護り屋の腕に止まる鷹 01
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襲撃から一夜明け、グレイハウンドによって体に多くの牙を衝きたてられ傷を負っていたアンドレイだったが、今では怪我をしていたことを示している血がワイシャツを染め、スーツの所々には穴が開いているだけとなっていた。
サムが「断られていましたが自分の役目ですので」と回復魔法を使用し、夜が明ける前には傷は塞がっていた。
月を見て大きな溜息を吐いていた昨日の夜とは打って変わって、アンドレイは周囲を警戒しつつ新しい葉巻を味わっていた。ただその葉巻は元々持っていたもう一本ではなく、昨夜新たに手に入れた物だった。
話は昨日の夜に遡る。
グレイハウンドを倒した後に商人のトーマスと話の途中だったことを思い出し、まだ眠気とは程遠い顔をしているトーマスに話しかけた。
トーマスが「そうでした!」と言って荷車から取り出したのが、まさに葉巻だったのである。地元の村で作って売りだそうとしていたのがその葉巻だった。
過去にトーマスの祖父が仲間と共にクライムハイン王国の王都に訪れた際、嗅いだことの無い香りを辿った先に、葉巻を吸っていたフォーリナーがいたという。
黒の色眼鏡に皿の着いた大きな筒を持つ、何処かで聞き覚えのある特徴をしたフォーリナーがトーマスの祖父達に気付き、最初は敵意を向けていたが、葉巻に興味のあることを示すと異世界で葉巻に惹かれる人間に初めて会ったのか、そのフォーリナーは気前よく葉巻を一本与え、葉巻を吸うまでの手順や火を点ける注意点まで事細かに教えてくれた。
フォーリナーが去った後、味わい深い葉巻の魔力に惹きつけられた彼らは人目の付かない所に移動し、葉巻がどのようになっているのか、五感全てを使って調べた。
葉巻が文字通り葉を巻いて作られている物だと分かり、大きさや形の似た葉を村の近くで見た記憶があると急いで村に戻り、葉を確認した。朧気の記憶だった物が確かな形を持って目の前に表れたことに彼らは歓喜した。
自分達もこの素晴らしい香りがする物を作りたい。そして何も特徴の無かった村に名産品を作りたいという思いから、手探りでの葉巻作りが始まったという。
志半ばで世を去った祖父の遺志を継ぎ、子でもあるトーマスの父親が同じく親の遺志を継いだ仲間達と共に長年の試行錯誤を行い、漸く葉巻を作り上げた。村の男達全員で葉巻を味わい、涙ながらに祖父達の墓に報告したそうだ。
フォーリナーが好んで吸っていた品であるから貴族達にも絶対に売れると、期待と希望を込めた葉巻をトーマスが売ることになった。トーマスの村に定期的に来ていた行商人に頼んで町や村に途中まで付き添わせてもらい、その後ケリー達と出会ったとのことだった。
試しにと渡された試供品の一本をアンドレイが吸ってみると、自分が持ってきていた葉巻よりも若干太く、まろやかで軽い味わいと香りがした。葉巻を始める人間にはちょうど良いタイプだ。
葉巻の味を決めるフィラーも一枚の葉を巻き上げたロングフィラーで作られ、フィラーを固定し、味わいにも関わるバインダーも上手く調節され、外見と価値を決める外側に巻かれるラッパーも綺麗に巻かれ見栄えも悪くない。吸い口側に付けられるラベルは白く細いものだったが、辺境の村でラベルの印刷など出来る筈も無く、仕方の無いことだった。
たった一本の葉巻からここまで作り上げたのかと感心すると同時に、葉巻に自分と同じ位拘りを持っていた当時のフォーリナーに心の中で礼を言った。
しかし今まで立ち寄った店では、今まで見たことも無い品を卸すのには抵抗があるようで未だに売れないのだという。葉巻を吸っていたのは当時のフォーリナー位であり、それもこの世界では大分前のことである。葉巻の存在を知っている人間も既にこの世を去っているだろう。
今までの旅費やケリー達に払う報酬も村人全員からかき集めた金で賄っているが、葉巻が売れないことにはまともに村に買えることも出来ないと、次第に涙目になりながらトーマスは話していた。
荷車には葉巻が20本で小さな木箱に一まとめに。その箱が3×5の15箱を一段として三段積まれ、小さな木箱が45個、大きな箱に入っている。
その大きな箱が二つ。計90箱、1800本もの葉巻が積まれている計算になる。
