ペンは身を賭して時を作る
R2.7.14
一部修正
今回は若干長いです。
いつもなら分ける事も考えるのですが、今回はまとめた方が良いだろうと思い敢えてそのままにしました。
また、この作品に初めてブックマークが付きました。ブックマークありがとうございます。
時間を割いて読んで下さる方々にも、改めて御礼申し上げます。
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明らかに働いてから日の浅い若い冒険者ギルドの職員から一通り説明を受けたが、わざわざ形状を選択する理由が気になったので質問を投げかけてみた。
「…この『タイプ』が複数ある理由は何なんだ」
「は、はい!」
まだ俺に対しては免疫が出来ていないらしい。受付に来たばかりのと同じような声をあげる。まあ無理に慣れろとは言わないし、そういう反応は寧ろ飽きている程だった。
「えぇっとですね…前はタグだけだったんですけど、一部の冒険者の方から「首に長時間着けると肌が荒れてくる」とか「戦闘中に動いた拍子にタグが暴れて邪魔になる」といった意見があったみたいで…」
かたや金属アレルギー、かたや戦闘時の思わぬ障害。前者は体質の問題で、後者は場合によっては命に関わってくる。確かに何かしらの対策も欲しくなるところだ。
「それで全国の冒険者ギルドで冒険者からアンケートを取って…特に需要の高かったこの二つが加わったそうです。タグよりも多くの素材を使ってるので、それに比例して発行手数料を上乗せさせて頂いてるんです」
階級によって手数料が異なるが、任意のタイミングでタイプの変更も可能らしく、そうした対応もあって、それ以降は認証票に関わるクレームが激減したらしい。
「それで? どれにするの?」
すっかり元の表情に戻っているルイーナの問いかけを受けて、俺は自身に最適な形状は何かを考え始めながら、認証票について幾つか思い付いた質問をしてみた。
質問を繰り返した結果、既に聞いていた部分も含め分かったことを頭の中で確認してみる。
・冒険者ギルドに登録した証、階級の証明、また身分証として使用
・複数の認証票も作成可能(各認証票毎に料金発生)
・サイズ等の理由により、タイプによっては追加料金発生
・極端な大きさで無い限り、任意でサイズ変更可能(追加料金発生)
・認証票には様々な特殊加工と魔法が施されている(企業秘密)
・職員の目の前で認証票に登録者本人が血液を付着させて初めて認証票の効力が発生する
・紛失時には手数料+罰金を支払い再発行可能、再発行後、以前の認証票は効力を失効する
・認証票の窃盗は重罪、盗難者が冒険者の場合は冒険者資格を永久に剥奪
・階級は十段階あり、最初は【赤銅級】から始まる為、登録時の素材は共通して赤銅になる
・別途料金を除けば、登録時の手数料以降昇級等による支払は発生しない
・冒険者の死体を見つけた際、認証票を冒険者ギルドに持ってくる(可能なら死体も)
ただでさえ未知の多い世界というのもあったので多くなってしまったが、若いギルド職員もまだ慣れていない中で質問に答えてくれる。
途中で言葉に詰まる部分もあったが、「それなら覚えている」と再度やる気を出したルイーナがフォローし、結果二人体制で俺の質問に答えることになっていた。この状況がおかしかったのか、隣にいた眼帯女の黒い髪が小刻みに揺れていた。
複数の認証票は、以前冒険者が偶然見つけた面白い方法が基で取り入れるようになったらしい。
サイズによる追加料金は、俺のように体格のある登録者が『リスト』を選択した場合、必然的に素材の使用量が通常より多くなる為だと聞いて納得した。
紛失は言わずもがな。窃盗の罰則を聞くに、認証票の価値がよく伺える。
