必要な疑惑 02
R2.7.20
一部修正
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「先に…どちらを出せばいい」
「状態にもよるな。ブラックボアとメガロブラックボアか。それぞれどんな状態だ? 下手に放っておくと一気に腐ってしょうがねぇ」
髭面の解体屋が頭を掻きながらしわがれた声を出す。何となくではあるが、1番の番号と良い解体屋の雰囲気を見るに、ここは解体所の中では一番大事な物や、今の俺のように確認が必要な場合に良く使われていそうだ。
おそらく目の前の四人がこの冒険者ギルドでは最も経験のある解体屋だろう。少なくとも髭面の解体屋は俺の姿を初めて見たにも関わらず驚かなかった珍しい側に入ることが、経験上判断材料の一つとなっていた。
空間魔法の【ディメンションボックス】に入れている物は時間の影響を受けないと教えられているので、当分腐敗はしないだろう。俺はディメンションボックスに全て収納してあることを告げた上で、それぞれの魔物の状態を伝えた。
「…だったら先にメガロブラックボアだな。腹からケツまで裂けて中身が出てんなら、ここに出したらさっさとしなきゃならねぇ。テーブルの上にそのまま出してくれ」
テーブルに近寄り、ディメンションボックスを開く。取り出したいときは対象の物を思い浮かべながら手を入れればいいらしいので、メガロブラックボアを思い浮かべて手を入れる。
毛を掴んだ感触を頼りにそのまま引っ張り、テーブルの上に放ると、収納した時と同じように内臓が飛び出たメガロブラックボアが現れた。
「……本当に、倒したんですね…」
大仰に自身の中身を見せる亡骸からベティは口を押えて目を背けつつも、横目ではあるが確かに確認をした。
副ギルドマスターは「だから言ったじゃないか」と責任をなすりつける。この男はよくこれで今の役職に就けたものだ。
「しっかし何をしたらこうなんだかな…。頭は潰れた上に体に埋もれて、腹とケツまで割れてるなんてよ。まあいいか。よし、お前ら先にこっちを片付けるぞ。ああ、ブラックボアもこっちのスペースに出してくれ」
ルイーナとアミルダがそれぞれブラックボアを出す。十頭のブラックボアに、またベティは驚きの声を上げた。
「十頭ですか…一体何をしたらこんなに早く…。ただ、確認をした以上アンドレイ様の仰っていたことが事実だというのが分かりました」
確認が取れると、ベティは改めてこちらに体を向ける。また謝る気だろう。
「確認が必要なことだったとはいえ、疑ってしまったこと誠に申し訳」
「謝罪はいらない」
「え?」
また頭を下げようとしていたベティを制し、意外そうな声を返される。
「仕事上必要なことだろう、違うのか」
「ですが…」
「アンタはアンタの仕事をした。俺は俺の仕事をした。それで良いだろう」
何より何度も謝られるのは面倒だというのが一番の意見だったが、言う必要は無いだろう。
こちらの意見を聞くと、ベティの口が僅かに笑みを浮かべる。
「……お心遣い、ありがとうございます。それでは私共は失礼いたします。副ギルドマスター、行きましょう」
「え、もう行くのかい? ああ、それではルイーナ様、アミルダ様。失礼いたします」
ベティの後を追うように副ギルドマスターも部屋を出る。あの男は今この部屋で話した二言三言だけで、自分が媚を撃っている当の二人の心象をかなり悪くさせたのを理解していないだろう。
あの様子からでは、事実上ここの冒険者ギルドではベティの方が立場が上だろうな。
「それで? 何を買い取って何を渡せば良い。決まってんならアイツに言ってくれ」
既に解体を初めている解体屋が親指で若い解体屋を指している。机に向かっている若い解体屋は、ペンを上にあげてもう書けるという合図を送る。
「そうだな…ブラックボアの肉を一頭分と、ブラックボアの牙と革を六頭分貰おう。あとは買い取ってくれ」
ブラックボアの肉は食えるらしいので、食用に試しに一頭貰うことにした。
素材に関してはこちらの依頼にあった調達分を考慮しての数になり、五頭分が素材になる事も伝えた。余分に貰うのには理由がある。
