必要な疑惑 01
R2.7.20
一部修正
王都の冒険者ギルドに入ると、また大量の視線を集めた。気にすることなくクエスト達成の報告の為に1番受付へと足を向ける。
スペースを広くとり、受付が二つある1番受付だが両方に先客がいた。幸いそれ程待つことも無く、すぐに順番が回ってきたのでカウンターに近づく。
「あら? アンドレイ様、クエストに何か問題でもございましたか?」
受付の向こうを見ると、クエストを受注した時に担当してもらったバターブロンドの女性ギルド職員が意外だという顔を向けてきた。俺達を見て何かあったのかと思ったのだろう。
「依頼は済んだ。その報告だ」
「え!? 嘘でしょ!? …あ! も、申し訳ございません…」
一瞬慌てた職員がすぐに自らをフォローした。おそらく一瞬出たのが地の性格のようだ。
「すみませんが…クエストの内容を確認させて頂けますか?」
コホンと小さく咳払いをしてからそう言われ、クエストの内容が記載された羊皮紙を手渡す。わざわざ指を置いて一行ずつ辿り、内容を確認する。
「…確かに、ブラックボア五頭分の牙と革の調達ですね…。失礼かとは思いますが、受注されてからまだ一時間程ですが、本当に達成されたのでしょうか?」
こちらの様子を見ながら、ギルド職員は相手に不愉快にならない程度に疑いの言葉を投げながら、顔の左側に垂れている髪を左耳にかける。髪の色に合った小さなエメラルドのピアスが光を受けて一瞬だけ光る。
その仕草は無意識だろうが、十分男が魅せられるに足るものだった。後ろにいたエルヴィンとグレンから「うわぁ…」という声が漏れていた。
基準が分からなかったので後ろを振り向いてルイーナに聞いてみると「かなり早いわよ」と一言。
よくよく考えてみれば、移動で片道約20分を除けば、実質20分で依頼を終わらせたことになる。確かに早いのかもしれない。だが終わったのも事実だ。
「それで、解体と買取も同時に頼みたいんだが」
「……畏まりました。解体と買取の手続きは3番受付で行っておりますので、お手数ですがそちらの方で手続きをお願いいたします」
こちらへどうぞと言いながら、職員は受付を離れる。間仕切りがあったので何処へ行ったか分からないが、取り敢えずは言われた通り3番受付に向かった。
受付には代わりに別の男性職員が入ったのと同時に、俺達の後ろに並んでいた他の冒険者から非難の声が上がっていた。
七人で3番受付へ向かうと、先程の女性職員がいた。どうやら引き続き対応をしてくれるようだが、おそらくまだ依頼達成の報告に信用が無いらしい。
「まずはこちらの用紙に、認証票に登録されました名前と階級、解体する魔物の種類と数を記載頂けますか?」
買取に関しては解体後に確認するとのことなので、ひとまずは用紙に解体する魔物を書く。
書き終わった用紙を渡すと、それを見た職員が隠し切れなかった驚きを目で表した。
「……ブラックボアが十頭に……メガロブラックボアまで……!?」
驚きの後に一体何をしたのかしらと呟くと、カウンターに手を付いて少しだけ怒気を込めた上目遣いをする。
「もしかして…森の中に入られましたか? 本来赤銅級冒険者は森の中に入らないようにと注意書きもあったかと思われますが…」
「あ…」
職員の言葉にエルヴィンが気まずい反応をする。他の三人も同じだ。
「森の外に出てきたんだ」
エルヴィン達が何か言う前に職員に伝える。どんな顔をしたのか見当がつくが、職員に見えないように後ろ手で制する。
「……本当ですか?」
信じられないと目で俺に訴えるが、俺も目を見て答える。
「俺は森に入ってはいない。森の外に出てきて突っ込んできたから始末した。それだけだ」
メガロブラックボアが森の外に出てきたのも、俺が森に入っていないのも事実だ。嘘は言っていない。
「…………」
上目遣いで方眉を上げながら、カウンターに手を付いた拍子に再び垂れた前髪をまた左耳にかける。
対応は誠実、言葉遣いも誰に対しても変わらず、仕事自体もそつがなくこなす。
それでいて意識的か無意識的か知らないが、魅せる動きは扇情的で男を惹きつけ、女には憧れを抱かせる。
ついさっき1番受付で後ろに並んでいた冒険者が、この職員が見えなくなって文句を言う訳だ。
だが無意識的にやっているならともかく、意識的にしているのであれば相手をみてやるべきだろう。世の中には今まで通用していたものが通用しない相手もいる。
「あの…」
話が進まないやり取りにルイーナが割って入った。職員は俺の後ろに目を向ける。
「確かにメガロブラックボアは森の外に出てきました。私もアミルダも確認しています」
「…私が…足止めして…彼が…倒したのよ…」
「そう、ですか…。まあ、安全の為の注意事項ですし、ご無事ならそれが一番良かったです。クエストを受けた青銅級冒険者でも無傷ですむことが極めて少ないので」
宮廷魔導士二人が出てきたことで職員もここが落とし所と思ったか、詮索や疑念を置いて少しだけ笑顔を見せて答える。話が長くなりそうだったのでこちらとしては都合が良かった。
必然的に攻撃を受ける以上、正確には無事とは言えないが面倒になりそうなのでここは聞き流すことにした。
「……って、倒されたのは、アンドレイ様ですか? ルイーナ様やアミルダ様では無く?」
…結局面倒になりそうだ。
「ええ、そうです。先程言ったようにアミルダが足止めをして、そこに彼が…」
「…赤銅級冒険者が初めてのクエストで青銅級レベルの魔物を倒すなんて……。取り敢えず、冒険者ギルドの正面左隣にあります解体所まで行って頂いて宜しいでしょうか。お手数ですが一度建物を出て頂いてからになりますが、1番の解体部屋まで来て頂けますよう宜しくお願いいたします」
