[表][緊急]メガロブラックボア討伐
R2.7.20
一部修正
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受けた依頼にあった素材を持つ獣…ここでは『魔物』と呼ばれている黒い猪、ブラックボアをある程度倒して、ルイーナとアミルダには魔物の回収をしてもらっている。この世界に於いての魔物と単純な動物との振り分けは、明確な人間への敵意と攻撃性らしく、ブラックボアはそれを持ち合わせている。
自分のアビリティというものの加減を知る良い機会だったので、ブラックボアの突進をそのまま受けたが、原付程度の衝撃なら受けた所で大したことはない。
念のために後のことを考えて馬鹿正直に受けず、足を浮かして下手に抵抗せずに勢いを殺した。あとはいつもの癖で拳にあまり力を入れていなかったのだが、蓋を開けてみれば全員揃って一撃で倒せた。
ダメージを次の一撃に加算する【ペインバック】。相手のダメージによってその威力が更に跳ね上がる【バイバック】。
こちらが力を入れていなくても、俺を攻撃した時のダメージが大きい程、一撃に加算される威力が跳ね上がる。成程…これがそのアビリティの性能という訳か。
俺にも使えるとリンダが言っていたのを思い出したからちょうど良い。【ディメンションボックス】とやらのやり方でも聞こう。
――……そう思った矢先にこれか。
「! 見て! あそこに人が! 多分冒険者だ!」
「あ! す、すいませーん! 助けてくださーい!」
「…もう…もう無理ですぅ…皆さんモリックを置いて…逃げてくださいぃ…」
「モリック! もう森の外に出たから! あとちょっとだよ!!」
「グブルルルウゥゥゥッ!!」
まだ若い男女の四人組が森から必死に走ってきているのが見えた。こちらを見つけるなり助けろだ何だと賑やかなことだ。ご丁寧にデカい土産付きだが、生憎こちらは頼んだ覚えは無い。
四人を追うように走ってきているのはブラックボアに見えるが、今さっき倒したばかりのそれとは大きさがまるで違う。大きさは軽トラック位か。
本来猪は人間より速く走れ、俺が始末したブラックボアも同様だった。だが目の前の奴は大きさが災いしているのか、四人を追いかけるので手一杯のようだ。
「あれは…【メガロブラックボア】じゃない。森の中に入って見つかったのね」
「…悪いけど…とても…青銅級には…見えない…わね…」
森の中を入るようなクエストがある階級は鋼鉄級か青銅級で、前者は森の外に近い箇所を、青銅級は森の奥まで入ることが多い。王都から近い森の為か、そこまで階級が高く無くても攻略は可能らしい。
ブラックボアの上位種らしいメガロブラックボアは主に森の奥に住んでいることが多く、素材調達や討伐は青銅級が行うような魔物だった。
ルイーナ曰く、大方ブラックボアを逃がして森の中に入りこんで彷徨っている間に遭遇した可能性が高い。
「このままじゃ彼らが危ないわ。助けないと」
ルイーナがディメンションボックスを解除し、メガロブラックボアに手をかざした。おそらく魔法を撃つのだろう。
俺はそれを、右手を上げて止めさせる。
「どうしたの? 助けないと」
「それはクエストには関係がない」
「…見捨てる…の?…」
「…確認だ」
まだ意味が分かっていない二人をよそに、俺は逃げている奴らに聞いた。幸いこちらに向かっている状態だったので、さほど声を張り上げずに済んだ。
「俺に依頼するか」
「はい!? なんですか!? 助けてくれるんですか!?」
走りながら必死に答えているからか、先頭を走っている革の鎧に剣を腰に付けた男から語尾の強い返事が返ってくる。
「報酬を出すのなら、お前達を護ってやろう」
「護る? あれからですか!? 助かるならいいです! お願いします!!」
弓を持った軽装の若い娘が同じように必死に答える。こちらの言っていることを理解しているのかは知らんが、いずれにしろ口約束だが依頼成立だ。
「報酬は後で払え」
済ませることを済ませたら、早速仕事に取り掛かる。四人とメガロブラックボアを正面に見据え、俺はゆっくりと歩き出した。
「確認って…そういうことだったのね。私にしたのと同じね」
「慈善事業じゃないからな」
裏の世界で生きるようになってから、無償で助けることは極力しないようにしている。無償で助けてもろくなことが無いからだ。当然、騙した奴には相応の報いがあるが、裏の人間に依頼するような奴だ。大体それも分かっていることが多い。
「…一旦…足止め…しましょうか…?」
いつの間にか俺の前に来たアミルダが、同じく迫ってきている四人と一頭を見ながら言う。
「出来るのか?」
このまま走って来てもらっても良かったが、俺の戦い方だとメガロブラックボアの勢いを殺しきる前に四人にぶつかる可能性があった。止められるならそれに越したことは無い。
「【妨害者】だもの…見ていて…」