若い解体屋が二枚に重ねた紙の間にシートを挟んでからペンを走らせると、二枚の内の下の紙を渡してくる。直接書かれていない紙だが、そこには俺が言った内容が文字として残されていた。どうやら間に挟んだシートはカーボン紙のようなものらしい。
「よっしゃ! 先にお前らに渡す分だけさっさとやって解体してやるよ。そうしたら残りは全部調達素材と買取だから、先にギルドから金を貰って来い。そっちでの手続きが済む頃には、お前らに渡す分の素材は揃ってる筈だ」
解体する魔物の素材が調達依頼の対象だった場合、ここに解体依頼をした時点で希望を出せば自動的にその分を差し引いてくれるらしく、つまりはこの後受付に向かえば換金した素材の料金と調達依頼達成の報酬を同時に受け取れるようになると言われた。
そのことも既に予想していたのだろう、貰った用紙にはその旨がしっかりと記載されていた。実際に俺が受け取る素材は肉と牙と革、それぞれ一頭分ずつということになる。やはりこの解体屋は経験が長いようだ。
よろしく頼むと一言伝えると、おうよ、という声を背中に受け俺達は部屋を出た。一旦冒険者ギルドの椅子が置かれているスペースに集まると、ルイーナが気になっていたことを聞いてきた。
「でも、何故六頭分の素材を貰うの? 私達が受けたのは五頭分の調達でしょ?」
葉巻の煙を味わい少し間を開けてから、それに答える。
「残り一頭分はこいつらのだ」
そう言ってエルヴィン達に目を向ける。一瞬何のことかと思っていたが、すぐに意味が分かり驚きの声を上げる。
「い、いえ! だってあれは皆さんが仕留めた奴ですよね! それは申し訳ないですよ」
「そうだよおじさん! 確かにあと一頭分あれば私達もクエスト達成になるけど、それは…」
「さっき報酬の話をしたな」
「え? ああ、はい…」
唐突な報酬の話をされ思い出すと台詞に力が無くなっていくのが分かる。
「メガロブラックボアの換金分を貰う。ブラックボア一頭分の素材は、報酬の釣りだ」
「えぇ!? だって、あれを倒したのって」
「連れてきたのはお前達だ。つまり元々お前達の獲物を俺が貰う事になる」
「大した労力って…突進を受けたんですよ? 大丈夫なんですか?」
「問題無い」
「ヒイィィィ…やっぱりこの人怖いですうぅ…むりぃー…」
元々この四人からは金を貰うつもりはなかった。どちらかと言えば、安易に助けてもらえるという認識を持たせないことの方が意味合いとして強かった。
肝心な時に自分を助けるのは決まって自分しかいない。仲間がいるなら自分か仲間しかいない。次また顔も名前も知らない誰かが助けてくれるとは限らない。
それを伝えた後、呟くように口にした。
「…自分も、大事な奴も、護れるのは自分だけだからな…」
「え?」
「おじさん…」
エルヴィンが聞き返すが答える義理は無いので聞き流した。逆にミディは察しが良いのか、少し泣きそうな顔になっていたが、それにどうこう言うつもりも無い。
さて、俺のことを相当怖がっているモリックには悪いが、お前とエルヴィンにはまだ用がある。
「それとお前とお前だ」
「僕、ですか?」
「ヒイィィィッ! も、モリックですかぁ…?」
「お前は攻撃役、お前は盾役が向いている筈だ」
「え! そ…そんなあぁぁ…前見てもらった時にはなかったですよぉぉ…」
「お前は追われた後も息切れをしていなかったな。おそらく体力補正がかかったんだろう」
「そういえば…モリック全然息切れしてなかったな…」
「私達の方がよく動くのに…なんでなの? ねえ?」
「な…なんでって言われましてもぉぉ…」
「あら、でもあるわよ。クエストをこなしていく内に新たなアビリティが生まれるのは」
俺とモリックはルイーナの方を振り向いた。
「体力補正もそうだろうし、もしかしたら何か別のアビリティがあるかもしれないわね。いずれにしろ気になったのなら、調べてみたらどう?」
「で…でも、そうなると、タンカーになっちゃうぅ…。ヒィィィ…タンカー怖いぃぃぃ…」
「あの…それでは僕は…」
