始まりの邂逅 04
異世界から来た為ルイーナの顔を急遽「欧州系」としました。
今まで触れていなかったので今更になりますが、ご了承下さい。
牧島アンドレイは言葉を詰まらせていた。今日一日、それも今自分の目の前にいる女、ルイーナ・エヴェリーに出会ってからものの10分程度で、彼の思考は複雑な迷路を彷徨い続ける羽目になったからだ。
一見すれば年頃の、容姿が整った欧州系を感じさせる女性、加えて話してみれば日本語も流暢で知的な一面ものぞかせる。だがふたを開けてみれば、人間を触れもせず倒し、国を助けてくれと言い、疑問を解決したと思ったら自己紹介で聞いたことの無い国と聞いたことの無い立場を名乗り、結果より多くの疑問が生まれてしまった。
クライムハイン王国…そんな国は存在していただろうかと、アンドレイは更に考えを掘り下げていく。
考えられるのは人口や面積等から極めて規模の小さい国…有名なところで言えばイタリアのローマにあるバチカン市国や、西ヨーロッパにあるリヒテンシュタイン公国が挙げられる。また海上に建てられた要塞跡地を国としたシーランド公国といったように、国だと認識しづらい所の可能性もある。
それに宮廷魔導士という立場…立場というより役職なのだろうか。『宮廷』は王国というのであれば当然王宮もある為、王宮での役職であると考えられる。『魔導士』はそのままの意味と捉えて良いのだろうか分かりかねていた。
ただ文献によっては、国の栄枯盛衰を占う存在がいた記録もある。そういう役目を担う存在を魔導士と位置付けていたなら、それはそれで話も通る。
しかしそれらが正しいとして、先程見たことが説明出来ない。どうやって人や瓶に衝撃を与えることが出来るか…。納得のいく答えが見つからないまま、アンドレイは無自覚に、無限に広がる思考の海へと落ちていく。
「考えてるところ悪いけど、いいかしら」
思考の深淵から唐突に現実に引っ張られ、アンドレイは声の主を見る。ルイーナが腕を組みながら、自分の方を見ていた。
「おそらくだけど考えていることは予想がつくわ。だから結論からいうわね。私はこの世界の人間じゃないの」
「この世界の人間ではない…だと?」
「ここと異なる世界から来た魔導士よ」
「…随分な答えだな」
「事実だもの」
あまりにも斜め上すぎる答えに、アンドレイは自分で考えるだけ無駄だったという思いと同時に、ある意味納得していた。自分の考えを今一つ決定打とすることが出来なかった原因…衝撃を与えたことに対しての正解が、どうやっても自分の考えと結びつかなかったからだ。
単純に衝撃波を生み出す装置自体は、今の科学でも十分作れる可能性はある。だが少なくとも、今のルイーナのような軽装で済むとは思えない。また今アンドレイ達がいる路地裏の袋小路に何らかの仕掛けをしていたとしても、二人は今日この場所で初めて会った。当然打ち合わせも何もしていないのに、たった一つのミスも起きずに成功する訳も無かった。
言われたことをそのまま鵜呑みにして信用することがどれ程危険なことかを、アンドレイ自身理解している。では何故それで一部なりとも納得したのか。
単純な消去法である。
自分の仮説は全て成り立たない、仕掛けに関しても考えが及ばない。今の自分の頭では限界があることを認識した上での、現実とかけ離れていながらも当事者からの回答である。「本人が言っていることが正しい」というより、「現状においてそれが一番反論が出てこない」故の納得だった。アンドレイにもそれが吊り橋に等しい極めて不安定な解だということは分かっていたが、今この場においてはその脆い吊り橋が話を先に進める為の唯一の道筋となっていた。
また何かで読んだことがあるが、人類が全宇宙の中で把握している部分はほんの5%程度でしかなく、把握していない部分の方が遥かに多い。その未知の95%の中の一つが、今自分の目の前で起きているのかもしれない。半ば現実逃避に近いその考えを顔に出すこと無く自嘲してから、アンドレイは話を進めることにした。
「それで…その国を助けるというのはどういうことだ」
「詳しくは国王陛下が話して下さるけど…」
