赤銅級冒険者・牧島アンドレイ
今までなら二分割する位の長さになりました。
ただもう話の区切りを優先させようとそのままにしています。
--------------------
◇◇◇
--------------------
いつになく真剣な表情をしていたリンダに声を失ったルイーナだったが、暫くして鑑定が終わり、いつもの笑顔をアンドレイに向けるのを見て安堵の息をもらした。
いつの間にか入ってきていたルイーナと、いるとは思わなかったアミルダを部屋の外に出し扉を閉めさせ、本人の表情を変える原因となったアビリティを含めた鑑定結果をアンドレイに話す。鑑定結果の内容は重要な為、基本は本人にしか伝えないことになっている。
二人きりになった狭い部屋。主張の薄い照明とさり気なくも確かにそこに漂う香の中、自身についての結果を聞いたアンドレイは、一瞬だけ眉を顰めるが、すぐに元に戻る。
「…そうか」
彼らしい感想だ。困ったような笑顔で息を吐くと、リンダは簡単に後天的なアビリティが生まれた原因となる出来事の時に抱いていた感情が表されると説明した上で彼の心に土足で上がらない程度に踏み込んだ話をしてみる。
「私も驚いたよ。こんなにも偏りが激しく、怒りと哀しみの強いアビリティは見たことが無い。…君の心中を察するには、今の私ではあまりにも未熟だ。許しておくれ」
困ったままの笑顔で謝るが、アンドレイは特に気にする様子も無い。
「アンタのせいじゃない」
「…ありがとう」
アンドレイの返事に少しだけ重荷が取れたのか、リンダの表情から困惑が消え笑顔に変わる。
「一先ず安心出来ることは、まず君の症状でもあるミオスタ何たらの弊害はどうにかなるだろう。もしそれで空腹になった場合でも、ある程度の食事をすればこと足りる筈だ」
症状の名前も適当に、リンダの左手の指が症状の部分を指さす。
「何より覚えておいて欲しい。これだけのカースド・アビリティがあるということは、おそらく世界で君だけが持っているアビリティ、【ペインバック】がどれだけ強力であるかを物語っている」
左手をそのままスライドさせ、右ページに記されたアビリティの一文を指さす。アンドレイは一瞬だけ目をやり、またリンダに戻す。
「それも武器を使わなくても、ダメージを受けていても…いや、ダメージを受ければ受ける程、その力は状況を一気に覆すことになるだろう。君のステータスも十分に高い。分かるかい? 君は十分強いということさ」
「…励ましているのか?」
「さあね。鑑定者として鑑定結果から想定できる情報を伝えているだけさ」
また悪戯じみた笑顔を見せるリンダに、アンドレイは心の中で一言だけ礼を言った。
「しかし皮肉だね。こんなにも【盾役】になる条件が揃いに揃っている。おまけに攻撃力も高いとなれば…やったね! 君は色々なパーティから引く手数多さ!」
また聞きなれない言葉が出て来てアンドレイは怪訝な顔をする。パーティはともかく、タンカーは船しか思いつかない。
「まあそこら辺のことはルイーナ達にでも聞いておくれ。あんまり私が喋ると彼女の仕事を取ってしまうからね。ところで、何故アミルダまでいるんだい?」
アンドレイがこれまでの経緯や王女からの依頼で二人を護ることを説明すると、リンダはため息交じりで頭を抱えた。
「あー…やっぱりか…。彼はいつまで経っても自分のことしか考えないね」
「あれと面識があるのか」
「『あれ』? 『あれ』だって?」
アンドレイの質問を聞き返すと、小さい部屋の中が鑑定者の笑い声で満たされた。
「ククク…か、仮にも国王を『あれ』呼ばわりかい。良いね、アイツに出会ってからこの短時間でそういう扱いをする人間は君が初めてさ…ハハハハ」
話の為に一旦笑いを堪えていたが、結局耐えきれずに決壊する。「どこに敬う要素があるんだ」とアンドレイのさり気ない追撃に、リンダは珍しく大きな声で手を叩いて笑った。会った瞬間から敬う気持ちは全く無かったと更なる追い打ちをかけられ、リンダのお腹の痛みは一気に限界へと近づいた。
どこの世界でも笑う時の反応は同じなのかと、一連の返答を全く狙ってやった訳でもないアンドレイは場違いな感想を心で述べた。
「あー…おなか痛い。で…ああ、面識ね。そりゃあるさ。あ、クク…『あれ』が子供の時から私はここにいたし、鑑定もしてあげたよ。ま、アビリティは活かしきれてなかったようだけどね」
アンドレイを真似て愚王を『あれ』呼ばわりしたリンダの言葉に違和感を覚えた。…子供の頃から?
