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異世界に於ける護り屋の表稼業と裏稼業  作者: 塵無
二章 護り屋、冒険者へ
36/38

護り屋の腕に止まる鷹 02

サブタイトル毎に視点を変えていましたが今回は混同させていました。今後もどうなるか分かりませんが、今の所は極力混同しないようにします。

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◆◆◆

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 王都を離れて、つまりは謁見の間で愚王と、そしてその娘である王女と接触してから二日。こんな短い時間で大口の依頼主の名前を聞くことになるとは思わなかった。


 確かに元の世界でも依頼主と護衛対象が異なる場合、依頼主に定期的に連絡することはよくあった。それも考えると、こちらとの連絡手段を確立させておくのは至極当然だ。


 だがそれでも何故俺達がここに来たのか…いや、()()()()()()()()()()のが分かっていたのか。この世界での連絡手段を知らない俺は当然、今こうしてその連絡手段になるらしい携帯電話と同じ役割を果たすプレート型の水晶…魔信晶を渡されているルイーナとアミルダも連絡はしていないだろう。


「魔信晶を受け取り次第連絡が欲しいとも言われていましたので、すぐにご連絡差し上げた方が良いかと思いますね。僕は隣の部屋に行ってますので、お話が終わりましたら呼んでもらえれば。ああ、あと魔信晶の『認証』も行って欲しいそうです」


 慣れた動きで杖を手に取り立ち上がると、ジーンはまた静かにドアに向かって歩き、それではと言って部屋の外に出て行った。


「…ああ…前に…見たと…思ったら…この加工…なのね…」


 ドアからアミルダに視線を移すと、眼帯を捲り青い目で手に取った魔信晶を見ていた。


「何か分かったの?」


「…さっき…彼が…言っていた…でしょ…認証…する…ようにって…」


 指で摘まむように持つ魔信晶をひらひらと動かす。どうやらそれほど重くもないようだ。


「…これ…認証した…人間しか…使えないよう…加工が…されてる…」


 どうやら携帯電話でいう生体認証にあたる加工が施されているらしい。そういえば、何故ジーンがいた時にはそう言わなかったのだろうか。


「…目…あんまり…見られたくも…知られたくも…ないから…」


 話してもいないのに理由を告げる。前から思っていたが、かなり勘が良い。青い目でないとかけられている魔法や紋様の詳細が見られないそうだ。


 因みにと、王都の冒険者ギルドでエルヴィン達四人を見た時はちょうど俺が壁になって他に見られないような状態だったと続けて言う。四人に関しては「面白かったから特別」らしい。あの四人は結局ロールを変えたのだろうか。


 魔信晶についてもう少し聞いてみると、ジーンが言ってように認識させた同士に限りやり取りが出来るが、それだけでは他の誰でも使えてしまう。それを防ぐ為に本来の持ち主が各魔信晶に認証を行うことで、当人以外の使用はおろか起動も出来ないようにするのだという。


 それも踏まえると、王女は今ここにある三つの魔信晶と王女自身が持っている魔信晶を認識させた状態でこちらに送り、あとは俺達がそれぞれ認証を行えば良い、ということだ。


「それで、起動させるには具体的にどうすればいい」


 テーブルに置かれている残り二枚の内一枚の魔信晶を手に取る。認証させる以前にまずは起動が出来なければどうしようもない。


 表も裏も特に何か刻まれている様子は無く、水色がかったプレート型の水晶だった。持ってみると確かに軽い。手触りも良く薄い水晶は、ポケットに入れられる位の大きさになっている。


「魔力を流せば良いんだけど…貴方の場合はそれ以前の所からよね」


 魔法だ魔力だというのとは無縁で生きてきた。それも当たり前だ。


「…まず…魔力が…自分にも…ある物って…考えて…」


 ルイーナがどうやって教えようかと思っている所に予想外な所からレクチャーが始まる。ルイーナもそうだが、俺も少し意外な顔でアミルダを見た。


「…空気みたいに…魔力も…漂っているの…私達でも…目をこらして…やっと…見える位の…魔力が…空気中に…。呼吸…している…時に…空気と…一緒に…それを…吸って…自分の…魔力に…変えていくの…」


 酸素と同じかと思ったが、今の発言からすると空気と呼吸の概念はあっても「酸素」という概念は無いようだ。そこは単純に科学の進歩の違いか。科学的な知識に聡いフォーリナーはまだこの世界には来ていないようだ。


