【鑑定者】リンダ・カールトン 02
R2.7.14
一部修正
段々と一話毎の文字数が多くなる…。
「俺のアビリティだと?」
答えが分かっても、アンドレイの顔には未だに疑問が貼り付いていた。
「そうだね。まだ分からないだろうし折角だ。可愛いリンちゃん先生とアビリティについてのお勉強といこうじゃないか」
ルイーナがギルドの受付で唐突に始めた授業を思い出した。自分で可愛いと言う分、リンダの方がアンドレイの中ではより「個性的な」部類に入った。
「この世界にいる人型の種族の7割は【アビリティ】を持っていてね。その数も種類も人によって異なるのさ」
人型の種族という言い方にアンドレイは少し引っかかりを覚えたが、そのまま話を聞く。
「生まれた時からの先天的な物もあれば、それぞれの環境や生活、鍛錬によって後天的に発生する場合もある。多くの人が手に入れるような汎用的なものもあれば、世界に一人しか持っていないものもある。それに同じ様なアビリティでも【階級】、つまり強さの度合いでかなり細分化されるから、単純に数だけでいうと途方も無い数字になるんじゃないかな」
この世界で初めてアビリティの存在が確認されたのは数百年以上も前になる。長い年月の中で様々なアビリティの存在が生みだされていった。
だが何故先天的にアビリティを持つ者と持たない者と別れるのか。意識していなくても生活の中で突然アビリティが生まれることもあれば、鍛錬を積んでも中々生まれない場合もあった。
また同じ鍛錬を積んでも、人によって同じアビリティが着いてもその【階級】が異なることもあり、未だにアビリティに関して解明出来ていない部分が多い。「女の子と同じで謎が多いのさ」とフフンと笑うリンダの言葉をアンドレイは聞き流した。
「因みにルイーナ達レイジナーの専用アビリティは【異世界転移】と言って、持っている人間は極めて少なく貴重でね。国で一人、残ってる記録では多くても三人かな。例え平民や奴隷であってもそれを持っていると分かったら、たちまち王族や国臣、貴族と同等の立場になれるのさ」
「…王族側がそのレイジナーを殺すことはまず無い、ということか」
「とんでもないことだね。自分達でそんな貴重な存在を手放すような真似は……。あー…うん、あり得るね、この国なら」
否定から始まり納得で終わったリンダの表情から、彼女が何を思ったのか伺える。愚王ここに極まれり。アンドレイは思った。それを悟って、リンダも「何故君に説明されるべき内容が少ないのか分かったよ」と笑顔のまま溜息を漏らした後、話を戻そうと両手を軽く叩いて切り替える。
「でもそんなアビリティ、実は何を持っているのか本人でも分からなくてね。専用のアビリティを持っている人じゃないと見られないんだ」
その一言に、アンドレイが成程と呟く。飲み込みの早い生徒に教師はまたウンウンと頷く。
「理解が早いね。そう、この私ことリンちゃん先生こそ、この国で数少ないアビリティ【鑑定】を持つ【鑑定者】の一人さ。しかも【女神】のランクを持っているのはこの国では私だけだね」
と言って自身満々に胸を張って笑顔、所謂『ドヤ顔』というものになったが、アンドレイはそうした知識は持ち合わせていなかった。
ゴッデス。つい先程耳に入ったばかりの言葉をアンドレイは頭の中で繰り返した。
「確か国臣達も言っていたな」
「【階級】の強さだね。アビリティにはそれぞれ強さがあって、【精霊】【妖精】【天使】【女神】と、【鬼火】【悪魔】【悪夢】【死神】がある。良い意味でも悪い意味でも『加護』ということなんじゃないかな?」
「? 何故二種類あるんだ」
「アビリティの中には自分に不利益な物もあるんだよ。自分にとってプラス補正になる【グッドアビリティ】と呼ばれる物には前者の四つ、マイナス補正になる【バッドアビリティ】には後者の四つが付く。因みに全てのアビリティに決まってランクが付く訳じゃないよ」
「不利益なアビリティか…」
「ただバッドアビリティが付く場合、必ずそれを補って余りあるだけのアビリティが付与されるんだよ。それを持つ人の環境や使い方によってはプラスにもマイナスにもなるのさ」
ただアビリティを持てば良いという訳でもなく、適性が無ければ強力な物でも腐ってしまう。王都にいる囚人と化している国民は、おそらく大半がそうしたアビリティを活かしきれない人間か、アビリティが付与されない残り三割の人間なのだろう。
「基本的には有料で鑑定をしているんだけど、冒険者登録をする人は無償で鑑定しているのさ。いざ冒険者になっても自分のアビリティが分かっていないと意味が無いからね。これから冒険者になっていく人への特別サービス、という訳さ」
それ程高くない値段ではあるが有料であることから、冒険者以外で鑑定を行う人間はこの国ではそうおらず、戦闘以外にも役立つアビリティが存在している為に商人や職人、王族や貴族が鑑定を依頼することが多い。重税に重税を重ねるこの国なら仕方のないことでもあった。