アミルダがゆっくりと左手を上げ、メガロブラックボアに向ける。グローブの上から付けている、指と手のひら、そして両方を繋いでいる細かなチェーンタイプのパームカフが小さく音を鳴らした。
「《枷を着けし咎人…溺れる魚…羽をもがれた鳥…恨み紡いで…我が下へ…怨み集いて…彼の下へ…》」
幾つか言葉を並べたアミルダの左手のひらに少しだけ黒と紫色の靄が見え、蜃気楼のように手が揺らいで見える。
「【怨枷】」
その瞬間、アミルダの手のひらをまとっていた黒の靄が消え、メガロブラックボアの体にその靄がかかる。
「グブオォ!?」
その途端、メガロブラックボアの速度が一気に落ちた。足の動きも一歩一歩が遅くなり、足を上げるのも精一杯になっているのが分かる。
「…ね?」
敵への妨害魔法を行う【妨害者】。今の魔法で、アミルダは自らのロールを確立させた意味を見せつけてくれた。
「…これは凄いな」
アミルダの魔法に関心をしている内に、四人が俺の目の前に辿り着く。緊張の糸が切れたからか、全員がへたり込んだ。
「た…助かったぁ…」
「あ…あり…ありがとう、ございます…」
「すみませんアミルダ様……! ヒィィ…アミルダ様ぁぁ…」
「何…言ってるんだい…モリック…、そんなことが…! ほ…ほん…とうに、アミルダ様だ…」
助かって安堵した直後にアミルダを見て驚きを見せた。後ろでブラックボアの回収を終えて後ろからやって来たルイーナを見て、再び驚きの声を上げる。更に大分遅れて、俺の顔と体格に驚いていた。余程必死だったようだ。
「…あと…30秒位で…【怨枷】の…効果が…切れるわ…」
アミルダがかけた魔法、【怨枷】の効果は60秒。時間の感覚は俺が元いた世界と同じで助かる。
「そうか…お前達はここにいてくれ」
皆から離れ、メガロブラックボアから見て右の方に移動した。10メートル位離れたのを見計らってそこに立ち止まる。
「さて…確か睨めば良かったか…」
自分の方に来るよう思いながら、メガロブラックボアを睨みつける。そのまま右手を上げて合図をし、アミルダに【怨枷】の効果を解除させた。
「ブグォ!? ブルルゥ…! グブルルウゥゥ!」
急に鈍くなっていた動きが元に戻り、一瞬何が起きたか分からないといった反応をしたメガロブラックボアだが、すぐにこちらを向き、敵意をむき出しにした。
「上手くいったか…【沈黙威嚇】…」
敵意を向けさせるように考えながら睨むだけで、【威嚇】と同じ効果を得る【沈黙威嚇】も問題無く出来た。
「だが軽トラックか…流石に受けたことは無いな…」
未知の衝撃にまた身構える。こちらを向いたメガロブラックボアは初速からすぐにトップギアに変わり、その速度で突進してくる。
「え…! あ…危ない! よけ、避けないと…」
「大丈夫よ。これが彼のやり方だから」
「そ、そんなこと…言ったって…。こ、このままじゃあの人…」
「…見れば…分かるから…いい子で…待ってて…」
「あの人って…声も出さないで…【威嚇】してませんかぁ…こ、怖いぃ…」
「で、でも…だからこそ…メガロブラックボアの…気が…ひ、引けたんじゃないか?」
走ってくる時に一番無理だなんだと言っていた「モリック」と呼ばれていた娘が全く疲れていないように見えるのは気のせいか。【沈黙威嚇】に気付いたらしいが、まあ今は良い。
さて、軽トラックの衝撃か…どれ位になるか…試そうじゃないか。
「ブルルウワァァッ!」
「!!」
ブラックボア以上に大きな胴体と牙は、当然ながらブラックボア以上に大きな衝撃と突き刺す痛みを与えてくる。確かにあの四人が喰らったらひとたまりも無い。
「…これが、軽トラックか…」
確かにかなりのダメージを受けた。だが動けない程でも無ければ、倒れるような物でも無い。
正直俺自身、ここまでダメージを追ってもまともに動ける自分に少し驚いている。自分の体質もあるが、体力補正のアビリティの高さも影響しているのだろう。
俺はブラックボアの時同様、左手で毛を掴みながら両足を勢いよく下して地面に深い跡を作る。地面にはさっきよりも長い線を書くことになったが、3メートルもしない所で止まった。
「グブルルゥオッ!? ブルルウゥ!」
思いもよらず自分の突進を止められたメガロブラックボアはまた一瞬の混乱をし、また意識を立て直して足を動かすが、先に進むことは叶わなかった。
「…すごい…あ、あの人…突進を止めた…」
「凄いわよね本当に。私達もついさっき初めて見たわ」
「ついさっき…あ! そういえばあの人服が…。お二人もいるってことは…フォーリナーですか!?」
「…あたり…」
大分息も整ってきたのか、まだ若干焦りが抜けていなかったらしい。俺の服を今になって認識した。
…服か…。クエストがあるからと思って敢えて修復しなくて正解だったが、ここで直せる奴はいるのか…。
「さて…お前が与えた痛みは、どれ位なのか…」