 取り敢えず、息を吸う時に酸素と一緒に魔力というものが入っていくイメージをする。


「その…魔力が…今度は…血のように…体に…流れて…自分に…混ざっていく…。…流れて…巡って…廻って…自分の…魔力に…なっていく…」


 例えを聞くと更に酸素に近しい物に思えてくる。呼吸として取り入れた酸素と魔力が肺へ行き、そこから心臓、全員へと流れる。そこでアミルダの声が止まったので見てみると、少し細めた右目でこちらを見ていた。


 暫くはそのままイメージしろということだろう。俺は黙って魔信晶を見たまま、魔力が流れるイメージを続ける。視界の端で、小さくアミルダが頷くのが見える。


 30秒位経ってからだろうか、再びアミルダが口を開いた。


「…いい感じ…少しずつ…魔力が…体に…馴染んでく…」


 右目でも魔力の流れが見えるアミルダが言うように、僅かながらに体を何かが覆うような感覚がする。イメージするかしないかでここまで違うのか。


「それで…手に流れている…魔力を…魔信晶にも…流すように…イメージする…」


 指の先から魔信晶に血液が巡るように、体を覆う感覚が魔信晶も覆うように、魔力が流れるイメージをする。


 暫くすると、魔信晶の中央が数秒だけ青く光った。もしかしてこれが起動の合図かと思いアミルダを見る。


「…よく…できました…」


 そう言って微笑むと、自分も持っている魔信晶を光らせる。


「…その…感覚…忘れない…ように…ね…?」


「…ああ」


 この感覚が、魔力を持った状態とでも言えばいいのか。今一つまだ掴み切れないが、それも慣れだろう。同時に、話し方から予想出来ないアミルダの説明の上手さも予想外だった。例えが良かったのか、俺もイメージがしやすかった。


「それじゃあ、早速クラリス様に連絡するわね」


 遅れて魔信晶を光らせたルイーナが王女へ連絡する準備をした。自分が教えることが出来なかったからか、その声に僅かながら不満だという思いを纏わせる。


「……認証するにはどうしたらいいのか教えてくれ」


 起動をさせた所で使い方が分からなかったのでルイーナの方を向いて聞いてみると、その表情が僅かに変わる。


「簡単よ。今と同じように魔信晶に魔力を流すのよ。その時に「認証する」と思えば、魔信晶もそれに反応するわ」


 言われるままに同じことをやってみる。まだ慣れが必要だったせいか時間は二人よりかかったが、暫くすると上手くいったようで、魔信晶が短い間隔で数回点滅する。これが認証の合図で、もう俺以外には使えないという。本来は魔信晶を手にした時点で認証を行うことが多い。


「連絡の仕方はまた後で教えるから、先に連絡させて。品質が高いから、多分映像も映せる筈よ」


 持っていた魔信晶を再びトレイの上に置き、そこに手をかざした。動きからして魔力を送っているようだ。途中で後ろに来て欲しいと言われたので、二人の間にあたる部分に移動する。電話のように手に持って耳に当てる訳ではなさそうだ。


 十秒程経った頃、魔信晶が光った直後に天井に向けて放射状に魔信晶と同じ水色の光を発したと思うと、放射状の光の中にディスプレイのような長方形の画面が映し出された。映像は少しノイズがかかっているように見えるが、形も色もはっきりと分かる。


 中央には、青みがかった銀髪を後頭部に二つのシニヨンでまとめ、頭の左側で分けた前髪を胸の辺りまで垂らした女が映っていた。顔はまだ年若く幼さが残るが、少しだけ(みどり)を混ぜたような薄い青い色をした大きな目と(はく)()のような肌をした表情は、既に大人に引けを取らない慈しみと気高さを感じさせる。


