第八話 影狼
僕とお志乃ちゃんを救ってくれた鎧の男は、僕たちを両手で抱えて、真っ暗な夜の斜面を歩き続けた。途中、息を切らす男の様子を見て、自分で歩くから降ろしてと、何度か言おうと思ったけど、僕には出来なかった。なぜって、この真っ暗な斜面では、素っ裸の僕の足は、岩や石や折れた木の枝や根っこで、数歩歩いただけで血だらけになって歩けなくなるであろうことは、わかりきっていたからだ。僕は無力な自分を恥じながら、だまって運ばれるままとなるしかなかった。
「あと少しで、仲間のいる天幕だ、寒いだろうが、がんばれ」
息をあえがせながら男は言った。僕はそれに答えて言った。
「はい、大丈夫です」
男の重労働に比べれば、寒さなどどうということはなかったからだ。
と、突然男は暗闇で立ち止まり、片足で何かを蹴飛ばした。するとそこから、明るい光が漏れ出した。男が蹴飛ばしたのは、さっき男が言っていた天幕の、扉だったのだ。男は崩れるようにその中に入って、僕とお志乃ちゃんをござの敷かれた床に降ろし、大きく息をした。
「なんだ、影狼か。入る時は合言葉を言うはずだろ。危うく切り捨てる所だったぞ」
見ると天幕の中にいた男達のうちの数人が、刀を振り上げたまま凍り付いて、僕たちを見下ろしていた。影狼と呼ばれた、僕とお志乃ちゃんを救ってくれた男は、荒い息のまま答えた。
「す、すまん……、その余裕がなかった。それよりこの子供達を火の近くへ。坑道から脱出してきた者達だ」
「なんだと?」
影狼は重い鎧をずしゃっと鳴らしながら崩れ落ち、ぜぇぜぇと肩で息をした。刀を納めた男達のうちの一人が、僕とお志乃ちゃんに毛布をかぶせ、天幕の奥に導いてくれ、木製の茶碗に入れた熱いお茶を飲ませてくれた。
「あの坑道から脱出だと? どうやって」
僕は、壁に開いた穴のこと、そこを登って地上にたどり着いたこと、そこで影狼に助けてもらったことなどを、手短に話した。途中、お志乃ちゃんが声を殺して泣き始めたので、僕はお志乃ちゃんの肩をそっと抱いて、なぐさめた。息を整え終えた影狼が立ち上がり、あぐらをかいて僕の話を静かに聞いていた。
「影狼、この子の話は本当か? お前の認識と違いはないか?」
「ああ、少なくとも俺の認識と、その子の話に不一致はない。俺がその子を助けた時、近くにあった松明の灯で、かろうじてその子の表情が見えたが、相当に疲労していた。それはとても演技には見えなかったな」
「そうか、わかった。そうだ、名前を聞いてなかったな、お前達、名前はなんという?」
「僕は……、黒田洋馬」
「私は志乃」
「洋馬と志乃か。今日は大変な一日だったな。粗末で申し訳ないが、そこにある布団で休んでくれ。明日俺たちは、村人を奪還するために坑道に攻め込む予定だ。もし可能であればそのための助言が欲しい。そのためにも、今日はゆっくり休んでくれ」
「はい……」
お志乃ちゃんはそう答えて、僕の手を握って立ちあがらせ、男の示した一角に向かった。そこにはひとつしか布団はなかったけど、お志乃ちゃんは躊躇もせずそこに潜り込み、僕を導いた。二人で布団に入ると、お志乃ちゃんは自分の毛布を出て僕の毛布に入り込んできた。僕は一瞬、抵抗しようか迷ったけれど、お志乃ちゃんの肌は温かくて柔らかく、僕は抵抗する気を失って、彼女の身体に抱きついた。もしこの夜、僕のそばにお志乃ちゃんがいなかったら、僕の心はきっとおかしくなっていただろう。でもその夜の僕は、お志乃ちゃんのおかげで、彼女の柔らかで豊かな胸のおかげで、安らかな気持ちを保ち続けることが出来た。その気持ちは、少なくとも次の日の朝まで続いた。そう、あの長い脚を持つ何匹もの化け物が襲ってくるまでは……。
(続く)