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異世界に於ける護り屋の表稼業と裏稼業  作者: 塵無
一章 護り屋、異世界へ
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始まりの邂逅 02

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◆◆◆

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 醜い。


 そう思ってから、上がっていた息が一気に整っていくことが分かる。それと同時に目の前にいる五人が人間に見えなくなってきた。今までにもいたが、目の前の『これら』はかなり度が過ぎていた。こんな彼らを子に持つ人達は、どんな気持ちなのだろうか…今この場にいない見たこともない彼らの両親に対して同情すらしてしまう。


 色々な悪臭が混じっている埃っぽい空気が、私の気分を更に悪くさせる。人の目につかない場所を選ばざるを得なかったとはいえ、ここはあまりにも汚い。建物に光を遮られて昼間なのに寂しさを感じるこの場所は、おそらくどう転んでも好きにはなれないだろう。目の前にいる彼らに対しても、決して好感度が上がることはない。


 早く終わらせてしまおう。この場所には、ふさわしい人間はいなかった。彼らを片付けて、それで終わりだ。




 ――そう思って『準備』をしていた時に、誰かを呼ぶ声が目の前の五人の、さらに奥から聞こえてきたのが、ついさっきのこと。


「俺に依頼するか」


 スーツを来た大柄な男が、五人の間から私の目を見てそう言った。気のせいか、聞き覚えのある声だった。


 五人も私も、彼を凝視せずにはいられなかった。自分達よりも遥かに大きな背に、スーツの上からでも分かる程に鍛えられた体。細かい傷が多く付いている顔に、スキンヘッドに近い位短く切り揃えられた頭。よく見ると左手が赤く、血を流していた。


「俺に、自分を護るよう依頼するか」


 再び私の目を見ながら、彼が言う。最初に言っていた依頼という言葉だけでは今一つ意図が掴めなかったが、言い直してくれてやっと意味を理解する。要はボディーガードだ。彼は自分をボディーガードとして雇わないかと聞いていたらしい。


 自分でも対処は出来るが、このタイミングで来てくれたのはありがたい。この状況を見た上でそれを聞いてきてくれて、一瞬良い人もいるな、と思ったが、すぐにそうじゃないと分かった。


 ()()()()()()()()()、「助ける」ではなく、「依頼するか」と聞いてきた。つまり依頼をするのもしないのも私が決める、依頼をしなかった場合、私を助けないということになる。


 なるほど、無条件で優しい訳じゃない。よく考えれば、そもそもそんな善意を躊躇(ためら)いもなく出してくる人間がこんな所にいる筈がない。ほんの少しの時間ではあるが、路地裏(この場所)に集まる人達の人間性がどういったものか、少なからず理解していた。


 でも、打算的ながら助ける姿勢を見せてくれるなら、この五人よりはましかもしれない。それにもしかしたら…彼がふさわしい存在かどうか見極める良い機会だ。実際にはほんの少しの時間だったかもしれないが、暫く考えた後に私は彼の目を見返す。


「……お願い、私を助けて」


 私は自分を護ってもらうことを、彼に依頼した。


「…引き受けよう」


 返事をすると、彼は私に近づいてきた。固まったままの五人の間を通っている時、その中の一人が我に返って彼に怒号を浴びせる。


「…オイ、何勝手に話すすめてんだよ! ソイツにはオレたちが用あンだよ!」


 だが彼はその声には反応せず、こちらに近づいてきている。無視された男は顔にも怒りを表し、


「シカトしてんじゃねーよ、ボケが!!」


 そう言って、彼の背中を殴りつけた。


「! かってぇ、なんだコイ…」


 殴った男の方が顔を歪め、ダメージを受けていた。殴った側の右手首を押さえて男が何か言い切る前に言葉を止めた。自分が殴った相手でもある、彼が自分のことを見下ろしていたからである。