 着ている白いドレスはシンプルではあるが、よく見れば所々に複雑な刺繍が施され、決して目立たず、控えめでありながら高い技術を用いられているのが分かる。


 後ろには模様がついた壁に白い天井が映っており、少ないながらもセンス良く置かれている調度品が部屋の主の気品を感じさせる。


 謁見の間ではろくに顔も見なかったが、改めてその姿を見る。成程、容姿もそうだが、俺が思った通りの聡明さを十分に感じる。


「遅くなってすみません。こちらに戻ろうと思っていた所に急な用が入ってしまって…。入れ違いにならずに良かったです」


 鈴を転がすような、とはこのことだろう。透き通るような声が頭と耳に心地よく響く。少女特有とも言える高めと甘さも含んだ声だった。


「いえ、こちらこそお時間を取らせてしまい申し訳ございません。こちらを受け取ってすぐに連絡をするようにと言伝を預かりました為、急ぎご連絡させて頂きました」


 いつの間にか立ち上がっているルイーナが畏まった態度で返す。アミルダも立ち上がって頭を下げている。


 ありがとうとルイーナに告げると、ディスプレイの向こうにある青い目が俺を見据える。一度姿を見ているからか、俺を見ても柔和な表情が変わる様子は無い。


「…直接お話させて頂くのは初めてですね。クライムハイン王国王女、クラリス・クライムハインと申します」


 そう言ってゆっくりと頭を下げて一礼する。それを見て後頭部を見せる二人の体が少し動く。同時に何処かで木の床に固い物が当たるような音が聞こえる。


 やはり国を統べる者の娘が一個人に頭を下げるのは滅多に無いようだ。本当にあの愚王の娘だろうか。そう疑わずにはいられない程整った礼をする。


「……牧島アンドレイだ。すまんが、このままで良いか」


 名乗った後に、短い言葉で話し方や立ち方をいつも通りのままでも良いかを聞くと、ディスプレイ越しの王女と、目の前にいる二人がこちらを向き何事かといった顔をする。


 生憎こちらは満足に敬語など使えない。以前はともかく、ここ数年は敬語にどうこう文句を言われるような仕事をしてこなかったし、そんな人間とも会うことは滅多に無かった。


 それでも極々稀に、敬意を払うべき相手と会うことがある。そうした相手に必ず聞くことがこれだった。言葉や態度でまともな敬い方など出来ない、下手に取り繕うとしても簡単にぼろが出る。


 それならばいつも通りでいるのが良いだろうと、詫びの意味も含めこの質問をしている。


 少しの間の後、王女が微笑む。


「やはり、思った通りの方でしたね。誰に対しても等しく己を貫きながら、人を敬うことを知っている方。私の方こそ、そのままでいて下さるようお願いいたします」


 俺の知らない所で結構な評価をされているようだ。何を基準としているかは知らないが、少なくとも俺を外見で判断していないというのは分かった。


 試すつもりでは無かったが短く言った言葉に隠れていた意味を、王女は見事に汲み取った。思った以上に優れている鷹に、理解している者でないと意味合いが分かりかねる「そのまま」で短く礼を言う。


「クラリス様。お伺いしたいのですが、何故私達の場所がお分かりになったのでしょうか?」


 話の区切りでルイーナが俺も気になっている質問をする。白磁に一つ、陰りが見えた。


「ええ…そのことにも関係しているのですが、実はアンドレイ様に急ぎお伝えすべきことが出来ました為、こうして魔信晶をお送りさせて頂きました」


 言っていることから俺に大いに関係するというのは分かったが、ルイーナの質問の答えとしては的から外れているように思える。場所が分かったことと俺に対しての話がどう関係あるのか…。


「…『見た』の…ですか…?」


 いつも通りの口調でいつもと違う言葉遣いでアミルダが聞いた。王女がアミルダの方に顔を向けて「はい」と頷く。銀色の髪が絹のようにゆらりと揺れた。


 見た。見た、か…。この場合に於いて「何を」見たか。


 俺と離れている状態で王女が俺に関しての何かを見られるものがあるとすれば、あの愚王が俺に対して息巻いていることが思い浮かぶ。


 だが、それでは俺達がクルトナにいることが分かった理由と結びつけられる内容か怪しい。それにこの王女であれば、あの愚王を言いくるめることなど容易いだろう。


 アミルダの言い回しからしても、何か特別な感のあるようにも思える。愚王が関係しているとは尚更思えなかった。


 ディスプレイから目線を外し、魔信晶を見る。プレート型自体が薄く光りながら、同じく光の噴水をあげている。


 それを見て、発想が少し変わった。


 この場合に於いては「何を」見たかというより、「何で」見たか。この世界ならではの方法として真っ先に思い付いた単語を出す。


「…アビリティか」


 また三人が少し驚いた顔を見せ、王女がまた笑みを浮かべる。どうやら合っていたらしい。


 答え合わせと王女が口を開きかけた所で、俺は手で待ったをかける。


 王女が急に言葉を止められてビクリと体を動かし、二人もこちらを向いて「どうしたの?」と聞いてくる。


「そこから先は、他に聞かれても問題無いのか」


「? 他の方に、ですか?」


 顎に小さな手をあてて首を傾げる王女は、歳相応の少女らしさを感じさせる。アビリティの話は極力他者に聞かれない方が良いとのリンダの言葉を思い出し、それを伝えた。


 俺の懸念に対し、また王女が小さな笑顔で返してくる。


「ええ。私がこれからお伝えするアビリティに関しては既にご存知の方もおられますし、お恥ずかしい話なのですが、私自身が任意で扱える物ではありませんので、知られても問題ございません」


