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生きている人形(しょせん、私なんて)

 私はテレーズ・オグルイと申します。ただ、私の名前なんて覚えてくださらなくてもまったく問題ありません。こんな私のような存在の名を覚えるなんてことに、あなたの脳のメモリを使わないほうがよいでしょう。もっと有意義なことに使ったほうが、どんなにすばらしいことでしょうか。


 私はただの人形です。この身体は人工的に造られたものです。みなさん私のことを美人だとかかわいいだとか言ってくださいますけど、しょせんはまがい物の身体です。シリコーンの塊で、工業製品です。


 さらに言うと、私はゴミです。もともとは異界で人間の部屋に飾られたり、あれこれされたりしていました。そのあと、私のことがいらなくなったのか、ゴミ袋に突っ込まれて、燃えるゴミの日に捨てられました。


 そのときはちょっとしたニュースになったみたいです。死体遺棄事件だと思われたのです。警察のみなさんの手を煩わせましたし、近隣のみなさんに恐怖も与えてしまいました。私ははた迷惑なゴミです。


 その後、何の因果か、いつの間にか魔界にやってきてしまいました。ゴミとして処理される前のほんの数時間前のことでした。ぱっと光が見えたと思ったら、魔界という場所に来ていたのです。


 そして、私ははっきりとした意識と、可動する身体と、意思表示をするための声が与えられました。私も詳しくはわかりませんが、魔界に充満している魔力のおかげだとか、そういうことだそうです。魔力っていうのは便利ですね。


 しかし、そんな如上の能力なんて、私には過ぎたものです。ただのゴミが動いたりしゃべったりするなんて、そんな気味の悪いことに魔界の魔力を使うより、もっと有意義なことに使ったほうが、どんなにすばらしいことでしょうか。


 ああ、すぐにでも消え去ってしまいたい。いっそあのときゴミとして処理されたほうが、どんなによかったことか。人形魔族なんて種族名を与えてもらい、魔界学園に入学させてもらえて、合唱部に誘われて入部したことなんて、こんなくだらない存在の私には、本当に途方もないことです。


 魔界のみなさんのお邪魔にならないように、勉強もクラスでの活動も、合唱の練習もそれなりにやり、なんとかお邪魔にならない程度にはなったかと思います。しかし、そもそも私なんて存在していることがおかしいわけで、私の一切合切が無に帰したほうがよいのかと思います。


 ちなみに今は授業と授業の間の休み時間です。特にやることもないので、教室を見回します。こんな生きている人形なんかに見られるなんて薄気味悪いことかもしれません。本当に申し訳ありません。


「あーるーぷーす いちまんじゃーく こーやりのうーえで」


 クラスメイトのリリスさんとカーミラさんが「アルプス一万尺」の遊びをやっています。リリスさんがカーミラさんに教えて、ふたりの間でちょっとしたブームになっているみたいです。私も異界にいた頃にその遊びを聞いたことがあります。


「ちょ、カーミラ、おっぱいに手あててこないで」


「ごめんごめん、リリスちゃん、ちょっとずれちゃった」


「もうちょっとゆっくりやろう」


「うんうん、もうちょっとゆっくりね」


 リリスさんは淫魔族という種族の魔族で、とてもすばらしい方です。こんな私にいつも優しくしてくれます。ぷにぷにしてて丸っこくてかわいらしくて、優しくて気立てもよくて、けどバカっぽくて、ドジで間抜けで、ビッチっぽくて、お胸の大きさはちょっと気持ちが悪いくらい大きくて……。


 あ、今リリスさんの悪口を言ってしまいました。リリスさんはいつも私に優しくしてくれるというのに。ああ、こんなゴミが彼女のようなすばらしい女性をけなしてしまうなんて。死んでお詫びをしたほうがいいかもしれませんが、残念ながら死ぬ方法がわかりません。この首を取り外して、美容師さんの練習道具にしてくれてかまいません。ええ、すぐにでもそうしてください。