「お前は……重装備で先頭を走れる位の筋力と素早さだな」
「素早さ……ですか。無我夢中で走っていたので考えもしませんでしたけど、言われてみればミディより早いのは確かに…」
顎に手を当てて思い出しているエルヴィンだが、でも…と言葉を濁らせた。
「仮にそれが本当だとして確かめようと思っても、アビリティを見てもらうのは冒険者登録時以外は有料なんですよ。そこまで高い訳じゃないですけど、そう頻繁に見てもらえるだけの値段でも…」
「…確かに…あるわね…二人に…補正…」
眠たげな艶のある声の方を振り向くと、アミルダが眼帯をめくって二人を見ていた。
眼帯に隠されていた左目は、瞳も白目も無く全て青く光っており、本来瞳がある場所には円形の模様が刻まれていた。
四人はその目と呼べるかどうかという物に一瞬驚きを見せるが、ルイーナは知っていたのかその様子を普通に見ていた。
「…見えるのか?」
左目のことを特に聞くこと無く、アビリティが見えるかどうかを聞いた。
「…ちょっと…ね…色々…あって…【精霊】だけど…一応…ね…」
確か【精霊】だとアビリティの名称が見えるだけだったか。話し方からすると何かあったようだが、今話す必要は無いので聞き流す。
アミルダは以前見てもらった時に分かったアビリティを二人から聞き、その時には無かったであろう新たに追加されたアビリティを伝える。
「キミは…素早さ補正と…斬撃強化…筋力補正は…ないけど…素早さが高いわ……。あなたは…体力補正に…防御力補正…あと…フフッ…こんなものまで…大変ね…」
「え!? なんですか!? モリックなんなんですかあぁぁ!?」
小さく口元に弧を描きながら笑うアミルダにモリックは涙目で詰め寄るが、返ってくるのは変わらずの小さな笑い声だけだった。エルヴィンは自分に新たに生まれたであろうアビリティについての考察を始める。
「素早さに斬撃か…そうなると前衛のアサルターか。確かに僕達のパーティは前衛のアサルターがいなかったので、ちょうど良いかもしれないな」
「でもヒーラーはどうしようか。モリック以外にヒーラー関係のアビリティを持ってる人はいないし…」
「もしかしたら僕達も何かアビリティが着いているかもしれないね。調べてみて、それでも駄目だったら…せっかくだし、新しく仲間を作ってみようよ」
何が原因かは分かりかねるが、エルヴィンとモリックに新たなアビリティが生まれたことで、結局全員アビリティを見てもらうことにしたようだ。
エルヴィンはもう何のジョブにしようかを考え、モリックは聞けずじまいだった一部のアビリティが気になって仕方無い様子で、ミディとグレンは自分には何かアビリティが着いているのか期待と不安を募らせていた。
「そういえば、ロールの変更は一回だけだったか…」
「基本的にはね。ただ今話したように新しくアビリティが生まれて、その結果他のロールにも適性が見られた場合は、その旨をギルドに提出すればカウントされないわよ。カウントされるのは、あくまで自分の都合で変える時だけ」
「なら大丈夫そうか」
「アンドレイ様。買取分の換金が完了いたしましたので、どうぞ3番受付へお越しください」
話が終わったタイミングで受付から呼ぶ声が聞こえたので、3番受付に足を向ける。
受付に来たのと同時にベティが持ってきたトレイには、この世界の貨幣でもある金貨と銀貨がそれぞれ綺麗に積まれている。金と銀の小さな塔は小さいながらそれなりの高さがあった。素材買取分と報酬が含まれていてこその額なのだろう。
トレイを持っているベティの「アンドレイ様」と呼ぶ声に、トレイからベティへと顔を向ける。
「アンドレイ様は赤銅級でありながら、青銅級冒険者が扱うクエストの魔物を討伐されたと、私と副ギルドマスター確認の下判断されました。しかしながら、黄金級のお二人がご一緒ということを考慮し、異例の早さとはなりますが鋼鉄級への昇格となります。このことは既に副ギルドマスターからも許可を頂いております」
「成程ね…。私達がいたから倒せたということになるのかしら…」
