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異世界に於ける護り屋の表稼業と裏稼業  作者: 塵無
一章 護り屋、異世界へ
4/38

護り屋・牧島アンドレイ 04

「護り屋・牧島アンドレイ 03」加筆修正からの分割部分です。


話をまたいでいても視点が変わらない場合、記号は付けません。

「そうそう、いい仕事をして頂いたので、報酬とは別に…」


 服装と不釣り合いなアタッシュケースを横にして、留め金を小気味よい音をたてて外すと、ケースを開けて俺の方に向けた。


 路地裏ではあるが、時間によっては所々でビルの間から差し込んでくる日の光が、ちょうどケースの中身に浴びせられる。そのせいか、それ自身もまるで光を放っているような錯覚を覚える。今回コウダがこの場所で売りさばいていた物であり、コウダが命を狙われる原因ともなっている、ほんの僅かに青みがかって見える、透明な小さな袋に入った白い粉末―。


「ボク達が新たに作った商品『幻想の国(ワンダーランド)』、如何ですかぁ?」


 語尾の上げ方を不快に感じ、コウダの顔を見る。口角が上がっているのは当然ながら、サングラスの奥の目も形が歪んでいるのがうっすらと分かった。歪んだ笑顔だと、俺自身は更にこの男に嫌悪感を持った。


「以前伝えたから知っているかと思いますが、これは使いたい人の心境に合わせて『高揚(アップ)』か『抑制(ダウン)』のどちらかに効果が変わる今までにない新しいタイプのドラッグです。つまりその時の気分によってどちらも味わうことが出来る、一粒で二度おいしい、そんな品ですよぉ?」


「どうですぅ? どうですぅ?」とケースをこちらに近づけながら言ってくるコウダに対し、「いらん」と葉巻の煙を吐き出しながら答える。


 ケース内のドラッグが入っていない方には、同じように青味がかった白色の花の絵と、実物らしい花の押し花で出来た(しおり)が入っていた。見た所一回り小さなユリの花にも似ているが、見たことがない花だった。少なくとも俺が知らない花だ。


 俺が栞に目線を向けているのに気付いたらしく、コウダは「あ、こちらですか?」と、簡単に押し花になっている花の説明を始めた。


「こちらは原材料となってる花の『青い雪(ブルー・スノー)』ですねぇ。綺麗でしょう? 本来は白いんですけど、ご覧のとおり光を当てると青っぽくなることからそう呼ばれてます。品がお気に召さないようなので、代わりにこちらをどうぞ。ああ、花の状態でしたら無害ですので、そこは気にしなくていいですよぉ」


 栞をケースから取って差し出してきた。まあドラッグよりはましだろうと思い、特に考えることもなくそのまま栞を受け取る。固めの紙に貼られた押し花の状態でも光を受けて青味がかるのは少し興味深かったのと同時に、こんな小さな花から(たち)の悪いドラッグが出来上がることに複雑な念を抱いた。


「契約は完了だ。俺はもう行く。死にたくなかったらさっさと消えることだ」


 受け取った栞をシガーケースが入っているのとは別の内ポケットに入れて、契約完了を告げた。


「わかりました。急ですが別件で予定もできてしまったので、そろそろ行きますかねぇ。それじゃあありがとうございました。またよろしくお願いしますねぇ」


 この場を離れようとした俺より先に、軽い足取りで歩きだし、路地裏の角を曲がる手前で俺の方を向いて手を振ってからそのまま消えて行った。一瞬消えかかった煙程度の違和感を抱いたが、面倒な人間との関係が切れたことによる解放感が俺の中で上回っていた。


「…面倒くさい奴だ」


 依頼人とはいえ、今回に限らずこうした難ある輩は少なくない。溜息の後に葉巻をもう一度味わい、煙を吐き、先程浸れなかった余韻に浸る。この時間は嫌いではなかったので、今後は妨げられないことを願いながら、火の消えた葉巻をシガーケースにしまった。


「さて、そろそろ…」


 行くとするか、と言おうとした時、少し離れた所から足音が聞こえてきた。


(…女か)


 軽めの足音であることから女だということ、聞こえてくる足音の感覚が短い為走っている、というのが予想出来る。だがここ一帯を走っている時点で、その理由が良くないものだというのが分かる。


「逃げているのか…」


 その仮説を肯定するかのように、軽い足音の後に聞こえてくる、複数の足音。先に聞いたものより少し重く聞こえる。


 どうやら女を襲おうと複数で取り掛かろうとしたが逃げられて追いかけている、女はこの先が袋小路だと分からずに逃げている…そんな所か。逃げている女はこの場所に不慣れらしい。そうでなければこんな所を逃げ道に使うという悪手を選ぶはずが無かった。


 今自分がいる場所から少し戻った所で、二手に分かれる場所がある。表の通りに繋がる道を除けば、確か新しくオープンする飲食店の内装準備をしているビルの所に行きつく筈だ。裏口のドアはあっただろうが、当然そこから出入り出来る訳もない。どちらにせよ結局は行き止まりになる。


 足音からして五人くらいか…まあそれ以上いたとしても問題無い。その場で女がこちらに依頼をしてくれれば、それはそれでこちらの利益になる。極めて軽い打算を頭によぎらせて、俺はもう一つの袋小路へと歩き出した。

「ワンダーランド」の和訳は「不思議の国」ですが、ドラッグでもある為敢えて「幻想の国」としています。

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