ご丁寧に専用のシガーマッチやシガーカッターもその横にまとめて別の木箱に入れられていた。葉巻に使うカッターの種類と火を点ける方法まで自分と同じだったことが分かり、当時のフォーリナーが今目の前にいたら間違い無く葉巻の話で盛り上がっていただろう。マフィアと護り屋で裏の世界の人間同士、ウマが合うかもしれなかった。
アンドレイは涙目のトーマスに対し、「俺の買う分を残しておいてくれ」と一言だけ告げ、消えかけている火の近くに座り薪をくべた。まだ幼さを残す少年の泣き顔が笑顔に変わったのは言うまでも無い。
それから新たな魔物が来ることも無く夜を明かし、日の出と共に再び歩みを進めていた。
アレックスが葉巻を吸うアンドレイを見て「美味いんですか? ソレ」と聞き、今吸っていた葉巻をそのまま渡して試しに吸わせてみた。
「煙を肺に入れ「ヴェッヘッ! ッホッ! ゴホ! ゲッホォア!」」
煙を肺に入れないようにとアンドレイが言い切るより先に、猛烈にむせながら涙を流すアレックスを見てケリーが大笑いしていた。涙目でケリーを睨むアレックスだが、不意に三叉槍を落としてしまい締まりの悪い顔になり、ケリーの笑い声が更に大きくなった。
吸い方を確認したサムも試すと、「ほう…」とまんざらでもない反応を示した。
「時間が過ぎることを楽しめる品というのは初めてですな」
「そんなに良いのかい? じゃあアタシも…」
名残惜しそうな顔をしたサムから葉巻を取って同じように吸う。
「ウン、ちょっとばかり口がチリつく感じがするけど、悪くないね。確かに貴族サマ向けな品だ」
煙を舌で転がすケリーに、まだむせているアレックスが怪訝な顔をした。
「ゲホッ、エホッ…ケリー吸えんのか…オレには無理だわ…もう無理、吸いたくない」
「アンドレイさんの話を聞かないからだよ、バカ」
反論を自らの咳で止められたアレックスをニヤニヤと笑うケリー。
昨夜のグレイハウンドの襲撃からアンドレイを名前で呼ぶようになっていた。信用するまではある程度の壁を作ったままだが、信用すると距離を詰めるタイプらしい。
「はい、返すよ」
「…いや、気に入ったのならそのままやる」
「そうかい? じゃあもらっとくよ。アリガト、アンドレイさん」
ケリーから差し出された葉巻を見て間を空けてからの反応だったが、ケリーはやったねと小さく笑う。
「…アンドレイさん。もしかしてケリーと間接キスになるから遠慮したんじゃないですか?」
復活したアレックスが二人のやり取りを見て茶々を入れる。
「えーそうなのかい? 見た目の割にそういうトコ気にするんだねぇ。可愛いじゃない」
釣られて盛り上がるケリー。
「こら二人共、アンドレイ殿を困らせてはいかん。厚意は素直に受け取るものだ。それに年上の者には敬意を払えと何度も言っているだろうに…」
申し訳ないと二人の代わりに謝罪するサムに対し、ああと返す。
アレックスの言っていたことはあながち間違いでは無かった。ケリーと間接的にとはいえ唇を合わせることに抵抗があったのは確かだが、ただその理由は彼らが予想している物とは大きくかけ離れている。
それを言う必要も無いと、アンドレイは溜息混じりに話を切り替える。
「…そういえばこの世界の成人は何歳からになるんだ」
年上の単語が出たことで年齢がふと気になったアンドレイは、何となく質問する。
「この世界では成人は16からとなってますな。ケリーは18、アレックスは21になります」
「僕は最近16になりました。最近成人になったのは僕だけなので、今回葉巻を売るのも僕が行くことになって」
この世界の基準とはいえ全員成人にはなっているらしい。サムは言うまでもないだろう。16歳で成人とは早い印象を受けたが、日本でも明治時代の中頃まで15歳で成人となっていたことを考えれば、それと似たようなものかとアンドレイは思い直す。
トーマスの話からすると、葉巻が成人を過ぎてから嗜む物だと分かっているようだった。トーマスの祖父に教えたフォーリナーはそこまで気を回せていたらしい。
「アンドレイさんは?」
「32だ」
アンドレイの年齢を聞いた四人からは外見に見合ったというか、相応の年齢に感じたらしく納得の言葉が返る。
「アンドレイさんのいた世界では成人は何歳からなんだい?」
すっかり葉巻が気に入ったケリーが頻繁に葉巻を吸っては煙を吐くを繰り返しながら聞いてきた。ケリーには後で葉巻の楽しみ方を改めて教えよう。
