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異世界に於ける護り屋の表稼業と裏稼業  作者: 塵無
一章 護り屋、異世界へ
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始まりの邂逅 03

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◇◇◇

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 護り屋として多くの依頼をこなしてきているアンドレイにとっても、今起きたことが何なのかを理解するのは難しかった。


 自分が右手で押さえていただけの男の頭がいきなり後ろに引っ張られるように跳ね上がると、まるで逆上がりを失敗した子供のように、体を90度…地面と水平の状態になるまで回転し、勢いそのままに地面に仰向けに倒れ込んだ。押さえていただけで頭には触れてすらいないにも関わらずだ。


 だが彼の長い経験からくる直感か、それともほんの僅かな視界の端に動きを捉えたのか、彼の首から上だけ動かし、出来る限り顔と目を自分の後ろを見た。後ろから見れば、横顔を見せて横目で見るような状態だった。


 後ろには、右手を突き出した状態で顔を自分に向けている女がいた。所々汚れたキャメルカラーのコートが風通しの悪い袋小路では不自然な程に揺れ、右手のコートの袖口から除くブレスレットの宝石が、気のせいか赤く光っていたように見える。


 アンドレイの中では、今のは女の仕業である可能性が極めて高くなった。「男の頭を後ろに引っ張る」ではなく、「正面から何らかの衝撃を加えた」というのであれば確かに話は通る。依頼人(この女)は何らかの方法で男の顔面に衝撃を与えた…問題はどのような方法を取ったかだった。


 ゆっくりと体の向きを女に、しかし顔と目は女を捉えたまま、アンドレイは考えを巡らせる。


 確かに武術の一種で、触れることなく相手を倒す『(とお)()て』や『気功』というものもある為、それらを使えば倒せるのかもしれない。だがそれであの衝撃が出せるのか…アンドレイ自身聞いた話でしかないが、それらの技を得るには長年の修行と研鑽(けんさん)が必要となる。そもそも遠当てや気功を体得しているのであれば、武術も当然使える筈だ。自分に依頼をする必要も無く、(むし)ろ既にここにいる男達程度は倒せていてもおかしくはない。もしくは先程見たブレスレットから隠し武器…暗器によるものか、はたまた自分の知らない別の方法か…。


 元々思慮深く、考えを整理してから言葉に出すようにしているアンドレイは、自分の頭で意見と否定を繰り返していた。一つ仮説が出ては、それが正しければ現状では不自然な点も出てくるという疑問が生まれ、結論としては決定打に欠ける。その仮説を除外して別の仮説を立てても、また疑問により崩れて行く。


 ある程度思考を巡らせたが今の自分では限界がある。そう感じ始めた時、


「あの…」


 長い間自分を見たまま黙っているアンドレイに、女が少し不安そうに声をかけた。我に返ったアンドレイは「ああ、すまん」と短い謝罪をしてから、自分の中でまとまらなかった疑問を投げかけた。


「さっきのは、アンタか」


 短いその一言でも、女にはそれが何を聞いているのかを理解するには十分だった。一瞬申し訳なさそうな顔をしてから顔を俯かせて顎に指を当て、考えるような仕草をした。


(やっぱり気付かれてしまった…。判断材料が少し足りないところだけど見られてしまったし…それに、この人ならもしかしたら…)


 アンドレイ程では無かったが、ほんの数秒自分の頭の中で考えを巡らせ、女はアンドレイに話をする結論を出した。


「ええ、私よ」


 自分が投げかけた質問よりも短い答えだったが、アンドレイにもそれで十分理解出来るものだった。先程自分の頭の中で結局出なかった答えを聞こうとするより前に、女が続けて口を開く。


「私達を、助けて欲しいの」


「…助ける?」


 頭の中を巡っていた疑問を解消するより前に、新たな疑問が出来てしまった。先の疑問も気にはなっているが、話の流れを考えると新たな疑問について先に聞いた方が良いと判断し、アンドレイは女に訪ねた。


「私『達』ということは、他にもいるということか」


「ええ…もっといえば私達の国、といえばいいかしら…」


「国、だと?」


 女の返答に、流石にアンドレイも困惑の色を隠せず(いぶか)しげな顔をした。男を倒した方法も分からないまま助けを()われ、更にはその対象が国だという。不明点が多い上に話が奇妙というより突拍子が無さすぎる。


 そこまで考えてから、アンドレイが女に対して警戒態勢を取るまでは早かった。先程まで相手にしていた男達の時程ではないにしろ、静かに、しかし確かに、女に向けて警戒心を露わにした。女はその警戒心を察知すると、また困ったような表情をして、アンドレイの態度が至極当然であることを伝えた。


「…確かに無理もないわね。いきなり国を助けてなんて言うんだもの…」


「……流石に情報が少なすぎるな」


 困っている状態の女を見かねて、アンドレイがどうすれば良いのかを簡潔に指し示す。それを聞いた女は一度アンドレイを見てから、再び考え込んだ。実際の時間では大してかかっていないが、暫く考えてから「流石にもう話さないといけないわね…」と溜息を混ぜて吐き出した。


「話すよりも、見てもらった方がいいかもしれないわ。おそらく貴方が抱えている疑問は一つ解決出来るから」


 何のことだとアンドレイが顔に疑問符を浮かべていると、女は「何か壊れても問題無い物はあるか」と聞いてきた。疑問符が取れないまま、アンドレイは「路地裏の奥(こんな所)まで来ると逆に壊れたら問題がある物の方が少ない」とだけ伝えると、女の目が端の方にまとめて放置されているビール瓶を捉えた。二人のいる所からは3メートル前後の距離にある。


「あれを見てて」


 そう告げると、女はビール瓶に右手を向けた。男が倒れた時にしていたポーズを見て、そういうことかと、アンドレイが顔に浮かべていた疑問符が解消された。


 女が呼吸を整え、息を一つ吸い、吐くと、手首にはめているブレスレットの宝石が光り出した。もう一度呼吸をするとその光は更に強くなり、アンドレイにもはっきりと見える程になった。


 もう一度息を吸い、吐き出すと同時に女が右手に力を入れる。その直後、離れていたビール瓶が突然後ろに吹き飛び、その内の殆どが、瓶同士がぶつかったことで割れ、地面に無数の破片を散らばらせる。


「!!」


 突然注視していた瓶が割れ、アンドレイが目を見開き、その見開いた目のまま女の方を見る。


「自己紹介が遅れてごめんなさい」


 女はアンドレイに体を向けて左手を胸にあてて挨拶をした。


「私の名前はルイーナ・エヴェリー。クライムハイン王国の宮廷魔導士よ」


 聞きなれない国の名前と役職を告げると、そのまま一礼した。アンドレイはその時、何故かつい先程まで依頼人だったコウダがしていた一礼を思い出し、同じ一礼でも人によってここまで違う物なのかと、場違いな感想が頭に出てきていた。

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