鑑定者の憂鬱 02
R2.7.14
一部修正
さて、それじゃあ話していこうか。私にここまで思わせる程のアビリティについて。
今回も順を追って話をさせて欲しい。ただ、今度は先程のような授業としてではないよ。私の心境を少し整理したいからさ。いつになく真面目になってるから、私自身戸惑ってるんだ。
私の【鑑定】は本に相手の情報を書き記す物。書き記すといっても直接書く訳では無くて、
本にかざした右手から魔力を放出して、それに反応して本に文字が刻まれていく。
一人に対して使われるページは見開きの状態の2ページ。
もし過去に鑑定した相手が新しくアビリティを取得したとかで情報が更新される場合は、既に書かれたページが一旦まっさらになってから新しい情報が記される。
記される情報は複数の項目に分かれていて、左ページの上には基本情報にステータス、その下に魔法とその詳細について。右のページは丸々アビリティに関しての情報になる。
時々魔法の情報が多くて右ページにいってしまう場合もあるが、内容がどうであれその2ページに収まるようなレイアウトで自動的に記されていく。
最初に出てくる基本情報は名前、年齢、身長、体重。病気や症状がある場合もそこに追加される。ステータスは体力や筋力、素早さや魔力といった物だね。
基本情報に以下の内容が記される。
【名前:牧島アンドレイ】
【年齢:32】
【身長:199】
【体重:237】
名前から察するに、異なる国の人間同士から生まれて名付けられたみたいだね。過去にもハーフのフォーリナーに会ったことがあるから、彼もそうなんだろう。
早速驚いたのが、彼の身長と不釣り合いな体重だった。身長199センチという身長もすごいけど、次に出てきた体重の数値が237キロ。
重すぎだろう、どう考えても。彼が椅子に座りたがらないのが分かったよ。そりゃあ150キロの人間が座っても壊れないと言ったところで座らないよ。
その下には彼が患っているであろう症状が記載されていく。そこにはこうした記載があった。
【ミオスタチン関連筋肉肥大(ミオスタチン遺伝子異常)】
【筋肉密度:高】
私が初めて目にする症状だったが、【鑑定】は優秀でね。自分が知らないことも細かく映し出してくれるのさ。
症状の詳細を見ると、どうやら筋肉の成長を抑える為の遺伝子が生まれつき少ないらしく、筋肉の成長が人の何倍もあるらしい。おまけに筋肉の密度も結構高いせいで、この体格と体重になるそうだ。不釣り合いな体重の理由はこれだった訳だ。
この症状が直接彼を苦しめている訳では無いけど、消費されるカロリーが尋常じゃないみたいで、一日に食事を大量に摂らないといけないらしい。まあフォーリナーは連れてきたレイジナーが仕える国に保護されることが多いから、食事面は心配ないだろう。あの国王と関係が悪くなっていなければの話だけど。
因みに「遺伝子」や「カロリー」っていう単語は過去に来たフォーリナーから簡単な説明を聞いて知ったんだ。多分この世界の多くの人は知らないんじゃないかな。
次に筋力や素早さといった情報だね。ステータスは次の七つに分けられている。
STR…単純な筋力、近接武器に影響
DEX…器用さ。遠距離武器に影響
VIT…体力に影響
DEF…防御力に影響
INT…魔法攻撃力に影響
MND…魔法防御力と精神的な強さに影響
SPD…素早さに影響
冒険者でも無い20歳を迎えた一般的な人間だと全てのステータスが平均して80前後。同年代の冒険者だとそれぞれのタイプによって150位。どのステータスでも250を超える人間はそう見ない。過去に見た最高の数値はこの世界にいた老年の賢者で、INTが380もあった。
だからまた驚いたよ。彼はまた規格外の数値を出してくれた。
【STR:468】
【DEX:113】
【VIT:396】
【DEF:232】
【INT:95】
【MND:226】
【SPD:67】
STRの数値が過去の記録を見ても類を見ないものだったよ。おそらく彼の症状が影響しているんだろうね。VITやDEFが高いのも、SPDが低いのも彼を見れば頷ける。MNDが高いのが意外だった。
次に魔法だ。魔法はそれぞれ名前と説明が書かれているが、今の所は【空間魔法】が一つ。ランク【天使】の【ディメンションボックス】だけだったね。私が鑑定した限りでは、ランクは違えどフォーリナーは誰一人違わず全員持っているアビリティだね。ここから魔法を覚えるかは本人次第だ。
…さて、それじゃあアビリティの説明に行こうか。説明しながらは大変だから、まず彼のアビリティが何だったか、からにしよう。
彼のアビリティ一覧にはこう表示された。
【グッドステータス・VIT 階級:女神(10)】
【グッドステータス・STR 階級:天使(7)】
【代償変換 体力回復→栄養摂取】
【[リミテッド・アビリティ:空腹時]時間経過時増加・HP 階級:女神(4)】
【沈黙威嚇】
【高速:一歩】