死んだ冒険者の認証票に関しては、冒険者ギルドが冒険者の情報を記録している為、その生死も記録する必要があるらしい。死体は死亡した情報がより確実になる為だという。どちらの場合でも持ってきた人間には謝礼があるらしい。
一部の空間魔法というのを使うことで大分楽に運べるようなのだが、詳しくは後で教えると言われたのもあり、魔法についての話は一旦そこで終わらせた。
尤も、空間魔法を使える人間は決して多くないらしく、殆どが認証票のみ持ってくるか、死体も一緒だと謝礼が増額される為、頑張って複数人で担いでくる奴等もいるらしい。ルイーナはその「多くない」方に入るらしく、俺の横から眠たげに自分もと訴える声が聞こえた。
少し顎に手をやり考えていたが、聞いた話を踏まえた上で、俺はどのタイプの認証票にするのかを決めた。
「ペンを貸してくれ」
授業をするように振舞っていたルイーナから持っていたペンを受け取り、用紙に記入を始める。スペースの問題で横にいられると記入しづらい為二人には下がってもらい、少し前屈みになって用紙にペンを近付ける。
名の後に姓という名前の表示形式に、ふと日本に来るまで住んでいたアメリカを思い出す。生まれ育った場所であったから、当然日本よりいた時間は長い。
意識していなかったが気疲れもあったせいか、珍しく昔を懐かしんでいる自分がいた。少しだけそれを受け入れる。
国の違う両親に日本語と英語を教えてもらった日々や、スクールでクォーターを嘲笑い喧嘩を売ってきた奴らを返り討ちにした時が思い浮かぶ。
一部の気の置けない連中に、名前の他に苗字をもじったあだ名で呼ばれていたこともあった。
スクールを卒業し、仕事について…そして……
【……キミのせいじゃ、ないからね……】
右手から聞こえた何かが折れる音で我に返る。
音の出処を見ると、文字を書こうとしていたペン先と目が合った。どうやらペンを握るのに力加減を間違えたらしく、木で軸を作られていたペンが、親指を中心としてその体で11時の形を作っていた。
それを見てからほんの数秒後に、元々親指から下にあった筈のペン先の部分が落ち、用紙に不要な黒点を付けた。
「……すまん、替えのペンを…」
――顔を用紙から少し上にあげた先には、口を両手で押さえ、顔を青白くしながら目に涙を浮かべているギルド職員がいた。
職員の若い女は目を見開き、指の隙間から見える口から歯の鳴らす音を洩らし、ただカタカタと震えながら俺を凝視していた。
……いや、体も目も動かすことが出来なかった、と言う方が正しいかもしれない。
今俺の目の前にいるのは、拙いながらも自分なりに仕事をこなそうと懸命に説明をしていた新人ギルド職員ではなく、唐突に目の前に表れたとてつもなく大きく理不尽な恐怖を、その細く小さな体に受けた若い娘だった。
その様子を見て、俺は今自分の顔が、決して誰にも見せられない物になっているのだと理解した。
ルイーナより少し小さい位の背丈だったこの職員と俺とではかなりの身長差がある。それは俺が前屈みになっていても全く支障がなく、寧ろ近い位置ではより俺の顔が見える程の体格差だった。
つまり、今の俺の顔が極めて見やすい状態にあったということになる。
「…………」
経験上、こうなっては取り返しがつかないのは良く分かっていた。ただでさえまだ俺に怯えている感があったこの娘は、もう二度と俺とは関わりたくないだろう。
何かを伝えるのを諦めると、半分に折れたペンで無理やり用紙の記入欄を埋めていく。
名前はアメリカにいた時と同じ英語で記入し、加えて思い出したあだ名を利用した綴りを姓の欄に書いた。書きにくいペンを作った原因が、どう書こうか考えあぐねていた名前を書くのにちょうど良いきっかけをくれた。何より、これで忘れることは無い。
誕生日欄は言われた通り今日の日付を書き、色々と質問していたタイプに関してもチェックを入れ、そこにも少し手を加えていく。
