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異世界に於ける護り屋の表稼業と裏稼業  作者: 塵無
一章 護り屋、異世界へ
5/38

始まりの邂逅 01

一人称視点から三人称視点に切り替える時も記号を着けます。


・三人称→一人称


--------------------

◆◆◆

--------------------


・一人称→三人称


--------------------

◇◇◇

--------------------


話をまたいでも視点が変わらない場合は記号は付けません。


--------------------

◇◇◇

--------------------


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…」


 地理に(うと)い人間だと迷いかねない複雑な路地裏を、女は走り抜けていく。


 ただでさえ建物と人で溢れているS区の(ほこり)混じりの籠った空気が、道が狭く、(ひと)()も差し込んでくる光も少ない路地裏では更に悪い物になっているように感じる。加えてこの路地裏を形成しているビルで経営されている飲食店から定期的に置かれる生ゴミや、そこからその日の食事にありつこうと居座るホームレス等で、時々不快な匂いが鼻に入り込んでくる。


 着ているキャメルカラーの春物のコートに時々ビルの壁やゴミがあたり汚れが付き、嗅ぎなれない刺激臭がしていても、今の女にはそれらを一々気にする余裕など無かった。時折視界の端に妙に早く動く虫の様な物も目にするが、それこそ女からは目にしたくもない物だった。


 時折落ちている空き缶が蹴られて壁に当たった拍子に軽い音を響かせ、また店の従業員が放置していたのか、置かれていたポリバケツにぶつかり中のゴミ袋を露わにさせても、それらに構うことなく走り続けていた。


 走りながら後ろを見ると、五人の男が揃って顔をにやけさせながら走ってきている。その顔と走っている原因は言うまでもなかった。女は再び前を向き、壁に立てかけてある使われていない看板を倒し、簡単な足止めをした。


「あぶねぇっ!」


「ははははっ、必死に逃げるねオネェチャン!」


「さっさとどかすぞ、イッパイ楽しんでやる」


 知らない道を人に追われながら走るという行為は思った以上に体に負担がかかる。息切れの具合から、女がそれを知るのにあまり時間はかからなかった。


 あと少し、もう少しと、自分自身を声に出さず励ましながら、何度目かの分かれ道が見えてきた。どちらに行こうか考えていると、左の道の方から男の声で「さて、そろそろ…」という声が聞こえてきた。


 誰かいる。初めて通る道でありながらも、この路地裏にいる人間がどういう人種かを僅かな時間で知った女は、迷わず右の道を選んだ。


「あっちに行ったぞ!」


「でもよォ、ここまで来たらどっちにしても…」


 下卑た笑いが後ろから聞こえてきたが、それでも構わず走り続けた。


 曲がり角を一つ、二つと曲がり、少しでも追い付かれないようにしていた女の足がゆっくりと止まる。


「あ…」


 女が声を漏らした先には、もう道が無かった。今まで走っていた所よりも広いスペースには出たが、どこにも道に繋がってはいなかった。


「…こっちは…」


 ビルの一辺にドアが一つだけあるのが分かり、女はそのドアに向かった。もしかしたら鍵が開いていて人が出てくるかもしれない。そんなことを考えながらドアノブに手をかけて回そうとするが、ほんの少しだけある()()()の部分だけしか回らず、それ以外はただ音を立てるだけだった。


「鍵はかかってる、か…」


 ドアが開かない時点で、今自分のいる場所が袋小路であることが確定した。


 女が自分の呼吸を整え始めると後ろから足音が聞こえた。まだ息切れが収まらないまま後ろに体を向けると、自分を追っていた男達が全員追い付いていた。男達も歩みを止め、同じように息切れを抑えているが、これから自分達がすることを想像して顔をゆるませている。


「あれぇ? どうしちゃったの? 急にこっち向いてさぁあ?」


「キメちゃった? ねぇ、覚悟キメちゃったの?」


「まぁオレらもこれから()()()()()けどねー、イロイロと…さ!」


 男達は自分の欲望を無駄に大きく言葉にして、盛大に笑い出した。それとは対照的に、息を整えつつある女の目はとても冷めていた。


 ああ、彼らはいつもこうなのだろう。自分の欲求を満たす為だけに、日々をただ消化している。おそらく人のことなど何とも思っていない、自分の都合で人を傷つけても何とも思わない。動物ですら、自分達が生きる為に何かしら目的があるというのに。


 本当…


「……救いようがないわね」


「あ? 今なんつったよ!?」


 思っていたことがつい口に出てしまったのに気付いたのは、男の一人が声を荒げてからだった。いきなり声を荒げられて一瞬驚いたが、女は男達を睨みつけていた。


「オメェ何にらんでんだよ、オイ」


「追いつめられてんのわかってる? オネェチャンわかってんの?」


「テメェ、ナメてんと()ってから()ってやんぞ!」


「まー()るのは決定だけどさ」


 男達の怒声に、女の目が更に冷めていく。自分達は何の遠慮もなく他人を傷付けて(おとし)めていくのに、いざ自分達が少しでも同じことをされると途端に怒りを露わにする。自分はやっても良いけどやられるのは嫌だ。そのあまりにも身勝手な精神を持つ『それ』を、女は人間とは思えなかった。


 醜い。なんて醜いのだろう。もう相手にしていたくない。元々こんな物を相手にする為に来た訳でも無い。


 汚い物を見るような目を男達に向けたまま、女は男達に少しだけ体の左側を向け、右手を見えないように向きをを変えた。右手を少し動かし、着けていたブレスレットが揺れ、小さな赤い宝石をコートの袖口から覗かせる。


 既に整っていた息で深呼吸をし、乱れていた気持ちを落ち着かせる。男達は体の向きを変えた女が怯えていると勘違いしたのか、一歩、また一歩と近いてくる。女にとっては都合が良かった。


 女は逃げていたわけでは無かった。


 当然男達の対処も問題無く出来る。ただ人目のある所では都合が悪かった為に、こうして人が簡単に来ないであろう路地裏の奥まで走り続けていた。もう周りを気にする必要も無い。女は意識を集中し始めた。


 集中してすぐに、ブレスレットの宝石が赤く光り出した。一呼吸すると、手のひらにもその光が表れ始める。あと一呼吸。ほんの数秒で準備が出来る。息を吸い、肺に入った空気を吐き出そうとした時、


「おい」


 ふいに男の声が聞こえてから、少し遅れて女は集中していた意識を男達に向けた。自分達では無いことを示すかのように、男達が揃って周囲を見渡していたからだ。


(彼らじゃない? それなら一体…)


 その答えを図らずも教えるかのように、男達は後ろに顔を向けた。一部の男達はその時いる位置からだと見え辛かったからか、一歩二歩と立ち位置を変えて後ろを見る。


 結果的に男達の間からその後ろ…今来た道が見えるようになった女が目にしたのは、スーツを来た大柄な男だった。


 その場にいた全員の注目を受けている大柄な男…アンドレイは、女に目を合わせて訪ねた。


「俺に依頼するか」

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