「あ……ブッ!」


 声を漏らした直後、男は自分が立っていた場所から大きく飛ばされた。まるで近くを飛んでいる虫でも払うかのように、男は彼の平手で体と意識を飛ばされた。


 他の四人が飛んでいった一人に目を奪われている間に、彼が私の目の前までやってきた。離れていた時に合わせていた目を、今度は間近で合わせる。


「…報酬については後でだ」


 一言だけ言うと、今度は私に背を向けて四人に向かい合う形になった。


「あ…」


 今になって、私はどこで聞いた声なのかを思い出した。二手に分かれていた道で、私がこちらの道を選んだきっかけになった声だった。もしかしたら私の前に誰かを護っていたのかもしれない。


「コイツなんて力だよ…」


「でも一人だぜ。エモノもあるし何とかなんだろ」


「そうだな、さっさとつぶしてお楽しみだ」


 こちらにも聞こえるような簡単な相談の末、四人は対抗することを選んだ。全員がポケットからナイフを取り出し、人数も1対4。武器と人数が優位であることから、四人の顔にまた不敵な笑みが出来る。それに対して、彼はナイフに怯えるでもなく、また特に何かを使う様子もなく、自然体のまま動こうとしなかった。


 無反応だったことに焦りを感じたのか、四人の一人が「イキってんじゃねぇ!」と、彼にナイフを向けて一気に近づいた。彼が右腕を上げた直後に、男がぶつかった瞬間に体が動いた。


「!!」


 刺されたと思い一瞬声が出てしまったが、何故かナイフを刺した側の男の顔が驚きに変わっている。


「さ、刺さらねぇ!」


 横に一、二歩移動して見ると、彼のスーツの右腕の部分に、男の手が見える。おそらくナイフを刺しているのだと思ったが、ナイフは刺さっていないという。彼の背中ごしだとナイフとスーツがあたっている場所が見えない。そう思っていると、彼は左手を動かして男の腕を掴むと同時に右手を上げ、引き寄せてから軽く拳を握り、(げん)(こつ)の形を作った右手を振り下ろした。


「うぁ…がっ!!」


 彼の拳骨を脳天から受けると、男は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


「…んだよコイツ!」


「二人でやっちまおう」


 残った三人の内二人が同時に、彼の体にナイフを刺した。だがまたも顔を歪めて声をあげるのは、刺しているであろう男達の方だった。


「なんで刺さんねぇんだコイツ…!」


「なんか仕込んでやがうわっ! 何しやがる!」


 彼は二人の頭を鷲掴みにして、お互いの顔を無理やり向かい合わせる。そしてお互いの顔を少し離してから、勢いよくぶつけ合わせた。


「ぐぅっ!!」


「あ…がっ!」


 彼が手を離したからか、二人が膝から崩れ落ちる。彼が来てからほんの一、二分で、もう五人の内四人の男が倒されている。


 強い。素直に頭に出てきた言葉だった。そう思いながら彼の大きな背中を見つめていると、背中の向こう側で何かが動いた。


「…このやろおおおぉぉ!」


 最後の一人が怒鳴りながらナイフを前に出し、彼に向かって走り出した。彼は再び自然体になり男を凝視して、攻撃に備えた。だが男は急に斜め前にステップして、彼から離れ、そのまま向かってくる。


 狙いは私か。ここまで私を追いかけた理由も何もあったものではない。激しい動揺で何をすればいいのかも分からなくなっているようだ。


 走っていた時と違い、すぐに意識を集中出来た。私は『準備』を済ませて右手を自分に向かってくる男に向け、もう一度右手に意識を向けた。


「!!」


 右手に意識を向ける直前、彼がすぐさま横に移動し、その大きな右手で男の胸を押さえ、自分の後ろに行かせることを防いだ。


(間に合わない…! 仕方ないけど…こうするしか!)


 私はほんの少しだけ、右手が向いている先を上にずらした。その直後、私に狙いを定めていた男の頭が一気に後ろに跳ねあがり、そのまま背中を勢いよく地面に叩きつけた。頭も地面にぶつけたかもしれないが、彼にあてないようにするにはこれしかなかった。


 仰向けに倒れた男から彼に視線を移すと、男を押さえていた右手はそのままに、顔と目は静かに私を捉えていた。


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