「失礼ながら、そう考える方も多くおります。また本日登録されたばかりの冒険者が、その日の内に二階級も昇級というのは、他の冒険者の方にも反感を買います為、恐れ入りますがこのような対応をさせて頂きました」
言っていることは分からなくもない。俺としては大して問題でも無かったので、それで頼むと答えた。
「それでは少々お待ちください。鋼鉄級の認証票を用意いたします」
頭を下げて奥へと下がるベティを見て、首にかけてある認証票を手に取る。今日貰ったばかりなのにもう変えることになるのかと、少しこの認証票が哀れに思えた。内ポケットに入れたプレートも同様だ。
「お待たせいたしました。こちら鋼鉄級の認証票となります」
暫くその場で待つと、ベティがトレイを持ってカウンターにやって来た。今俺が持っているものと同じく、チェーンの長さやサイズが調整された鋼鉄で出来たタグとプレートの認証票が乗せられている。
発行される度に血液を付着させるらしいので、また一緒に置かれているナイフで指を切る。認証票に血液を付着させるとまた一瞬光を帯びたが、同時に首にかけてあるタグも僅かに光を放った。
「新たな認証票を発行され血液を付着させますと、今まで使用していた認証票が効力を失います。そちらは差し上げますので、どうぞお持ち帰りください」
手に持っていたタグを見ると、横並びになっていた十の点の内、一番左側の点が無くなっていた。正確には明らかに分かるような跡を残し、その点の部分が埋まっていた。
プレートも同じで、どうやらこれが認証票の効力が無くなった状態を意味しているらしい。
一日で役目を終えた赤銅製の認証票をディメンションボックスにしまい、新たに鋼鉄製の認証票を着ける。また金属の鋭い冷たさが肌に伝わる。
「マキシマ・アンドレイ様。鋼鉄級への昇級おめでとうございます。これからもより多くの武功を築かれますよう、お祈りしています」
ギルドで決められているだろうお決まりの口上を並べ、また深い一礼を見せる。祈られた所で何の意味も無いが、決められていることにどうこう言っても始まらない。
短く返事をして受付を離れると、周りの冒険者の視線が刺さる。それ自体はここに初めて来た時からあったが、今回のそれは今までのより遥かに鋭さが増していた。純粋に驚嘆の意味で見る者もいれば、まるで目で射殺すかのように威嚇する者もいる。
「大分見られているな」
「…登録した日にこんな短時間で昇級すれば、流石に目立つわよ。良くも悪くも、ね」
「…かなり…珍しいから…昇給の…速さも…あなたの…体の…大きさも…」
昇給によってどのような利点があるのかをまだ知らない以上、俺自身その凄さというものが今一つ理解していなかった。だが周りの様子から察するに、それなりに意味と価値のある物だというのは分かった。
「おじさん!」
ミディの呼ぶ声に顔を向けると、四人がこちらに近寄ってきた。これからリンダの所に行き、アビリティの確認をするらしい。
「今日は色々と、ありがとうございました。皆さんがいなかったら、アビリティが生まれたことも、ましてや生きて帰れたかもわかりませんでした」
「これからアビリティを調べてもらって、今度こそおじさんに迷惑かけないように頑張るから見ててよね!」
「ルイーナ様とアミルダ様も、ありがとうございました。短い時間でしたが、皆さんと一緒にいられた時間はとても貴重でした。両親に話しても信じてもらえないかもしれませんけど」
「……むりぃぃ……タンカー……むりぃぃー…」
一人を除いて礼を言ってくるが、こちらは曲がりなりにも依頼を受けてこなしたに過ぎない。
だが、自分の半分しか生きていない奴等が目の前で死なれることに、気分が良くなる訳でも無かった。俺にも一応そういった人間らしさはある。
何より礼を言われて嫌でも無いので、素直に礼を受けておくことにした。
ああ、あと今更だが伝えておこう。
「…おじさんではない」
目線の先にいたミディが「ん?」という顔をした。まさかお兄さんって呼ぶの? という顔にも見えたが、それを訂正するように伝えた。
「牧島アンドレイ。俺の名前だ」