【[カースド・アビリティ]先制攻撃 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]武器使用・剣 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]武器使用・槍 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]武器使用・斧 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]武器使用・弓 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]武器使用・槌 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]武器使用・小刃 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]武器使用・手甲 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]武器使用・杖 階級:死神(10)】
【[カースド・アビリティ]敵対者攻撃回避 階級:悪夢(10)】
【切断無効】
【貫通無効】
【同等不利益変換:身体損傷→痛覚】
【ペインバック】
【バイバック】
結論から先に言おう。上の四つを除いたアビリティ全てが、色の濃さに違いはあれども、赤黒い文字で表示されていた。
一番上の二つは言うまでも無く、ステータスのプラス補正だ。先に出たステータスに、この補正が追加されることになる。彼の最も高いステータス二つに更に補正が入ることになる。特に体力の補正はとてつもなく高いだろう。
【代償変換】は特定の効果を本来のものでは無く別の物に対しての効果に変換させる。彼の場合は【体力回復→栄養摂取】。つまり体力回復の効果を受けた際、それを自らの栄養としてしまうことになる。
それでは回復魔法等を受けた場合はどうなるのだろうかという疑問も、その下の【[リミテッド・アビリティ] [空腹時]時間経過増加・HP 階級:女神(4)】を見て納得した。これはまだ彼に説明していないアビリティの一つだ。
[リミテッド・アビリティ]というのは特定の条件下でのみ効果を発生するアビリティで、そのタイミングは隣に「空腹時」書かれている。
内容は時間経過で体力が回復していくという極めてレアなアビリティで、冒険者が欲しがるアビリティの一つでもある。しかも【女神】となると戦闘中で受けたダメージを上回る位の回復量を誇るようで、「攻撃を受けて体力が回復するアビリティ」なんて勘違いすらされたこともあるらしい。
だが彼の場合はこれが先の特殊条件…空腹時にのみ発動するようになっている。つまりはこれが彼にとって食事に近い物になる。
この国では場所によって満足に食料が確保できないことがある。しかも冒険者であれば数日間まともな食事につけないことも珍しくない。それは人よりも多くの食事を摂取する必要のある『ミオスタチン関連筋肉肥大』という症状を持っている彼には致命的な問題だ。
でもこの二つのアビリティがあることで、食事に変わる栄養を確保出来ることになる。…まさか女神の力をもってして漸く解決出来るだけのエネルギー消費量になるとは思わなかった。
分かると思うけど、空腹でない時は発動しない。つまり体力回復はこのアビリティではされないということ。
そこから下は全て赤黒い文字で埋められている部分になる。次の二つは、その中でも若干色が明るい。
【沈黙威嚇】は、「敵の注意を引く」と意識して声や音を立てることで周囲の敵の敵視を集められる【威嚇】のアビリティの性能を、黙ったまま睨むだけで行えるものだ。有用性はともかくとして、あまり彼が叫んだりすることが想像出来ないので、合っているといえば合っている。
【高速:一歩】は、静止した状態から踏み出す最初の一歩に限り、瞬発力と素早さが急上昇するとある。
こうしたアビリティすら赤みを帯びた文字で表示されているのが疑問と同時に驚きだったが、私が本当に驚いたのは残りのアビリティに関してだった。
残りのアビリティの大半についている[カースド・アビリティ]の文字。これも彼にまだ教えていなかった【バッドアビリティ】の一種だが、その意味合いは通常の物とは異なる。
本来の【バッドアビリティ】は、例えば「素早さが○○下がる」や、「使用後○○秒間使用不可」というように、始めから発生していたり、特定の行動を取ったことで起きるクールタイムのようなタイプが多い。
だがこの[カースド・アビリティ]は、該当する条件を行ってしまった場合、即座に本人にペナルティが発生するタイプのアビリティだった。
ランクにより単純な疲労から状態異常、ダメージが発生する。しかし彼のそれは全てがランク【死神】で尚且つ度合いが最高値の10。このランクと数値の組み合わせは即死を意味する。
それが【先制攻撃】…先に攻撃をすることと、この世界で使われる武器全てに対しての【武器使用】に適用されている。
つまり彼は、先に攻撃を行うことも武器を使うことも出来ない。