「以前は15歳だったが、今では20歳からだな」
「20歳ですか? 随分と遅いのですな」
「まあアレックスみたいに21になっても情けない奴もいるしね」
歯を見せて笑うケリーをアレックスが睨んで文句を言ったが、葉巻を近づけると大人しくなった。
「俺の世界でも似たようなものだ。40、50を過ぎても子供と変わらない人間も多い。アドルフと同じだ」
突然出て来た国王の名前に三人は驚いたが、確かにと納得のいった顔をする。
「…言われてみりゃその通りですけど、いいんですか? ルイーナ様達もいるのにそんなこと言って」
「ああ、大丈夫ですよ。こちらも色々とありましたので…」
「…殺されかけたものね…陛下に…」
「なっ!」
アミルダがさらりと言った一言に三人は一瞬固まる。当然といえば当然かもしれない。
「何と物騒な……まあ、あの国王陛下なら国臣を殺めてもおかしくないかもしれませんな」
「だからアンドレイさんと一緒にいるんですねー…。立ち入ったらヤバそうだから聞かないでおきますね」
「それがいい。それよりも無事にコイツらをクルトナまで運ぶことの方が大事さ」
ケリーがトーマスの肩を叩く。
「はい、皆さんよろしくお願いしますね」
残り少ない道のりで皆多少気が緩んでいるのは感じられたが、それでも周囲への警戒は怠らず、順調に進んでいった。
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日が傾き辺りを赤に染め、西の空の端が暗い青色へと変わり始めた頃、アンドレイ達は目的地だったクルトナの町に着いた。既にエネル領ではあるが、領地を移動したからと言って何かしらの税が発生することは無く、町に入る時の通行料が発生する位だ。
だが各ギルドに登録しているのであれば、認証票を見せれば通行料が免除となるので、当然ながら商人ギルドにも登録していないトーマスだけ通行料が発生する。
王都と比べれば規模は小さいものの、人通りも多く町の大きさに見合った賑やかさを見せる。特に夕方以降の今はクエストを終えた冒険者が戻ってくる時間でもあり、余計に人が多く感じられる。
クルトナの冒険者ギルドは木で骨組みが造られ、外壁の下半分は石壁、上半分は土壁で造られた建物となっており、出入口には冒険者ギルドを示す十種の珠の看板がある。屋根の高さから一階建てと分かるが、その分奥行きがある。王都の冒険者ギルドの二階にあたる部分が一階に丸々移動しているのだろう。
両隣には鑑定者用の建物と解体所らしき建物が並び建っている。全ての建物が王都のそれより小さかったが、街の大きさを考えればそれも頷ける。
相変わらずアンドレイを見る兵士や町民は驚きの顔を見せ、ルイーナとアミルダを見て更に驚き頭を下げる。三人とも流石に慣れてきてしまい、もう何も言わなかった。
今回のクエストのように受注した場所と報告を行う場所が異なる場合は、冒険者ギルド側からクエストの発注者、つまり今回で言えばトーマスに対し、クエストを受注した冒険者によって護衛が行われたことを示す証明書が渡される。移動した先の冒険者ギルドの受付でその証明書に署名をし、発注者本人が冒険者同伴の下提出を行うことで初めて依頼の達成と見なされる。
同伴する冒険者は全員で無くても問題無い。トーマスとケリーは冒険者ギルドに、アンドレイ達五人は荷物を見ていようと思ったが、アレックスがそうだ、と何かを思い出す。
「バッデムさんとドールゲンさん連れて来た方がいいか。ああでもどこにいるのか分からないしな…」
「ドワーフがこの時間でいる所と言えば酒場しかなかろう。儂が連れてくるから、皆ここで待っていてもらいたい。アレックス、すまんがケリー達にバッデム達を迎えに行くと伝えてきてくれんか」
まあ迎えに行くというほどでも無いが、とサムは冒険者ギルドの向かいの建物を見る。
冒険者ギルドの向かいには木造で建てられている酒場があった。ウエスタンドアの向こう側から溢れる光と声が、これから盛り上がっていくであろうことを伝えてくる。入口の上の屋根にはこの世界でのビールにあたるエールという飲み物がジョッキに注がれた絵の看板がかけられているが、絵だけではビールと変わりない。