 自分の意思で使えないアビリティというのが少し気になったが、一先ず置いて質問を続ける。


「……ギルドマスターでもか」


 そう言いながら少しだけドアに顔を向ける。俺に釣られるようにドアを見たルイーナとアミルダも、こちらの言いたいことが分かったようだ。察しの良い王女も当然気付いたようで、一瞬だけ小さな口の端がきゅっと吊り上がる。


「…ああ、そういうことでしたか。そうですね、一度お会いしただけですが、クルトナのギルドマスター…確か、ジーン様でしたね。あの方であればもしかしたら協力して頂けるかもしれません」


 ギルドマスターといえど一人の国民でもあるジーンに対しても敬称を着けて呼ぶ。どうやら親しい者か否かで分けているらしい。


「…だそうだ」


 再びドアに顔を向けてから言葉を振ると、魔法の言葉を言われたドアがゆっくりと開いていく。一足先に部屋の外を見せる隙間からは、ほんの少し前まで目の前の椅子にかかっていた杖が覗く。


「……アハハ…バレてましたか…」


 先程までと同じような腰の低さで、バツの悪そうな顔をしたジーンが頭を掻いていた。やはり思った通り、見た目では判断出来ないタイプの人間だった。


「ギルドマスター、ご説明して頂けますでしょうか」


 少し張り詰めた声でルイーナが問い詰める。ジーンは特に表情を変化させることなく、理由を口にする。


「…いやぁ、申し訳ないとは思いましたが…王女様からこの町へ急ぎで魔信晶が転送されたとあって、こっちも実は内心かなり動揺してまして…」


 時折口をヘの字にして床に目を配りながら、少し困った様子を見せる。


「町に関わることであればお伺いした方が良いかもと思ったんですが…もし違っていたら僕が入ったらまずいですし…それでどうしたらいいかなぁと、ここで迷ってる所に…」


「そこに彼が気付いた、と…?」


「ハイ…すみません…」


 顔には笑顔が浮かんでいるが、申し訳なさそうに眉根が寄っている。


 やはり簡単には顔に出さないか…演技が上手い。


 恐らく王女と連絡が取れた初めの段階で既にドアの向こう側にいたのだろう。木の板に何かが当たるような音も、おそらくあの義足だ。杖の先端には滑り止めも兼ねて樹脂のようなものが付いているので、固い物同士が当たるような音はしない。


 何故そんなことをしたのか…。既に検討はついていたが、今わざわざそれを言う必要は無い。お互いの為に先に話を進めた方が良さそうだ。


「尚更聞いてもらうしかなくなったようだが…どうする」


 再びディスプレイに顔を向けて、聞くまでもないだろうが王女に問いかける。


「そうですね。ジーン様。いらぬご心配をおかけしてしまいました。お許し下さい」


 柔らかな言葉での謝罪に、ジーンが「いえいえ、とんでもありません」と返す。


「ですが…仮にもこの国の王女でもある私と、臣でもある二人、そしてフォーリナーのアンドレイ様とのお話を盗み聞くというのは、決して見過ごせるような軽い物ではありませんよ?」


 トーンを変えることなくジーンに少しだけ詰める王女に、ジーンの表情が少しだけ締まる。


「その罰…という程でもありませんが、有事の際には、私とそちらの三人に協力して頂くということで、盗み聞きとこの後もこちらに同席することを許そうと思うのですが、如何でしょうか」


「は、ハイ。僕…いや、私で良ければ、幾らでも協力させて頂きたいと思います。寛大な処置、ありがとうございます」


 どうぞこちらへと王女が促し、ドアを閉めてジーンが近づいてくる。ルイーナが椅子から立ち座らせようとしたが、ジーンは大丈夫ですと気遣いに礼を言う。


 俺が一歩部屋の奥へ行き、俺がいた場所にジーンを立たせる。そこで俺は、二人に聞こえないような声でジーンに呟く。


「…上手いな」


 それを聞いたジーンがこちらを向くと、また悲しさを含めた笑顔を見せて、「面目ないです…」と答える。やはり予想通りだったようだ。様子からして、俺と同じ()()()()()()答えているだろう。