ブラックボアの時と違い、俺は右足を下げて右手を振りかぶった。今度は同じ顔面を、正面から殴ろうと思ったからだ。
「試させてもらうぞ」
その言葉を合図にして、振りかぶった右手をブラックボアの時より少しだけ強く握り込み、体を少し左に折りながらメガロブラックボアの額に打ち込む。
「グゥブルルルウウゥッッ!!」
何かが潰れたような音が殴った箇所から聞こえ、メガロブラックボアの顔面が体に埋もれた状態で2、3メートル程小さく後ろに飛んだかと思うと、鈍い破裂音と共に腹と尻の部分が裂け、内臓をぶちまけた。
「うっ!」
「…ップ!」
「ヒィィィィ! 無理です、もう無理ぃぃぃ…」
「…モリック…僕もこれは…つらいかな…」
突然の惨事に、四人は見るのも耐えられないと目を背け、襲い掛かる吐き気をどうにか抑える。
「…ここまでとはな」
中身を外に開放しきって物言わぬ肉塊となったメガロブラックボアと自分の右手を見て、もう少し加減をすべきだったと内心反省した。
ルイーナから使い方を教えてもらった【ディメンションボックス】で、ぶちまけた内臓ごとメガロブラックボアを収納してから、報酬を貰う必要もあったので、四人から話を聞くことにした。
四人は『輝きの色』という固定パーティらしい。パーティに名前がいるのかと思ったが、有名になった時を考え、固定パーティに名前があるのはよくあることだとルイーナが教えてくれた。
腰に剣を付け、盾を背負っている明るい茶髪の男が【盾役】の【剣術士】エルヴィン。
栗色の髪に短めのツインテールをした【攻撃役】の【弓使い】の娘ミディに、パープルブラウンの髪を肩まで伸ばしている中世的な男【魔術師】のグレン。
一切息切れをしていなかったのが、イエローをベースにしたハイトーンカラーの毛先をドリルのようにねじらせている【支援役】の【薬師】モリック。
ソードマンやアーチャーと言う単語も初めて聞くが、どうやら【ジョブ】というらしく、同じ【役】でも使用する武器や戦い方が異なり、それを分かり易く分けているのがジョブだと言う。
何故直接戦う位置にいない薬師が全く息切れしていなかったのか気になる所だったが、ルイーナが追われていた理由を四人に聞いた。
ルイーナの予想通り、まだ四人は俺と同じ赤銅級で、依頼も同じブラックボアの素材を集めることだった。
必要な数は俺の依頼と違い三頭分だったらしいが、「同じ内容のクエストでも必要な数が異なるのはよくあるわよ」とルイーナが補足した。
森の周辺を回ってブラックボアを探し、どうにか二頭まで倒し素材を手に入れたものの残り一頭が中々見つからず、たまたま見かけた一頭が森の方へ入っていくのを見て追いかけたが見失ってしまい、そのまま進んだ先にいたメガロブラックボアと遭遇し、逃げ続けた所に俺達を見つけたらしい。
「クエストの用紙にも書いていなかった? 赤銅級は森の中に入ったらいけないって」
「…はい…本当にすみません。実は昨日も見つからなくって…早くクエストを達成させないとって焦っちゃって…」
頬を指で掻きながらミディが申し訳なさそうに俯く。
「僕がいけないんです。森の中に入ったブラックボアをすぐに追いかけようって言って、みんなを連れてってしまったから…」
膝の上に置いた手を握りしめながら悔しそうに言うエルヴィンの前にアミルダがしゃがみ込む。
「…気持ちは…分かるけど…危ないこと…しないの…」
ゆっくりと右手を出して、伸ばした人差し指をエルヴィンの額に軽く当てる。
「……めっ…」
子供をあやすような優しい叱り方に、エルヴィンの顔は一気に赤くなった。少ししてから力の無い「…はい」という返事が聞こえてくる。
「さて…落ち着いた所で報酬の話をしようか」
受けた依頼はこなした。次はこの四人がそれに応える番だ。全員が俺の方を向いたが、その顔には困惑が伺える。
「報酬、ですか…?」
「さっき言ってたこと、ですよね…。でも…私達お金はあんまり…」
四人共困惑から悲壮感へと顔を貼り変える。まあ一見すると大人が子供から金を巻き上げようとしている図にも見えるから無理もない。
実際金の無い子供から無理やり取る程落ちぶれてはいないが、相手がこちらに依頼をし、こちらは依頼を受けてこなした以上、相応の対価が必要になる。それが現実だ。
「……冒険者ギルドに戻るぞ。四人共付いて来い」
少し考えを巡らせてから、俺は四人に冒険者ギルドに一緒に来るよう伝えた。当然だが、四人共驚きを表情に出す。
「え? 今からですか?」
「でも私達はまだブラックボアが…」
「後で説明してやる」
「…怖いいぃぃぃ……」
無駄に怖がるモリックをグレンがあやしながら、俺達は七人で冒険者ギルドへと向かった。
何度も修正してすみません。支援役のルビは「バッファー」に戻しました。
またエルヴィンの名前が作成時に迷っていた別の名前になっていたので、そちらも直しました。
怨と枷で造語に変えました。