「あーるーぷーす いちまんじゃーく」


「ごめんごめん、またずれておっぱい叩いちゃった」


「わざとやってない?」


「そんなことないよ。リリスちゃん、もう一回」


 リリスさんのお相手をしているカーミラさんもすばらしい方です。吸血魔族という種族とのことです。ちっちゃくてかわいらしくて、天真爛漫で、いつも周囲を明るくしてくれます。ただ、行き当たりばったりで、発言は適当で、リリスさんに輪をかけてバカっぽくて……。


 あ、今度は私、カーミラさんの悪口まで。ああ、もうこの身体を改造して人体標本模型にでもしてください。


 そういえば、高校生にもなって、そんな遊びをしているのですね。何が面白いのかよくわかりませんが、無邪気というか、純粋というか、バカっぽいというか……あ、またバカとか言ってしまいました。バカは私なのに。


「いったい何をやっているのだ」


 次にやってきたのはレズビアさんです。悪魔族という種族で、魔王様のお嬢様とのことです。私はあまりレズビアさんとはそんなに絡みません。リリスさんがレズビアさんのメイドさんということで、ちょくちょく同席したりしていますが、彼女は尊大で、高慢でなかなか近づきがたいです。あ、今度はレズビアさんの悪口まで……。ええと、けっこう恥ずかしがったり、純粋な一面もありますね。


「『アルプス一万尺』だよ。レズビィちゃんもやる?」


「誰がそんなことやるか」


「レズビアもやってみたら面白いと思うよ」


「まったくそうは思えないが」


「あそこにスーちゃんがいるから、レズビィちゃんもやったらいいよ。スーちゃあああん!」

 

 カーミラさんが呼んだのはスウィングさんです。竜魔族という種族で、ちょっと前までは大金持ちで、ずいぶんと高慢な方でした。あ、今でもけっこう高慢ですね。あ、スウィングさんの悪口まで……でも、彼女が高慢なことは皆さん認めていますから。でも、私が薦めたもの、誰も食べないのに食べてくれましたね。


「何くだらない遊びをやってるのよ」


「スウィングと意見が合うとわな……」


「くだらなくなんてないよ。ねえ、リリスちゃん」


「そうだそうだ。くだらなくなんてないぞ」


「リリスちゃん、やろやろ」


「うん。あーるーぷーす」


「ごめん、またおっぱい叩いちゃった」


「なんか頻度短くなってない?」


「ええとね、リリスちゃん。ちょっと言いにくいんだけど、音とメロディめっちゃ外れてるよ」


「そうだな。すごく下手だったぞ」


「あんたはひとのこと言えないわよ……」


「ヤモリのくせに生意気なことを言うな」


「ヤモリなんかじゃないわよ!」

 

 魔族のみなさんはバカっぽくて、騒々しくて、変わっていますけれど、とても楽しそうで羨ましいです。まあ、私も魔族の仲間ということになっていますが。


 リリスさんが私のところにやってきました。こんな私のために時間を使うなんてもったいないことです。彼女に対して大変申し訳ない気持ちになります。


「テレーズ、合唱部だったよね。僕、歌うまくなりたいんだ。教えてくれないかな」


「私なんて、そんな、とても……」


「ちょっと歌ってみるから、どこが変か教えてくれる」

 と、言って、リリスさんは何かの歌をほんの少しだけ歌いました。


「……」


「どうかな?」


「ちょっと聞くに堪えないというか……」


「マジで……? テレーズ意外と厳しいこと言うんだね……」


 ああ、リリスさんがしょげてしまいました。私はなんということを言ってしまったのでしょうか。死んでも償いきれないくらいの大罪を犯してしまいました。おお、神よ……。


「でも僕、もっと歌うまくなりたいからね。せっかくかわいい声だし。アニソンとか声優の歌とか歌いたいし」


 自分で自分の声をかわいいとか言うのかよ、なんて心の中で毒づいてしまいました。

 まあ、たしかにかわいい声をしていますし、リリスさんがそうまで言うなら――。


「私でよければ、歌を教えてあげます」


「テレーズ、ありがとう!」

 リリスさんはぱっと明るい顔になりました。

 そして、彼女は私の手を握ってきました。暖かくて柔らかい、人形と違う生き物の手です。


 ああ、リリスさん、もう少しだけ魔界でやっていく気力が湧いてきました。

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