「……アンタ、一体どれ位生きているんだ」
リンダの年齢に関わる質問をしてきたアンドレイに、お茶目な鑑定者はまたウィンクをして笑顔を見せる。
「言っただろう? 女の子は謎が多いものなのさ」
リンダに礼を言い部屋を後にしたアンドレイに、ルイーナが第一声に「笑い声が聞こえてきたんだけど」と聞いたが、それを適当に流した。
話をしていて目を離してしまったことを詫びてから、ルイーナは行う予定だった流れを説明する。
聞くと受付での用紙記入が終わった後にリンダの所へ向かい鑑定を行い、再び受付に戻る。そうすればチェックを入れたタイプの認証票が出来ている筈なので、そこで血液を付着させて正式に冒険者登録が完了する、とのことだった。結果としてアンドレイは本来の手順通りの動きをしていたことになる。
「最初と同じ5番の受付に行きましょう。そこで造られた認証票がもらえる筈よ」
アンドレイの脳裏に震えていた若いギルド職員の顔が浮かぶ。時間が空いているからまた呼び出しに応じる職員も違うだろう。彼女の精神衛生上、呼び出しに別の職員が応じることを願った。
三人が5番の受付に着きルイーナが職員を呼び出そうとしたが、窓口に中年の男が直立不動でいたことでその必要は無いことを知った。
他の職員よりも服装に若干の装飾が施されている。その答えを教えてくれるかのように、男はこの冒険者ギルドの副ギルドマスターだと自己紹介をした。主にルイーナとアミルダに対してだが。
宮廷魔導士二人が冒険者ギルドに来ていることを知り、ギルドマスター不在の今において代理の責任者となっている彼は急いで対応せねばと駆け付けたが、二人は既にアンドレイを探しにリンダのいる部屋へと向かっていた。
また入れ違いになりこの冒険者ギルド、ひいては自らの評価を上げる為の機会をみすみす逃すまいと、それからずっとこの5番受付で緊張しながら案山子となっていたらしい。
ギルドマスターの職に就く人間は、実際に冒険者として経験を積み功績を買われて就くタイプと、ギルド内での仕事を行い自らの役職を上げて行くタイプがある。王都の冒険者ギルドの副ギルドマスターは、完全に後者の方だった。
自分の心象を良くしようと必死で媚びるような対応をする副ギルドマスターだが、それを意に返さず、ルイーナが平然と対応を受ける。アミルダはさっきの娘の方が良かったと言うが、アンドレイは逆に安心していた。
「ええ、そちらの方ですね。えーと…マキシマ・アンドレイ様。こちらが要望のございました『タグ』でございま」
「すっ、すみません副ギルドマスター! こちらも、こちらもです!」
副ギルドマスターを呼び止める声が後ろから響き、全員が同じ方を向いたが、全員が異なる反応を示した。
「し…失礼しました。『プレート』を忘れてしまって。こちらになります…」
先程対応をしてくれたボブカットのギルド職員が、赤銅製の板を乗せたトレイを持ってやって来た。副ギルドマスターは眉間に皺を寄せて溜息をつく。
「トゥワイス君。またかね? 君はしょっちゅう忘れ物をするね。いい加減どうにかならないのかい?」
「は、はい…すみません…」
トゥワイスと呼ばれた若いギルド職員が、急いできたせいかボブカットを上下に揺らして副ギルドマスターの叱責に答える。
「入ったばかりとはいえいつまでも甘えた気持ちじゃ」
「宜しいですか? ギルドマスター」
副ギルドマスターが説教を続けようとした時、ルイーナが助け舟を出した。ギルドマスターがいない今では実質的な最高責任者となっている彼を、敢えて「副」を外して呼んだルイーナからの呼びかけに、副ギルドマスターは一瞬で表情と声色を変えて対応する。
「は、はい! 如何いたしましたか!?」
「彼女には先程対応をして頂きましたので、折角なので彼女に引き続きの対応をお願いしたいのですが」
「えっ、あ、はい…ですが、彼女はまだ入ったばかりでして…。何かご迷惑をかけるのではないかと…」
困惑した顔の副ギルドマスターに、ルイーナがもう一押しする。
「…冒険者ギルド本部には、新しい職員に積極的に経験を積ませる方針を持つ素晴らしいギルドマスターだとお伝えてさせて頂きますわ」
ルイーナの言葉の意味を理解し、一気に顔が綻んだ副ギルドマスターはここ一番の大きな返事をし、トゥワイスにこの場を任せて意気揚々と奥に戻った。