全て書き終わったことを確認すると、記入した用紙と折れたペンを、俺から見てカウンターの最奥となる、いまだ固まっている職員の手元に滑らせる。
ふと横目で後ろを見ると、二人が少し離れた所で冒険者だろう女数人に囲まれ、こちらに背を向ける形で話をしていた。
話が出来る数少ない機会だからか、冒険者達は今の気持ちを顔や声に表しながら話を振っている。体裁か本質かは定かではないが、二人もまともに対応しているようだ。
二人は当然だが、女冒険者達も話に夢中でこちらを見ていない。動くなら今の方が良い。
背を伸ばしてから後ろを振り向く。この状態で顔を不自然でない程度に上に向け、顔が極力見られないように努めた。
「……すまなかった」
聞こえているかどうか分からなかったが、ギルド職員に一言告げた。その瞬間職員が動いた気がしたが、俺はそのまま受付を離れると、誰の目にも触れないようにすぐ左に曲がり、階段下の通路を通っていった。通路の途中で左側にドアがあり、そこが職員の出入口だと分かった。
突き当たりを右に曲がると大きな両開きのドアが見える。開いていた片側からは外が見えたので、ちょうど良いとそのまま進んで外へ出る。
木の板から石畳の感触が足に伝わると、今いる場所を確認する。
正面には冒険者ギルドと同じ造りの建物があり、俺の目の前には間仕切り用のカーテンが付けられたドアが開いている。赤紫色をした間仕切りの奥は、薄暗い照明も相まってよく見えない。
横を向くと片側は高い塀によって向こう側が見えず、反対側は先程俺達が歩いていた道が木で造られた高めの柵を通して見える。柵からこちら側だけ石畳のようだったので、どうやらここも冒険者ギルドの敷地内らしい。
…昔を簡単に思い出す物では無いな。そう思いながらまた葉巻の煙と香りを楽しもうと、シガーケースに手を伸ばす。
マッチがもうじき寿命を迎える。そんなことを考えながら葉巻を吸い、煙を口の中で転がしていると、間仕切りのある建物の奥から声がした。
「誰かいるのかい?」
不思議な声、とでも言えばいいのか。無邪気な子供らしさの中に、艶と慈しみを感じる声だった。それにしても、ここに来てから女と関わる比率が高ので、少し辟易してきた。
「冒険者ギルドに来た登録者だろう? 気にしなくていい、入ってくるといいさ」
今の俺は人と話す心境では無かった。先のこともあって女なら尚更だ。
見えやしないだろうし見えたところで分からないだろうが、俺は断りの返事の代わりに咥えていた葉巻を手に取り、軽くかざして煙を吐く。
「葉巻なら吸ったままで構わないよ。なぁに、こっちも香を焚いてるんだ、同じ煙と香りを出すよしみで何とかなるさ」
予想外の返事に葉巻を持っていた手が止まる。葉巻を知っている? この世界にもあるのか? だが嗜好品でもある葉巻をあの愚王が知らないというのはおかしい。
「うんうん、驚いてくれて何よりだ。もう誰に会っても問題無い顔に戻ったよ。いずれにしろ登録者はこっちに来ることになっているんだ。さ、早くおいで」
子供をあやすように優しく、そう言って再度俺を招く。言われてみると顔に入っていた力が抜けているのを感じる。
…見えているのか?
色々考える物は多いが、この様子だと行くまで何度も呼ばれそうだ。何より葉巻のこともある。俺は葉巻をまた一度吸うと、声の主がいる建物へと歩みを進める。
間仕切りを手でどかしながら入ると、目で見るよりも早く香が鼻をくすぐる。自己主張が強いながらも葉巻の香りが損なわれないのは意外だが助かった。
外から見た通り薄暗く、小さな暖色系の照明が無数に点けられている部屋の奥で、つばの広い三角帽子と肩の露出した服を着てマントを羽織った若い女が、頬杖をつきながらこちらを見つめてにこやかに笑っていた。
今回ペンが11時の形になっていましたが、こちらは明日5時起きです。
皆様睡眠不足には気を付けましょう。




