男どうしで(今の僕には難しいらしい)
ある日の休日。
レズビアは実験室にこもっていて、カーミラやスウィングと遊ぶ予定もない。
僕はアルビンとふたりで魔王城の庭にあるベンチに座っている。
「あー。いい天気だねー」
と、とりあえず僕は言う。天気の話をするのが無難だって会話術の本で読んだことがある。
ただ、雨風はないから、いい天気はいい天気なんだろうだけど、相変わらず魔界のどす赤い空が広がっていて、ちょっと憂鬱な感じの風景だ。
こうやってアルビンと座っていると、瀬崎くんとふたりでベンチに座って取り留めのないことを話していたことを思い出す。
「リリスはいいよな。女湯とか見放題だろ」
と、アルビンがそんなことを言ってきた。
「そう思う?」
「女湯に入るとか男の夢だろそりゃ」
「そうかもしれないけど。じゃあ、アルビンも女の子になりたい?」
「ばっか、んなわけねーだろ」
「ふーん」
僕はジト目でアルビンを見る。
「何だその目は」
「ま、慣れちゃうとそうでもないというか。むしろ僕、見られる側だし。あと、そもそも自分の裸毎日見てるから」
「まあ、そうだな」
「あ、アルビン、僕の裸見たい?」
「見たかねーよ。てか、もうお前、痴女だろ」
「ち、痴女じゃないし! アルビンには感謝してるから、ちょっとくらいなら見せてあげてもいいかなって思っただけだから」
「いらねーよ」
「せっかくのチャンスなのに?」
「お前、ただ脱ぎたいだけだろ」
「僕だったらまたとないチャンスだと思ってお願いするけど」
「お前と一緒にすんなってーの。それにリリスのほうこそ、恥ずかしくねーのかよ」
「ちょっと恥ずかしいけどさ、アルビンとだったら男友達どうしって感覚だし、まあ、いいかなって」
「男どうしか……とうていそうは思えねーな。なんか変な女が俺に裸見せたがってるようにしか感じねーよ」
「そこまで言うことないじゃん……」
「お前、性格もけっこう女っぽいし」
「な、何言ってんの。僕超男らしいから。この身体になっても男らしさは捨ててないから」
「捨ててると思うが……。いや、元からそういう性格だったのか?」
「えー。僕から男らしさ感じない?」
「いや、まったく」
「でも、僕は今こうやって話してるの、男友達どうしの会話だと思ってるから。まわりが女の子ばっかだと、ちょっと疲れちゃうときもあるんだよね」
「なんかそれはわかる気がするな」
「でしょ? 女の子どうしだとずっと話してるって感じだけど、男どうしだったら、あんまり会話なくても大丈夫な感じ」
「ふーん、そうか。じゃあ、少し黙ってろ」
「その命令口調、ちょっと腹立つ」
「自分のこと、男だって認めてほしかったら、口を閉じてろ」
「……」
僕は口をつぐんで、流れゆく黄色い雲を眺める。
……なんか気まずいぞ。
「ねえ、アルビン?」
「お前、1分も持たねーのかよ」
「ご、ごめん、今のやっぱなし」
僕は再び口をつぐむ。
そのとき、茂みから一匹のゴキブリが出てきた。
が、普通のゴキブリじゃない。30センチほどもある巨大なやつだった。超やべーやつじゃん。ゴキブリっていうより、黒光りしてる亀じゃん!
「ひっ、ひええ!」
僕は慌てて飛び上がる。
「何だ? こんな虫が怖いのか?」
「あ、当たり前でしょ!」
しかも、そのゴキブリ、なんかこっち寄ってくるんですけど!
「何でこっち来んの!?」
「お前、魔族の雄だけじゃなくて、ゴキブリの雄にも好かれてんのか?」
「ゴキブリに好かれるとかマジで勘弁なんだけど! アルビンなんとかして」
僕はアルビンにすがりついて懇願する。
「おい、離れろよ。ち、乳当たってんからな!」
アルビンは顔を真っ赤にして言う。
「いくらでも触っていいから、なんとかして」
「いらねーっつってんだろ! ……ったく、しゃーねーな」
アルビンはゴキブリを蹴り飛ばした。
ゴキブリはぱーんと吹っ飛んでいくと、茂みの中にぼとりと落ちた。
「あ、ありがとう」
「てか、いいかげん離れろよ」
「うん、ごめん」
僕はアルビンから手を離す。
「お前、泣いてんのか? マジで男とは思えねーな……」
「な、泣いてなんかないし」
「目じりに涙浮かんでんぞ」
「だってしょうがないじゃん。あんなでかいやつ見たことないし」
そのとき、メルビーさんがふらっと僕らのところに来た。
「あら? ふたりでデートですか? 青春ですね」
と、彼女が含み笑いをしながら言う。
「違いますからね」
「リリスとはただ話してただけだかんな」
「でも、リリスさん、アルビン様に抱きついてたみたいですけど」
「そ、それはゴキブリが出てとっさに……」
「いいんですよ。レズビア様には秘密にしておいてあげますから」
「だから違いますって!」
「リリスの言うとおりだ。何もねーっつてんだろ」
「ふふっ、おじゃま虫は退散しますね。あ、虫だっていっても蹴り飛ばさないでくださいね」
メルビーさんはにこやかに微笑みかけると、さっとその場から去っていった。
「お前のせいだかんな」
アルビンが口を尖らせて僕に言う。
「うん、腕に抱きついたのはごめん。ちょっと反省してる」
どうやら今の僕の身体とメンタルでは、「男どうしの友情」ってやつは難しそうだ。
はぁ……。