「あ…ありがとうございます」
トゥワイスのお礼にルイーナが軽く手を振って返事をした。トゥワイスの対応を望んでいたアミルダも満足げな顔だったが、ただ一人だけ、その顔に複雑な色を見せた。
「どうしたの?」
そんな気持ちを知ることもなく、顔を覗くルイーナに、アンドレイはただ「…いや」と返すしかなかった。
「あ…あの…!」
しかめ面をしていたアンドレイに、受付にいるトゥワイスが声をかける。
「先程は、どうも…すみませんでした。その、あの…」
トゥワイスが申し訳なさそうに謝ってきたが、アンドレイは複雑な心境のままだった。謝るべきなのはこちらなのだ。
「いや、こちらこそすまな」
「さっきの声、聞こえましたよ」
謝った顔から一転して、大きな目でアンドレイの顔を見据えてその声を遮った。
「だから、もう大丈夫です。ありがとうございます!」
そう言って笑顔になったトゥワイスが、アンドレイには少し眩しく感じた。礼を言われる立場では無い、どう返すべきか…そう考えていても思い付かなかった。
「…そうか」
思い付かなかった挙句に返したいつもの返事だったが、「ハイ!」とまた笑顔が返ってくる。何であれ、彼女の心に傷が出来なかったことにアンドレイは安心した。
「それでですね…改めまして、こちらが要望にあった『タグ』と『プレート』になります。追加要望にありました通り、タグのチェーンは従来の物よりも少し長めに、プレートも指定のサイズで造らせて頂きました」
先に副ギルドマスターが持ってきた木製トレイの上には、長めのチェーンに通された赤銅製で造られたタグが、トゥワイスが持ってきた木製トレイの上には、カードサイズよりも大きな、同じく赤銅製のプレートが置かれていた。
「…二つに…したの…?」
後ろにいるアミルダの問いに「まあな」と返してから、タグの認証票と一緒にトレイに乗せられているナイフを手に取り、親指の腹を切る。
血が指から出てきたことを確認すると、タグとプレートにそれぞれ自分の血を付着させる。
微かな光を放つと、それが認証票に施された加工と魔法が発動する合図となるらしく、つまりはその認証票が、正式に新たな冒険者が誕生したことを告げる証明にもなった。
「えっと、これで冒険者登録は完了になります。ご苦労様でした。…私もここに入って初めて登録の手続きをしたんで不安でしたけど、うまくいって良かったです」
大きな仕事をやりきったトゥワイスに、ルイーナとアミルダがおめでとうと微笑む。お互いに頑張りましょうね、と言う彼女の笑顔に、アンドレイは短く「ああ」と答えた。
タグを手に取りチェーンを首にかける。タグはワイシャツと体の間に滑り込み、ちょうど鳩尾の部分で吊り下げられる。思った通りの長さだ。
「そういえば、何故認証票を二つにしたの?」
プレートを手に取ったアンドレイを見て思い出したように聞いたルイーナに、スーツの内ポケットにプレートを入れるのを見せる。
「これで服を貫かれても葉巻が駄目にならない」
理由を聞いて呆れ顔になったルイーナの横で、トゥワイスが「あ、そうだ!」と声を上げる。
「職員の決まりになってることがあってですね。新たに冒険者になった方を祝う言葉を言うんです」
喉を軽く鳴らして整えると、スゥと息を吸い込む。
「おめでとうございます、マキシマ・アンドレイ。新たな冒険者としての貴方の誕生を祝い、その命尽きるまで、数多の武功を築かれんことを願います」
言い終わってフゥと一息吐くトゥワイスを見ると、小さく頷いてから「行くか」と後ろを振り向いた。
胸で小さく踊る認証票には、片側の面には英語で刻まれた冒険者ギルドの名前と、その上にある全て階級を示す横並びの十の点。
そして裏には、冒険者の名前でもあり、用紙に記載した文字。
【ANDREY MAXIMA】
牧島をもじられ「マックス」と呼ばれていたことを思い出した時、自らの名前にその要素を組み込んだ。
【がんばってね】
どこかで聞こえた気がした声に、心の中でああ、と返す。
これでわざわざ思い出す必要もなくなる。忘れることなど間違いなく無い。「お前」が始まりになったこの呼び名を刻んで、俺はこの世界でやるべきことをやっていく――。
体と心に多くの傷を受け尚歩き続ける護り屋、牧島アンドレイ。冒険者としての始まりであった。