「じゃあ始めようか。鑑定の仕方は【鑑定者】によって違ってね。私の場合だとこの本を使って、鑑定した相手の情報を書き記すのさ」
リンダが机の端に置いてあった本を手元に寄せ指でページを数えて開くと、何も刻まれていない見開きのページが開かれる。
リンダの鑑定方法は相手の手を自分の左手で取り、右手を右のページに手をかざすことで左のページを始まりとして相手の名前、ステータス、アビリティが記していくものだった。書き記すと言ってもリンダが直接書くのではなく、手をかざして本に出される魔力が文字となって表れていく。
記している途中の段階ではリンダ以外には読めず光の帯が見えるという。記載が終わり手を離した所で初めて他の人間には文字として認識出来る。
「だからそろそろ座って欲しいんだけど、良いかな?」
アンドレイが入ってきた時同様に右手で椅子に座るよう促すが、アンドレイの腰が沈むことは無い。
「…これはどれ位の重さまで耐えられるんだ」
「ん? まあ色々な人がいるからね。今のところだと150キロ近くあった人が座っても大丈夫だったね」
自分の体重に椅子が耐えられるかどうか。アンドレイが座らないでいた理由だった。急にアビリティと違う質問をして何だと思ったリンダは、そういうことかと思って過去に座った中で一番体重のあった登録者が座ったことを話す。
だがアンドレイの不安はその答えを貰っても拭えなかった。
「……それだと足りないな」
「そんなにあるのかい? じゃあそこに同じ椅子があるから、二つ使っていいよ」
アンドレイの答えに驚きながら、急ごしらえの対策で解決させるように少し離れた所にあった同じ型の椅子を指さす。まだ不安が残るアンドレイだったが、その二つの椅子を使って座ることにした。
椅子を並べてゆっくりとそこに座る。椅子から歪な音が聞こえたものの、アンドレイも足に力を少し入れてかかる体重を分散しているもあり、どうにか崩れずに済んでいる。
「大丈夫かい?」
その様子を見て歯がかろうじて見える程度に口を開けてクスクスと笑うリンダに、問題無いと答える。それを聞いて安心したリンダは、アンドレイに右手を出すように促す。
「さ、それじゃあ始めようか。書いている途中だと私以外からは光っているだけだけど、終わったら読めるようにもなるし、説明もするからね」
アンドレイの手を取り本に手をかざすと、目を閉じてルイーナの時と同じように聞こえない程の声で呟く。少しすると左のページが光り出した。それを合図にリンダが目を開ける。
「鑑定が終わるのに暫くかかるから、可愛いリンちゃんの手を握ってドキドキしながら待っててね」
半ば飽きたような反応を示すアンドレイを後目に、リンダは本に顔を向け、少しずつ書かれていく文字を目で追っていった。
ルイーナはアミルダと共に、リンダのいる建物の前で足を止めた。女冒険者達との話が終わり、いつの間にかいなくなっていたアンドレイを探していた。
普段は接触する機会の無い冒険者達との話に、同性だったのもあり話が長引いてしまった。少し申し訳なく思いながらも、彼女にとっては良い刺激となった。不本意な二つ名を口にされなければ尚更良かったのだが。
隣で小さく笑うアミルダも同じ意見だった。話の中で、自分の髪や眼帯、着ている服から『黒の華』と呼ばれていることを初めて知ったが、こちらはルイーナと違ってあだ名を付けられている新鮮さに喜びを感じていた。
話が終わって振り向いた二人の先にアンドレイの姿は無く、涙目になっていた若いギルド職員だけがカウンターの向こうでオロオロとしていた。
アンドレイと職員とのやり取りを知らなかった二人には何故そうなったのかが分からなかったが、階段横の通路に歩いて行ったと涙目の職員が伝えた。
その時に自分が怒らせたかもしれないと震えた声で言う職員を宥めてから、二人は階段横の通路…リンダのいる建物に繋がる通路を通ってきた。
二人が中を見ると、奥に見間違えようも無い大きな背中が見え、更にその後ろから光が漏れていた。既に鑑定が始まっているらしい。
「…よく…ここが…分かったわね…」
「ギルド職員の話からだとたまたまだと思うけど、どっちにしろあの後ここに連れてくる予定だったから、ちょうど良かったわね」
連れて行くどころか長い時間女だけの話に花を咲かせていたことを心の中で改めて詫びながら、二人は建物の中に入る。
本来、鑑定を行う場合は集中が必要な為、鑑定をしている部屋の中では極力会話をしないのが決まりとなっている。鑑定方法によっては近寄ることが難しい場合もあり、その認識は世界共通のものとなっているが、リンダは普通に笑い話をしながらでも鑑定が行える。
稀な例ではあるが、リアルタイムで冗談まじりに情報を教えてくれる鑑定者は需要が高かった。
「久しぶりねリンダ、鑑定はどう…」
話ながら鑑定が出来ることを知っていたルイーナはリンダに近づいて声をかけたが、途中で「それをしてはいけない」と自らを律した。
普段はお菓子箱の中身のように様々な笑顔を見せてくれるお茶目な鑑定士が、困惑じみた真剣な顔をしていたのを初めて目にしたからだった。