ルイーナは少し答えづらそうな顔をしていたが、アンドレイが促すとやむなく話を続けた。
「他の国や魔物に私達の国が襲われていて…その…助けが必要なのよ…」
違う世界から来たと言っていた時と違い、何処か後ろめたい雰囲気を出しながらの説明だった。今更になって現実離れした話が言い辛いということは無いだろう。アンドレイはその様子に違和感を持った。
どういう理由かは分からないし本人も言うつもりが無い、アンドレイの答えは決まっていた。ゆっくりとシガーケースに手を伸ばして葉巻に火を着けると、顔を横に向けて煙を一つ吐いて端的に答えた
「断る」
「えっ…!?」
「違う世界から来た、という答えに目をつぶった上て言う」
ルイーナが驚きの声を上げるのを聞いて、アンドレイはその後に言葉を続けさせないよう話し出した。
「まず一つは単純にアンタの言う事が本当だとして、それは俺が対処出来る範疇を超えている。裏世界の人間一人雇ったところで、他の国やら魔物とやらをどうにか出来る訳がないだろう。国として機能しているなら国の戦力は既にあるだろうが」
「それは…」
発言しようとしたルイーナの口を、アンドレイは「二つ目に」と言い遮り、再び葉巻を口にする。
「俺としてはこちらの方が問題だが…」
また横を向いて煙を吐き出す。ゆっくりと広がり消えて行く煙をルイーナは目で追った。今の彼女には、その時間がとても長い物に感じる。
「アンタ、何か隠しているだろう」
「!!」
煙の消えた後の空間を見ていたルイーナがアンドレイに顔を向き直した。
「俺のような裏の人間に依頼する時…依頼人が最もやってはいけないのが「隠しごとをする」ことと「嘘をつく」ことだ。それは依頼を失敗する原因になりかねないどころか、依頼を受けた側の命に関わる」
「…………」
今度は長く、深く葉巻を味わう。そしてゆっくりと大きく、横を向にて息を吐き多くの煙をまき散らした。その間、ルイーナは一言も話さなかった。
「中にはそれが分かった途端に依頼人を殺す奴もいる。いずれにしろ、誰一人として利益にならないことをアンタはしている」
何も言えなかった。アンドレイの言っていることは間違っていない。ルイーナはまだ話していないことがあった。だがそれは「話していないこと」ではなく、「話せないこと」だった。
ルイーナが予想していた、最悪の展開となってしまった。もし話そうとすれば何が起きるか知っている、でも自分のことを話してしまっている相手を行かせてしまうとそれも同じ…。つい右手を首にもっていってしまう。遠くからだと分かりにくいが、ルイーナの首の中央には、細い金のチョーカーが巻かれていた。心なしかそれがとても息苦しく感じるが、「その為のもの」だったので無理も無かった。
何かを言いあぐねていることはアンドレイにも見て分かるが、それが分かったからといって依頼の失敗と自分の生命をセットにした物を天秤に乗せるには、あまりにも釣り合わない。火の消えた葉巻をシガーケースに戻すと、アンドレイは後ろを振り返った。
「…次に誰かに依頼する時は、隠しごとはしないことだ」
自分がいる理由は無い、そう判断し、アンドレイは戻ることにした。歩き出したことに気付き、ルイーナは声を上げて引き留める。
「!! 待って! 私を…私を助けて!」
どう引き留めれば良いか分からなかったルイーナは、不意に本心を声にした。だがその思いは届かず、アンドレイは歩みを進める。
「そうでないと、私は……ぐっ…!!」
まだ言葉を紡いでいる途中だったルイーナが、突然異様な声をあげた。
「? どうし…!」
後ろから聞こえた声、何かが落ちるような物音を聞いたアンドレイが振り向くと、両手で首を押さえ、割座の状態で背中を丸め苦しんでいるルイーナの姿があった。アンドレイはすぐにルイーナの所に駆け込んだ。
「おい、どうした! 何があった!」
ルイーナの前にしゃがんで問いただすが、質問が聞こえないかのように苦しんでいた。すまんと一言つげてから、上半身を起こして顎を上げる。
「!! なんだ、これは…」
アンドレイが目にしたのは、不思議な赤紫のような光をまとわせながらルイーナの首を締めあげている、金のチョーカーだった。