カウンターに「1」と書かれた木札を置いて渡してくると、何か思う所があるのか、ギルド職員は奥に引っ込み、先程ルイーナが対応していた副ギルドマスターと話をしていた。
メガロブラックボアを赤銅級冒険者が倒したことを報告しているのかもしれない。良くも悪くも、俺の見た目で判断していないようだ。階級に意識を向けすぎているといえばそれも間違いでは無いが。
「解体所か、一度出てから正面左隣だったな。行くか。お前達も行くぞ」
「え? あ、はい!」
ルイーナやエルヴィン達を連れ、一度冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドを正面に見て左隣にある建物が、ギルドで受け付けた魔物の解体を行う解体所になっている。因みに右隣はリンダのいる建物だ。
解体前の魔物をそのまま持ってくる場合もある為、入口は荷車ごと余裕で入るだけの大きさをしている。
解体所も敷地は大きく、同時に複数の冒険者から依頼された解体を行えることと、解体を依頼した魔物を他の冒険者に見せないようにする秘匿性を両立させる為、魔物の大きさも考慮し、四つの部屋で区切り、各部屋で解体を行っているらしい。
冒険者の中にも解体技術を持っている人間はいるが、その量や魔物の大きさ、複雑さから冒険者ギルドに解体を依頼する傾向が多いのも事実だと、若くして解体技術を持つとエルヴィンが教えてくれた。
「あの…さっきはありがとうございます。かばってもらって…」
説明ついでに職員とのやり取りのことでエルヴィンが礼を言ってきた。おそらく本命はこちらで、説明はこの話をしやすくする為でもあったのだろう。
「本当のことだからな」
自分以外の誰が森に入ったのかも、誰かを追いかけて森から出て来たのかも知っているが、それを一々職員に丁寧に教える必要も義理も無い。
「でも…」
「お前達から貰う報酬にも関係あるからな」
関連性が今一つ掴めず頭の上に疑問符を浮かべるエルヴィンに、その内分かると言って済ませた。
入口から入ると左右に奥と手前で二つずつ、合計四つのドアが見え、それぞれのドアに大きく数字が書かれている。
数字の下には覗き窓が設けられており、普段は仕切りを用いて見えないようになっているが、解体を依頼している冒険者が来た際に中で解体作業をしている解体屋が仕切りを開け冒険者と木札を覗き窓から確認し、そこで初めてドアが開かれるようになっている。今まで日陰での仕事をしてきた俺にとっては、こうした管理体制は馴染み深い物があった。
俺達が行くように言われた1番の解体所…1番のドアは左奥に見える。
鋼鉄製のドアを開けると、中が見られないように左と正面に壁が建てられており、荷車や大きな魔物が通れる程度の幅の短い通路ができている。
部屋に入って右に曲がり、突き当たりを左に曲がる。そこで漸く部屋の中が見られる。
部屋には大きな木のテーブルが中央から少し手前に位置しており、その上には解体する魔物を吊るす為の可動式のフック、壁には大きな包丁や鋸といった様々な器具が並び、ぶら下げられている。
奥の方は特に何も置かれていないが、どうやら複数の解体を行う際に解体前と解体後の魔物を置く為のスペースのようだ。
部屋の一角には部屋の入口とはまた別となる両開きの鋼鉄の扉があり、保存を行う為の冷凍庫らしい。
テーブルの向こうには先に来ていたであろう、今まで対応していたギルド職員と副ギルドマスター、あとは解体屋らしきタンクトップにバンダナ、作業着とエプロンを着けた眼光の鋭い髭面の壮年を含めた四人の男が立っていた。
「こちらで解体する魔物を出して頂きます。ただ誠に申し訳ございませんが、私も副ギルドマスターも、この短時間で複数のブラックボアとメガロブラックボアを倒せたという言葉に対し、疑いの念を抱かざるを得ません」
そう言ってまたゆっくりと頭を下げ、髪をゆらりと揺らす。血肉や消毒の匂いがする部屋においては不釣り合いな絵だったが、あまりにも相反する物が同居している様子がどこか蠱惑的な感覚を覚える。
「失礼かとは思いますが確認の為、解体する魔物を拝見することをお許しください」
やはり疑っていたようだ。
まあ向こうからすれば無理もない。階級が一番下の人間が、約20分で猪もどきを五頭、上の階級の冒険者への依頼となるような魔物を仕留めたなど、確かに眉唾だろう。
だが個人的には正直に意見を言ってもらう方が助かる。疑ってかかる姿勢も仕事上必要なことだ。
何より疑うことは本質を見る為の行為だという認識を持っている俺からすれば、このギルド職員の考えや行動は評価出来る物だ。疑念を持たれることにこちらが不快感を持つと考えた上での配慮も出来る。少なくともある程度の信用は出来そうだ。
「申し訳ございません、ルイーナ様、アミルダ様。ベティ君が私に一緒に確認して欲しいと言うもので…。お二人が連れて来られました方であれば問題無いとは思うのですが…念の為に拝見出来ればと思いまして…」
評価に響くと思っているのか、副ギルドマスターが自分へのフォローを入れる。どうやら今この男には二人しか見えていないらしい。
ベティというのは、このバターブロンドのギルド職員の名前だろう。こんなのが上司とは恵まれない。今不在のギルドマスターがまともなのを願うばかりだ。
「構わん」
確認してもらうのが一番早い。俺は特に気兼ねすることも無く、確認してもらうことを了承した。