加えて…これは初めて見るアビリティだが、【敵対者攻撃回避】という、本来行うべき「敵の攻撃を避ける」行為にすら【悪夢】がまとわりつく。死神では無い為即死というわけではないが、瀕死や昏倒は免れない。当人にここまで不利益をもたらすアビリティは初めてだ。
それを補うかのように、三つの補助的なアビリティが名を連ねる。だがどれも手放しで喜べる物では無かった。
【切断無効】と【貫通無効】は、例えば剣で腕を切り落とされる、太い槍で体の一部を貫かれて肉を持っていかれるといったようなことが無くなる、ということだ。ただあくまで『切断』と『貫通』であって、斬撃や刺突はその範囲外…彼は斬られも刺されもする。
【不利益同等変換】も滅多に目にしないアビリティだ。これは当人が受けた何らかの被害を即座に別の被害に変換する。例えば魔法ダメージを物理ダメージに変える、または火属性ダメージを水属性ダメージに変える、といったもの。
あまり良い物では無いが、これは共通して持ち主自身に若干耐性のある物に変換してくれるようになっている。「いくらかマシ」程度…無効や耐性の下位互換だと思ってもらえば良い。
変換される内容はその横に記載されるんだけど、内容が【身体損傷→痛覚】となっている。どうやら火傷や凍傷等で体が修復不可能なレベルになってしまうような損傷を全て痛みに変換してくれるらしい。
そして一番下には、また初めて見るアビリティが名を連ねていた。
私自身がある意味一番気になっているアビリティだった。何せ赤黒い文字の色が、他と比べて一際濃くなっていたからね。
【ペインバック】。そしてその派生アビリティ【バイバック】。
派生アビリティは名前の前に少しスペースが空いており、上のアビリティの派生ということになる。
【ペインバック】は、外敵から受けたダメージを攻撃力に変換し、次に放つ一撃に自らの攻撃力に加算して放出するアビリティ。逆を言えば、敵からダメージを受けない限りは発動されないアビリティになる。
【バイバック】は、その時受けたダメージ量や彼の感情の起伏等を要因として、変換される攻撃力が何倍にも跳ね上がるというもの。
派生アビリティとなっているのは、【ペインバック】が発動する際に初めて発動出来る付属的な物だからだ。
彼のSTRステータスにこのアビリティで加算された攻撃を一撃とした時、一体どれほどの物か想像もつかない。
彼のアビリティを全て見た上で改めてその特徴をまとめる。
彼は「敵に先に攻撃をすることも武器を使うことも敵の攻撃を避けることも出来ず、敵の攻撃を受けた上で反撃として初めて攻撃が出来る」ということだ。それにステータスの補正にはVITはあってもDEFが無い。敵の攻撃を何の補正も無く受けるということだ。
折角の体力回復も彼の症状を補う為の物に留まり本来の効果を発揮出来ない。
身体の欠損や修復出来ない損傷を防ぐ為の補助はあるが、結果としては少しでも長く攻撃を受けられるようにする為のものでしか無かった。
あまりにも制限が多い上、彼のアビリティが徹底して「敵からの攻撃を受ける」という目的に集約されている。彼の体力の多さや【女神】レベルの体力増加も、この為だと言っているように思える。
ピーキーなんてレベルじゃない。こんなに理解を超えて規格外に尖りに尖ったアビリティは初めてだ。
何より、それらを記している多くの濃い赤黒い文字。
この傾向の色を見たことは少ないが、根底にあるのは激しい「怒り」や「哀しみ」、「恨み」や「憎しみ」。そして「殺意」だった。
つまり彼の人生の中で、海のように深く、夜の森のように暗い、これらの激しい負の感情を生み出す出来事があったということ。
そして数多くのカースド・アビリティは、その過去の出来事に大きく関係した物になっているということだった。
この色を持った人間は誰一人として違わず、多くの屍を築き上げた末に、自らをその山の頂に座らせて終わりを迎えている。
……私は【鑑定者】だ。出来ることは少ない。相手の過去に関与したり、ましてや相手の冒険や人生を変えることなんて出来やしない。彼ほどの負の感情を秘めた人間なら尚更だ。
例え何かアクションを起こしたとしても、彼は決めた道を止まること無く歩き続けるだろう。
だから、私は私なりに、その少ないながらも出来ることをするのさ。
どうやって、だって? 簡単なことだよ。
まずは相手が少しでも報われるように、相手の旅路が良い物になるように願うこと。簡単だけどしないよりはマシだろう?
それと、これも気休め程度かもしれないけどね。
本に全ての内容が記されたのを確認してから、私は目の前に座っている、心と体に大きくたくさんの傷と持つ彼の目を見る。
その後に私の左手を取らせていた彼の右手を軽く握り返してから――
「お待たせ。鑑定が終わったよ! 可愛いリンちゃんを間近で見たままその手をずっと握っていられて、幸せだっただろう?」
最後に満面の笑顔になってからこう言ってやるのさ。
ルビは場所によって読みが変わる字に対してはその都度、読みが一つに統一するものは最初の一つだけに着けるようにしています。
時間がある時にでも、ルビの付け方におかしな点が無いか確認予定です。