「それで…アビリティだったか」


 大分横道に逸れてしまった話を戻そうと、王女に聞く。王女も「そうでしたね」と続ける。


「私のアビリティの一つ、【先を歩む(ドリーミング・)眠り姫(ビューティー)】は、私か私に関係する方の近い未来を夢として見る物です。夢なので自分の任意では見られませんが、普通の夢との違いは感覚で分かります。今まで見た限りですが、このアビリティで見た夢はどのように行動しても必ず現実になりました」


 元の世界で言う予知夢になるが、アビリティがどれ程のものかは既に身を持ってしっている。必ず起きるという言葉も嘘では無いだろう。


「そこで見た中に、皆さんがそちらのクルトナの町に入るのが見られましたので、急ぎ冒険者ギルドに向かい、そちらの魔信晶を送らせて頂きました」


 対応してくれたジーンに対して礼を言い、ジーンも「恐縮です」と再度頭を掻く。ジーンに対して微笑んだ後、王女が真顔になって俺を見る。


「それと…急ぎお伝えしたいこと…ですね。結論から申し上げますと、昨夜の夢でアンドレイ様がどなたかと戦う姿が見えました」


 誰かと戦うか…今後人と戦うことも十分考えられる。わざわざそれを言う為に魔信晶を送った訳でもないだろう。


「その方はアンドレイ様の服や体に傷を負わせる程でしたが…その…おそらくですが、フォーリナーかと思われます。それも、アンドレイ様に少し近いお召し物を着ておられました」


 王女の一言に思わず片眉が上がる。おそらく俺に伝える一番の理由がこれになるようだ。


 俺の服に近い服ということは、同じ世界から来た人間であるということになる。


 それに俺に傷を負わせるか…。謁見の間で兵士達の槍を受けたのを見ていた王女がその上でわざわざ連絡してくるということは、少なくともそれ以上のダメージを俺に負わせる奴が来たということになる。そんなことが出来る人間は間違いなく日の光が差す表の世界とは縁遠い奴だ。


 裏の世界にいる奴でも似たような恰好をしているのは何人もいる。獲物は何を使っているかも気になったので、王女に聞いてみる。


「……具体的な姿と武器は分かるか」


「確か…前が開かない布か綿で出来ているような……あ、『Tシャツ』というやつです。以前お伺いした呉服店で見たことがあります。白のTシャツに、明るい灰色の…確か『コート』という物ですね。薄い灰色のコートに、あとは…えっと…『ジーンズ』…でしたか。少し膝の部分が白くなっている青のジーンズを履いておられました」


 過去にフォーリナーから買い取った呉服店が見様見真似で造った物を見たことがあるらしい。思い出そうとしている中に所々少女らしさを垣間見せる。


 今ルイーナはS区で会った時に着ていた服でも無く、謁見の間で見たローブ姿でも無い、動きやすい冒険者に近しい格好をしている。それはアミルダも同様だった。


 国王に近い人間や貴族が俺達の服について多少なりとも知識があることを忘れていた。たった二日ではあるが、それぞれの服の名前が懐かしく思える。


 今の時点で殆ど誰なのかが検討がついてしまったが、まだ黙って話を聞く。


「靴は明るい茶色の革で出来た靴で…。顔には黒い眼鏡をして、中分けにされた黒い髪をしていました。武器は…刃が片方にだけ付いていて、少しだけ反っているような変わった剣を持っていました」


「…あいつか…」


 最後まで聞いたが、思った通りだった。あいつだ。何の因果か、あの男がこの世界にまで来ていた。


「……ご存知の方なのですね…」


「ああ…同業者だ」


 同じ裏の世界にいる男で、『護り屋』をしている俺とは真逆の『始末屋』をしている男だった。過去に一度か二度、依頼でかち合ったことがある。その時は味方…というより同じ雇い主だったので戦ったことは無い。だが見た限りでは、中々な強さを持っていた。