「それだったらケリー達が戻ってきたら揃って酒場に行った方がいいんじゃないか? 呑み始めたドワーフが酒場を立つとは思えないし」
言われてみればとサムが髭を擦る。ドワーフは酒好きな上に酒豪だというのは有名な話らしい。
では待っていようかと誰かが言うより先に、冒険者ギルドからケリーが出て来た。
「アンドレイさん、ルイーナ様、アミルダ様。悪いんだけどちょっときてもらえ…頂けませんか?」
ルイーナ達も呼んでいる為急いで丁寧な言葉遣いに直す様子に、ルイーナもアミルダも小さく笑う。
「何があった」
「どうやらアンドレイさん達がアタシ達のクエストを一緒に受けたことが伝わってるみたいで…ギルドマスターが会いたいって言ってるんだよ」
いつの間にか伝わっていたのか、おそらく王都の冒険者ギルドからクルトナの冒険者ギルドに連絡が来ていたのだろう。どんな理由かは分からなかったが、アンドレイは王都の副ギルドマスターの対応を思い出す。
「用があるのは俺では無いだろうな」
「…多分ね」
「…まあ…行かないと…分からないわ…」
ケリーに連れられるように、三人は渋々と冒険者ギルドの中へ入っていった。
また予想した通り、中にいた冒険者達の会話は止まり、視線はアンドレイ達に向けられる。これからも新しい冒険者ギルドを訪れる度に注目を集めるのかと、アンドレイの眉間には深い皺が出来る。
ケリーに連れられるままひそひそと話をしている冒険者達を通り過ぎ、ある男の前でその足を止める。
「ようこそ。フォーリナー、マキシマ・アンドレイ殿。そしてルイーナ様、アミルダ様。クルトナの冒険者ギルドのギルドマスターをさせてもらっています、ジーン・クローズウェルトと言います」
ギルドマスターと言うから屈強な男かと思いきや、腰を低くし柔らかい物腰の男だった。壮年というにはまだ若いが青年とも呼び難い。おそらくアンドレイと年齢は近いだろう。一瞬白髪に見えた灰色の髪を襟足の部分で結っており、中分けにした前髪を重力にまかせて垂らしている。
眼鏡の奥の垂れ目は優しさを感じさせるが、その中にある黒い目は相手の本質を見抜かんばかりの意思が伺える。
だが一番の特徴は、左足の代わりにズボンから見える木の棒と木製の足型。そして左手に持つ杖だった。
アンドレイの元いた世界で初期に製造された物と同じ型の義足を着け、ジーンは笑顔で三人を迎えた。
ギルドマスターを決める基準が何なのかはアンドレイには分からなかったが、少なくとも今目の前で笑みを浮かべる物腰柔らかいこの男は、外見で判断するべきでは無い典型的な例と言えた。
「早速ですが、奥の執務室へ来て頂けますか。こちらです」
振り返って音も静かに歩き出したジーンに着いて行くように、三人はギルド内の奥にある執務室へと向かった。第一声で確かに自分の名前を呼んでいた以上、アンドレイ自身にも関係のある話であると予想出来た。
「じゃあアタシ達はクエスト達成の報告をしたら向かいにある酒場に行ってるよ。そこで報酬を分けようじゃないか」
アンドレイ達の背中に声をかけたケリーに顔を向けず左手を上げて返事をして、ジーンが入った執務室へと続けて入っていった。
ギルドマスターの主な仕事場となっている執務室は、割と整然としていた。
壁の一辺を占める本棚に窓の近くにある小さな棚。ジーンの席であろう長机に、来客用の椅子とテーブル。
長机に少しだけ積みあがっている書類の束が、ジーンが済ませる必要のある仕事なのだろう。長机の横にある台の上に記入を終えた書類の束があり、そちらの方が高い山を築いている。どうやら仕事は早いらしい。
壁の本棚には大小様々な本や調度品、それに魔法を使うだけの魔力を持っていない人間にも使用できる魔導具が置かれていた。だが魔法のことについてまだ知らないことだらけのアンドレイにとっては、ただのオブジェに見える。
ジーンが椅子に座るよう促し、ルイーナとアミルダは言われるままに椅子に座る。アンドレイは椅子を壊しかねないと、また立ったままで話を聞く。
木の床板と足型が当たり小さく音を立て、向かい合わせの椅子にジーンがゆっくりと腰を下ろすと、ひじ掛けに杖をかけて三人の正面を向いた。
「急にお呼び立てして申し訳ありません。お呼びした理由なんですが、用件が二つありまして…一つはお二方がクルトナに来るという連絡を頂きまして、お時間を取らせてしまうのも悪いと思ったのですが…ギルドマスターとしては挨拶をしない訳にはいかないというのがありまして…」
