ってくるたびに様子を詳細に聞き出し、デジレの侍従を呼びつけてはどうなのか問い詰め、彼らの動向を知るのを一番の楽しみにしていた。マリーが怪我した時には、デジレは何をしているのかと憤慨して抑えるのが大変だった。


 かくいうフェルナンも、ずっとマリーを夜会で気にかけていれば、すっかり妹のように思っていた。離れた場所から、互いに楽しそうにしている義弟と未来の義妹を微笑ましく見守るのは和んだ。

 自然に耳に入る、彼らが振りまいたらしいぞっこんであるという噂も、どう見てもその通りにしか見えなかった。これだけ好意を互いに向けているのに、相手の気持ちも自分の気持ちも気付かないのかと何度も思ったが、かつての己を思い出すと何も言えず身悶えした。

 しかしようやくマリーの方に変化が見られ、やっとかと思っていたが、なぜかデジレがおかしな反応をはじめ、関係がぎくしゃくしはじめた。


「だから、デジレを呼んで、叱りつけたんです! 本当に気持ちに気付いてなくて、あんまりで。でも」


 ぽろりとカロリナの目元から雫がこぼれる。


「どうしよう……。私のせいで、二人がうまくいかなかったらどうしようー!」


 声を上げて、彼女はまるで子供のように盛大に泣き出す。

 フェルナンは一瞬呆気にとられ、すぐ気を取り戻し、彼女の背中を強く撫でた。


「大丈夫だ」


「しゅ、祝福っていっても、必ずうまくいくかなんて決まっていないし」


「問題ない」


「私が怒ったことで、デジレがマリーを嫌になったら、もう、私」


 カロリナがフェルナンの胸元に顔を埋めて、わあわあと泣く。ふうと息をはいたフェルナンは、彼女を抱きしめ直した。


「心配する必要はない。君の、弟だろう」


 全く仲の良い姉弟だと、フェルナンは内心で笑う。

 姉は弟の恋路を心配して叱り、邪魔となったらどうしようと嘆き。弟は姉の嫁ぎ先に顔を出しては、姉が大切にされているか姉の夫の顔色を窺いにくる。フェルナンにとっては、多少妬ましいほどだ。


「安心しなさい。君も色々あったが、すべて乗り越えてきただろうに」


 カロリナが濡れたエメラルドの瞳をフェルナンに向けてくる。フェルナンは優しく微笑みながら、かつての出来事を思い出す。

 押し倒されたことからはじまり、彼女の突撃、いきなりの通い始め、ジャンの横槍、拒否の手紙、薔薇園の言い合い、その後のごたごた。


「……大丈夫だ」


 フェルナンの頰が引きつった。


「あっ! 今、ためらいましたね! やっぱり、やっぱり私のせいでうまくいかなくなってしまうのだわ……!」


「あ、いや、大丈夫だ! 本当にいろんな出来事をなんとか二人で乗り越えてきたなと思っただけだ!」


「……そうですね。私たちでも、たくさんありましたが、今こうしていられますものね。デジレだって、大丈夫ですよね!」


 きらきらと、今度は瞳を輝かせるカロリナに、フェルナンはなんとか相槌を打つ。

 祝福が原因なのか、姉弟のためなのか、デジレがカロリナと同じくらい相手を巻き込んで色々な出来事を引き起こすのならば、それは大丈夫と言い難い。

 それでも。カロリナの言う通り、未来が明るいというのなら、それは結果として問題ないのだろう。

 

 先ほどとは打って変わって、嬉しそうにフェルナンに抱きつき返してくるカロリナを受け止めながら、とにかく頑張れと、フェルナンは心の中でその奥底からデジレとマリーに声援を送った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