「申し訳ありません。【先を歩む眠り姫】で見た夢はどういった行動をしても必ず現実となってしまいます。ですので、アンドレイ様がその方と戦うのは間違いありません」


 顔を少しだけ下に傾けて目を伏せるが、王女のせいでは無い。謝る必要は無いのだが、それを言っても自分を責めそうだと、敢えてそのことには触れない。


「だが戦っているのが見えただけなんだろう?」


「…はい」


「ならそれで良い」


「それで良いって…。強いんでしょう? その人は」


 俺の答えに納得が行かなかったのか、ルイーナがこちらを向いて話に入ってくる。


「多少()()はあるが、強いな」


「なら…」


「必ず現実になるんだろう? どうしろというんだ」


 それは…とルイーナが口ごもる。


 一本だけ残っている新品の葉巻を取り出す。まだ全く手を付けていなかったので、同じくポケットからシガーカッターを取り出し、端を切る。


「俺とあいつが戦うことになるということは、おそらく何かしら依頼を受けて敵対する立場になったということだ」


 吸い始めた頃は上手く切ることに集中して会話など出来たものでは無かったが、今では話しながら葉巻を切れるようになった。シガーカッターをしまい、同時にシガーマッチを取り出す。


「あいつは標的を殺す。俺は依頼人を護る。それだけだ」


 シガーマッチに火を点け、葉巻をふかす。とうとうマッチを振っても音を立てなくなった。ここを出たらトーマスから葉巻とマッチを買わなければならない。


「…貴方達は、そういう考え方なのね」


「裏に住む奴は大抵そうだ。それで今まで生きてきた」


「私には理解出来ないわ…」


「理解しない方がいい」


 煙を口で転がして、左手に葉巻を持つ。呟くように言った言葉が、煙に混ざり漏れていく。


「……俺達の世界を知るには、アンタはまだ綺麗過ぎる」


 その言葉を聞くと、ルイーナはフイと正面を向く。話は終わったらしい。


「ただ…」


 話の続きを王女に向ける。視界の端でジーンがこちらを見ている気がしたが、構わず話を続ける。


「アンタから依頼を受けている以上、俺も死ぬつもりは無い」


 そう言ってから葉巻を再び咥える。こちらが話すことが大体済んだのを察して、王女は一拍おいて微笑んだ。


「……はい。宜しくお願いいたしますね。アンドレイ様」


 まだ不安は残っているだろうが、今言えるのはこれ位しかない。無駄に期待をさせるつもりも無い。死ぬときは死ぬ。だが望んで死ぬつもりも無い。


 何より、『あいつ』に申し訳が立たないしな。


「……所でこいつなんだが…」


 取り敢えずポケットに入れておいた魔信晶を取り出して王女に見せる。


「他から連絡が来た時はどうなるんだ?」


 唐突に話の変わる質問に一瞬戸惑った様子の王女だったが、すぐに立ち直り答える。


「ええと、はい。もし連絡が来た場合は、魔信晶が点灯し続け、本人に魔力による干渉が行われます。つまり魔力を通して、連絡が来たことを伝えてくれます」


「…【ディメンションボックス】に入れてある場合はどうなる?」


「【ディメンションボックス】…ですか……」


 入れた物の時を止めて収納出来る空間魔法の名前を出すと、王女の表情が一瞬強張った。どうやらこちらの意図を察したらしい。今に於いては、その聡さが仇になったか。


「そちらに入れている場合は、魔信晶の時間経過も無い状態となりますので、光も無く、当然魔力による本人への干渉も発生しません。発信した側にも、繋がらないことが分かります」


「そうか……」


 俺の聞きたかったことをちょうど良く教えてくれた。理解しているなら話は早い。また葉巻を咥え、口の中で煙を弄ぶ。


「あとは何の話があるんだ」


「え?」


「…今の…ことじゃ…無いの…?」


 状況が今一つ読み込めない二人が俺の方を向いたが、構わず王女に聞く。


「まだあるんだろう。急いで話すことが」


 まだこちらをチラチラと見ていたジーンを含めて三人がディスプレイを向く。俺の質問の答えを表すように、王女の顔に再び暗い影が落ちる。


「……はい。実は…アンドレイ様達がここを出られてから間もなく、ファルテノン商業国から、書簡が届きました…」


 宮廷魔導士に緊張が走ったのを感じた。




 葉巻を吸っていて良かった。まだ話は続きそうだ。

「緑」と近いですが異なる色を表す為、敢えて「翠」としました。色については調べて比べてみて下さい。

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