下手に出た言い方だが、要は国臣でもあるルイーナとアミルダへの挨拶ということになる。
三人の予想通りではあったが、仮にもギルドマスターという立場上行わない訳にはいかない。それに王都の副ギルドマスターと違い、あからさまに二人に対して媚を売るような様子でも無い。寧ろ二人に時間を取らせていることに申し訳無さすら見せている。
必要以上に謝るジーンに対し、その気持ちを汲んだ二人が気にしないで欲しいと声をかける。それを聞いてやっとジーンがホッとした顔を見せる。
「それで…もう一つの用件というのはなんでしょうか?」
「そうそう、実は正直な所、そちらの方が重要でして…そろそろ持ってきて貰えると思うんですが…」
そう言いながらジーンが執務室の入口に顔を向けていると、それに応えるようにドアを四度ノックする音が聞こえた。
「あ、来たみたいですね。どうぞー」
ドアの向こうで返事を待っていたであろう女性ギルド職員が「失礼いたします」とドアを開け、頭を下げる。静かに室内に入り、持っていたトレイをルイーナ達が座っている椅子の間にあるテーブルに置く。
ジーンの「ありがとう」という台詞に少しだけ唇で弧を描くと、再度頭を下げ執務室を出て行った。極力音を立てないように注意している様子に、ここの職員も教育が行き届いていることを感じさせる。
職員が持ってきたトレイの上には、冒険者ギルドのプレート型の認証票と同じ形に加工された水晶が三つ置かれていた。魔法による加工も施されており、こちらも認証票同様に破壊することは難しい。
「これは…携帯型の魔信晶ね。何故これが?」
「…何だそれは」
アンドレイが訝し気な顔で質問をすると、ジーンがそれに答える。
「ああ、魔信晶というのは正式には『魔力通信水晶』と言って、認識をさせた水晶同士であれば、離れていても少ない魔力で連絡が取れる魔導具です。水晶や加工する魔力の質によって認識させられる魔信晶の数や連絡可能な距離が変わってくるんですが、この水晶はいずれも質が高いですね」
「おまけに持ち運びが出来る携帯型に加工されているのは、かなり貴重とされているわね」
ルイーナからも追加説明が入る。話をまとめると、アンドレイの元いた世界でいう電話にあたる物だった。持ち運びが出来る物と出来ない物は、さしずめ携帯電話と固定電話という所だ。
「…あと…これ…何か…他の加工も…されているわね…」
手に取った魔信晶をじっと見つめていたアミルダが呟く。ただ何の加工がされているかまでは分からないようだった。
「昨日転送魔法によって王都にあります冒険者ギルドから超特急の扱いでここに届けられまして。フォーリナーと宮廷魔導士ルイーナ様とアミルダ様の三人が現れた際に渡すようにと言伝を受けてました。皆さんが『五狼』のパーティと一緒にクルトナに来ることも、その時教えられました」
転送魔法という存在もアンドレイは今初めて聞いたが、ルイーナが簡単に空間魔法の一種だと説明する。
冒険者ギルドでは収入を冒険者ギルド本部へ送ったり、各冒険者ギルドへの早急な情報の共有や連絡を行う為、どの冒険者ギルドにも転送魔法用の魔法陣と魔力を蓄積する水晶が備えられている。
だが転送魔法は空間魔法の上位に位置するもので、冒険者ギルド外からの依頼、つまり冒険者からの依頼による転送は一切行っていない。
「でも一体誰がこんな……! まさか…」
見当がついたルイーナがハッとした顔をしてジーンを見る。アミルダも想像がついたようだが、口には出さない。
そしてアンドレイにも、大体の見当はついていた。どうやって自分達がここにいることを知ったのかはともかく、自分の分まで貴重だと言われる魔信晶を用意出来る人間と用意しようとする人間は、考え付く限り一人しかいない。
何より本来外部から転送の依頼を受けない冒険者ギルドが最優先で転送させるように頼める人間といえば、ほぼ確定している。
全員が察している様子を感じ取り、ジーンが口を開く。
「ええ…クライムハイン王国王女、クラリス・クライムハイン様です」
アンドレイは、ここクルトナの町で自分の依頼主でもあった聡明な鷹の名前を再び聞くこととなった。
葉巻について色々書いていますが、全く吸ったことはありません。
ただ興味はあるので、いずれはと思っています。